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『【2分49秒 ー2】 』
高科・瑞穂6067)&ファング(NPCA022)



 「なぁっ」
 その驚いたような呻き声から、侵入者は男だと推測する。
 「男っ、何者?」
 焦りを表に出さないように、声を抑える。先ほどの回し蹴りで倒れないのが、予想外だった。
 ダメージはない? さすがにデカイだけのことはある。
 振り返った男の顔は引き締まっている。顔中の筋肉が怒張していて硬そうだ。角張った両顎は、全身に力を込めるときの、歯を食いしばる力の強さを想像させる。
 髪は短く刈り込まれた銀髪で、肌は白色人種のそれ。首は太い。黒のTシャツに黒のベストが、隆々たる筋肉を覆っている。迷彩色のズボンと黒のブーツを穿いた足は、身軽、といったふうに猫足立ちの構えを取る。
 蹴ったときに分かったが、男の膂力は半端ない。背筋の硬さたるや鋼のようだった。
 「背中を襲うとは、汚い女だ」
 低い声に怒りを感じる。生粋のファイタータイプの戦闘員には、正々堂々という手合が多い。
 「命の獲り合いで、奇麗事いうように、訓練されていないのよ」
 いって、瑞穂は左を前に半身に構えた。引いた右手で眼鏡のツルをつまみ、その部分を指先で回転させる。カチリと鳴り、レンズにアラートが表示された。
 カシュッ、カシュッ、という音が、瑞穂の後ろの扉から、そして侵入者の背後の扉から聞こえた。
 「逃げ道はないわ」
 扉がロックされたのだ。
 ふんっ、という男の気合いが廊下に響いた。男は左の拳を背中の扉に叩きつけたが、扉はすこし軋んだだけだった。
 「古いくせに、頑丈だな」
 「ありがと」
 「PSI(サイ)走査には、なんの対策もしていなかったようだが」
 「だから――」
 瑞穂は納得がいった。屋敷に侵入してから、まっすぐ地下通路に入り込めたのは、あらかじめ超能力者によって屋敷の内部をマッピングしていたからだ。
 「お前、PSIなの?」
 「俺の名はファング。武器はこれだ」
 そういって、二つの拳を握りしめる。
 「ここの扉を開けるには」とファング。「お前の眼鏡を取り上げなくちゃいけないんだな。となると」
 「顔には攻撃しないでね。これでもけっこう、自信あるんだか――っ!」
 瑞穂がいい終える前に、ファングの右拳が抉るように、瑞穂の鳩尾に埋まっていた。
 その衝撃を堪え、瑞穂はファングの右腕を掴み、その太い腕(かいな)を辿るように身を滑らせて、接近する。
 ふっ、と息を吐くと同時に、肘打ちを右脇に打ち込んだ。綺麗に決まるが、手応えがない。筋肉のガードが堅く、肋骨まで力が伝わっていないようだ。驚く気持ちを抑え、足を払う。倒れていく巨躯に正対しながら、男の右肘を逆に極める。何本かの太い筋(すじ)が捩じ切れそうになる感触が手に伝わる。
 行ける!
 そう思ったが、男の力は途方もなかった。
 完璧に極めたと思われた肘だったが、ファングは腕力のみで肘を曲げた。瑞穂は倒れたファングに引っ張られないよう、手を放したが、ファングの手が瑞穂の腕を掴んでいた。
 左腕を掴まれた瑞穂は、ファングの片手で投げ飛ばされた。廊下は狭く、その壁に背中を激しく打ちつけた。
 二人はすぐさま起き上がり、距離を取って身構える。
 「やるわね」と瑞穂。
 「身のこなしはいいな」とファング。
 身のこなし、それが瑞穂の武器だった。
 力のない者が戦場で生き抜くには、敵の急所をすばやく突くこと。そのために身のこなしを熟練させる。
 瑞穂は、踏み込みなしに跳躍できる。目の良い敵なら、筋肉の張りや体重移動といった初動で、次の動きを読んでくる。それに対抗するためには、悟られないように次の動きの準備をするのだ。その極意は、つねに全方向に準備すること。一点に集中しすぎず、あらゆる方向に意識を巡らせ、何が、どの方向からやってきても、対処できる状態に保つ。
 心を無にし、すっ、と跳びこむ。ファングの、のど笛目がけて手刀を突き出す。命中し、白手袋がのどに食い込む。
 「うぇ」
 とファングは呻いたが、さしたるダメージはなさそうだ。
 両脇から掴みかかろうというファングの腕を、その厚い胸板を蹴り飛ばし、バック転を決めてかわす。
 着地するや、左手で地面を押さえ、身体を伸ばす。まるで地を這う矢のように、細い身体が飛んでいく。ファングの向こう脛にブーツの踵をぶち当てたが、ファングは
 「ぐぁっ」
 といっただけで、よろめく様子がない。
 非力なのは自覚していた。だが、これほどまでに効かないことは、かつてなかった。それでも、攻撃をやめるわけにはいかない。
 「い、行くわよっ!」
 腕のリーチはファングに分がある。
 間合いを一気に詰めて、飛び上がる。その際、ファングの膝を蹴りつける。一瞬だけ動きを止めて、その隙に両肩の関節部に拳を繰りだす。人さし指と中指を、他の指より出っ張らせた形の握り。破壊力よりも、急所を突くのに最適な拳。
 肩に当てた拳をそのまま、クロスさせるように閉じる。ファングの頬骨の下を突く。そのまま交差させた腕で敵の顔面を掴み、そこを支えに下半身を伸び上がらせる。逆立ち状態になり、スカートがめくれてショーツが外気に露になる。両足を広げ、バランスを取りながら、ファングの首を捻る。だが、太い首は回らなかった。
 「こ、こいつっ!」
 いって、両手を放して落下に入る。ファングの背後に降り立ちながら、回し蹴りを後頭部にヒットさせる。
 だが、効いた様子がまるでない。
 「終わりか? それで」
 ゆっくりと、振り返るファング。
 瑞穂は後ずさりしたが、すぐに背中が壁に当たった。廊下は狭い。ファングの横をすり抜けるのは、難しそうだ。
 追いつめられた。
 そう思ったときには、またも腹を殴られていた。
 続いて左ストレート。瑞穂は簡単に見切っていたが、後ろによける空間はなく、そしてなにより、拳速が尋常でない。右の膝がほんのすこし開いただけで、左ストレートが来るのは分かる。その拳の直線的な動きも分かる。見切れてはいる。だが、よけきれない。
 視覚情報が頭で認識されて、理屈という名の演算をおこなって、結論が出る。
 右ストレート、左にかわせ。
 だが、その脳内処理の速度より、ファングの拳が圧倒的に速かった。もちろん瑞穂は歴戦の勇士である。格闘のケースパターンは膨大な量、頭の中に入っているし、その処理速度も、正確さも、一流の域にある。もはや脊髄反射に近い速度で対応できる。だが、ファングの拳速はそれを超えた。
 分かっているのに、よけられない。
 頭で予測したダメージが、凶悪な衝撃が、実際に身体を襲う。恐怖が現実に起こる。しかも逃げられない。
 目の前で、誰かが拷問を受けている。それを見ている自分が、次のその拷問を受けるのだ。生きた心地は、しなかった。
 ファングのパンチとキックが合計二十発、瑞穂の身体に入ったとき、ようやっと攻撃がやんだ。瑞穂は扉に背をあずけ、立っていられなくなった足を曲げていく。くずおれていく。だが、ファングは瑞穂の髪を引っつかみ、その豊満な胸の下、鳩尾に一撃を食らわせた。
 「ぁあっ」
 血を吐いて、喘ぐ瑞穂の顎は上がり、その視界の先にファングが見えた。手が見えた。大きな皮の分厚そうなごつい手が。その手が瑞穂の顔に近づいてくる。


PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 淳 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年11月10日

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