▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【2分49秒 ー1】 』
高科・瑞穂6067)&ファング(NPCA022)



 高科瑞穂(たかしなみずほ)は地下室にいた。
 天井の低い、およそ六畳ほどしかない狭い地下室。監視映像を映すモニターが壁の一面を覆うほど積まれている。モニターと正対する位置に、ガラス張りのトイレとシャワールームがある。
 モニターから目を離さずに、用を足せるのはいいけれど。
 眠りから覚醒しはじめた脳で思う。
 うっすらと開けた目に、くもりガラスの壁が見えた。蛍光灯の明かりは弱く、モニターの光度も低い。薄暗い部屋の中央、一人掛けの椅子と足置き台に身を横たえて眠っていた。
 「んっ」
 鼻の奥から息を漏らす。
 西洋アンティークの猫脚椅子に、身体はすっぽり収まっている。さすが舶来品といったところか、小柄な身体が身じろいでも、ひじ掛けに腕をぶつけることはない。腰をずらし、首を伸ばす。天井へ向けた額に手を当てると、ひんやりとした感触。眠気が眉間から瞼にかけて澱んでいる。指の隙間に蠢いている。まとわりつく眠気を払うよう、顔を拭(ぬぐ)う。
 肌、荒れてるな。
 指にファンデーションがついてくる。塊になって落ちていく。
 壁の時計を見ると、五時四十三分。定時連絡まであと四十分。
 身体を起こし、ひじ掛けに手を当てながら、座り直す。足置き台に乗せた足は膝を立てる。身を乗り出して、壁一面のモニター機器に視線を走らす。
 計三十個のモニターのうち半分は、林を映す暗視カメラのざらついた映像だ。もう半分は、屋敷の廊下を映す映像。監視カメラが破壊された形跡はない。警報器も鳴っていない。
 あと数分もすれば、陽も昇り、夜が明ける。
 立ち上がり、腰の後ろに手を回す。エプロンの帯をほどき、無造作に脱ぎ捨てる。歩きながら、ワンピースの背のファスナーを下ろしていく。
 地下三階の無機質なモニタールーム。トイレとシャワールームはガラス壁に仕切られており、用を足しながら、汗を流しながら、監視モニターをチェックできる。もちろん数人で監視体制に入ることも考慮されており、ガラス壁の下半分はスモークが入れられている。
 窮屈なメイド服を脱ぎきると、ガラス戸を開け、トイレを過ぎて、シャワールームに入っていく。レバーを回して、お湯を出す。最初は水だが、しだいに温度が上がっていく。ちょうどいい頃合いで、シャワーの滝に潜り込む。
 「ふぅ、気持ちいいっ」
 お湯と湯気が、肌に潤いを与えていく。頭皮の脂も、髪についた埃も流す。洗顔フォームを泡立てて、顔中をまんべんなく、マッサージするように洗っていく。ファンデーションが毛穴の中からこそぎ落ちていく感じに、ひとり微笑む。笑ったときに、頬が張ってくるのが嬉しい。まだハリがある。
 ふと、自分がシャワーの口、つまり壁に向かっていることに気がついた。これではモニターをチェックできない。慌てて部屋に振り返る。
 この監視ルームは、女性が詰めることは想定されていない。シャワールームのガラス壁が、腰から下半分しかスモークが入れられておらず、背の低い瑞穂ならヘソまでは十分隠すが、腹部から上はモニタールームに丸見えだ。
 「だから、ひとりで配備された。って、わけじゃあないでしょうけど」
 あいかわらず、組織は人手不足だ。
 二十分くらい浴びただろうか、身体は芯から温まり、肌も十分潤った。
 ふかふかのタオルで全身の水滴を拭きとり、同じタオルで髪の水分を十分吸い取らせてから、ドライヤーで乾かしていく。
 服を着る前に化粧水をつけておき、肌の調子を整えておく。そうすれば、ちょうど服を着終わる頃に、化粧のノリが良い状態になっている。
 スーツケースを開き、これから袖を通す服を取り出す。
 メイド服。
 ミニスカートの、特別胸が強調されるメイド服。自衛隊特殊機関の一員である瑞穂にとって、馴染みのない服。もちろん一般人にとっても馴染みはないだろうが。
 ここに配備されて一週間、つねにこの服を着ている。もちろん毎日取り換えているが、毎日、同じ物が届けられる。定時連絡は一日に二度。朝の六時と夕方の五時。その時に、食糧やタオル、トイレットペーパーといった消耗品を渡される。その中に、着替えも含まれている。
 屋敷の警備なら、戦闘服でいい。だが、この任務は極秘であり、周囲の住民に不審がられてはいけない。そのため定時連絡で仲間と接触するときは、屋敷に仕えるメイドとして応対するよういい渡されている。十二時間おきの定時連絡のために、いちいち着替えるのも手間なので、一日中、メイド服で過ごしている。もっとも、この屋敷には誰も住んでおらず、女中らしい仕事などない。
 「さて、着るかぁ」
 純白シルクのガーターベルトを手に取って、両足を通していく。ガーターベルト自体は細い帯だが、銀糸で細かい刺繍が入っており、なんとも豪華。それを腰骨に引っかけて、同じく白のニーソックスを穿いていく。ガーターベルトのストラップを、左右それぞれ前後ろで二本づつ、取り付けていく。そして同じ素材でできたショーツを穿いて、フロントホックのブラを手に取る。脇の肉を寄せて上げて、詰めていく。そうしておかないと、これから着るワンピースのチャックを閉じることができないのだ。下着を付け終え、ペチコートを穿く。漆黒色のワンピースをかぶって着込み、ペチコートのふくらみにスカートを乗せ、形を整える。スカートの丈は短く、ニーソックスから太ももが見えている。チョーカーとヘッドドレスは、帯の部分がワンピースと同じ漆黒色で、縁に銀糸のレースが編んである。白いエプロンを付け、オーバル型の眼鏡をかける。薄く化粧を引いて、白の長手袋を身に着ける。
 そのとき、モニターの一つが赤く光った。ビー、という音とともに、画面は血の色に明滅する。
 ブーツに足を突っ込んだ状態で、端末を操作する。録画の時間を戻し、手元のディスプレイで確認する。
 身体の大きな男が、林のなかを歩いている。暗視カメラの粗い画像では、人相までは判別できない。だが、その堂々たる闊歩のさまに、大物、という印象を抱く。
 警告音は鳴り続けている。監視装置はカメラに人影を認識したら、警報を鳴らすようにできている。この侵入者が敷地を通り、監視カメラに写るたびに、警告音が鳴っているのだ。
 いま、どこ?
 焦燥に駆られながら、端末のコンソールを叩く。
 チッ。
 すでに屋敷に入られている。
 「地下、二階――速いわね」
 編み上げブーツの紐を縛り上げると、そのままよろけるように扉へ走る。
 無機質な廊下を駆け、扉を二つくぐると、背中が見えた。大きな背中。
 追いついた!
 心のなかで快哉を叫びながら、侵入者の背中に一撃! 回し蹴りを食らわせた。


PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 淳 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年11月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.