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『真珠、小判、論語 』
ファルス・ティレイラ3733)&シリューナ・リュクテイア(3785)&(登場しない)


 豚に真珠という諺がある。似た様な諺に猫に小判、犬に論語などというものもある。
 どれも意味は何も分からないものに何か与えたところで意味がない、というもの。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その店の店主は魔術を扱う。それはつまりその店に集まるものも普通ではないということ。
 古今東西様々な薬を扱っている以上、集めたものの量は膨大なものとなる。それは恐らく誰でも同じであろう。
 彼女にとってはどの薬も等しく重要であって、どれほど貴重であっても遠慮なく使って実験を行う。
 しかし魔法薬というその性質上、どうなるか分からない組み合わせなどもあるのは確かで、店内の小さな部屋では何が起こるかわかったものではない。そこで彼女は思いついた。
 『この部屋を異空間化して分離させればいい』と。
 これならたとえ何かあったところで外に漏れ出す心配はないだろうし、きっと何か火急の事態が起こっても大丈夫。
 しかし、火急の事態というものは何時でも人の思考の斜め上を行くものである。
「…お姉様、これって」
「…貝、だな」
 店の主であるシリューナ・リュクテイアと、掃除の手伝いを買って出たファルス・ティレイラがその部屋に足を踏み入れたとき、二人は思わず絶句した。
 何故か二人の前には、あまりにも巨大な二枚貝が鎮座していたから。

「こんなものを持ってきた覚えはないのだが…」
 一体この貝は何処から来たのだろうか?
 以前地球で発見されたという世界最大のオオシャコガイも真っ青な二枚貝を前にしてシリューナが唸る。
「お姉様にも身に覚えはないんですか?」
「全くない」
 きっぱりと言い放つ辺り、本当にシリューナにとっては身に覚えがないのだろう。
「大方何かの薬が偶発的に作用して出来たのだろう。今は放っておいて掃除をしよう」
「あ、はーい」
 しかしさして気にするわけでもなく、理由を適当にでっち上げてまずは目的を果たそうと二人は行動を開始した。

 巨大な二枚貝というイレギュラーを除けば、他は全て小物だったこともありさして苦労もなく片付き終わる。
 掃除をほぼ終えた満足感にティレイラが額を拭うと、それを見たシリューナが小さく笑ってドアに手をかけた。
「ほぼ終わったしティータイムの用意をしてくる。出来たら持ってくるから、テーブルも用意しておくように」
「はーい♪」
 今日のティータイムには一体何が出るのだろうか。ティレイラは淡い期待に胸を弾ませる。そんな彼女の様子が微笑ましくて、シリューナも早く用意をしてやらないといけない気になるのだった。
 ドアを開け、右足を踏み出し…そこで一度シリューナが止まる。
「あぁ、それは何があるか分からないからあまり刺激しないように」
 思い出したようにそれだけ言い残して彼女は部屋を出て行った。
 が、それは一言余計なようだった。
 そこにいるティレイラという少女は実に好奇心旺盛で、何か分からないものがあれば一から十までありとあらゆることを仕出かしそうな人物だ。
 その好奇心の前では、少しの注意は逆効果となるのもこれまでの経験上分かっている、はずだった。どうも貝が動く様子もないことだし、と。しかしシリューナは少しばかり見誤っていた。
 開かぬなら開けてみせよう二枚貝と謳うのがティレイラという少女なのだから。

「本当に大きいなぁ…」
 言われたようにテーブルを用意してから貝を覗き込む。巨大な以外は至って普通な、少し苔生したような二枚貝を前にティレイラが呟いた。軽く指で突付いてみるが、勿論それで何かが起こるはずもない。
 口は堅く閉じられ、この大きさでは相当の力がないとこじ開けるのは無理に思えた。それどころか、下手をしたら食べられるかも…そんな嫌な想像をしてしまう。
 しかし、それでも少女の好奇心は止まるところを知らない。
 まずは蝶番の部分を軽く叩いてみる。二枚貝は通常内部から靭帯で接合されているため、蝶番の部分を壊すだけでは開かないのだが彼女はそんなことを知るはずもない。
 しかし叩けど叩けど壊れる気配すらなく、それどころか自分の拳が痛くなってきたため蝶番破壊は諦めた。
 次に硬く閉じられた口の部分に何か差し入れ、テコの原理で強引にあけようと試みる。が、完全に閉め切られたそこには何か入る隙間すらなく、爪を引っ掛けてみたが無駄な抵抗と知って諦めた。
 ならばと次は思いっきり殴ってみた。やはり手が痛くなるだけだった。

「うぅ…開かないなぁ…」
 あれやこれやと試してみたが、結局のところ一切効果がなく貝は口を閉じたまま。それを眺めながらティレイラが途方にくれる。
「そもそもこの貝は生きてるの…?」
 今度はじっくりと観察してみようと彼女が大きく身を乗り出して覗き込むと、
「きゃっ!?」
 突然起こったことに、可愛い声を上げてバランスを崩すのだった。
 手をかけていた口の部分がいきなり大きく開き、当然それでバランスを崩したティレイラは覗き込んだ姿勢のまま貝の中へと転がり込む。内部は外見とは違い美しい虹色を放っていた。
 ここまではよかったのだが、次の瞬間巨大貝は再びその口を閉めてしまった。
「えぇぇっ、ちょっと開けてー!!」
 しかし、開けて言われて開けてくれないのが貝である。
 内部は不思議と暖かく、内臓である貝肉に触れているのに不思議と不快感はなかった。
 それよりも今はパニックからくる焦燥感のほうが勝っている。
 どうしよう、このままではきっとシリューナに何か言われる。その一心が彼女を必死にさせた。
 中に閉じ込められてみてよく分かったが、貝は完全に閉まりきっているわけではないようだ。薄く漏れる光が彼女にそう教えてくれる。
 少しでも隙間があるのならきっと出られるはず。暗くてよく状況は分からないが、その一筋の光を元にティレイラは脱出を試みる。



 ティレイラがそんな事態になっているとは知らず、シリューナは一人お茶の用意をしていた。
 先日手に入った紅茶葉と缶から取り出し、それをお気に入りのボーンチャイナポットの中へと入れる。その途端に部屋中が茶葉の香りに包まれた。
 茶葉は何処のものかは分からないが、ダージリンに似た、しかしそれとは違うと分かる独特の甘い香りに惹かれて購入したもの。以前も淹れたことがあるが、その甘い香りと味はシリューナを大いに楽しませ、それ以来のお気に入りとなっている。
 ティレイラ用にはクッキーと呼ばれる茶葉を用意した。甘めの茶葉とブレンドされたアーモンドが、名の通りクッキーのような香りを放つ。すっきりとした味わいではあるが、ミルクを入れるとさらに自然な甘味が引き立つ。
 お茶請けにはプレーンなスコーンを。きっとティレイラは甘味を欲するだろうから、別にクロテッドクリームとメープルシロップを用意して。
「ん…いい香り」
 お湯を注ぐ前からこれほど彼女を楽しませてくれるのだ。この茶葉たちで淹れた紅茶はどれだけ甘いものになるだろうか。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 仄かに体が温かい。そうティレイラが感じたのはどれくらい経ってからだろうか。

 必死に貝の中から這い出ようと努力するものの、貝がその口を開ける気配を一切見せず既に数分。そんな状態であったものだから、ティレイラの行動も半ば実力行使という形へと変わっていた。
 流石に何時までも出られないというのは困る。大体もう少ししたらシリューナがティータイムの紅茶を持ってくるのに、それを味わえないのは本当に困る。
「開けてよー…!」
 しかし、何度内側から殴っても変化は訪れない。
 その内に、不思議な暖かさが彼女の体を包み込んでいた。
 まるで全身が薄いヴェールに覆われるような不思議な感覚。それは顔にパックを貼った時とよく似ていた。別に自分が何かしたわけでもないのに、である。
 ティレイラは気にしていなかった。というより、それが気持ちよくて放っておいたと言った方がいい。
 しかし彼女は、すぐにその意味を知ることとなる。

「あ、れ…?」
 何故だか自分の体が固い。まだまだ体力は有り余っているはずなのに、その手足が少しずつ動き辛くなってきたのだ。
 口の部分からは変わらず光が漏れている。そこで漸く彼女は気付いた。
(指が、光ってる…?)
 必死に伸ばしていた指が光を弾き、まるで虹のような輝きを放っている。それは確かに美しいのだが、自分の体ながらに違和感しかなかった。
 時間が経てば経つほど体の節々が固まっていく。まるで自分自身が彫刻になってしまったかのような、そんな感覚。
 そこに至って、ティレイラは以前シリューナと話したことを思い出していた。

『お姉さま、真珠ってとても綺麗ですけどどうやって出来るんですか?』
『ん? 貝の中に異物が入り、それを核として真珠層が形成されて出来る』
『へぇ〜…』
『虫などの生物が核になることもあるな』

(これって、もしかして…)
 彼女自身は知らなかったが、その貝はまさに巨大な阿古屋貝とでも言うべき見た目だった。元々真珠の養殖にも使われる貝であり、たとえ巨大であってもその性質には聊かの変化も見られないようだった。
 つまり彼女を今包み込んでいるのはその巨大な貝が放つ真珠層。しかもシリューナの魔法薬の影響を受けた、魔力の篭った特別製である。
 真珠は本来長い時間をもって形成されるが、どうやら魔力によって相当加速されているらしく、ほんの数分程度でティレイラの体全体を包み込んでしまった。恐らくはこれがこの貝の防衛行動なのだろう。
 勿論ティレイラからすればそんなことは知ったことではなく、
(か、体が動かないよー!?)
 最早口すら動かすことが出来なくなってきて、心の中で叫んでいるのだった。



「…おや?」
 シリューナが異変に気付いたのは、さらにそれから数分経ってからのことだった。
 トレイにカップとポット、スコーンをのせて戻ってきてみればそこにティレイラの姿がない。そして先程までとは違い、貝の口がほんの少しではあるが開いていた。
 軽く覗き込んでみれば、口から射した光を反射して輝くティレイラの指が見える。
(お姉さまが戻ってきちゃった…!)
 そしてシリューナに気付いたのはティレイラも同じ。この状態を見られるのはまずい、色々と。シリューナが時々意地悪であることはよく知っていたし、何を言われるか分かったものではないのだ。
 流石にそろそろティレイラにとっても我慢の限界だった。なるべくならば使いたくはなかった手段だったが、今はそんなことを言っている場合でもない。
(貝さん、ごめんなさい…!)
 ティレイラとシリューナは膨大な魔力を持つ竜族である。それを全開にすれば、貝程度は容易く破ることが出来るだろう。しかしティレイラ自身それはあくまで最終手段であり、出来ることならば使いたくはなかった。
 が、
(あ、あれ?)
 幾ら彼女自身が願ったところで、その力が発現することはなかった。
 事は単純で、どうやら貝が放つ真珠層のようなものには魔力を封印する作用もあったらしい。防衛機能であろうことを考えれば至極当たり前のことかもしれないが、ティレイラからすれば全くたまったものではない。
(そ、そんなー!)
 しかし、もうどうしようもなかった。彼女が心の中で呟くうちに、立派な真珠の彫像が出来上がってしまったのだから。

「全く、あれほど言ったのに…」
 心底呆れたように呟き、しかしそれも何時ものことだからとシリューナは軽く笑う。
 流石にこのまま放っておくわけにもいかないので、わずかに開いた口に指を差し入れ、一気に貝を開く。流石の巨大貝も竜族の本気の前にはどうにもならなかったらしく、内部の貝肉とともに真珠と化したティレイラを空気に晒した。
「ふむ、これは中々…」
 出来上がった彫像は見事なもので、服の皺一つまで見事に真珠と化している。光を反射し虹色に輝くそれは、実にオブジェとしては素晴らしい。
「言いつけを守らなかった罰として、暫くそのままでお茶請けでいるんだな」
 それだけ言って、シリューナはテーブルへと向かう。そこには先程用意したばかりの紅茶とスコーン。甘い香りが部屋中を包み込んだ。
 見せ付けるように、優雅にティーカップを口元へと運ぶ。目の前の彫像を眺めながらのティータイムは、大いにシリューナを満足させてくれた。
(そ、そんなー…)
 口も動きはしないが、その鼻はしっかりと匂いを感じるらしく、ティレイラはその様子をただただ羨ましく感じているしかなかった。

 それから暫くの時間を置いて、真珠の呪いは解呪された。剥がれ落ちた真珠層は美しく床に散らばっている。
 ティレイラからすれば自分を閉じ込めていた真珠など見たくもなく、さっさと箒でそれを片付けてしまった。偶発的に生まれた貝であったし、恐らくはその真珠の価値も普通のものとは比べ物にはならないだろう。それにも関わらずである。
 しかし彼女にとっては、そんなものよりも先程まで鼻腔を擽っていた香りのほうが大切だ。
「美味しいですー♪」
「豚に真珠…いやティレイラに真珠、かな」
 随分と遅くなったティータイムを楽しむ彼女を眺めながら、シリューナは小さく微笑むのだった。



 なお、例の巨大貝はそのまま店内に置かれている。ちょっかいを出して再びティレイラが真珠を作り出したりしたのだが、それはまた別の話。





<END>
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2008年11月10日

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