▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『〜奥様たちの戦い〜 』
御崎・綾香5124)&響・梨花(3501)&ノアール・ー(5639)&(登場しない)

ライター:メビオス零



●●

「さぁ、今週もやって参りました! 第七十回、“究極の奥様料理選手権”!!」

 わぁ! と会場内が湧き上がり、視界と共に会場の雰囲気を盛り上げる。入場する選手に合わせてスポットライトが揺れ動き、オープニングを飾る盛大な音楽が流れ始めた。
……その空気に押され、御崎 綾香は「うっ……」と微かに身を退いた。
視界に映る観客達は、舞台に立つ女性達を注視している。即ち綾香を、並ぶ奥様達を見据えている。料理番組とあって、観客席に集まっている客のほとんどが女性であるというのは救いだろう。学生時代から、友人にコンテストなどに引っ張り出されてはそれなりに目立ってきた綾香だが、テレビ番組に出演するのは初めてだ。緊張しないはずがない。
 音楽に合わせて会場に集まり、整列する奥様達。横目で見てみると、カメラを向けられて小さく手を振っていたり、我こそはと胸を張っていたり、若い綾香を睨み付けていたり恥ずかしそうに身を縮めていたりしている。
 綾香のように、客の勢いに押されて不安になっているような若奥様は少数派だ。と言うより、このような料理番組に出てくる女性の年齢層はこぞって高く、綾香のような十代の女性など一人もいない。
 そんな綾香の脇腹が、ツンツンと横合いからつつかれる。
 さすがにカメラの前だ。綾香は不自然にならない程度に隣に立つ女性に目を向け、何事かと視線で問いかける。

(なんですか?)
(そんなに緊張しなくても、大丈夫よ。わたし達が付いてるから)
(……そうですね……ここまで来たら、もう引き返せませんし)
(まぁね。と言っても、結構前から逃げ場なんてなかった気がするけど)

 隣に立つ響 梨花は、横目で声援に応えて客に向けて手を振っているノアールに目を向け、苦笑を浮かべた。
二人を料理番組に引っ張り出す原因となったノアールは、観客や他の選手からのプレッシャーなどものともしていないらしい。このテレビ出演とて、夫に対するアピールか応援としか思っていないのかも知れない。

(……そうだ。わたしも、この大会には応援のために来たんじゃないか)

 綾香は自分の頬を叩いて気合いを入れる。
 司会が声を張り上げ、選手紹介を始める最中、綾香はここに至るまでの日々を思い起こしていた…………




「料理番組……ですか?」
「そうなのよ。私と一緒に、出てみない?」

 一週間前のその日、いつも通りに婚約者の家で留守を守っていた綾香の元に子供を抱いたノアールが訪れ、そう提案した。
 ノアールの夫も、綾香の婚約者と同様に忙しい毎日を送っている。日中は家に居ず、帰宅してからもそうそうに寝る毎日だ。休日も仕事で出払っていることが多いため、ノアールは同じような境遇にいる綾香の元へ、度々足を運んでいた。
 そんな、仲の良い奥様同盟を結んでいる二人である。綾香とて、妻としての大先輩に当たるノアールの期待には、出来る限り応えたい。しかし地域の小さな大会ならばまだしも、テレビスタジオで行われる大々的な番組には、流石に二の足を踏んだ。しかも、ノアールが誘っている番組は、テレビ情報に疎い綾香でもよく知る芸能人やスポーツ選手の妻を集めた人気番組だった。
 毎週毎週、三人一組の奥様集団によって繰り広げられる料理合戦。スポーツ選手の話題作りにも恰好の舞台とされているらしく、参加のための競争率はなかなかに高い。
 どうやってノアールがこの番組への参加権を獲得したのかは不明だが、これを逃せば、これと言ったツテを持っていない綾香は参加する機会を得られないままだろう。

(この番組に出れば、応援にはなる……か?)

 綾香はノアールの誘いを受けるべきかどうか、真剣に考えた。
 綾香の婚約者は、まだ表舞台に躍り出てから日が浅い。今は少しでも知名度が欲しい所だ。綾香がここでテレビ出演でもしてアピールをすれば、それなりの宣伝効果があるだろう。
 普段は実家の神社で巫女を務め、家の留守を守り、家事をしている綾香である。それなりに忙しい毎日ではあったのだが、しかし婚約者の仕事に対して協力出来ているかと問われれば……僅かな不安が残る。プロレスラーである婚約者が出世しているのは、あくまで本人の努力の賜物だ。綾香が直接、協力出来ているわけではない。
 ならば、これはチャンスである。
 多少の不安はあるものの、断る理由は見つからなかった。

「……分かりました。参加させて貰います」
「そう! 良かった。実は、もう綾香さんの名前で申し込んじゃったのよ」
「……え?」

 のほほんと茶を飲みながら言うノアールに、綾香は呆然とした。
 つまり、ノアールの誘いは、誘いに見せかけて完全な事後承諾である。綾香が参加すると確信していたのか、それとも説得材料を用意していたのか…………恐らくは前者だろう。綾香と対峙してくつろいでいるノアールを見るに、ホッとしているような様子はない。つまり、元から不安になど思っておらず、綾香ならば参加するだろうと、心底疑っていなかったのだ。
 信頼されているのか、それともなにも考えていないのか……
 綾香は、ノアールのお惚けぶりに苦笑しながら、ふと番組の内容を思い起こして質問する。

「しかしノアールさん。あの番組は、確か三人一組だったと思うのですけど、残りの一人は誰なんですか?」
「ええ、もう一人はね……私の友達を誘ってあるのよ」
「友達?」
「明日にでも、紹介するわね」

 ノアールは楽しそうに、そう笑っていた。
 そうして後日、綾香は学校の先輩であった梨花がノアールの友人でもあることに驚きながら、今回の番組に協力して望むことが決まった。どうやら、ノアールが綾香を誘ったのは、梨花からの推薦があったからなのだそうだ。
なるほど、元グラビアアイドルである梨花の御陰で、今回の番組出演がなったのかと、綾香は妙に納得した。



それから一週間、三人はそれぞれの得手とする料理を出し合い、研究し、対策を練りながら過ごし、そして今に至る。

(それにしても、すごい顔ぶれね……この人達、本当に料理が出来るのかしら?)

 梨花は番組を進めていく司会の言葉を聞きながら、会場内に集まった出場者の顔を見回していた。
自分達を入れて総勢十二名、四チームの参戦。芸能人やスポーツ選手の妻が多いが、現在でも芸能界の最前線で活躍している女性達まで集まっている。この手の女性陣達にも、確かに料理自慢の人間は多数いるのだが、集まっている者の中には、手にマニキュアを塗り、香水などを匂わせている者もいた。
 とても、これから料理をしようという女性には見えない。

(まぁ、わたし達にとっては、対抗馬が減って助かるんだけどね)

 料理をするつもりのなさそうな、番組が視聴率のために呼びだしていそうな煌びやかな女性達を見て、梨花は肩を竦めた。
 問題なのは、芸能界でもスポーツ界でも、古株の妻を務めている妻達のチームである。流石に年季が入っており、長年夫を支え続けた妻の纏うオーラは、梨花と綾香を容赦なく威圧する。
 …………ノアールだけは、古株奥様チームの放つオーラにも全く押されず、司会の口上を聞きながらリラックスしていた。元から他人の持つ空気や威圧に気付くようなこともないためか、奥様チームの睨み付け攻撃も、全く効力を発揮していない。

(羨ましいわね……)

 梨花とて、グラビアアイドルとして色々な番組に出てきた経験があるが、それでも多少の緊張感は持っている。ここまで動じていない一般人など見たことない。ノアールの性格なのだろうが、羨ましい限りである。

「それでは皆様! これより調理タイムを始めさせていただきます! 各チームは、位置について下さい!」

 司会が選手、ゲスト審査員達の紹介と漫才じみた談笑を終え、ようやく調理合戦の開始の合図を出す。選手達は素早くエプロンを装着し、会場に用意された調理場にスタンバイした。

「綾香、大丈夫? 普段通りにしていれば、それで良いわよ。別に優勝出来なくても良いんだから」

 神社や学校で目立つことには慣れている綾香だったが、慣れないテレビ出演に緊張していることは、傍らに立っている梨花にもよく分かる。それに、綾香は確かにしっかり者ではあるのだが、この会場内では最年少の出場者だ。緊張しないでいろ……という方が無理だろう。
少しでも緊張をほぐそうと肩を叩き、励ます梨花に、綾香はコクリと、力強く頷いた。

「ふぅ……大丈夫です。これぐらい、神社や学校での大騒ぎに比べれば……」

 婚約者のためならば、この程度のプレッシャーで潰されてはいられないと言うことだろう。
 梨花に頷き、食材の確認にかかる綾香。そうすることで集中する事が出来るのは、台所を任せられている主婦(まだ結婚はしてないが)としての特性か……
 調理準備にかかる綾香は、つい数秒前までの不安そうな空気を完全に追い払っていた。

「さぁ、梨花さん。私たちも、綾香さんに負けてはいられませんわ」

 既に調理準備を始めていたノアールは、綾香の心配をしている梨花にそう言った。食材を調理場にまで運び、静かに司会のスタートの合図を待つ。

「そうですね……よーし。それじゃ、行きますよ!」

 梨花の言葉を合図にしたのか、それともただタイミングが重なっただけなのか……
 梨花が二人に戦闘開始を告げた時、司会が手を上げ、ゴングの鐘が鳴った。




 人と話している時にはポケポケと惚けているノアールだったが、調理をこなすノアールの手は素早くテキパキと動き、食材を丁寧に切り、調味料をふりかけ、焼き、煮込んでいく。
 慣れない調理場に他の参加者が悪戦苦闘しながら調理しているのに比べて、あまりにも手慣れた様子のノアールに、観客席からは感嘆の声が漏れる。出場者の中にも、自分の作業を忘れたかのように、唖然とノアールを注視している者までいた。
 ノアールは、元々は男性を堕落させる悪魔である。今でこそ魔力のほとんどを無くしてしまったが、それでも男を籠絡させるための一通りの才能は健在だ。加え、子供の世話をしながらも主婦業に専念しているため、家事スキルは磨かれる一方である。調理場が変わろうが人の注目を浴びようが、その程度ではビクともしない。
…………まさにスーパー主婦。男でなくとも、是非ともお嫁に欲しい逸材である。

「さて、これぐらいで良し……ですね」

 ノアールは、こんがりと焼き上げた鳥肉をフライパンからまな板の上へと降ろし、肉に滴っている油を拭き取った。鳥肉……鶏の肉は、皮の部分のみを焼き上げており、他の部分はうっすらと焼かれた色が付いているだけだ。
 鶏肉から皮を剥がし、米粒のように細かく刻む。肉も同様に刻み込んだ後、それを、先に適当な大きさに刻んだマイタケ、エリンギ、椎茸と共に小皿に取り置きする。
 そうして具材を作り終えた後、ノアールは予め水に浸しておいた米粒の様子を窺った。まだ炊きあげられていない固い米粒も、今では水分を吸って僅かに膨らんでいる。
 ……ノアールが作っているのは、茸と鶏の炊き込みご飯である。この一週間、番組で勝つために料理の研究を行っていた三人だったが、結局出てきた結論は、三人がそれぞれに得意とする料理を出し合って作る家庭料理だった。
 不慣れな新メニューで挑戦するよりも、普段から作っているシンプルな料理の方が、より美味しい物が作れるはず……と言うことである。
しかし三人で和食・中華・洋食とバラバラに作るわけにもいかないため、今回は和食を得手とする綾香に合わせて和食で統一した。主食の炊き込みご飯をノアール、主菜の肉じゃがを綾香、汁物の豚汁を梨花が担当する。全員が煮込み物と言うこともあり、空いた時間でおひたしなどの簡単な料理を追加する予定だ。
 料理番組に出るにしては、難易度の低い、比較的地味な料理である。
 しかし、作り手の華やかさとその手際は見る者達を魅了し、対決している選手達にプレッシャーを与える。

(これで、後は炊き上がるのを待つだけですね)

 米を浸していた水に酒、醤油、塩を入れてよく掻き混ぜた後、切った茸や鶏肉を上に並べて蓋をし、炊き上げにかかる。時間は少々掛かるが、生放送ではないため、さほど心配することもない。制限時間の設定にも十分に間に合うよう、研究していた時に検証済みだ。

「それでは、お惣菜を作りましょうか」

 コトコトと心地の良い音を立てる釜(コンロにも掛けられるミニサイズ)を置いて、ノアールは次の調理に入ろうとする。
 ……のだが、その前に綾香や梨花の様子を窺いにかかる。
 二人の料理の腕前は事前に知っていたため、調理が出来ているかどうかの心配はしていない。ただ、調理のタイミングなどを見計らうための様子見が必要だったのだ。出来れば三人揃って、全ての調理を終えておきたい。
 ノアールは汁物担当の梨花の様子を窺った。
流石に手慣れている物で、既にほとんどの調理を終え、鍋の底が焦げ付かないよう、こまめにゆっくりとかき回している。

「どうかしら?」
「良い感じよ。やっぱり旬の野菜を使うと、良い物が出来るわね。ただ、気を抜くとすぐに味が濃くなるのが困りものだけど」

 ノアールが近寄ってきたのを察していた梨花は、少し退屈そうにそう言った。
 元々、豚汁など大して手間のかかる物ではない。味の微調整は難しくとも、作り慣れた者にとっては指したる苦にはならないだろう。
 梨花は豚汁の入った鍋を掻き混ぜながら、まな板の上に乗っている包丁をチラリと見た。
 包丁の横には、白菜やほうれん草、調味料などが置いてある。
 豚汁の材料を切る際、後で総菜を作ろうと残していた名残であった。

「制限時間はまだあるみたいだし……もうそろそろ総菜を作りにかかりましょうか」
「私もそのつもりなんですよ。でも、綾香さんはどうしましょう? 何だか真剣な顔をしているんですけど…………」

 二人はチラリと、二人の横の鍋を真剣な表情で睨み付け、小皿に注がれている肉じゃがの汁を吟味している綾香に向けた。
 綾香は、どうやら味に納得がいかないらしく。唸り、鍋を掻き混ぜてから脇に置いてあったみりんに手を伸ばし……再び手を引っ込める。どうやら、これ以上追加をしても良いものかと悩んでいるらしい。
 味を調整しようとして、更に妙な味になってしまったら目も当てられない。基本的な調味料はスタジオにあった物を使っているため(スタッフが買い揃えてきた物)、普段綾香が使っている調味料などとは、微妙に勝手が違ったようである。
 普段ならば、共に調理をしているノアールや梨花が助言をしたり、直接手を貸したりして解決する。今でもそうだろう。綾香が使っている調味料は、梨花達も使っているのだ。最初に調味料の味見をした時点で、どの調味料を組み合わせてどれ程混ぜればどのような味になるのか……と言うことは、予想する事が可能である。
 しかし綾香は、まだその領域には達していないらしい。と言うより、会場内の雰囲気と婚約者の応援という気負いが、綾香の判断に微妙なズレを生んでいるようだ。

「今回は、手を貸さないで欲しいって言うことだから…………まぁ、気の済むまでやらせてあげましょうよ。若いうちには、色々な経験が必要だしね」
「そうねぇ。それに綾香さんなら、きっと美味しい物を作ってくれるでしょうから、ね?」

 ノアールが楽しそうに、綾香を見つめて笑っている。
 普段から真面目な綾香だが、真剣な表情で肉じゃがの調整に入っている綾香の姿は、ノアールと梨花には非常に魅力的に映っていた。
綾香がこの場で料理をしているのは、目立ちたいとか、そんな理由ではない。
 ただ、愛する婚約者のため…………その一心でここに来た。その思いが、周りの者達には痛い程伝わり、綾香の魅力を引き立てているのだ。
二人はその願いを叶えるための助力は惜しまないつもりだが、綾香は助けを求めているわけではない。ここは、ソッとしておくのも正解だろう。

「さぁ、こっちも、気合いを入れて作りましょうか?」

 梨花が袖をまくり、野菜の山に向かう。用意する総菜は、高カロリーな豚汁を補助するために野菜がメインだ。夫を気遣う主婦にとって、栄養配分に気を使うのは当然だ。たとえ番組とはいえ、その辺りに手を抜くようなことはない。

「ふふ……わたしも負けていられませんね」

 ノアールは笑みを浮かべ、二人の援護をすべく、自らの得物(包丁)を手に戦場(台所)に戻っていった…………




 そうして、数十分後…………
 全てのチームが調理を終え、審査員の芸能人達が舌鼓を打ち終えた。
 それぞれのチームのメンバーは、その様子を、離れた選手席に座り固唾を飲んで見守っている。

(せっかくなら、他の参加者の料理も食べてみたいものだったが…………)

 ドキドキと高鳴る動悸に耐えながら、綾香は審査員達を観察していた。
 それぞれの審査員は、各チームの作った料理を食べてはその料理を褒め称え、会場を盛り上げる。今のところ、審査員達が不満を漏らすことはなく、どのチームも同じような感想を貰っていた。
…………まぁ、作った料理を批判するような番組では、体裁が悪いのだろう。観察している分には、どのチームが優勢に立っているのかは読み取れない。
他のチームの料理を食べることが出来たのならば、自分達で勝った負けたと評価することも出来るのだが、それは出来ない。全ての評価を審査員達に委ねられている状態では、綾香は必死に祈るぐらいしかできることが残されていなかった。

「綾香さん。そんなに緊張しないで良いと思いますよ?」
「え……?」

 祈り、緊張に固まる綾香に、隣に座るノアールが声を掛けた。
 他の誰にも気付かれないようにと声を潜め、にこやかな笑みを浮かべている。

「味見もしましたけど、綾香さんの作った肉じゃが、練習の時に作ったものよりもずっと美味しかったでしょう? それなら、心配する事なんて無いと思いますから」
「し、しかし……」
「もっと自信を持って。ね?」

 ノアールに優しく背中を叩かれ、綾香はふと、そのノアールの向こう側にいる梨花と目が合った。梨花は自信満々に、不安な気配など微塵も見せずに審査員達の言葉に耳を傾けている。
 このような番組に出ることなど慣れているのだろう。その落ち着いた様子は、綾香の緊張をほぐし、不思議な安心感を与えてくれた。

「……はい。大丈夫です」

 綾香は小さく深呼吸を行い、身体を落ち着けた。
 精神的にも、普段の調子に戻っている。その様子に安心したのか、ノアールもニコリと笑い、審査員達に視線を戻す。そこには、ちょうど審査員達の評価をまとめるため、司会が壇上に上る所だった。

「ただいま、審査員の方々の審査が終了いたしました! これより、結果発表に入ります!!」

 司会が声を上げる。流れていたBMGが止まり、客席が静まり、会場内が緊張を含んだ静寂に包まれる。
 その静寂を打ち破る唯一の存在である司会は、じっくり、じっくりと間を開け、会場内全員の緊張感が最高潮に達した瞬間を待ち、そして───────





「優勝したのは、一番古株の奥様チームでございましたとさ……めでたしめでたし」
「楽しそうですねぇ、梨花さん」
「まぁ、負けても一番納得がいく相手でしたから」

 スタジオからの帰り道、梨花は嬉しそうに鼻歌などを歌いながら、そうノアールと話していた。
 料理番組の最後……司会によって告げられたチーム名は、綾香達三人が最も警戒していた、業界最古参の古株奥様チームだった。
 何十年もの間、夫を支え続けた妻達の料理…………いくら綾香達三人が妻として非常に優秀だとしても、膨大な経験の差は覆せなかった。
 しかし負けたにも関わらず、三人には悔しげな様子は見られない。
 自分達を負かした相手の実力に納得し、不満など無いのだろう。それに加え、優勝よりも優先して果たしたかった目的を、三人は完璧に遂行していたのだ。不満などあるはずがない。
 もっとも……不満はなくとも、若干の後悔はあったのだが……

「それにしても、驚いたねぇ……まさか、綾香があんなことを言うなんて……」
「そうですねぇ。まさか、あんなことを言うなんて……」
「い、言わないで下さい……」

 綾香は二人の後ろをこそこそと恥ずかしそうに歩きながら、二人を恨めしそうに睨み付けた。しかしその顔は真っ赤に染まっている赤面顔で、見ている側からしてみれば可愛らしく見える。
 梨花とノアールは、羞恥に顔を染めている綾香を眺めながら、つい数十分前のスタジオを思い出していた…………
 ……三人のチームは、優勝こそ逃してしまったものの、見事に二位を獲得した。
 三人が作った料理は派手さには欠けたものの、三人の料理は審査員達には好評だった。まだ新妻の域を出ない(一人はなってもいない)にも関わらず、既に熟練した手料理の味は、他の参加者にはないものを持っており、審査員達のツボにはまったらしい。
 惜しくも優勝はならなかったものの、三人にはしっかりとインタビューが行われた。
特に、最年少の出場者である綾香は集中攻撃され、司会が「惜しかったですねぇ! 今日のこの料理は、誰に食べさせてあげたいですか?」等とマイクを向けてきた時には、綾香は────

「くっ……わたしがあんなことを……しかもテレビで……ああああ!!」
「まぁまぁ! 大丈夫だよ。綾香の旦那さんには、まだテレビに出るってことは言ってなかったんでしょ? それに料理番組なんて見ないだろうし、隠しておけば聞かれないって」

 頭を抱える綾香を慰めにかかる梨花。
 真面目を人の姿にしたような綾香にとっては、梨花達にとっては些細なラブラブ発言でも重大なのだろうと察しているのだ。
 場の空気を変えようと、梨花が笑いながら言う。

「それに会場も盛り上がってたし、良いんじゃないかな? 綾香の料理も、練習してた時よりもずっと美味しかったし、ね?」
「そうですよね。元から美味しかったですけど、まだまだ上手くなるんでしょうねぇ」
「はぁ……もう、あんな美味しいのは無理だと思いますが……」

 今回、綾香が番組で作った肉じゃがは、味見の段階で全員が食べていた。その為、その美味さは良く分かっている。しかし綾香は、その味はたまたま、偶然できたものだと思っていた。番組が用意してくれた材料は上等なものだったし、何より味を調整している時に手間取っており、それが偶然良い方向に行っただけだと思ったのだ。
 梨花とノアールは顔を見合わせ、「それなら」と綾香の肩を叩いた。

「それなら、あの味が普段から出来るように、また料理の研究でもしましょうか?」
「え?」
「そうそう。それに、せっかくの気合いを入れて研究した料理…………夫に食べさせないでどうするの?」

 梨花がニヤリと笑う。
 綾香は婚約者の顔を思い浮かべ、僅かに考えた後、小さく拳を固めてガッツポーズを取った。

「……そうですね。あれぐらいの料理が普段から出来ていれば、もっと力も付くでしょうし……!」
「うん。そうそう、その意気その意気!」
「やっといつもの綾香さんに戻りましたねぇ」

 三人が笑い合い、そして並んで食材を求め、歩き出す。
 時刻は夕刻。ちょうど、三人にとっての本当の戦いの時間である。

「では……さっそくこれから、行きますか!」

 目指すはスーパーマーケット。
 最高の料理を最愛の人間に届けるため、若奥様の精進の日々は続いている…………






●参加PC●

5124 御崎 綾香
3501 響 梨花
5639 ノアール・ー



●後書きに似た反省ようなもう何が何だか分からないなにか●

 メビオス零です。〆切を破った、メビオス零です。
 今回……辛かった。何が辛かったって、キャラの口調とか、色々忘れてるんですよ。最近OMCでの書き物の依頼が全然来なかったので、いつの間にか間が開きすぎて書き方を忘れかけててすごく焦った。しかも料理番組編……料理の出来ない自分にとって、変な方向で焦ってしまいました。
 ちなみに、綾香さん達が作っている料理は私が食べたかった物だったり無かったり…………突っ込まれるのか怒られるのか、いろんな所をカットしたりしています。
 変な所が多いと思いますが、申し訳ありません。
 しばらくの間、また修行期間に入ります。色々することも増えてきたので…………
 窓口も閉じていると思いますが、たぶん一月頃に復帰しますので、よろしければその時には、また…………本当によろしければですが、よろしくお願いします。
 では……恒例の……

 この度のご発注、真にありがとうございます。
 作品に対するご指摘、ご感想は、送って下されば幸いです。貰えるだけでも励みになります。むしろお叱り頂ければ反省になりますので……
 では、今回のご発注、誠にありがとう御座いました。これからもよろしくお願いします(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年11月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.