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『Trick and Treat! 』
シノン・ルースティーン1854)&(登場しない)


 今年も、ハロウィンがやって来た。街中には、満面の笑みを浮かべたオレンジのかぼちゃが並べられ、黒い魔女服や全身毛むくじゃらの狼男の毛皮といった変身するための服が多数売られている。
 ハロウィンが訪れたのは、シノン・ルースティーンがいる小さなスラム街でも同じだ。どことなく楽しそうな雰囲気に包まれ、子ども達の笑い声が響いている。
「僕、ミイラ男がいい」
「分かった。じゃあ、包帯巻こうか」
 孤児院の少年に言われ、シノンはにっと笑ってから包帯を取り出す。ぐるぐると巻いてやると、少年は「くすぐったい」と言って笑う。
「ほら、動いたら上手く巻けないでしょ? じっとする!」
「だってぇ」
 少年はくすくすと笑いながら、身をよじる。
「シノン、私の衣装は?」
「あ、ちょっと待って。……はい、終わり」
「ありがとう、シノン」
 お礼を言う少年に「うん」と答え、シノンは尋ねてきた少女の元に小走りで駆け寄る。
「どうしたの?」
「私の衣装、何処にあるのか分からなくて」
「えっと、魔女だったっけ? それなら……ほら、あった」
 シノンはそう言って、黒いとんがり帽子と同じく黒のマントを取り出す。シノンお手製の、自信作だ。
「あ、本当。シノン、素敵ね」
「有難う。でも、急がないと送れちゃうよ」
「もう、そんな時間?」
「うん。早く早く」
 シノンは少女を急かしつつ、マントととんがり帽子の着付けを手伝ってやる。
「本当。皆、もう準備し終わってるのね」
 そういう少女の視線の先には、様々な衣装に身を包んだ孤児院の子ども達がいた。先ほど、くすぐったいと言いつつ包帯を巻かれた少年も、子ども達の輪に混じっている。
「今日は、ハロウィンだからね」
 シノンはそう言ってから「はい、完成」と、少女の背をとんと押してやる。
「ありがとう、シノン」
「どういたしまして。……皆、準備できた?」
 シノンはそう言って、輪を作っている子ども達の方に近寄る。子ども達はシノンを見、一斉に「できたー」と声を上げた。
「うん、皆なかなかかっこよくなってるね」
 様々な仮装に身を包んだ子ども達を見回し、シノンは満足そうに頷く。ここ連日は、子ども達の衣装を作るので大分時間を費やされたが、笑顔をふりまく子ども達の姿に、疲れも取れた。やってよかった、という思いの方が強い。
「よし、今日は皆でハロウィンだよ!」
 シノンが言うと、皆が「おー」と叫んだ。
 一般のハロウィンは「Trick or treat」と言って、お菓子を貰う。悪戯をして欲しくなければ、お菓子を寄越せ、と。
 しかし、ここスラム街でのハロウィンは違う。いうのは「Treak and treat」だ。つまり、悪戯をするからお菓子を頂戴、と言っている。
 ただ、ここでいう「悪戯」はその言葉通りの意味ではない。子ども達のする「悪戯」は、お手伝いである。この一年に一度、お菓子をねだる小さなお手伝いの到来を、スラム街の人たちは楽しみにしている。
「さあ皆、張り切って行こう」
 シノンの掛け声と共に、子ども達はきゃっきゃっと楽しそうに歩き始める。全員で一箇所に行くと効率が悪い為、何組かに分かれて回るようにしている。シノンは、子ども達やスラム街の人々の様子を見に、適当に回るつもりだ。
 一軒目に行った子ども達は、早速「Trick and treat」を叫び、招き入れられた。部屋の掃除を頼まれたのだ。子ども達はハタキや箒、雑巾を持って各自掃除に取り掛かる。普段から孤児院でやっているだけあって、中々綺麗に出来た。
「有難う、とても綺麗にしてもらったよ」
 家の人はそう言い、子ども達に飴を一つずつ手渡す。子ども達は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ「ありがとう!」と言いながら頭を下げた。家の人もそんな子ども達の笑顔につられ、笑顔を浮かべて「ありがとう」と答えていた。
 二軒目に行った子ども達た頼まれたのは、買い物だった。足が悪い老人に代わって、子ども達は手分けをして買い物をしに行く。全てを買い終えると、再び家に戻って「買ってきたよ」と誇らしそうに告げた。
 買い物が全て出来ていると知った老人は、優しく子ども達の頭を撫で、一人ひとりにクッキーを手渡した。子ども達は「ありがとう」と言いながらクッキーを受け取り、満面の笑みを浮かべる。老人も嬉しそうに「助かったよ」と言いながら笑った。
 三軒目で頼まれたのは、お届け物。四軒目は、マッサージ。五軒目は洗濯。そうして、様々な家が色々な用事を子ども達に頼み、お菓子を与える。その度に、子ども達は笑顔を浮かべ、それにつられて家の人たちも笑顔に変わる。
「……いつもながら、嬉しいな」
 シノンは子ども達の様子を見回りながら、笑みをこぼす。
 お手伝いをして、お菓子を貰う子ども達。お手伝いをしてもらって、お菓子を与える家の者達。互いに違う立場だというのに、どちらも最終的には笑みをこぼすのだ。
(なんだか、あったかい)
 胸がぽかぽかする、とシノンは笑う。笑顔で溢れているスラム街が、心地よく暖かかった。
「……今年も、素敵なハロウィンになったわね」
 町の人が、シノンに話しかけてきた。
「うん。皆、今年も協力してくれて有難う」
「いいのよ。皆、楽しみにしているんだから」
 そう言って笑い、シノンに「今年もありがとうね」と声をかけてから去っていく。
「楽しみにしてた、か」
 シノンは「うん」と一つ頷き、孤児院へと向かう。沢山のお菓子を抱え、嬉しそうに笑って、子ども達は帰ってくる。まだ10月とはいっても、外気は肌寒い。今は楽しくて気にしない子ども達も多いが、帰ってきた時に温かい飲み物があったら、嬉しいだろう。
「チャイ、作っておこうか」
 暖かいチャイを作って、貰ったお菓子を口に頬張ればいい。シノンはそう思い、早速人数分のチャイを作り始める。
「折角だから、お手伝いでもしてもらおうかな」
 くすくすと、一人小さく笑う。「なんだか、あたしもハロウィンやりたくなってきたし」
 シノンがそう小さく呟いた時、元気の良い「ただいまー」が響いてきた。シノンが「おかえり」と声をかけながら向かうと、子ども達は顔を見合わせ、一斉に叫ぶ。
「Trick and treat!」
 いきなりの言葉にシノンが「え?」と聞き返すと、子ども達は顔を見合わせた後にくすくすと笑う。
「シノン、何かお手伝いない?」
「なんで、いきなり……あたし、まだ」
 何も言ってないのに、といおうとすると、子ども達は口々に「だって」と言う。
「凄くいい匂いがするんだもん」
「シノンのチャイでしょ?」
「だったら、今日は何かお手伝いしてからじゃないと」
 ねー、と子ども達は顔を見合わせながら言う。シノンは「まったく」といいつつ、満面の笑みを浮かべる。
「分かった。じゃあ皆、ここが随分散らかってるから、片付けて」
「はーい」
 ハロウィンの準備をしていたため、部屋は色んなものが散乱している。子ども達は元気良く答え、片づけを始めた。
「本当に、敵わないな」
 シノンは台所に戻り、子ども達のコップにチャイを入れる。シノンが「悪戯は?」と言う前に、子ども達は手伝いを申し出た。外までチャイの匂いがしていたという、それだけの理由で。
「本当に、お疲れ様」
 シノンは呟き、チャイを盆に乗せて持っていく。部屋の片付けは終わっており、子ども達は嬉しそうにシノンのチャイを待っている。
「熱いから、気をつけるんだよ」
 一人一人にチャイを渡して行くと、その度に「ありがとう」の言葉が返ってきた。もちろん、満面の笑みと共に。
 シノンは全員に配り終えた後、皆を見回した。皆、嬉しそうにチャイを飲みつつ、今日やったお手伝いの事や、貰ったお菓子の事を放している。
「ハッピーハロウィン」
 シノンはぽつりと呟き、ふふ、と笑った。
 子ども達の笑顔につられて出た、無意識の笑みであった。


<ハロウィンの夜は更けていき・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年10月31日

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