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『■小さなお化けの門限は■ 』
ウラ・フレンツヒェン3427)&デリク・オーロフ(3432)&(登場しない)





「――もうダメ!」
 甲高い声と共にばたんと開かれた書斎のドア。それから何かが動く音。
 デリク・オーロフが淹れたてのコーヒー片手に視線を巡らせて見たものは、書斎を片付けていたウラ・フレンツヒェンの姿ではなく溢れ出て来る大量の『なにか』であった。
「なんデスかッ!?」
 わさささささっと滑るように床を流れるもの。
 それは非常に小さくはあるが特徴的な形と色を見せている。
 というか、この時期にぽつぽつと見掛けるイベントアイテムそのもので、つまり言ってしまえば南瓜。しかもちんまりしたサイズながらも胴体部分も付いていて、単なる野菜のミニチュアではないことを主張して収まらない。
 いやまあ動く時点で普通の野菜ではないし、そもそもこの大量の小粒南瓜(胴体付)が雪崩を打って現れたのは他の二室のドアが閉まっている以上はデリクの書斎で確定だ。
 しかしそんな大量の書籍とメモとそれからパソコンとに支配される空間に野菜を溜め込む趣味は彼にはない。いかなハロウィン前といえども何が楽しゅうて足の踏み場を更に無くさねばならんのか。だというのに何故に書斎から溢れ出たのだ南瓜達よ。



 コーヒー片手なデリクの足元を覆う南瓜の川。
 その始まりは幾らか時間を遡ったところにあった。



 ** *** *



 何事においても弟子だとか見習いだとかいった者は師に使われるものである。
 ある秋晴れの日のウラも例外ではなかった。
 デリクの書斎の中で床に散乱するメモを束ねたり積まれっ放しの魔術書を棚に戻したり、ついでにちょっと眺めてみたり、そんなことをしながら師の知識が詰まっているはずの場所を片付けていた。師の仰せであるからして、彼女は真面目に頑張っていたことだろう。
 だがここで考えてみて欲しい。
 見習いや弟子といった呼ばれ方をする者が師の扱う知識に関わる物の並ぶ場所に一人居て、そこで大人しく片付けに勤しむだろうか、と。
 無論、誰でも指示を受けた直後から師の言葉を無視したりはすまい。黙々と真面目に、ささやかな知的好奇心を供にして下された指示に従っていたはずだ。少なくとも当初には。
 けれど哀しいかな集中力なんてものには限界がある。
 時間の経過と共に作業に対して意欲が失せ、供であった知的好奇心が友のふりして囁きを寄越し出す。少しくらい師匠の本や道具を覗いて見てもいいじゃないか、なんて。それは個人差があれども大半の者達には例外なく訪れる怠惰の囁き。いいやある意味では勤勉への誘いか。ただしそれは師の命じた事柄に逆らう勤勉さ。
 つまり、さぼって師匠の持ち物見て楽しもうぜ勉強になるじゃねぇか的な悪魔の囁き。そういうことで。

「つまらないわねぇ」

 何が言いたいかというと、ウラが美しい曲線を描く眉を動かして零したのも、延々と師匠の書斎を片付けていた弟子としては不思議のないことであったのだと。そういうことである。
「メモも書きかけばっかりだし」
 ただまあ、彼女は巷に溢れるだろう各職業の弟子や見習いに比べると自分の感情の動きに忠実な分だけ飽きが来るのも早かったかもしれないが。
「面白くもなんともありゃしない」
 呟きながら、手入れされた爪も滑らかな指先で拾い集めた紙片を摘み上げる。
 見慣れた字が途中で終わっている走り書き。つまらなさそうに息を零してウラはそれをぽいと放り出してしまう。作業開始よりはいくらか床らしくなった足元にひらりと落ち、メモ一枚分だけ再び床は紙に隠れた。
 忌々しげに息を吐きつつウラはぐるりと室内に視線を一巡り。
 片付けを続行する意識は既に失せ、代わりにむくむくと頭をもたげてくるのはデリクが無造作に放り出す非日常的――自分達には別に慣れ親しんだジャンルだが世間一般から見た場合には、だ――な魔術というカテゴリに収まる書籍の数々へと向けた興味。
「ヒヒッ」
 その感情のままに手近な一冊を拾ってウラは笑った。
 特徴的な、引き攣った風な笑いを添えて表紙に仰々しく刻まれた題字を読み上げる。
「ふうん。鏡の球体、ね」
 目当ても何もなく選んだそれはデリクが書棚に戻さず床に戻し、ウラが床からとりあえず動かして積み上げておいた内の一冊。
 ぱたり。厚みのある表紙に相応しく『鏡の球体』なる魔術書はウラのほっそりとした腕の中で音を立てて開いた。ぱらり、ぱらり。そうして切り揃えられた黒髪の下の深い深い黒瞳が頁の文字を辿って動いていく。
「……もしかして、あれかしら?」
 なんとなしウラにも心当たりのありそうな気がしないでもない内容。
 そういった記憶に引っ掛かる記述となれば、意識は更に書籍へと向かう。
「…………」
 読み耽るウラ。そこに書かれている文章を繰り返して咀嚼する。唇を動かして音にはしないまでも読み直す。頁を繰る間に拾い上げたとある所作を確かめる。
「こうして……こう……だわね」

 かくて魔術師の弟子として彼女は師の叡智を辿るべく記された術を実践したのであった。

 さて、ここで師匠と弟子の意識の違いを確認しておこう。
 弟子の未熟を師匠は当然ながら把握はしているに違いなかろうが、それに付随した注意が師匠にはあるのかどうかということだ。簡単に言えば『基準の違い』といった辺りが適当だろうか。
 師匠にとっては他の技術知識と変わらぬ代物であっても、弟子や見習いにとっては大幅に危険な、ぶっちゃけ『取扱注意』とシールを貼って鍵をかけてしまいこむレベルの危険物となるものは存在する。どのような職であれそれは変わらない。
 無論、魔術師であっても。
 となればつまり、再びのつまりであるが。

「ちょっと」

 拳大の真っ暗な穴を、ウラの見よう見まねの所作で空間に開かせたその魔術書『鏡の球体』は非常に危険な一冊であったとしても不思議はなかったのである。
 デリクにとっては他の書物と変わらない危険度の――というかおそらく同様の危険物が床や机の上に散乱していたと思われる――しかしウラにとっては『取扱注意』レベルな危険度の。
「まだ出るの?お前達」
 かくしてウラは開かれた空間からころりころり、ころりん、と転がり落ちて来る小さな南瓜頭のお化けをうんざりと見下ろすことになった。
 最初の一体はくるりと瞳を開いて見遣り、二体目が現れるのを見ながら「まあ可愛い」と言うような和やかな状況だったけれど、三体目、四体目、とんで十体目、二十体目、と進めばそれは変貌する。止まる気配もなく足元に増え続ける南瓜頭のお化け。
「もう出なくていいんだったら」
 サイズとしては全長で十センチあるかないか、それくらいの本当に小さな愛くるしいシルエットなのである。ハロウィン前という時期にもぴったり。
 だがそれも数が限られていればの話。
 弟子というものは大抵失敗を仕出かすもの。
 そんなお約束に従ったか、元から制限がなかったか、どちらにしてもウラにはわからないまま南瓜はぽとぽところころ際限なく溢れ出て止まらない。延々と片付けてようやく登場させたまともな床板を、埋め尽くすばかりな南瓜お化けの大群をいつまでも可愛い可愛いと見守っておけるだろうか。否である。
「……、……っ」
 どうしたものかと微かな苛立ちと焦りを抱えて見下ろす間にも零れ落ちる南瓜お化けは止まらない。ウラの周囲は既に包囲されていて迂闊に足を持ち上げれば粉砕しかねない。流石にそれは穴の向こうから登場した物体に対して無造作過ぎる、と自重すればウラには止める術もなかった。
「いい加減に止まりなさいったら」
 言いながらじりじりとドアの方へと身体を滑らせて手を伸ばす。
 南瓜お化けは床をついに占領し椅子だ机だパソコンだと新たな対象へと溢れていく。
「こ、この――」
 ドアへ。ドアへ辿り着いて、そして。
 蠢く小型南瓜を掻き分け掻き分けウラは進む。
 南瓜お化けは小さな姿で互いの上にさえ乗ってもぞもぞともがき、椅子から落ちてはまた上る。だが既に可愛いという段階は通り越して突き抜けてしまっているので愛嬌どころの話ではなくて。
「――ええい!」
 そうして、辿り着いたドアの前。
 掴んだノブを一気に動かしてウラは南瓜お化けに埋もれる危険を回避したのであった。



 ** *** *



 なるほど、と疲れた気持ちでデリクは冷めたコーヒーを啜った。
 ひとしきりの説明をウラから受けたところである。
「お話はよくわかりまシタ」
 放っておけば居間を埋め尽くしただろう小さな南瓜お化け達。
 それが急流の如くに一斉に居間を目指していく光景は壮観だった。己の住居での出来事でなければ拍手の一つもしてやるくらいに見事な大移動だった。その勢いは床に置かれていたデリクの本を蹂躙する程の様で。
「……イヤ、いいんデスけどネ」
 表向きの仕事用冊子であったのは幸いだった。買い直せばどうにかなる。
 ぐっちゃりと頁が皺だらけ破れだらけになった冊子をテーブルの上に放り出し、デリクは窓を見遣って生温い目に。吹き込む風が冷たくて季節の変化を感じさせるのがなんとも物悲しいいっときであった。
「まァあなたが無事でよかったですヨ。もっと厄介なものが出ていたらと思うとゾッとしますカラ」
 秋風に金髪を揺らしながら、椅子に座って一息吐いているウラへとデリクは言う。
 しかし、だからといって南瓜の大軍が厄介でなかったかと言えばそうでもない。
 居間を目指して一直線な小さな南瓜お化け達を追ってデリクが咄嗟に窓を開けなければ、今頃このオーロフ宅はどうなっていたことやら。書斎に駆け込み空間を閉じなければどうなっていたことやら。
「……本当に……えェ」
 間違いなくミニ南瓜の群れに埋め尽くされていたに違いない。
 その場合の被害はもう、蹂躙された冊子の比ではなかろうて。
 ふ、と乾いた笑いさえ零してデリクは南瓜お化け達が飛び出していった街を眺めるべく窓際に寄る。飛び出し損ねた一体でも居るかと思ったが見事に仲良く出て行ったらしい。南瓜頭の一つとして窓辺からは見当たらなかった。
 何はともあれ室内の被害は免れたと考えていいだろう。
「…………」
 書斎の片付けがリセットされたこと以外は。
 考えて、充分な被害だと思ったのは仕方あるまい。
 ウラに片付けを依頼した以上、というか日々利用しているのはデリクである以上、足の踏み場がやたらとピンポイントにしか存在しなかった室内を知らぬわけもないわけで、片付いたとしても南瓜が机辺りまで氾濫していたというならば――そこまで思考を進めてデリクは諦めた。床に溢れていた魔術書が片付けられて奇跡的に被害を免れていたならばそれでいいではないか。再び散らばったメモが室内でぐしゃぐしゃに溢れていてもいいではないか。ともかくも致命的な被害はなかったのだから、と。
 嘆息して窓に手をかける。
 からりと力の抜けた腕で滑らせて閉めようとしてウラの声。
「お前まだ残っていたの」
 そこで動きを止めてデリクが待てば、彼女の声に急かされたような動きでちょこちょこと小さな南瓜お化けが一体足元へとやってきた。さりげなく足指を踏んで通って窓に向かう姿を無言のままに見るデリク。
「落ちこぼれかしら」
「かも知れませんネ」
 半開きの窓へと南瓜お化けは辿り着きひゅっと飛び出して行く。
 ウラの言葉のせいでもあるまいに、飛び出した途端につんのめって前転一回を交えた小さな姿を見送りながら、デリクはとりあえず声をかけておいた。

「門限はハロウィンの夜ですカラ、遅れないで下さいヨ」

 なぜならば、無害だしもういいやと投げ遣りに、飛び出しすのに任せた小型南瓜達が自然に戻って来る予定の十月三十一日のハロウィン。想像するだけでもうんざりなのに、あの一体が遅れてたり、あまつさえ戻れなかったりしたらと有り得ないはずの不安を抱いたのであるからして。





end.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
珠洲 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年10月15日

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