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『【戦闘の遺伝子 ー3】 』
高科・瑞穂6067)&鬼鮫(NPCA018)





 背が丸まる。頭が下がる。
 必死に上げた首で見た。眼鏡の硝子の上に見た。
 鬼鮫の右ブローが迫っていた。
 「ぅぁあっ!」
 その拳が私を貫く。私の髪を。
 私はその場でバク宙をきめ、それをかわした。
 だが当然、空中を回る足は壁にぶつかる。
 そのヒールを壁にひっかけ、垂直に立つ。
 まるで忍者ね。
 いや、くの一か、女だから。
 さすがに、壁に立てるのは一瞬だけ。
 壁を蹴飛ばし、その反動で敵に突っ込む。右膝を曲げ、鬼鮫の首を狙う。
 バックステップでかわされるのを、足を振って、回し蹴りに変更する。それが失敗。
 伸び切った身体では、力が分散されてしまって、とっさの動きが取れないのだ。
 それは十分承知しての攻撃だった。完璧な間合いだった。
 鬼鮫の腕の振りが速いことは分かっていた。
 だが、その速度が先ほどよりも速くなっていたのである。
 右足はその左腕でブロックされ、ほんの一瞬の自由落下の隙をつかれた。
 抉(えぐ)るように繰り出された右ストレートが、私の左肩を打つ。
 「くあっ」
 またも壁に背中を打ち付けて、私は呻いた。
 「いけねえなあ」
 鬼鮫はオールバックの髪を両手の平で撫で付けながら、
 「本当は逃がしてやってもいいと思ってるんだが。戦いっつうと、燃えちまうんだ。こりゃあ――」
 またもファイティングポーズを取る。
 「血だな」
 そんなの。
 「知らないわよ」
 私は息を乱しつ、両足で立つ。
 こいつは、強い!
 四畳半しかない納戸。足場は人ひとり分しかない。その両脇には箱が積んであるばかりで、外に出るには鬼鮫をどかすしかない。だが、できない。背だって二メートルもあるわけじゃない。けど越えられない。
 この私が。
 数々の任務をこなし、乗り越えてきた私が。
 ただ人ひとり、どかせない!
 その背中を見ることさえできない!

 「まだやるか?」
 やれるのか。
 まだ手はある。
 だが、私にこいつの隙がつけるか。
 隙を作ることができるのか。
 その場で足踏みをするように、鬼鮫は身体を揺らす。
 隙がない。
 鬼鮫は私を見ている。
 こちらの動きを注視している。
 そのはずだ。
 サングラスの向こうの瞳は、この距離では見通すことができないが。
 だが、私にできるか。
 見ることなしに。
 けど。
 「やるしかないでしょ」
 「なら、来な」
 私は構える。
 左を前に半身になって、右手を腰の位置まで下ろす。手を開く。
 呼吸で気を溜め、右手に流す。手の平に溜めていく。
 狙いは、鬼鮫の左腕。
 その向こうにある行李。
 揺らぐ鬼鮫の身体の向こう、見え隠れする籐で編まれた籠をひとつ。
 「――っ!」
 息を吐き、腕を引く。
 手の平に溜めた気が、まるで昆虫を捕えるカメレオンの舌のように伸び、行李を掴み取るイメージ。掴んだそれを、手元に引っぱってくるイメージ!
 これが、私の超能力。
 実際に、気で動かしているかどうかは知らない。
 イメージの補完として、私が勝手に気という存在を使っているだけなのかもしれない。
 けどこれで、私は動かすことができる。
 まだ上手くは扱えないけれど。まだ重い物は無理だけれど。
 物を動かす超能力が、私にはある。
 「のぁっ!」
 鬼鮫の、驚いたような声。
 行李が鬼鮫の背にぶつかったのだ。
 その一瞬の隙をつき、私は跳んだ。
 滑るように間合いを詰める。
 「PKかっ」
 念動力、テレキネシスをPKと呼ぶ分類がある。
 唸る鬼鮫の胸に左肘を食らわして、腹に掌底をたたき込む。
 前のめりに倒れる鬼鮫の咽喉に、スカートの中からナイフを取り出し、突き刺した。
 血が噴き出る。
 頭からその血を浴びて、私は鬼鮫の身体を肩に抱えるようにして、後ろに投げた。
 「ようやっと、背中が見えた」
 ひょろりとした身体だと思っていたが、やはり焦げ茶色のコートは、その単色だけだと、背中はなんだか間抜けに見える。
 「じゃあね――」
 血にまみれたカチューシャを取り去って、背を向けて走り出そうとしたときだ。
 その後頭部に物が当たった。段ボールの箱である。
 前のめりに倒れ込んだ私は、首だけ振り返らせて見た。
 四つん這いに膝をつく鬼鮫が投げたようだ。
 咽喉から血を大量に垂れ流し、ごぷごぷという不気味な呼吸の音がする。喘ぐように呼吸して、喀血した血が顎にも垂れる。
 「ちょ、ちょう……おう、ろくしゃ、か」
 首に刺さったナイフを抜き捨て、鬼鮫は息を飲んだ。血が咽喉からさらに噴き飛んで散る。
 頭から地面に突っ込むように、まろぶように鬼鮫の身体が前に動いた。
 いつの間にか、殴られていた。
 「こ、こいつ――!」
 左の肋骨が何本かいったようだ。
 「うっ、ぁああああああああああっっ!」
 鬼鮫が叫ぶ。
 猛烈なラッシュを受けた。顎から顔、頭は両腕でガードしたが、そのガードした腕が我慢できないほど痛い。剛性の特殊素材の長手袋でも、鬼鮫のパワーを完全に殺すことはできないようだ。そして同じ素材のメイド服も、私の肌身にダメージを貫通させた。
 ごぼ、と私は血を吐いた。
 ごぷ、と鬼鮫も喀血した。
 「こ、のぉっ!」
 動きが止まる。その隙をつき、私は鬼鮫の顔面を殴りつけた。
 だが、腕に力はまるで入っていなかった。
 ガードのダメージが溜まりすぎて、腕が振りきれなかったのだ。腰を捻り、腕に乗せる力もなかった。胴は殴られすぎて、あちこちで激しい痛みを訴えていた。
 膝をつき、くずおれる私は見た。
 鬼鮫の咽喉の傷が、塞がりはじめている様(さま)を。
 なんなのよ、こいつ――!
 「血だ。血だ!」
 狂気じみた声が聞こえた。
 「これだけ血が流れても、俺はまだ血に昂ぶっちまう!」
 なんだ、こいつ。
 私は出口に後ずさる。
 「いけねえ。いけねえよ」
 鬼鮫はいやらしい嗤いを上げた。
 「血が叫んでる。血が動かすんだ。この俺を」
 着ていたコートを、破りながら脱ぎ捨てた。
 「戦えと、突き抜けと、引き裂けと!」
 鬼鮫は私の服を、その大きく開いた肩口を両手で掴んだ。
 そして裂いた。
 腰の所まで引き裂かれたワンピースは、その隙間から、血の斑点がついた真っ白のブラを見せた。
 「その血は、誰んだ? 俺か? お前か?」
 たぶん、鬼鮫。
 こいつの咽喉にナイフを突き立てたとき、吹き出た血を浴びたときのが、私の頬から咽喉を伝って胸の谷間に垂れたのだろう。
 「やってみろ。使ってみろ」
 鬼鮫は私の身体を投げ捨てた。
 「あっ」
 左肩に硬い衝撃。
 なんだ。
 また同じ壁に当てられてるし。
 冷たい壁にこめかみをあて、私は全身が震えるのをこらえる。
 もう、駄目かも。
 「使ってみろ」
 鬼鮫が挑発してくる。
 「PKを使ってみろ。それが俺に力をくれる。身体の芯から、力が湧いてくるんだよっ!」
 「な、なにをいって――」
 「血が、俺じゃない俺の血が、力をくれんだ」
 「あなた、まさか――」
 人間じゃない。
 純粋の人間ではない。
 「ジーンキャスト」
 IО2には、怪物の遺伝子(ジーン)を、ヒト遺伝子に移植(キャスト)された、脅威の戦闘力を持つ兵士がいる。
 「あなたは、そのひとりなの?」
 喘いだが、その質問に答えはない。
 鬼鮫は、自分ひとりの意識に浸りきってしまっている。
 「超能力者は、俺の敵だ。なぜそう思うのかは、分からねえ。たぶんそれも血のせいだろう。なあ、トロル!」
 トロールか、こいつに組み込まれた怪物の遺伝子は。
 厄介ね。けど、これであの腕力も、ウソみたいな回復力にも説明がつく。
 戦いが進むにつれ、拳速が増したのもそう。
 「まあ、それで」
 ため息をつき、私は喘いだ。
 呼吸のたびに激痛が走る胸を、粉々に砕け散りそうな右手で押さえて、
 「説明がついたところで、いまの私に、何かできるというのでも、ないけれど」
 諦めかけたときだった。
 鬼鮫の身体がビクンと跳ねた。
 「ふあっ、や、やべえ。血が。血がっ」
 「どう、したの?」
 思わず私は呟いた。
 鬼鮫は私に答えるという感じではなく、ただ喚(わめ)いた。
 「血が、流れすぎた。足りねえ。トロルの血が、足りねえ」
 これは、ジーンキャストの宿命。
 定期的に投薬しないと、怪物の遺伝子による拒絶反応で、絶命するのだ。
 なんだ、あと少しじゃない。
 「あなたのタイムリミットまで、あと少しじゃない」
 息も絶え絶え、私は呟く。
 「それまでもたせる――」
 私の身体を。
 この命を。
 壁にもたれ、私はその無機質なコンクリートの壁に縋りながら、立ち上がった。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 淳 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年09月30日

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