『In Wonderland ―first part― 』

十種・巴（6494）

「この壷、ですか」
　妖撃社、日本支部の支部長である葦原双羽はまじまじとテーブルの上の壷を見つめた。
「あい。これ、不思議な壷よ」
　金髪のカウボーイハットをかぶった少女がにっこり頷く。
「シャーリー……なんでこんなものを持ってきたの？」
「うぅん」
　と、彼女は顎に手を遣って首を傾げた。
「この壷を日本へ運べって言われたのよ。むむぅ、ボスからはそうとしか言われなかったよ」
「そ、そう」
　双羽は眉をひそめる。
「すいませ〜ん！　宅配便ですぅ〜！」
　ドアをばーんと元気よく開けて入ってきたサンタ娘・ステラは社員の机がある一角に現れた。彼女は机の上の壷を見て「はひ？」と首を傾げる。
「それですかぁ？　運ぶものって」
「あい。これ、より多くの能力者の手を渡らせるのが目的よ」
「はぅ？　見たことない社員さんですぅ」
「あいあい。ワタシ、アメリカから来たシャーリー言います。よろしくよ」
「……自己紹介しなくていいから。
　それよりステラ、この壷をシャーリーの言ったように色んな人の手に渡して」
「渡すだけでいいんですかぁ？」
　双羽に尋ねるステラは壷をまじまじと見つめる。
「ええ。この壷、ちょっと特殊でね。本社の社長がそれを望んでるの。悪いけど、やってもらっていいかしら？」
「いいですぅ。妖撃社さんには贔屓にしてもらってますぅ。大サービスですぅ〜！　配送料は安くしときますね！」
　ウィンクするステラは「よいしょ」と壷を持ち上げる。
「わはぁ。重いですぅ。
　で、これどんな壷なんですか？」
　ステラの質問に双羽は視線をシャーリーに向けた。そして嘆息する。
「それは届ければわかるわ」

＊

「と言って渡されたものの……」
　ソリの上でステラは壷を覗き込む。
「へんてこりんな壷ですぅ。なんか昔のアニメに出てきそうな気色の悪いデザインですし……」
　穴の中を、目を細めて見る。見る。見る……。
　吸い付くように見てみたが、別に変化はなかった。
　右目の周りに壷のくちの形の痕をつけたステラは首を傾げてソリで空を飛んでいく。これを求める者の元へと……。

＊＊＊

　唐突に空からソリが降ってきた。
　否、空から降りてきて、着陸したのだ。
　十種巴は瞬きをし、それからソリから降りてくる人物を見遣る。ステラだ。何か抱えているのが見えた。
「よっこいしょー」
　のん気な声を出しながら彼女は降り、それから巴のほうを見た。
「ステラ……こんなところでどうしたの……？」
　公園のベンチで本を読んでいた巴の問いかけに、ステラはにっこり微笑む。
「十種さんを上で見かけて降りてきました〜」
「ふ〜ん。今日はお仕事？」
「はい。あ、えっとこの壷なんですけど、ちょっと持ってください」
「つぼ？」
　まあ持つだけならと巴はその壷を受け取った。

＊

　ん……？
　巴は数度瞬きをし、周囲の光景に目をみはった。
「……ここどこ？」
　奇妙だ。先ほどまで公園に居たはずなのに、今は違っている。
　おとぎ話の中にでも迷い込んだような世界。可愛らしい建物。完全に『西洋』だった。
　だが巨大な壁がここから見える。振り向いた先にも。なんだあれは。
「さっきステラに壷を渡されて……」
　それから、と考えつつ視線を地面に落とした時、身体を見下ろすかたちになる。巴はハッとして目を見開いた。
「こ、この格好……!?」
　黒地のシャツ。そして揃えたかのようなミニスカート。ベストまで着ており、胸元にはピンク色のリボン。スカートのベルトには懐中時計が括りつけてあった。
「なにこれ……！　え？　あれ？」
　頭の上で何かが揺れているのを感じて巴は軽くソレを振ってみた。やはり何かある。恐る恐るそれに手を伸ばすと、触れた。
　じっくりと、形を確かめる。思いっきり引っ張ると、痛い。
「こ、これ、耳？」
　しかもウサギ？　真っ白な耳？
　兎に懐中時計とくると、思い浮かぶのは一つしかない。あのお話だ！
「ええーっ！」
　夢？　夢なの!?　いや、夢だと言って！
　絶対にステラの仕業だ。何をしたんだいったい。
　とにかく帰る方法を探さなければ……。
　巴はすでに脱力気味で歩き出す。格好はまぁ……なんとか我慢できるが少しでも情報を集めなければ。

　巨大な壁はどこからでも見える。まるで『道』のようになっている気がしてきた。
（あの壁の向こうはなんだろう……）
　ぼんやりと思って歩いているが、誰にも会わない。家もないし、ただ道が続いているだけだ。
「ん？」
　少し先で何か聞こえる。だがそれは一瞬で静まった。
　巴は気になって走り出す。
　それはすぐに見えてきた。道の真ん中に腰に片手を当てて立っている人物が居る。自分が時計うさぎだとすれば、彼女がまさにアリスだった。
　赤茶の髪に、オレンジ色のワンピースの上から黒のエプロンドレスを着け、うなじ辺りには黄色のリボン。巴とそう歳の変わらない少女だ。
（あの子……）
　彼女の足元には叩きのめされたらしいトランプ兵がいる。人間大のトランプに、黒く細長い手足がついているだけだが……。
　彼女はこちらを振り向いた。冷たい印象を与える冷酷な眼。それをまともに見た巴がぞくりと悪寒を走らせる。
（綺麗な子なのに……）
　整いすぎと言ってもいいその顔立ちと、身体のバランス。……う、うらやましい。
「ん？」
　彼女は目を細めてこちらを凝視した。視線だけで人が殺せるものなら、殺されていたかもしれない。
　巴はびくっと反応して足を止め、慌てたように手を振る。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
「なんで謝るの」
　不思議そうな彼女から殺気が消えた。まるで先ほどの気配が嘘のように。
（あ、あれ？　怖い人かなと思ったけど、気のせいかな）
「もしかしてあなたも壷に……？」
「あんたもステラの知り合いなの？」
「！　じゃあやっぱり！
　私、巴っていうの。十種巴。よろしくね」
　安堵した巴が近づく。身近で見ると、ますます美人だ。
「あたしは遠逆日無子」
「とおさか？」
　陽狩さんと同じ名前だ。
（偶然？）
　頭の上に疑問符を浮かべている巴の前で、彼女は巨大な壁のほうを見遣った。
「どうやらここは迷路のようになっているみたい。あんたも迷子ってところね、十種」
「迷路……。え、じゃああの、このヒトたちは……？」
　足元に倒れているトランプたちに、日無子は冷たい一瞥をくれてやった。
「あぁ、邪魔してきたからやっつけただけよ」
「邪魔？」
　妨害もあるのか……。
　巴は日無子をまじまじと見つめる。もしかして……年上？

　二人で並んで歩く。森の中へと通じているその道に、巴は怪しさを強く感じた。
　ここまで一応妨害らしきものはなかったが……森の中にはきっと何かいる。
　巴は自分の足元を見遣る。ミニスカートの下はストッキングをはいているが、日無子は生足だ。引き締まってすらりとしたその細さに羨望の眼差しを向けた。
（なんか胸とかもあるし……いいなぁ）
「誰か居る」
　日無子の呟きに、巴は慌てて前を向く。
「巴！」
　相手は気づいたように叫んだ。聞き覚えのある声に、巴は腰から力が抜けそうになる。
「陽狩さん!?」
　森の奥から現れたのは遠逆陽狩だった。
（あ、チェシャ猫の格好!?）
　ゴシックな雰囲気の、やや露出の多い衣服のうえ、首輪やブレスレットなどの飾りが身体中についている。
（う、うわぁ！　うわぁ〜！）
　勝手に感動している巴に陽狩は不思議そうな目を向けてきた。そして頬を微かに赤く染め、俯く。
「……変な格好、だよな」
「えっ！　へ、変じゃないよ！　かっこいい……よ」
　もじもじして応える巴に陽狩は「そうかな」と奇妙そうな声で返した。普段から飾り気のない彼にしては珍しい格好だ。
　そんな二人のやり取りに、日無子が声を挟んでくる。
「あんたたち、知り合いなの？」
「えっ！　あ、ごめんね日無子先輩。こっちは陽狩さん。わ、私のか、彼氏。
　陽狩さん、この人は日無子さん」
　紹介をすると日無子がなぜか顔を歪める。
「ふぅん……。十種の彼氏ねぇ」
「…………」
　あまり愛想もなく、他人に興味すら抱かない陽狩が、日無子を凝視していた。それに気づいて巴は二人を見比べる。
　そこで初めて気づいた。二人は並ぶと絵になる。美男美女なのだ。
　日無子は巴とタイプが違う。だが陽狩と並んでも遜色のない美少女だ。
（……むっ）
　思わず眉間に皺を寄せる巴だったが、陽狩が不思議そうに口を開いた。
「ところで……ここはどこなんだ？　巴、なにか知ってるか？」
「え？　あ、うん。なんか迷路ってことらしいけど……私も日無子先輩から聞いただけだから」
「ヒナコ先輩？」
「私より一つ年上だから」
　陽狩は頭上に疑問符を浮かべているようだが、巴にはしっくりくる呼び方だ。
（それより陽狩さん、さっきじっと日無子先輩を見てたけど…………）
　負けないもんっ。いくら綺麗だからって負けない。陽狩さんは私の彼氏なんだから！
「迷路か……」
「私はちょっと苦手だけど……陽狩さんはどう？」
「……いや、得意なほうじゃないが……」
「日無子先輩は得意？」
「さぁね。あたし、苦手なものってそんなにないし」
　不敵な笑みを浮かべる日無子は腕組みをする。
「あの巨大な壁は迷路の壁。あれは見た限り、ずっと続いてるわ。あまりにデカすぎて登り切れなかったしね」
「ええっ!?　のぼろうとしたの？」
「まあね。でも無理だった。どうやら正当に道を進んでいくしかないみたいよ？」
　平然と言っているが、何者なんだろうこの少女は。ただの人間ではないようだが……。
　日無子は歩き出す。
「とにかく、あたしは早く帰りたいの。あんたたちのイチャイチャに付き合ってられないし、行くわ」
「あっ、ま、待って日無子先輩！」
　歩き出した日無子を巴は引きとめようとしたが、無理だった。陽狩の手を引っ張って彼のほうを見た。
「置いていかれちゃうよ、陽狩さん！　急ごう！」
「…………巴、あの女はあまりよくない」
「え？」
「……あっちも気づいただろうが……あの女、遠逆の者だ。それに、オレと似ている……」
　陽狩さんに？
　そうだろうか……。陽狩と違って、明るい性格のようだったが……。だが最初に会った時に感じたあの悪寒は……。
「よ、よくないって……でも同じようにこの世界で迷ってるんだし、協力したほうがいいよ！
　それに同じ一族だったら……親戚ってことなんでしょ、陽狩さんの」
　そうだとすれば、邪険にはできない。
「ほら陽狩さん！　早く行かないと姿が見えなくなっちゃう！」
「だ、だけど巴……」
　無理やり引っ張って巴は走り出した。

＊

　追いついた時、道の行く手を塞ぐように双子の大きなぬいぐるみが行く手を阻んでいた。
「とおせんぼー」
「とおせんぼー」
　奇妙なハモりに巴は「うっ」と洩らす。あれがもしや、妨害？
「邪魔」
　日無子はそう一言洩らすと片脚を振り上げた。頭上あたりまで持ち上がった脚に巴は「ええーっ！」と仰天した声をあげる。
　ていうか、あれは完全にパ……が、丸見えでは!?
　ずどん！
　振り下ろされた足は、双子の片割れの脳天に炸裂する。日無子は続けざま、横の残り一人の首元を蹴り飛ばす。双子は「けぺっ」と洩らして吹っ飛んだ。
（う、うそぉ！）
　姿勢を正した日無子が道をずんずん進み出した。お、置いていかれる！
「日無子先輩！」
「ん？」
　振り向いた日無子が巴の姿に首を傾げた。
「どうしたの？」
「私たちも一緒に行きます！」
　か、かっこいい……！　こんなに美人さんで、そのうえ強いなんて！
　きらきらと瞳を輝かせている巴に気づき、陽狩が「う」と唸った。
　日無子に詰め寄り、巴は彼女の両手を握る。
「日無子先輩！」
「は、はい？」
「頑張ってこの迷路、抜けましょう！　ね！」
「……あー、う、うん」
　遣りにくそうに曖昧に頷く日無子であった。

　二人に挟まれる形で歩く巴は、身を竦ませた。日無子もあまり陽狩が得意ではないようだ。
「ねぇねぇ、なんで十種はあんなのと付き合ってるの？」
　外見は可愛らしいのに、日無子の性格はきっぱりはっきりしているようだった。顔を寄せて小さく声をかけてくる。
「あんなのって……陽狩さんてすごく素敵じゃないですか」
　こそこそと言い合うが、日無子は腕を組んで首を傾げた。理解できないと言わんばかりの態度だ。
「そぉかなぁ……」
「そうです。陽狩さんは世界一です」
　小声で言うが、日無子は納得しがたい様子である。
「でもどっちに行ったらいいんでしょう？」
「んー。ハートのクィーンを倒せば脱出できるって聞いたわ、あたし」
「ハートのクィーン……」
　不思議の世界での王。
　きっとその人物に会えば帰れるのだ――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ＰＣ
【6494／十種・巴（とぐさ・ともえ）／女／15／高校生、治癒術の術師】

ＮＰＣ
【遠逆・日無子（とおさか・ひなこ）／女／17／退魔士】
【遠逆・陽狩（とおさか・ひかる）／男／17／退魔士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
　不思議な迷宮へようこそ。日無子と陽狩がお供となります。いかがでしたでしょうか？
　少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

ハロウィンカーニバル・ＰＣゲームノベル

ともやいずみ

東京怪談

2008年09月26日