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『【出撃のバトルメイド ー4】 』
高科・瑞穂6067)&ファング(NPCA022)





 港を見下ろす小高い丘に、旧華族の洋館がある。
 別宅として造られたこの屋敷は、明治期の貴族趣味をいまに伝える。ときおり外壁の赤煉瓦を目印にして、健脚な観光客が森山を登ってやってくるが、中に入ることはできない。
 なぜならそこには、いまだ人が住んでいるから。
 そしてその住人から、屋敷の警備を依頼されたのは三日前だ。
 自前の警備システム。そのカメラに不審な人影が写っていたという。森の中を移動するその影は、あまりに動きが速すぎて、人影であることしか分からなかった。だが、それが写された場所を調べてみると、獣の足跡があるきりだった。しかもその足跡も、一歩と一歩の間の距離が、不自然なほど離れている。
 これだけの跳躍をする獣がいるだろうか、不審に思うも、住人はそれを獣の類と結論づけて放置した。
 だが、それが週に三度も続けば、不気味になるのも無理はない。
 しかもその足跡が、しだいに館に近づいているのに気づけば、それ相応の警備をしたくなってくる。
 かくして、怪異妖怪、魑魅魍魎の解決機関、自衛隊の極秘組織、我らが近衛特務警備課に依頼がやってきたのである。

 だが。
 と思う。
 「これは似ている」
 屋敷のメイドになりすまし、警備について二日が過ぎた。
 いま、屋敷には私、高科瑞穂(たかしなみずほ)と、館の主人しかいない。
 主人には、こんど警報器が鳴ったら、すぐに地下のシェルターに入るよう指示してある。大戦期を無傷で乗り切ったこの屋敷には、コンクリートで作られた地下シェルターが備えてある。私はそこに結界をしき、妖怪や怨霊が入ってこれないようにした。もっとも、つねにそこにいられては、主人の気配が断たれてしまい、怪異そのものが現れなくなる恐れがあるので、解決を第一に考え、主人にはぎりぎりまでシェルターの外にいてもらうよう依頼した。
 「そうだ。これはあのときと同じ」
 黒メイド服に、白エプロン。今回もいつもどおり、長手袋もニーソックスも、下着もすべて白である。もちろんワンピースについているレースのフリルも、よく膨らんだフレアスカートをさらに持ち上げるペチコートも純白。やはり黒と白のコントラストがよく効いている。見えそうで見えない、フリルの豊かなペチコートの中、相変わらず豪華な刺繍のショーツとガーターベルトが、その刺繍の中に私の肌を透けさせている。露になった太ももは、膝の上でタイトなニーソックスに遮られ、配給部の担当いわく、完璧な比率の絶対領域なんだそうだ。このミニスカートとニーソックスという組み合わせを初めて着たとき、細身のパンツを途中まで下げ、そのままでいるような感じがして落ち着かなかった。もっとも、それも慣れてしまったが。
 「そう。これは私が始めてメイド服を着て戦った――ファングと初めて戦った、あのときと同じだ」
 あのときも、足跡だけ残し、なにもしない侵入者に対する警備だった。
 釣られている。
 強い戦士が警備に来るのを、釣ろうとしている。
 戦闘狂のファングなら、あの獣なら、相手の縄張りを荒らして、敵をおびき出すなんていう、つまらない手を使うかもしれない。
 もちろんそれは、可能性のひとつだ。
 かつてこの主人に捨てられた女の霊が、お岩さんの古井戸から這い出てきて、毎夜毎夜、主人を追いつめようとしているのかもしれないし。渡りの妖怪が、たまたま群れをなしてここを通っているだけかもしれない。
 ファングとの戦闘を思えば、悔しいが若干の恐怖が湧く。
 「この私が――」
 感情に、意識が翻弄されてはいけない。
 任務に感情はいらない。理性でもって対処する。いつだって、私は冷静な観察と確実な対応でもって危機を、死地を乗り越えてきた。
 それでも、左腕が疼く。
 かつてファングに一撃を食らわされた、この左腕が。

 私は給仕室でお茶を淹れ、ひと揃えのセットをワゴンに乗せて歩いている。べつに屋敷の主人に持っていくわけではない。屋敷の警備をするためのカモフラージュだ。もちろん主人には、朝昼晩きちんと三食用意して持っていくし、三十分に一度、様子を見に行くことも怠らない。そのときにお茶を持っていくこともあるが、メイドとして働くことが仕事ではないので、主人のお茶につきあってやることはない。
 いまは、午前二時を回ったところ。
 おそらく主人はもう寝ている。
 私はひとり、白熱灯が転々とぶら下げられた廊下を歩く。
 右を見れば、ほんのりとした橙色が、色のあせたクリーム色のしっくい壁を寂しげに照らす。
 左を見れば、外の闇が窓ガラスに張り付いている。
 真っ黒な鏡の中に、黒と白のメイド服を着た私が映る。
 不意に、私の瞳が赤く光った。
 いや――
 ガラスの向こう、林の中に赤い残光。
 私はとっさに剣を取り出し、ワゴンを窓に蹴り飛ばす!
 窓ガラスは割れ、その破砕音が廊下に響く。
 割ったのは、ワゴンが先か、侵入者が先か。
 砕け散る硝子片が白熱灯に煌めく中、巨大な身体が飛び込んでくる。
 「ファング!」
 因縁の敵の方が、私の反応よりも速かった。
 硝子片をその長い鬣(たてがみ)に巻き込みながら、獣が私に乗りかかってくる。
 「こぉのっ!」
 押し倒されつつ、私は剣の柄をファングの額にあてて、両足で腹を蹴る。飛び込んできた勢いを借り、巴投げのようにして巨体を後ろへ投げ飛ばす。壁に叩きつけたかと思ったが、そこには扉。ファングの身体は扉を破壊し、その向こうに転がっていく。
 私は身体を起こし、剣を構える。エプロンの左肩は、ファングの爪に引っかけられて、ちぎれてしまった。
 「また貴様か」
 暗い部屋、その低い天井にぶら下げられた、小さなシャンデリアふうの照明が廊下からの明かりに煌めく。
 その光に照らされながら、ファングは背を曲げ、飛びかかるような姿勢で立った。
 その背後にはビリヤード台。この部屋は、客間のひとつをプレイルームにしたものだ。中央に台がひとつだけ置かれ、壁沿いに背の低いキャビネットが一棹、長いソファとサイドテーブルがひと揃えあるのみだが、十畳ほどしかない部屋なので、窮屈な印象を受ける。その圧迫感は、いいようもない。
 こいつがいるから。だからこその圧迫感か。
 私は部屋に入り、壁にある照明のスイッチを入れる。シャンデリアに橙色の灯がともり、正面の壁にキューが数本、飾るように並べてあるのが見えた。ファングから視線を外さず、視界の端に、右の壁に隣の部屋に行く扉を見つける。
 「よそ見なんざっ!」
 瞳が寄れてしまっていた。
 ファングは一喝、左を前に、半身に構えた身体を滑らせるよう飛んでくる。そのままノーリアクションで左腕を突き出した。
 私は右手の甲でそれを反らすが、姿勢が崩れた。
 まずい――
 左に視線を走らせれば、右のブローが迫っている。
 近接格闘の基本コンボ。
 私はとっさに身体を落とし、左手でそれをいなす。だが、腰から回転させて力を込めたファングの腕はいなしきれず、私の身体は左腕から持っていかれた。
 それでも私は、床に投げ出された身体を即座に起こす。片膝を立て、剣を構える。
 どうする。
 踏み込もうとするファングに、剣を突き出し、牽制する。
 だが、こちらからは飛び込めない。
 隙がない。
 巨躯の背を、四つ足の獣のように丸めているが、その長いリーチの両腕と、深い懐、そして恐るべき跳躍力を持つ脚、どう斬り込んでも反応されてしまいそうだ。
 本来、格闘をメインに使う相手に対し、剣を使う私は有利。拳と剣では、そのリーチに絶対的な差があるからだ。
 だが、ファングの腕は剣と同等のリーチがある。指を伸ばせば、私の剣より長いかもしれない。しかも一枚板の剣に対し、腕は肘と手首で動きに変化を付けられる。しかも、障害物の多いこの部屋で不用意に剣を振るえば、どこかに引っかかって隙ができる。
 ――っ!
 考えているうち、ファングの右腕が唸りをあげて迫ってきた。
 それを内側から剣で斬りつけ、下にいなす。踏みつける!
 「ぁあっ!」
 ここしかない。
 私は悲鳴にも似た声を上げ、ファングの腕を駆け上がる。首に向かって剣を薙ぐ。下から上へ、その丸太のような首の、その喉笛目がけ!
 獅子の咽喉が唸りを上げた。
 まるで地獄に棲むといわれる、ケルベロスのような唸り。
 剣は、ファングの口を裂いていた。
 「こいつ――」
 違う。裂けた獣の口の中、その牙に、剣は止められてしまっていた。
 「ならっ!」
 私は剣を中心に、身をひるがえす。
 ファングの首を捻るように、頭上に跳んで、反対側に降りようとした。だが、ファングの力は途方もなかった。剣ごと私の身体を振り回したのだ。
 ブハァッ、と息を吐くファング。
 私の身体は壁に叩きつけられて、一瞬、呼吸ができなかった。
 だが、悪くない。
 攻撃のあとの隙をつけば――
 私は気づいた。
 剣が、その鋼の刃が、根元から折れてしまっていることに。
 「隙だらけだ」
 声と気配を同時に感じた。
 剣に見入っていた顔を上げると、ファングの、その巨大な左の拳が、真っ直ぐ伸びていた。
 刹那、私は右足を蹴り上げた。回し蹴りのように腕をいなし、勢いを借り、脇に飛びのく。
 「もろい剣だな」
 ファングは笑う。
 私は剣の柄を捨て、左を前に半身に構えた。
 足が震えだしそうなのを、腹の底に力を込め、懸命に抑えつけて。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 淳 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年09月22日

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