『『任務と強敵』 』

高科・瑞穂（6067）＆ファング（NPCA022）

　高科・瑞穂（たかしな・みずほ）を見た者の多くは、彼女が軍人であるとは想像もつかないだろう。性格は常に冷静沈着、時折優しい笑顔を見せる瑞穂は、一見すればどこにでもいる可愛らしい女性と思われるだろう。
　しかし彼女は軍人であり、自衛隊の中に極秘裏に設置された、近衛特務警備課に所属しているのである。任務は的確に遂行しなければならないという使命をから、強い意志も持ち合わせているのだ。



　瑞穂は今、街外れにある大富豪の屋敷の中にいた。いつもとは違う服装、紺色のニコレッタメイド服を着用している。
　膝上でかがめば下着が見えてしまいそうな程の短いミニスカートからは、白くて肉付きの良いふとももが見えており、ふっくらとした丸みを帯びた胸の形が女である事を証明しているのだが、その豊満な体のラインは今はメイド服に隠されていた。
　茶色く長い髪の毛は作業用の後に縛っており、艶のある髪の毛が揺れる姿はある意味の色っぽさを演出しているのであった。
　普通の男なら、彼女に魅力を感じないという事はないだろう。メイド服を着ていても、その姿から発せられる色艶のある魅力は隠れる事はない。
　薄い桃色の健康的な頬に、赤みを帯びた唇で、今は笑みが浮かべられている。瑞穂は屋敷に外にある花壇の掃除をする為、腰を曲げて屈んだ。その瞬間、弾力のありそうな張りのある形の良い尻を包み込んだ黒いガーターベルトがちらりと顔を見せる。短めのニーソックスに今は普通の黒い靴を履いて、メイドになりきっていた。
　普段は膝まである編み上げの皮のロングブーツを履くのだが、今は庭の端に隠してある。メイドとして屋敷に入り込んでいる為、怪しまれる様な不自然な格好は出来ない。
　瑞穂がこの様な格好をしているのには理由があった。
　この屋敷の持ち主である富豪の男は、惜しみない努力と財力、時には多くの犠牲を払って、結果的に自分の経営している会社を成功させる事が出来た。今は男の資産は、個人資産だけでも数億に達し、業界ではその名を知らない者がいない程の富を得る事が出来た。
　しかし、成功者を嫉むものは必ず現れるもので、その男の会社のライバル会社が暴力団の力を使い、富豪の男に圧力をかけていた。富豪の男は自分を守る事と引き換えに、瑞穂の所属している自衛隊に寄付金を渡していた。何かがあれば軍の力を使ってまでも自分を守って欲しい、そのような理由からであったのだろう。
　それ程までに、その富豪の財力は強大であった。実際、屋敷も家と言うよりもまるで立派な城の様な外見で、瑞穂ですらもこれが一個人の家なのかと驚いたぐらいであった。
「さて、どこから来るのかしら」
　ライバル会社の者達が動き出していると情報は掴んでいた。この屋敷と、富豪の男に危害を加えて、最悪、不幸な事故に見せかけて殺害する可能性があるという事を、瑞穂も所属している近衛特務警備課の情報員から聞いていた。軍に恩恵をもたらす人物であるのだから、必ず守らなくてはいけない。
　しかし、だからといって軍が動けば大掛かりになり、富豪の守りに自衛隊が動いていると言う事が敵にわかってしまう。そうなれば相手方もどんな手段で攻撃を仕掛けてくるかわからない‥‥そこで、瑞穂に白羽の矢が立ったのだ。
　彼女の様な女性なら、屋敷にいても怪しむ者はほとんどいないだろう。屋敷に侵入してくる可能性のある敵に動向を、屋敷の内部から偵察するのが瑞穂の役目であった。富豪からも了承を得て、瑞穂は屋敷内のメイドにと姿を変えて、今こうして庭の花壇の手入れをするフリをしつつ、敵の動きを探っているのであった。
「！」
　瑞穂は、何かがこちらを見ている気配を感じた。花壇の花を手入れしているフリをしながら、視界を確認するが姿は見えない。一度後ろを振り返り、それでも笑顔を見せながら、花壇の脇に隠しておいたブーツへと履き替えた。間もなく戦闘が始まると、そう確信したからである。
「さてと」
　瑞穂は小さく息を吸った。
「いるのはわかっているのよ」
　メイド姿のまま、瑞穂は静かに見えない敵に語りかけた。敵が富豪の元へ行く前にここで止めなければならない。最早正体を隠す必要などなかった。
「なるほど、一番か弱く見える奴を置いたってわけか」
　庭の奥に生えている木の陰から、一人の男が姿を見せた。身長は瑞穂の頭３つ分はあるだろうか。鍛え上げられた逞しい筋肉を持ち、その瞳は獲物を狩ろうとしている肉食獣の様であった。
「貴様には恨みはねえが、ここでくたばって貰う。例え女だろうとな」
　男はゆっくりと瑞穂に歩み寄って来る。
「俺の名はファング。戦場を渡り歩くハイエナだ。金も名誉も女も、俺には必要ねえ。面白い戦いが出来ればそれでいい」
「いきなり名前を名乗るなんてかなりの余裕ね」
　瑞穂も余裕のある口調で言葉を返した。
　いくら相手が屈強な男でも、数々の戦いを勝ち抜いてきた瑞穂からすれば、余裕の相手のはずだ。おそらくは、金で雇われた傭兵あたりなのだろう。瑞穂にも面識のない相手だ、個人的な感情など入れずに思い切り戦えるはずだ。
「だったら話は早いわね。さっさと消えてもらうわ！」
　瑞穂は会話の終わりからグローブを嵌めて、背中の中に隠していた剣を手に取った。普段とは違うメイド服であるが、戦闘は十分に心得ている。
　その男‥‥ファングの手にはすでにコンバットナイフが握られていた。ナイフの鈍い光が瑞穂に狙いを定めている。
「はっ！」
　瑞穂はファングの心臓を狙い剣を突き出した。しかし、寸前の所で身をかわされ、瑞穂の剣はファングの腕をかすめただけであった。それでも攻撃の手を止めず、剣をかざした勢いに乗せて強烈な蹴りを放った。ミニスカートから白いふとももがむき出しになり、ガーターベルトで止められた下着が露出する。
　だが、ファングはその姿などに目もくれず、瑞穂の蹴りを片腕で跳ね除けた。この男は根っからの戦い好きなのだ。山の様な財宝よりも、色気溢れる女よりも、世界中の高級食材を使った料理よりも、この男は戦いを愛するのだ。それを瑞穂が確信した時、片腕をファングにねじり取られた。
「っつ！」
　腕を捻られそうになる前に、体を逆方向に回転させて、瑞穂はファングの腕を振り切った。
　決して、戦術で負けていないはずだ。だが、どうしても体格差が生じてしまうのだ。これはどうしようもない事であった。
　こちらは鍛えていると言えども年頃の女、相手は屈強な男だ。同じ戦術を持っていても、体格の分こちらが若干引けを取っている。勿論、それに今頃気付く瑞穂ではなかった。
「動いて！」
　瑞穂は念を集中させた。途端に、庭にあった園芸の鋏や植木鉢、庭石といった物が動き出し、ファング目掛けて飛び出した。瑞穂の特殊な能力であった。しかし、まだこの力を完全に使いこなす事が出来ず、狙いが外れるものもあった。
「まだ、ダメね」
　超能力で動かしたもののいくつかはファングに命中しており、ファングの背中に庭の植木バサミが突き刺さっていた。しかし、ファングはそれでも薄い笑みを浮かべていた。
「ふん、特殊能力か。大したことない力だ。自分の力を使いこなせていないくせに、俺と戦おうなんてな。俺もなめられたもんだ」
　すぐに瑞穂は剣を構えた。
「本当に力を使いこなすってのは、こういうのを言うんだぜ？」
　一瞬、ファングの姿が見えなくなったと思った時、目の前に直立したような姿の獅子の様な魔獣が姿を見せた。
「これがこの人の真の姿なの？」
　瑞穂はその姿に目を奪われてしまった。金属の銀で出来た美しい体毛は、まるで神話に登場するかの様な姿であった。
　だが、戦闘では決して油断してはならないのだ。瑞穂は魔獣に目を奪われた一瞬の隙を付かれ、ファングの鋭い爪に腕と腹を引き裂かれた。
「あうっ！」
　痛みを感じた瞬間はもう遅かった。メイド服はぱっくりと肌まで切り裂かれ、白いエプロンに赤い染みが広がり始めていた。
　避けた腕からも血が滴っていたが、幸い寸前で避けた為、裂けたのは肉だけであった。しかし、この攻撃を避けたからといって状況が変わるわけではない。鋭い爪がさらに瑞穂に襲い掛かった。今度は何とか避けたが長い髪の毛がファングの爪に切り裂かれたようで、瑞穂のまわりに彼女の体から分離された髪の毛がパラパラと降り注いだ。
「このままじゃいけない！」
　瑞穂はファングの攻撃を避けながら考えた。どうにか反撃をしなければならないが、相手が巨大すぎる。相手から見れば小さな人形の様な瑞穂が、パワーで勝つ事は出来ないだろう。超能力も、成功するとは限らない。だとすれば、確実に反撃できる方法を今すぐ、思いつかなくてはならない。
「そうだわ」
　瑞穂はそう呟くと、剣でメイド服のエプロンの止め具を引き裂き、エプロンを外した。
「一瞬だけでいいわ、うまくいって！」
　直立した獅子の様な姿のファングの体は銀で出来ており、体を傷つけるにはかなりの力がいるだろう。ならばこちらは頭を使うしかない。
　瑞穂は念を込めてエプロンを超能力で動かした。ひらりと舞いながらしかし勢いをつけて白いエプロンは宙を舞い、ファングの視界を塞ぐ。
　次の瞬間、エプロンはファングによって２つに引き裂かれたが、ファングの視界から数秒だけ、瑞穂は消えたのだ。その数秒の時間を使い、瑞穂はファングのすぐ脇下に入り込み、そして剣を思い切り振り上げた。
　ファングの叫び声が上がった。鮮血が瑞穂にも飛び散っていく。瑞穂はそのまま攻撃の手を辞めず、ファングに剣を振るっていく。ファングの体が次々に裂けていき、次の瞬間、ファングは元の人間姿に戻っていた。
「小細工をしやがって！」
「そんな小細工でも、油断したお前が悪いわ」
　ファングは徐々に後ろへ下がっていき、そして瑞穂を見て小さく唇に笑みを浮かべた。
「なるほど、少しは楽しませてくれるわけだ。貴様の名前は何だ？」
「瑞穂よ。それよりも、逃げるつもり？」
「貴様みたいな女がいるとはな。もうちょっと戦いを楽しみたい。俺はまだ、この世を楽しみたいんだ、鮮血の飛び散るこの世の戦いをな。ここで終わらせちゃもったいねえからな」
　そう言ってファングは、再度獣に姿を変えると、手傷を負いながらも風の様な速さで、屋敷の敷地から消えて言った。とたんに、静けさがあたりに戻ったが、庭に飛び散った血の痕が、先ほどの厳しい戦いを思い出させるのであった。
「ふう、何とか勝てたけど」
　瑞穂はすっかり汚れて裂かれてしまったメイド服を見つめた。
「危なかった。あと少しで命を落としていたかもしれない。でも、任務は遂行できたわね」
　瑞穂は今の出来事を報告するため、屋敷の中へと入った。世の中にはまだまだ、瑞穂の知らない強敵がいるのだ。今日はそのことを強く意識した１日であった。危険な目に合う事は覚悟している。
　それでも瑞穂は戦わなくてはならない。それが、自分の使命だと確信しているのだから。（終）

PCシチュエーションノベル（シングル）

朝霧　青海

東京怪談

2008年09月09日