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『桃・賢実 』
シルフェ2994)&桃(NPC0561)





 蒼黎帝国の首都たる楼蘭ともなれば、町並みの雰囲気は違えど主な活動場所たる聖都エルザードに勝るとも劣らぬ活気を見せる。
 碁盤目状に配置された都市は、政治が行き届いていることを感じさせ、町の人や旅人も安心して日々を暮らしていた。
 大きな傘の下、椅子に座り、オープンカフェよろしくお茶とお菓子を楽しんでいるのはシルフェだ。
 大通りに面した茶屋であるこの場所は、人の通りを見るにはうってつけの場所。
 多種多様、エルザードとはまた違った食文化を持った楼蘭では、数え切れないほどの飲食店が軒を連ね、大型のレストランも勿論あるが、小型の、今シルフェがお茶を楽しんでいるような店のほうが多い。
 この店も、シルフェがそんな小型の店を食べ歩いている際に見つけた穴場のような場所だった。
 楼蘭の人々からしてみれば、何の変哲も無い普通の店。
 けれど、シルフェの眼から見れば、人々の営みが見れる楽しい場所。
 加えてお茶もお菓子も美味しいのだから、何の不満も無い。
「娘々。このお菓子はどうかな?」
 流石にこう何日も通い詰めるように来ていては、店の人に顔を覚えられても仕方が無い。
「…そうですねぇ。ちょっと、塩味が多いように感じます」
 淡い朱色のお菓子は、ほんのり西瓜味に似ているような、似ていないような。
「了解。また後でもよろしくな」
「はい。わたくしでよろしければ。うふふ」
 そして、こうして新しいお菓子の試食まで頼まれるようになっていた。
 そういえば…と、シルフェはコト……と、小さな木製の丸テーブルに湯呑を置く。
 シルフェの視線の先にあったのは、中華まんの店。
 あの時の店ではないけれど、立ち上る蒸した湯気がシルフェの記憶を呼び起こす。
「桃助様……」
 今、どうしているだろうか。
 蒼黎帝国をノンビリ旅をして、また楼蘭に戻ってきて尋ねてみたら、桃助が住んでいた家はもぬけの殻になっていた。
 周りの人に話を聞いてみたところ、桃助を育てた養父の男性が不治の病にかかり、治療の甲斐なく息を引き取った後、桃助は旅に出たと言っていた。
 不治の病―――大きくなった桃助と話した時に、養父に薬が届けられた。
『看取ろうと思う』
 そして、桃助はシルフェにそう言ったのだ。
 きっとあの時にはもう手遅れになるような所まで病が信仰していたに違いない。
 宝貝人間だから、人が生きる時間よりもかなり長く――永遠にも近い命を生きるため、そう言ったのだと思っていた。けれど、違ったのだ。
 ついていて、あげればよかっただろうか。
 それは、今となっては後の祭り。
 知っていたからと言って、何か出来たわけではない。きっと何も出来なかった。
「病を治すことはできないんですね……」
 誰に向けたわけでもなくシルフェは一人呟く。
 仙薬も万能薬と言うわけではない。いや違う。
 シルフェは、楼蘭に来て、仙人と出会って、蒼黎帝国がどんなところかを知った。だから、人の世界に仙薬が無い理由を知っている。
 机に置いた湯呑をまた口につける。
 冷めかけたお茶。
 仄かな苦味が口の中に広がる。
「……あら?」
 シルフェは眼を瞬かせた。
 人通りの中、知った面影が歩いていく。
 歩いて行った方向に視線を向けてみるが、そんな後姿はもう見当たらない。
「ご本人かしら、他人の空似というものですかしら、うふふ」
 こんな事を考えていたから、桃助に似た面影を知りもしない人に重ねてしまったのかもしれない。
 けれど、彼は何処か険しい顔をしていたように思う。
 歳追うごとに笑顔を見せなくはなっていたけれど、あんなにもしかめっ面の青年だっただろうか。
「空似…ですね」
 シルフェは通り過ぎた男性と、記憶の中の桃助を重ね合わせ、ふふと笑う。
 飲んでいたお茶はもう空だ。
 ノンビリと時間をかけて飲んでいたつもりだったが、思いのほか時間は過ぎていないように感じる。
 しかし、人々の足元に広がる影を見れば、それなりの時間は経っていたらしい。
 シルフェは立ち上がり、もう馴染みとなった御茶屋からとおりへと歩き出す。
 ふわふわと、まるで流れるように歩きながら、シルフェは何時もの宿へと歩き出す。
 暖簾に手をかけて、一歩足を踏み入れたときだった。
「シルフェ?」
 名を呼ばれ、振り返る。
 立ち尽くすその人に、シルフェはふわりと微笑んだ。
「桃助様」
 見間違いや他人の空似ではなかった。
 彼は、本当に楼蘭に戻ってきていたのだ。
「お元気でしたか? お父上が亡くなられた後旅に出たとお聞きして、桃助様は今頃どうしておられるのかと思っていたんです」
 嬉しそうに微笑んで告げるシルフェに、桃助は困ったように微かに柳眉を下げた。
「桃助様?」
 小首をかしげ昔馴染んだ名を口にするシルフェに、微かに口角を上げて告げる。
「今は、桃(タオ)と名乗っている。流石に、その名はこの国では目立つのでな」
 そんな桃にシルフェは「分かりました」と微笑んで頷く。
「では、桃様とお呼び致します」
 付けた名で呼べないのは少し寂しい感じがしたが、これもまた仕方が無いのかもしれない。
 見た目の年齢的には桃のほうが幾分か上になってしまったが、シルフェの中ではあの小さな桃助のままで、ほんのりと優しい微笑で桃を見つめる。
「……どうかしたのか?」
 その視線に気が着いた桃は訝しげに――いや、何処か気恥ずかしそうに――シルフェを見返す。
「いいえ。何でもありません」
 ふふ。と今度はとても嬉しそうに。
 桃にはどうしてシルフェが笑っているのか分からない。けれど、
「今度は、私がこの国を案内しよう」
 旅をして、いろいろなもの、いろいろな場所へ行き、見識を深められたと思うから。
 この時間がどれだけ残されているか分からないが、今だけは穏やかな空気の中で。
 桃はそっと手を差出す。
「はい」
 シルフェは微笑みその手を取った。





***2008.8.29***Thank you***
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年08月29日

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