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『+ 白色世界が色付く夜に + 』
黒崎・麻吉良7390)&黒崎・吉良乃(7293)&(登場しない)



 此処は白色世界 ―― 君は降り立ち。
 此処は赤色世界 ―― 君は踏み出し。
 此処は黒色世界 ―― 君は蹴散らし。


 此処は現実世界。
 ―― 二度、君を産み出し。



+++++



 深夜、東京内の一角のある廃ビルに吸い込まれるように入っていく『彼女』を黒崎 麻吉良(くろさき まきら)は見つけた。


 銀色の髪に赤い瞳を持った『彼女』はほとんど記憶を持たない麻吉良にとって『自分』を知っているかもしれない唯一の人間だ。
 声を掛けるか迷うが『彼女』の身に纏うどこか冷たく張り詰めた空気が気になり、声を掛けられずそのまま後をついていくことにした。
 廃ビルの中は明かりが付いていないためとても暗く、窓から差し込む月明かりだけが足元を照らす。照明のスイッチを見つけて何気なく押してみたものの電気が通っていないようで明かりが付く事はなかった。
 設置されていたエレベーターをそっと見上げる。
 だがそれもまた動くはずがなく、麻吉良はすぐ階段に移動し一段一段音を立てぬよう慎重に足を上げた。ビルの内部は古びており時々鉄錆びのような香りが鼻先を擽る。


 二階に上がると手前の部屋から順番に中を覗く。
 一つ、二つ、三つ……デスクやパソコンが残った部屋達はまるでまだオフィスとして使用されているかのよう。だがそれらが白い埃を被っていることから長い時間誰も触れていないことが分かる。


 四つ目の部屋を覗き込み麻吉良は中に入る。
 不意に違和感を覚え、足を止めた。
 なんだろうかと自分でも室内を眺め見る。先程入った三つの部屋よりも生活感のあるオフィスルーム――やがてその部屋には埃が殆どないことに気付いた。
 誰かが気まぐれでこの場所に入っただけではない、明らかに『使用』している痕跡の残るその部屋にごくりと唾を飲み込んだ。
 ふと手前のテーブルの上に無造作に置かれたファイルを見つけ開く。
 そこら辺の文具店に幾らでも売られていそうな簡素なファイルの表紙を捲れば、顔写真の貼られた履歴書にも似た書類が何十枚と姿を現す。


「っ!? これ、は……」


 ある一枚の書類に麻吉良は目を奪われた。
 その紙にはクリップで何枚もの写真がくっ付けられており、麻吉良はもっと良く見ようとファイルを持ち窓際に身体を移動させる。
 そして見れば見るほどその人物の顔に見覚えがあることに気づいてしまった。
 写真を一枚一枚捲る。
 隠し撮りであることは角度からすぐに分かった。


 最後の一枚を捲った時、麻吉良の身体に静かな衝撃が走った。
 赤いペンで走り書きされたたった三文字――『処分済』の単語がやけに大きく目に入り込んできた。


「お父、さん……?」


 氏名・住所と事細かに書かれたその書類が履歴書ではない事にはすぐに気がついた。
 他の書類や乱雑にファイリングされた写真からそれが表舞台に立つような内容ではないということもすぐに察した。だが今手にしている書類と自分が持っている記憶との不似合いさに麻吉良は戸惑う。
 死んだ父親の写真が何故こんな場所に、と思う。
 ――赤い『処分済』の文字がやけに冷たく見えた。


「追わなくちゃ……あの人、絶対に何か知ってるっ!」


 ファイルを手にし麻吉良は部屋を出る。
 奥へと進みながら『彼女』の姿を捜した。
 角を曲がった瞬間足に何か引っかかり、よろめいた。なんだろうかと足元を見下げればそこにあったのは誰かの身体。膝を折ってうつ伏せになっていたその身体を仰向けにすればそれの額には一つの小さな穴が開いていた。其処からは大量の血が流れ汚れた地面に血溜まりを作る。
 だらりと垂れた舌、開かれた瞳孔……死んでいることは明らかだった。


 麻吉良は顔をあげ先を見る。
 一つ、また一つと同じように転がっている『死体』がそこにはあった。
 思わず口を押さえながら麻吉良は先へと進む。血生臭さと死体の数は足を動かせば動かすほど増し、それが銃を武器とする『彼女』の通った場所だということを知らせてくれた。


 ――別の角を曲がろうとした瞬間、唐突にダンッ! という発砲音が聞こえ、目の前の壁に血が飛ぶ。続いて何かが倒れる音が聞こえた。
 アクションゲームでも見ているかのような現実感のなさを感じながら麻吉良は新たに死体を作った『彼女』を見つけた。
 『彼女』は構えていた二丁の銃を下ろす。その時の表情はとても冷ややかで冷静なものだったが、麻吉良の姿を見つけると大きく目を見開いた。


「貴方、どうして此処に」
「貴方が此処に入るのを見たからつけてきたの。……今日こそ私と貴方のことを教えてもらうわ」
「……」
「あとこの書類の意味も」


 麻吉良は持ってきたファイルを開き、『彼女』に突きつけた。
 記憶の中の『あの人』に良く似た『彼女』、その彼女が入ったビルにあった父親の写真、ファイル、『処分済』の文字――ここまで来ればただの偶然では片付けられない。
 手がかりを持っているのは目の前の女性一人だけ。
 沈黙の時間がやけに長く感じられその分緊張で身を冷やした気がした。


 だがそれも長くは続かない。
 『彼女』は重く閉ざしていた唇をゆっくりと開いた。


「何を聞いても驚かない?」
「今更何に驚けというの」
「本当のことを知っても絶望しない?」
「……それは分からないけど、努力はするわ」
「覚悟はある?」
「なかったら此処にはいない」


 淡々と質問と回答を重ねれば『彼女』は次第に表情を固めていく。
 真実を語る決心が付いたのか、一度瞼を下ろし息を深く吸い、吐く。やがて開いた瞳に迷いはなかった。


「まず自己紹介からね。……私の名は『黒崎 吉良乃』(くろさき きらの)、貴方の妹よ。今は暗殺業を生業にしていて、今回はこのビルをアジトにしている暗殺組織を壊滅させる依頼を請けて此処にきたの」


 『彼女』――吉良乃は残数を確認するように銃身を揺らす。
 麻吉良は自分の武器である愛刀の鍔を無意識のうちに握り込んでいた。これで記憶の中の『あの人』が目の前の人物であることは間違いない。


「そして貴方は死者、とでも言えばいいのかしら。……十年前、強盗に襲われて私以外の家族は皆殺された。その時に貴方も死んだ。これは間違いないことよ。当時の新聞を捜すことが出来たならそこにはっきりと書かれているでしょうね。犠牲者の欄に『黒崎 麻吉良』って」


 無意識のうちに片手を持ち上げ、首に痛々しく残る傷痕を撫でる。
 麻吉良は自分が「人」ではないことは痛みを感じないことや身体能力の高さから薄々気付いていたが、まさか死人であるといわれるとは思っていなかった。
 だがこれで自分が目を覚ました時の記憶と合致した。あの時あの男が自分を蘇らせたのだろう。


「でも表向きは強盗となっているけれど、本当のところは違う。私達の両親は異なる組織の人間だったの。……しかも暗殺組織の、ね。二人は愛し合っていたけど組織同士はそうじゃなかった。むしろ互いに相手の組織を敵視するような関係だった。だからこそ二人は互いの組織から脱走し、結婚し子供も二人生まれた……私と貴方のことよ。だけど父親の方の組織に私達の住所が知られてしまい、ある命令が下されたの」
「命令?」
「暗殺命令よ。『裏切り者および、その家族を処分せよ』っていう感じかしら。――そしてその結果は、一家惨殺」


 声のトーンが下がる。
 吉良乃は下げていた銃を身体に対して垂直に真っ直ぐ持ち上げた。その銃口は麻吉良に向けられているにも関わらず相手の瞳から敵意が読み取れず麻吉良は反応が遅れる。
 気がついたときにはすでに一発ずつ銃が吐き出され、麻吉良の両腕を傷付けていた。
 だが不思議なことに麻吉良が痛みを感じたのは片方の傷のみ。もう一方の傷は全く痛みを感じることがない。しかも時間が経つにつれ傷口が塞がっていく。
 麻吉良は撃たれたことへのショックよりも異常な痛みと回復に驚きを隠せず、吉良乃に勢い良く視線を向けた。


「一つは普通弾、もう片方は対魔物用の特殊弾が込めてあるの。これで分かったでしょう? 貴方はもう死んでるの。……生きてないのよ」


 銃を片方ずつ説明する吉良乃の表情はとても苦しそう。
 特殊弾と告げられた銃から放たれた弾が麻吉良に痛みを与えたのは説明するまでなかった。
 やがて襲ってきたのは沈黙。
 知りたかった全ての説明を受けた麻吉良は頭の中で一つずつ理解し、納得させようと懸命になっていた。だがそれを阻むように視界の端に何かの影がちらつく。それが殺意を持って自分達に襲い掛かってきた時、反射的に麻吉良は愛刀を鞘から抜いた。


―― 刀を振るう度に頭の中に何かが蘇ってくる。


 『お姉ちゃん』
 そう呼んでくれた『あの人』は確かに妹だった。
 『麻吉良』
 そう呼んでくれたのは確かに愛しの両親だった。
 妹と沢山沢山遊んだ覚えがある。そんな私達を優しく見守ってくれた両親の姿も覚えている。
 一緒に学校も行った。皆でテーマパークに遊びに行った。


―― 巻き戻される記憶の中、麻吉良は確かに自分の過去を思い出していた。


 麻吉良は自分を補佐するように吉良乃が拳銃を構えている姿を確認し、力強く前に踏み込む。
 何人もの残党が自分達に発砲し、手に持っていた武器を振り上げてくるが持ち前の身軽さでかわす。刀で切りつけ、武器を叩き落し、吉良乃の銃で打ち抜かれていく残党達。
 どれくらいの時間が経ったのか分からなかったが、やがて自分達以外の誰の気配も無くなった。


 死体が散らばるビルの中、たった二人で立つ姿を月だけが見てる。
 吉良乃が銃をホルダーに仕舞い込み、いつの間にか放り投げられてしまっていたファイルを拾い上げると麻吉良に微笑んだ。


「さあ、此処を出ましょう。もう用はないわ」



+++++



 暗殺組織を壊滅させた後、二人は吉良乃の事務所内にて住居として使用している部屋に移動する。
 記憶を取り戻した麻吉良の様子を危惧した吉良乃が今夜は泊まっていけと進言したのだ。余計なものが何一つない部屋の中、置かれた一つのベットの上に二人で並ぶ。
 若干狭いが寝れないことはない。
 最初は緊張のためか心持ち二人共身を端の方に寄せていたが、ぽつぽつと会話を交わすにつれて距離も近くなった。身体を回転させて顔を向かい合わせ、より近く見詰め合う。同じ赤い色の瞳が互いを映していた。


「ねえ、吉良乃」
「何?」
「暗殺業のことは否定しないけど……危ない事はしないでね」
「……」


 血に塗れた死体に囲まれた吉良乃のことを思い出し、麻吉良が心配げに呟く。
 吉良乃は上手く返答出来ず誤魔化すかのように麻吉良の方に更に身体を寄せた。吉良乃の様子に小さなため息を漏らしながらも麻吉良は両手を伸ばし、相手の身体を抱き寄せる。
 温かい『妹』の体温を感じながら麻吉良はそっと目を閉じた。


「……お姉ちゃん……」


 吉良乃もまた『姉』に甘えるように頭を擦り寄らせ、瞼を閉じる。


 聞こえる鼓動は一人分か、二人分か。
 今もなお、それだけが二人を生かす。



+++++



「また来るね」


 翌日麻吉良は吉良乃に見送られながらその場を後にした。
 吉良乃は名残惜しく感じ相手を引き止めようとしたが、麻吉良は「自分の帰るべき場所に帰るわ」と一言述べた。何処なのかは彼女は言わない。吉良乃は上手く引き止める言葉が思い浮かばず、ただ麻吉良の背を見ていた。


 白色世界だった記憶は再び色を得た。
 麻吉良はポケットの中に入れたままの『あの人』の特徴を書いた紙を取り出す。それを指でなぞってから端を掴んで勢い良く破り始めた。


「もう必要ないわ」


 コンビニのゴミ箱に細切れになったそれを捨てながら呟いたその顔は心からの喜びを浮かべていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / 女 / 26歳 / 死人】
【7293 / 黒崎・吉良乃 (くろさき・きらの) / 女 / 23歳 / 暗殺者】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつも発注有難う御座いますv
 今回はお二人の距離がぐっと近付いたシチュエーションでしたので張り切って書かせて頂きました(笑)自分なりに「気付けば更に面白くなるんじゃないかな」的なキーワードを散らせてみましたのでどうか捜してみてくださいませ!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年08月27日

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