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『魔法石鹸の使い方 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)&(登場しない)

 ある日の早朝。
 シリューナ・リュクテイアは、かしましい鳥たちのさえずりを聞きながら、魔法薬屋の奥の台所で湯を沸かす用意をしていた。朝食の紅茶のためのものだ。
 ポットにたっぷりの水を注ぎ、それを火にかけようとした。その時。
 彼女は小さく息を飲んで、動きを止めた。
(この建物の中で、魔法の気配だと? しかもこれは、空間転移の魔法だ)
 顔をしかめて、胸に呟く。
 魔法の薬を売る店とはいえ、ここには勝手に魔法が発動するようなものなど置いていない。ましてや、空間転移の魔法となると、論外だ。
(いったい、誰が?)
 顔をしかめたまま、彼女がその気配の出所を探っていると、かすかだが自分を呼ぶ声がする。
「おねえ……さま……」
 切れ切れに聞こえるそれは、聞き慣れたファルス・ティレイラのものだ。
「ティレ?」
 シリューナは、思わず目をしばたたいた。たしかにティレイラならば空間転移の魔法も使えるので、さっきの気配が彼女が自宅からここに転移して来たものだと考えれば、不思議はない。
「ティレ? どうかしたの?」
 答えを返しながらシリューナは、火を止めると台所を後にした。
 魔法の気配がしたのは居間だったので、彼女はそちらに行ってみる。するとそこには、奇妙なものがいた。
 第一印象は「鳥人間」だろうか。
 それはちょうど背の低い小柄な少女ぐらいの大きさで、全身を羽毛に包まれていた。頭の部分は黒く、赤い目をして黒いくちばしがある。だが全体は人間のようで、腕のある場所に薄紫色の翼が生えていた。また、足首から下は鳥の足で、鋭い鉤爪が生えている。
「おねえ……さま……」
 その鳥のくちばしから、ティレイラの声が流れ出た。
「ティレ? いったい、何があったんだ?」
 それを聞くなり、シリューナは思わず尋ねる。しかしくちばしからは、もう言葉は紡がれなかった。いや、きっと本人は何かを告げたつもりなのだろうが、そこから漏れ出たのは、鳥の声でしかない。
 ティレイラは、そのことに悲しげに首をふると、鉤爪に捕らえていたものを助けを求めるかのように、シリューナの方へと差し出した。
 それを受け取り、シリューナは小さく眉をひそめる。
 それは、石鹸だったのだ。それも一見して手作りと見える、正方形の塊である。側面の一つには、紋章風にアレンジした鳥の模様が刻まれていた。
(石鹸? これが何か……?)
 シリューナは首をかしげた後、鳥人間と化したティレイラに顔を向ける。
「これを、調べてほしいのか?」
 尋ねると、ティレイラは大きく首を上下させた。
「わかった。今見てみるから、そこで待っていろ」
 言ってシリューナは、実験室へと向かう。
 壁際の棚に、さまざまな魔法に関する書物や魔法薬、そのための材料などの並ぶ実験室の椅子に腰を下ろし、彼女は仔細に手の中の石鹸を眺めた。
 最初に手にした時から、そこに魔法の気配があるのは察せられていたので、まずは端を少し削り取って軽く匂いを嗅いだ後、顕微鏡でそれを検分してみる。それから、刻まれた鳥の絵を調べ、更に全体をもう一度検分してみる。
 やがて彼女はそれを、魔法の石鹸だと結論付けた。
 石鹸そのものの成分は、美容に有効な薬草などが使われているようだが、そこに変化の魔法が込められており、使っているうちに鳥に変じてしまう効果があるようだ。ただ、それは一時的なもので、三十分程度で自然と元に戻るとシリューナは見た。もちろん、強制的に解呪の魔法で元に戻すこともできる。
(魔法自体は単純なものだから……戻すのは簡単だけど……)
 胸に呟き、シリューナはふと先程見たティレイラの姿を思い出す。その唇がふいに、にんまりとほころび、彼女は楽しげに目を輝かせた。
(あれはあれで、可愛かったな。……そう、いつもの石化したのもいいけれど、たまにはこういうのも悪くはない。どうせ、時間が経てば元に戻るのだし、それもそう長い間じゃない。このまま放置して、鑑賞させてもらうとするか)
 胸の内にそう決めて、彼女は立ち上がった。

 居間に戻ったシリューナは、深刻そうな顔を作って鳥人間になったティレイラに歩み寄った。
「ティレ、すまない。……調べてみたところが、この石鹸は使った者が鳥になる強力な呪術が込められていたことがわかった。しかもどうやら、そう簡単には解けないようなんだ」
 途端にティレイラはパニックに陥ったかのように、くちばしをせわしなく動かす。きっと、話すことができていたら「ええ〜! そんな……! どうしよう〜」とでも叫んでいたのかもしれない。だが、くちばしから漏れるのは相変わらず鳥のさえずりばかりで、せわしないそれは外で楽しげに鳴き交わされる本物の鳥の声とまったく違いはないように聞こえた。
 シリューナは、内心に笑いが込み上げて来るのを必死にこらえ、深刻そうな顔を持続しながらそれへ言う。
「おちつけ、ティレ。大丈夫だ。きっと私が、元に戻る方法を見つけてみせるから。……とにかく、何か食べよう。こんな早朝だ。ティレも何も食べていないんだろう? 腹がくちくなれば、少しはいい考えも浮かぶかもしれないしな」
 慰めるような彼女の言葉に、ティレイラはこくこくとうなずく。
「じゃあ、とりあえず台所へ行こうか。まだ、紅茶のための湯も沸かしていないんだ」
 言ってシリューナは踵を返した。ティレイラもその後に続いたが、その動きはまるでダンスでも踊っているかのようで、妙におかしい。シリューナは、目の端でそれを見やって、必死に笑いをこらえた。
 台所に入ると、シリューナは彼女に座っているように言う。どっちにしろ、手が翼なので何も手伝えることはないのだ。ティレイラは、大人しく椅子の一つに腰を降ろした。
 それを尻目にシリューナは、水を入れたポットを火にかける。茶葉の方の用意も済ませてから、彼女はティレイラをふり返った。
 ティレイラは幾分しょんぼりと肩を落としていたが、シリューナが見ているのに気づくとやおら小さく頭をふって、さえずり始める。どうも歌をうたっているようだが、きっと「深刻な状況になっても私は元気よ!」というのをアピールしようとしているのだろう。
(ああ……。やっぱり、こういうティレって可愛い……)
 そんな姿を、内心にうっとり呟きながら見やって、シリューナはそっと傍に歩み寄った。
「ティレ、いい子だ」
 などと言いながら、そっとその頭に手をやる。普段のティレの頭もさわり心地がいいが、羽毛と化した今のそれもまた、悪くなかった。つやつやとして、気持ちいい。
(なんていい手触り……)
 胸に吐息をつきつつ、だがそろそろ元に戻る時間が近づいているはずだと、彼女はティレイラが現れてからの時間を計算してみたりしている。
 頭だけでなく、肩を抱くふりをして翼やくちばしにも触った後、彼女はようやく名残惜しげにティレイラを離した。そろそろ、タイムリミットだ。
 彼女が離れてほどなく。ティレイラの体は元に戻った。
「私……元に戻れたんですね……」
 ティレイラは立ち上がって自分の手足を見、顔に触ってみて呆然と呟く。それも無理はない。もう戻れないかもしれない、などと脅されていたのだから。
「はあ……。よかった〜」
 ホッとした反動なのか、彼女はその場に力なく座り込み、声を上げた。そして、自分が素っ裸だということに気づく。
「きゃっ!」
「おやおや。これはこれで、目の保養だ」
 笑いながらシリューナは、自分の部屋からバスローブを取って来て、彼女に貸してやる。
 それを羽織ってようやくおちついたティレイラはしかし、まだ今一つ訳がわかっていないようだ。
「私……どうして元に戻れたんでしょう? お姉さまが、何かして下さったんですか?」
「そうじゃない」
 シリューナは笑って返す。
「実はこの魔法、時間が経てば自然に元に戻るものだったんだ」
「え? じゃあこれは、その時間が過ぎたので、元に戻ったってことですか?」
 ティレイラは、きょとんとした顔で問い返した。が、ややあってようやく彼女にからかわれていたのだと気づいたようだ。
「あーっ! お姉さまったら、ひどい〜。私があんな姿になったのを見て、面白がっていたんですね〜」
 駆け寄って、ポカポカとシリューナの胸を殴るが、さほど痛くはない。本人は真剣に怒っているのだろうが、シリューナの目からはただ可愛いだけだ。
「悪い悪い。……それにしても、どうしてこんなことになったんだ?」
 笑いをこらえて謝りつつ、シリューナは気になっていたことを尋ねた。
「それは――」
 ティレイラも動きを止めて、軽く天井を見上げた。そして、小さく溜息をつくとうなだれ、昨日のことを話し始めた。
 彼女は昨日なんでも屋の仕事で、人の住まなくなった古い家の家具などを運び出し、掃除するのを引き受けた。といっても一人でやるわけではなく、同じようにその家を買い取った不動産屋から依頼を受けたなんでも屋の者たち数人と一緒だ。それでも作業は夕方までかかり、けっこう大変だった。
 帰り際、不動産屋が欲しければ持って帰ってもいいと言って出して来たのが、あの手作り石鹸である。なんでも、その家のかつての持ち主の妻が石鹸作りが趣味で、作ったものがそのまま残されていたらしい。
 ちなみに、不動産屋はその夫婦と個人的にも親しい間柄で、だから彼らが海外に引っ越す時、その家を売ってもらったのだという。
「――本当は、ゆうべ使ってみようと思っていたんですけれど、あんまり疲れていてそのまま眠ってしまったので、今朝起きてからお風呂に入るついでに、その石鹸を使ったんです。そしたら……」
 ティレイラは言いかけて、さっきまでのことを思い出したのか、泣き出しそうな顔になった。
「なるほど」
 そういう訳だったのかと、話を聞き終わってシリューナは小さく溜息をつく。空間転移の魔法を使ってここに来たのはもちろん、自分でどうしていいかわからなくなったためだろう。
 彼女は、溜息と共に付け加えた。
「……それにしても、迂闊だな。あの石鹸は、触れただけでも魔法の気配が感じられたぞ」
 言われてティレイラは、小さく目をしばたたかせた。
「そ、そうですか? 私は何も感じなかったですけど」
 そのまま彼女は、しょんぼりと肩を落とすと続ける。
「……いい匂いがして、それに、不動産屋さんはあの石鹸で洗うと肌がつるつるになるって言ってたんです。だから私、使うのをとっても楽しみに持って帰って来たんですけど……」
「普通の人間には、魔法の気配はわからないからな。だが、ティレは魔法を使うことだってできるんだし、これからはもう少し気をつけて、魔法の気配を読むことも覚えないといけないな」
 シリューナは師匠らしく言ってから、気分を変えるように微笑みかけた。
「さて。そろそろ湯も沸いたようだし、食事にしないか。本当に、お腹が空いただろう?」
 尋ねる彼女に応えるように、ティレイラのお腹がきゅるきゅると鳴った。思わず赤くなる彼女に、シリューナは笑って立ち上がる。
 トーストとスクランブルエッグを作り、冷蔵庫に冷やしてあったイチジクの皮を剥いて器に盛った。それをテーブルに並べて、最後に沸いたばかりの湯で紅茶を入れれば出来上がりだ。
 あたりには、紅茶の芳ばしい香りが漂い、ティレイラはご機嫌な顔でトーストをほおばる。
(鳥人間のティレも可愛かったが……普段のティレもやっぱり可愛いな)
 それを眺めながらシリューナはふと思う。その面には、やわらかな微笑みが浮かんでいた――。
 
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東京怪談
2008年08月25日

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