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『甘酸っぱさの原因はひとつ 』
藤河・小春1691)&御柳・紅麗(1703)&(登場しない)

 御柳紅麗はこの頃、何においても上の空だった。
 朝起きてはぼんやりして余裕の時間だったはずなのに遅刻し、学校に着いては教科書を忘れてきていることさえ気づかず、授業中、教師の小言は右から左へすりぬけて、かろうじて母が持たせてくれた昼食を行儀悪くぼろぼろこぼし、予鈴が鳴るたび友人に背中を叩かれようやくそのことに気づく。
「お前、どうしたんだ」
 と、見かねた友人が紅麗の輝く銀髪をわしゃわしゃ乱す。
 紅麗はただぼんやりぼんやりと。

 始まりは数日前。
 運命の女性に1目惚れ。
 そのため心は上の空。
 彼女以外のことは考えられない。

 ――このままではいけない。
 友人に好き放題髪の毛をいじられていた紅麗は、ようやくくっと気合を入れて――
「……相談に乗ってくれ」
 と大真面目に友人に言った。
「おう、乗るぜ乗るぜ」
 気のいい友人は、この冷静な紅麗にいったい何が起こったのかと、緊張しながら紅麗の次の言葉を待つ。
「実は……」
「実は?」
「す、す、す、」
「……酢?」
「好きな人が、出来た」
 ――たっぷり、数秒。
「はああああああ?」
 友人は心の底から、信じられないと言いたげな声を出した。
 紅麗はむっと友人を見る。なぜそうも驚かれなければいけないのだ。自分もれっきとした健康な若人だ。人間ではないが。
 友人はやはり、目を丸くして、
「マジかよ?」
「……うるさいな、本当だ」
「マジか……」
 すげえ、と、いったい何がすごいのか分からないが、友人は感嘆したようだった。
「どんな女だよ、お前を落とすような女。誰? この学校か?」
「下世話な言い方をするな。……この学校の人じゃない」
 紅麗が好きになった女性は歳上で、大学生である。高校生の紅麗と同じ学校のはずがない。
 そのことを友人に言うと、「大学生か」と友人はようやく真顔になった。
「そりゃ大変だぜお前。歳上の人を振り向かせるってぇのは」
「……そうなのか?」
「……お前だと普通に同級生とかでも難しそうだもんな……鈍感で……いや、逆にお前の方が先に自覚するなんて俺としてはびっくり」
「なに言ってるんだお前?」
「いやなんでも」
 友人は首を振り、「んで、仲はどこまでいってんの?」
「……少し、話したくらい……」
 それを聞いて、たはっと友人は額に手を当て、天井を仰いだ。
「お前、意外と奥手?」
「お前は俺を馬鹿にしているのか?」
 紅麗が怒りをその瞳に灯すと、友人は「すまんすまん」と手を振って謝り、
「そうするってぇと……とにかく話すところから始めないとなあ」
 それを聞いて、紅麗の方が途方に暮れた。
「何を話せばいいんだ?」
「とりあえず世間話からだろ。それでスムーズに会話が流れるようになったら、デートだよデート。デートに誘わなきゃな」
「デ」
 デート、と紅麗は初めて聞いた単語かのように、奇妙な感覚でもってその言葉を繰り返す。
「そうだよお前。2人きりで遊びに行く、これができなきゃ進展なんてないだろ」
「そ、そうか?」
「というか、デートしたいだろ?」
「………」
 紅麗の本音。
 したい。絶対したい。
 彼女と2人きりで遊びに行く。何と甘美なことだろう。そんな時間を持てるのだったら、今の紅麗は自分の死神の仕事をほっぽりだして飛びついていくに違いない。
 クールな一匹狼で通ってきた異才の少年。しかし恋はそんな彼を変えてしまう。
 いや、変えてしまったのは恋心よりも『かの人』の存在?
「……デートというのは、どうやって誘えばいいんだ?」
 紅麗は真顔で、友人にそう聞いていた。
 友人はんー、と悩んだ後、
「基本はまずお茶を飲みに行こうとか、思い切って遊園地行こうとかかもしれねえけど……うーん、相手大学生か。そういうのにはもう飽きてるかもしれないなあ」
「……飽きている……?」
「一番いいのは、彼女が行きたがっているところに行くことだな。お前の気持ちが本物なら、例え自分にはまったく興味のないところでもすすんで行くことだ」
 友人のアドバイスに、生真面目にうなずく。
 自分が興味のないところ?
 ――彼女が好きなところで自分が興味を持たないなんてことが、あるだろうか。
 そんな紅麗の思いは知らず、友人は、
「いいか。絶対に『興味がない』なんてそぶりを見せるなよ? むしろ喜んで、行こうって言うんだぞ」
「ああ」
 紅麗は平静を装った声音で応えて、うなずいた。
 本当は鼓動が跳ねて跳ねて、今にでも飛び出していきたい気持ちでいっぱいだったのだが。
 胸の内にふんわりと現れた不思議な感情は、色々な音色を奏でて紅麗を落ち着かなくさせる。
 デートに誘う。紅麗はそう決心した。
 それは本当に、本当に『一大決心』とも呼べるほどのものだった。
 今の彼はそれほどに、心弱くて……そして、思い強かったから。

 しかし。
 困ったことに、彼は彼女の居場所を知らない。どこの大学に通っているのか、そう言えば聞いていない。
 これでは誘おうにも誘えない――
 胸の奥がむずむずして仕方ないのに、抑えるすべがなくて、どうにもこうにも紅麗は思い迷っていた。
 そして、結局彼が向かったのはネットカフェ。
 ――かつて彼が彼女と再会したそのカフェに行けばもしかしたら、と。
 カフェの扉を開いてぐるりと見渡したとき、死神である彼は初めて『神』に感謝した。

 背中が見える。
 柔らかいはねっ毛の銀髪の背中が。

 その背中に向かい、紅麗は思い切って歩み寄った。
「あの、小春……さん」
 声をかけると、背中が身じろぎした。
 ふっと、その女性が振り返る。
 飛び込んできたのは、澄んだ緑の瞳――

「あ、紅麗クン」

 覚えていて、くれた。
 運命のネットカフェで、彼らは。
 またしても運命の再会を、果たした。

 ■■■ ■■■

「――それで。俺、弁当の中身ぶちまけてしまって――」
 紅麗の話に、小春はころころと笑う。
「もう、紅麗クン。行儀が悪いよ?」
 笑っていたかと思えば、子供を叱るように「めっ」の顔つきをする。
 そして、
「――え? もう紅麗クン、サボリはだめじゃない――」
 と怒ってみたり。
「ほええ、学校の屋上ってそんなに小鳥がいるものなの?」
 と驚いてみたり。
「わあ、鳥と仲良くなれるなんて紅麗クン、きっと心が優しいのね」
 ふんわりと微笑んでみたり。
 藤河小春は、とにかく表情豊かな女性だった。
 小春の顔をまっすぐ見るのも勇気が要って、紅麗は視線をあちこちにさまよわせながらも、必死に話題を探して話を続けようとする。
 まずは世間話、世間話……
 日本の情勢――なんて話題はいやだから、とりあえず自分の学校生活から始めてみて……
 それから、
「こ、小春さんは、学校でどんなことを?」
「ほへ? 私?」
 ほへ、が口癖らしい小春は目をぱちぱちさせ、
「考古学やってるの」
 とまたふわっと優しい微笑みを浮かべる。
「考古学……大学生らしいですね」
「うん、考古学楽しいよ」
 考古学と言っても、専攻ではなく、部活らしいが、かなり本格的なようだ。
 紅麗には縁のない話を、小春は繰り広げる。紅麗は必死に追いつこうとした。元々頭がいい彼は呑みこみが早い。そんな彼に話すのは、小春にも楽しいことだったようだ。
「でもね、教授がこの問題間違えたら単位落とすからなって、意地悪言うの。部活とは関係ないのに、ひどいと思わない?」
 むうと膨れてみたり。
「この間発掘現場に実地研修があって……そのときに友達が怪我しちゃったのよね」
 とても心配そうに、目を伏せて表情を翳らせてみたり。
 紅麗は彼女のそんな表情に、心が痛んだ。
「その、お友達、今は?」
「うん、順調に回復してる」
 小春はにこっと笑った。紅麗はほっと安堵した。
 ――彼女の顔に微笑みが戻ったことに安堵した。
 そして戻ってきた彼女のやわらかな、ふわふわと広がるような笑みが――
 ますます紅麗の心の触れて、軽やかな、涼やかな音色を立てて。
 紅麗は初めて会ったとき以来、彼女に胸をわしづかまれているのを実感する。
 だってほら、どうしても彼女の前から離れられない。
 表情豊かな小春の奏でる音色はとても心地よくて。
 彼女と別れを告げるのが、辛くて辛くてたまらない――

 その日から、彼らはそのネットカフェで毎日のように会った。
 小春はここに通うのが趣味だった。紅麗はその小春に会いにいくのが目的だった。
 話題は、やはり世間話と学校の話。
 例えば小春の家族の話とか、もっと深いところも聞いてみたかったのだけれど、紅麗はなかなかそこまで踏み込むことができなかった。
 自分が死神であることをまだ伝えていなかったせいでもあるし。
 また――小春が普通の人間ではないことに、うすうす気づいていたせいもある。
 だから、当たり障りのない話しかできないのだ。

 ああ、すべてをぶちまけて話すことができたらどんなにか。
 彼女は自分を受け入れてくれるだろうか。
 ――そう言えば最初の目的はなんだったか。
 デート。デートに誘うんじゃなかったか……?
 紅麗は混乱していた。小春の表情があまりに彼の心をかき乱すから、綿密に立てていたつもりの計画もすべて破綻してしまうのだ。
 そんな紅麗の報告を逐一聞いていた友人は呆れて、
「おまえ、小学生並みの恋愛感情か?」
 ずどん、と奈落の底へ叩き落とされるような心地。
 いや、死神の紅麗に奈落の底など怖いはずもないのだが、実際に突き落とされた心の奥底の闇はとても痛くて冷たくて辛いところで。
 紅麗は落ち込んだ。自分は何をやっているのだろう?
 小春は目の前にいるのに。目の前に――

 ■■■ ■■■

 ようやく。
 一歩踏み込んだことを聞き出せたときに、驚いたのはむしろ紅麗だった。
 小春の趣味。考古学だけではなかった。いや、考古学はむしろ趣味とは言えない。
 例えば彼女の音楽の趣味。
 ヒーリング系が好きなのだと聞いて、紅麗はすぐさまCDショップに走りたい衝動にかられた。
「紅麗クンは好き? ヒーリング。一度聴いてみて、とってもリフレッシュできるよ」
 そのときの小春のどこか誇らしげな笑みは、彼女がいかにヒーリング系ミュージックを好きかを表していた。
「はい、ぜひ」
 今まで縁のなかったことが、次々と紅麗の中で大切なものとして確立していく。
 たまに聞くのは空耳ネタなるもの。
「ねえ、ほら。MDにとってあるんだけど。こう聞こえない?」
 効果音などがまるで違うもの、例えばしゃべっているように聞こえることや、他にも海外吹き替え版がおかしな日本語に聞こえたりするもののことらしい。紅麗は思わずきょとんとして聞いていたが、はまってみるとたしかに面白い。
 そして――
 一番紅麗が驚いた、小春の趣味は。
「私、格闘技が好きなの」
 うん、つまり。
 それを聞いた紅麗の友人は、
「では何ですか? 彼女の為に格闘アリーナチケットをゲットか?」
 それはムリ。ムリムリムリ。お金がないんだよ、友よ。
 しかしある日、思いがけない展開が紅麗を待っていた。
「ねえ紅麗クン」
 すっかり打ち解けた様子の――最初から壁を作らないようなタイプの女性だが――小春は、紅麗に親しく誘いをかけた。
「今度、近くの神社で演舞があるの。観にいかない?」
「演舞?」
「抜刀道の演舞。私ね、実は剣をかじってるんだ。信じる?」
 もとより嘘をつくような女性ではないが、紅麗は驚いた。
 いや――
 彼女はおそらく人間ではないのだから、それくらい当然かもしれない。
「ね、演舞面白いよ。行こう?」
 ……断る理由があるはずもない。
「行きます」
 紅麗は真顔でうなずいた。
 もう、そんな顔しないでもっと気軽に行こうよ――と、小春が笑った。

 当日。
 どんな服で行けばいいのかと、まるで女の子のように右往左往状態で朝を迎えた紅麗は、結局いつも通りの簡単な服装で、小春がよく言うように「気楽に」行こうと決めた。
 しかしその決心も、いつもと違う待ち合わせ場所で手を振る小春の姿を見た瞬間、もろくも崩れ去った。
 ……気楽になんか、行けるはずがない。
 彼女を目にしただけで、こんなにも胸が騒いで仕方ないのに。
 なんだろうな、と紅麗は小春に気づかれないよう、小さくため息をついた。
 なんなんだろう、時々胸におりてくる、この甘酸っぱいような味は。
 いや、味ではないけれど……そんな、感じの、……うまく説明できない。
 それでもたしかなことは、それはいやな感覚ではないということ。
 そしてこの感覚をくれるのは、今隣で楽しそうにしている、彼女だけだということ……

 抜刀道。抜刀と言えば、鞘から抜き放つ動作とともに相手に一撃を加えるか、相手の攻撃を受け流し二の太刀で攻撃を加えるか、を中心にすえて生み出された体系。
 神社にたどりついてみれば、なかなかの人ごみ。小春は小柄ではないが、やはり女性で、埋もれてしまいそうになる。
 そんな彼女を護るようにしながら紅麗は小春の傍らに寄り添っていた。
 胸の鼓動は鳴り止まず、人々の歓声の中でさえもうるさく耳に聞こえる。隣にいる彼女にまで聞こえるのではないかとはらはらした。
 実際に演舞が始まると――
 辺りは波を打ったように静まりかえる。
 紅麗にしてみればこれも初体験だったが、
「ほらほら、かっこいいでしょう?」
 小春が静かに、しかし楽しそうに瞳を輝かせて演舞を見つめるので、彼も嬉しかった。
 抜刀の術は空気を切り裂く。
 素早い刀の動き。型通りの所作が、綺麗にはまっている。
「刀は戦うためだけのものじゃないの」
 と小春は言った。
「日本刀は、世界一美しい剣だと言われてる……」
「……そうですね」
 金属の照り返しがまぶしくて、そしてこちらを見つめて満足そうに微笑む小春の笑顔がまぶしくて、紅麗は目を細めた。
 おそらく、自分は笑っているだろうと――彼は思った。

 演舞を一通り見終わり、2人は神社でお参りをする。
 何を願ったか?
 ……思い返すのも恥ずかしい。
 願った内容は口にしないのがセオリーだ。だから何を願ったのかを小春に尋ねたりはしなかったが、小春の上機嫌そうな顔を見て、紅麗はとても気になった。
 こんなとき、思う。――人の心がのぞけたら。
 けれど、同時に思うのは。
 人の心がのぞけたら、きっとすべてが味気なくなってしまうだろうということ……

 神社から出た二人は、喫茶店に入った。
 いつもネットカフェで横並びに座っている2人は、その日初めて向き合って座ることになった。
「何だか、変な感じ、ね。紅麗クン」
 小春が照れたように、えへへと頬を染める。その笑顔のかわいらしさと言ったら! 紅麗はとても見つめていられなくて、思わず視線をそらしてしまった。
「紅麗クン?」
「い、いえ、何でもないです。……あの、何か食べますか?」
「うんとね、飲み物でいいわ。んー、オレンジジュース」
「じゃあ俺はコーラで……」
 ウエイトレスに注文をし、2人で今見てきた演舞について談笑する。
「紅麗クンはああいうのを見るのは初めてなのね。どうだった?」
「とても興味深かったです」
 本音だった。小春が好きだからというだけではない。
 そして本音だったからこそ、小春も笑顔を浮かべてくれたのだろう。
 刀にも詳しい小春は、あの演舞はああでこうでと詳しく説明してくれる。紅麗は何度もうなずきながら、聞いていた。
 一歩。また一歩。
 彼女に近づいていくのが分かる。
 とてもとても嬉しい感覚。
 彼女の豊かな表情が目の前にあって。
 自分だけに向けられていて。
 自分も彼女にだけに、彼女のためだけに贈る表情を浮かべる。
 こんな特別な瞬間。

 ああ、近づいていくってこういうことか。

 紅麗は徐々に、彼女に手を差し伸べようとしていた。

 そして。
 そして――次に2人が目を合わせた場所。
 いつものネットカフェ。
 緑の視線と、赤の視線がからんだとき。
 紅麗は言った。
「あの、この間話していた映画のチケットが2枚手に入ったんです」
 心をこめて。
 全身全霊の願いをこめて。
「一緒に、行きませんか?」
 差し伸べた手をどうかつかんでほしい――
 彼女は、彼女は緑の瞳をぱちくりさせてから、
 とても意外そうにぱちくりさせてから、
 やがてゆっくりと、ふんわりと、微笑んだ。
「うん。一緒に行こう、紅麗クン」
 大輪の華より華やかで、どんな女神よりも神秘的で、
 どんな美しい色よりも――鮮やかな笑顔が、そこにあって。
 ――紅麗は顔から蒸気を噴くように真っ赤になった。
 小春はきょとんとした。
「どうしたの? また熱出したの?」
 ダメじゃない、と紅麗の頬に両手を当てて、顔を近づける。
 こつん、と当たったのは額と額。
「ほら、熱い」
 ――余計に熱くなる――
「今日は、寝なきゃダメよ?」
 ――離れたくない――
「映画は元気に観にいこうね」
 ――今この瞬間の方が――

 ずっとずっと大切。

 けれど紅麗は気づいていた。“次の約束があるからやっていけるんだ”。
 握りしめた映画のチケット。2人をつないだ絆の証。

 いつか、言えるだろうか? 彼女にこの思いを。
 告げられる日が来るのだろうか? この胸いっぱいに広がった柔らかく熱くそれでいて優しい。
 心の中でメロディが流れている。
 それはきっと、小春の好きなヒーリングのメロディに違いなく。
 紅麗の心を穏やかにさせて、
「あの、小春さん。この間」
 彼は再度口を開く。
 また、他愛のない世間話をするために。


<了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年08月22日

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