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『できるかな? 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)&(登場しない)

 夏のある日。
 シリューナ・リュクテイアは、自分の経営する魔法薬屋の店じまいをしていた。
 あたりはすでに暗くなっているが、店内にはまだ明るい時間に訪ねて来たファルス・ティレイラがいる。何が楽しいのか、小さく鼻歌など口ずさみながら、店内にあるものを眺めて回っていた。不用意に棚のものを触らないように言ってあるが、時おり興味津々という顔で、ガラス瓶や壺などを覗き込んだりしている。
 それを横目で見やりながら、シリューナは小さく溜息をついた。こんなふうだから、簡単につまらない魔法にかかったりするのだ。
(そうだ。基礎的なものだけでも、ティレに解呪魔法を教えてみればどうだろう)
 ふいに彼女は、そんなことを思いつく。習得できれば当然だが、ティレイラのためにもいいには違いない。
(覚えられるかどうかは不明だが……初歩的なものなら、どうにかなるんじゃないかな。それに、だめだった時は――)
 胸に呟くシリューナの口元が小さく笑いにゆがんだ。どうやっても習得できなかった時には、お仕置きをして彼女自身が楽しめばいいのだ。
 そう決めて、店じまいを終えると彼女はティレイラをふり返った。
「ティレ。今から魔法を一つ覚えてみないか?」
「魔法……ですか?」
 ティレイラが、怪訝な顔で問い返す。
「ああ。呪術を解くための魔法だ。最初から難しいものは無理だろうが、基礎的なものなら覚えておいて損はないと思うんだが」
 うなずいて言うシリューナに、ティレイラはしばし考え込んだが、ふいに顔を輝かせると大きくうなずいた。
「そうですね、お姉さまが教えてくれるなら、やってみます」
「わかった」
 シリューナもうなずき返す。
 やがて二人は場所を、店の裏にある庭へと移した。
 すでに空には星が輝いているが、庭には小さな常夜灯が設置されているし、屋内から射す明かりもあってけして真っ暗ではない。
 シリューナが魔法の練習場所として選んだのは、その庭の一画にある小さな池のほとりだった。傍には常夜灯が立ち、さほど大きくはないが柳の木が植わっている。また、池の中には睡蓮が咲いていた。
「まずは、私が手本を見せるから、よく覚えるように」
 言ってシリューナは、池の中で咲いている睡蓮の方へと指先を向ける。低く呪文を唱えると、それはたちまち石と化した。
「呪術を解くには、まずそれがどんな術なのかを見極めることが大切だ。今の場合は、石化の術――つまり、拘束魔法の一種だから、解放のための魔法をかけてやればいい。こんなふうに」
 彼女が新たな呪文を唱えると、石化した睡蓮は再び元に戻る。
「つまり、かけられている術とは逆の魔法を行えばいい――ということですよね?」
 ティレイラは小さく首をかしげて問い返す。
「基本はそうだ」
「じゃあ、たとえば変化の魔法とか……あと、呪いなんかの場合はどうしたらいいんですか?」
 うなずくシリューナに、ティレイラは更に尋ねた。
「変化の魔法の場合は還元の魔法を、呪いの場合は祝福を、それぞれ与えればいい」
「でも……祝福って、魔法だけじゃなく聖なる力とかそういうのが必要なんじゃ……」
「そういう時は、聖水なんかのアイテムを使う。……とにかく基本は、かけられている術を見極め、その逆の魔法を行うことだ。それにつきる」
 言われてティレイラは、小さく溜息をついた。
「なんだか、けっこう大変なんですね。私、そういうのって解呪専門の魔法があるんだと思ってました」
「どんな魔法にも効く万能の呪文もなくはないが、それはかなり高度なものだからな。まずは、基本を覚えることだ」
 ぴしりと言ってシリューナは、再び睡蓮を石に変えた。その他にも、池のほとりにころがる石を花に変え、花や草を鉄の塊に変える。そして、ティレイラに全て元に戻すように言った。
 言われて彼女は、まずは睡蓮の方を見やる。
「ええっと……これは石化で、拘束魔法の一種だから、解放の魔法っと……」
 たった今教わったばかりのことを口の中で呟き、呪文を唱えた。だが、睡蓮は石のままだ。
「あ、あれ?」
 彼女は小さく目をしばたたき、もう一度同じ呪文を唱える。途端、今度はポンと小さな音を立てて、石の睡蓮の先端がはじけ飛んだ。ちょうど、石の花の中心が噴火したような状態だ。たちまち花全体に細かい亀裂が走る。
「え……ええ〜! どうして〜」
 ティレイラは思わず声を上げた。このままでは睡蓮が砕けてしまうと知って、パニックに陥る。
 そんな彼女を黙って見守っていたシリューナは、小さく溜息をついた。
「最初のは私のかけた魔法に対して、ティレの魔法の力が弱すぎたんだ。そして今は、『解放』の意味をはき違えて呪文に乗せた。……だからこういうことになる」
 言って彼女は、低く呪文を唱える。たちまち睡蓮は石化を解かれ、外側の花弁はいくつか散ったものの、砕けるのを免れた。
 そのことに安堵しつつも、ティレイラは少しだけベソをかいている。
「お姉さま〜。睡蓮が無事で、よかったです〜。でも、もう無理です〜」
「だめだ。続けて」
 シリューナは、ぴしりと厳しい声音で返した。
 普段はティレイラを実の妹のように可愛がっている彼女だが、師匠として接する時は厳しい。
「うう……」
 ティレイラは、唇を噛みしめて泣き出しそうなのをこらえると、今度は花に変えられた石に視線を巡らせた。
「これは変化の魔法だから……還元の魔法……っと」
 再び口の中で呟き、呪文を唱える。
 だが、今度も失敗だった。花は石には戻らず、どうしたことか開いていた花弁を閉じて蕾になっただけだ。
「ああ〜ん。なんで石に戻らないの?」
 思わず声を上げ、彼女は何度も同じ呪文を唱えるが、その度に花は蕾から双葉へ、双葉から小さな芽へと成長の過程を逆にたどるばかりだ。

 それから、小一時間ばかり、ティレイラの奮闘が続いた。
 だが、解呪の魔法は一向に成功しない。
 鉄の塊と化した花や草は、そのまま徐々に細かく分断され、新たにシリューナが石から変化させたカエルは、オタマジャクシの時の尻尾を尻にくっつけたまま、草むらに逃げ込んでしまった。
「お姉さま〜。私には魔法の才能がないんですぅ〜。もう、これ以上はやってもきっと無駄です」
 すっかり自信をなくしたティレイラは、しょんぼりと肩を落とし、涙目になって訴えた。
 シリューナの方も、さすがに小さく溜息をつく。とはいえ、できないものはしかたがない。ただ、師匠としては「はい、そうですか」とこのまま練習をやめるわけにもいかない。それでは示しがつかないし、個人的にも楽しくないからだ。
 なので彼女は言った。
「しかたがないな。今日はこれぐらいにしよう。ただ、覚えられなかったことに対するお仕置きはきっちりするから、覚悟しておくように」
「は〜い」
 肩を落としたまま、力なくティレイラがうなずく。
 その時だった。池のほとりの草むらが小さく揺れて、そこから突然何かが飛び出して来たのだ。
「きゃっ!」
 ティレイラは悲鳴を上げて両手で頭をかばいながら、とっさに呪文を唱えた。途端、飛び出して来たそれは、小さな石の塊と化して、地面に落ちた。
「え?」
 一瞬何が起こったのか理解できず、彼女はきょとんとして目をしばたたく。
 それはシリューナも同じだったが――彼女の傍に歩み寄って、こちらはすぐに事情を理解した。
「できたじゃないか、解呪の魔法」
「え?」
 小さく口元をゆがめて言うシリューナの言葉にも、ティレイラはまだきょとんとしたままだ。
 それへシリューナは、彼女の足元に落ちた石ころを示して、説明する。
「その石は、さっき私が変化の術でカエルに変えたものだ。魔法の気配が残っているから、わかる。だが、それを石に戻したのは、ティレの解呪の魔法だ」
「え……。ほんとに?」
 言われてティレイラはまじまじと足元の石ころを見やる。たしかにシリューナの魔法の気配が残っていた。それだけでなく、自分のものも。
「私、できたんですね」
 じわじわと、その胸に喜びが込み上げて来る。
 それへシリューナは呪文を唱えて、池に咲く睡蓮を石に変えてから言った。
「もう一度、睡蓮を石から元に戻してみるといい」
「はい!」
 ティレイラは元気よくうなずくと、解放の呪文を唱える。するとたちまち石の睡蓮は、本来の美しい彩を取り戻し、生の植物へと立ち返った。
 その後、シリューナが次々と魔法をかけたものを、ティレイラが元に戻して行く。
「私、ほんとに解呪魔法を覚えることができたんですね!」
 両手を組み合わせ快哉を叫ぶティレイラに、シリューナもうなずいた。
「ああ。……どうやら、解呪魔法のコツがわかったようだな」
 本音を言えば、お仕置きをして遊ぶことができなくて、少しだけ残念な気持ちもある。だが、師匠としては弟子が新しい魔法を覚えられたことは、当然ながらうれしい。ここはやはり素直に喜び、誉めてやるのが師としての正しい姿だろう。
「よくがんばったな」
「ありがとうございます、お姉さま」
 誉められて、ティレイラはわずかにはにかんだ笑顔を彼女に向ける。
 それへ微笑みかけて、シリューナは言った。
「さて、そろそろ中に入って食事にしよう。奮闘した分、空腹だろう?」
「はい!」
 これにも元気な答えが返って、シリューナは思わず苦笑するのだった。

 数日後。
 午後のお茶の時間の少し前に遊びに来たティレイラに、シリューナはふと思いついて、今朝隣人が持って来たポットの解呪を頼んだ。
 それは隣人が、先日どこやらの市で手に入れたのだが、呪いがかかっているらしいというのだ。なんでもそのポットで入れたお茶を飲むと、体が親指ほどの大きさに縮んでしまい、しかも石になるのだという。効果そのものはさほど長くはなく、十五分程度で元に戻るのだが、使うことができなくて不便なのでどうにかならないかとのことだ。
 ちなみに、ポットにかかっているのは呪いそのものなので、解呪には祝福を与えてやればいい。一番簡単なのは、ポットに聖水を注ぐか、聖なる言葉――聖書の一文とか経文とか祝詞とか、そういうものを溶け込ませた水を注いでやればいいのだ。
 ティレイラも、すぐにそれに気づいたようで、何事か祈りの言葉を水に向かって呟き、それをポットに注いでいた。
 シリューナはそれを尻目に、お茶の時間に食べようと用意してあったムースを取りに台所に向かった。
 ややあって、ティレイラも台所に入って来る。
「お姉さま、このポットでお茶を沸かしてみていいですか? ちゃんと解呪できているかどうか、たしかめたいので」
 件のポットを示して言う彼女に、シリューナはうなずいた。
 やがてお茶の用意ができて、二人で台所のテーブルを囲む。
 ティレイラは、自分が沸かしたお茶をカップに注ぐと、そっと口をつけた。
 しかし。
「きゃあっ!」
 一口含んだ途端、彼女の体は衣類ごと親指ほどの大きさに縮み、しかもそのまま石になってしまった。ミニチュアのティレイラ石像の出来上がりである。
「基本は覚えられたと思ったんだけど……」
 それを見やってシリューナは、やれやれと溜息をつく。結局、せっかく苦労して覚えたはずの解呪魔法は、数日で元の木阿弥と化したらしい。
「もう一度、根気よく教え直すしかないか」
 低く呟きシリューナは、立ち上がると椅子の上の小さなティレイラの石像を持ち上げ、手のひらに乗せる。そして、小さく口元をほころばせた。
「これも、可愛くて悪くはないけれどもな」
 そして、効果が解けるまでの十五分間、この姿を堪能しようと決めて、手のひらの上のティレイラを飽かず眺めるのだった――。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2008年08月07日

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