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『残すなら「すてき」を 』
千獣3087)&エディオン(NPC0197)


 ふわり、と心地よい風が吹いてきた。
 森の方から吹いているようで、木々の緑のような匂いが鼻をくすぐる。
「森……」
 千獣(せんじゅ)は、ぽつりと呟く。
 風の吹いてきた森には、エディオンの店「エスコオド」がある。先日、話を聞いてもらって、お茶やお菓子をご馳走になったことが頭に浮かんだ。
(ぐるぐると、頭が、回ってた)
 千獣は思う。堂々巡りのようになって、ぐちゃぐちゃになってしまった心の中を、エディオンに話す事になってふわりと解けていった事を。
「お礼、言いたい」
 その時に、たくさんのお礼の言葉をエディオンに伝えた。エディオンはにこにこと笑いながら一つ一つ頷き、嬉しそうに「こちらこそ」と言っていた。
 その後、件の事で千獣の頭がぐるぐると回ることは無くなった。だからこそ、改めてお礼を言いたい、と思ったのだ。
「行って、みよう」
 気付けば、足が森の方へと向かっていた。


 石屋エスコオドは、相変わらず開店休業状態だ。「OPEN」の看板はかかっているものの、中にも周りにも人の気配は無い。
 千獣は、そっとドアを開ける。いつものようにギイ、という木の軋む音が聞こえ、中から「いらっしゃいませ」と言う声が聞こえてくる。
「ああ、千獣さん。いらっしゃい」
 中に入ると、にこ、とエディオンが微笑んだ。
「エディオン。前、ありがと」
「前?」
 不思議そうに小首をかしげるエディオンに、千獣は「ええと」と言った後、小さな声で「お茶と、お菓子」と言う。
 それを聞き、エディオンは「ああ」と言って頷く。
「別にいいんですよ。僕も、頂いた紅茶や作ったクッキーを一緒に食べたかったんですから」
 悪戯っぽいような笑みを浮かべるエディオンに、千獣は「でも」と言う。
「エディオンの、お陰、だから」
「僕の?」
「ぐるぐる、しなくなった」
 千獣がそういうと、エディオンは「それは良かったです」と言って、優しく頷いた。
「では、一緒に共犯になってくれませんか?」
「共犯?」
「ええ。お店の営業中に、お茶をする共犯に」
 エディオンの言葉に、千獣は「うん」と頷く。本当は、千獣にお茶を出すというただそれだけなのだろう。だが、エディオンはあえて「共犯」と言った。二人だけの秘密のようで、何処となくくすぐったい。
「それじゃあ、ちょっと用意してきますね」
 エディオンはそう言い、店の奥に消える。今からするお茶の準備に行ったのだろう。その間、千獣は店の中を見る。
 先日完遂した依頼の「温もりの石」の他にも、様々な石が説明と共に並んでいる。
 触るとほんのり冷たい「冷静の石」だとか、夢の中で冒険を楽しめる「躍館の石」だとか、自らの罪を冷静に見つめる「聖者の石」だとか。
 形や色は様々だが、どれも見ているだけで不思議な気持ちになった。ショウケースに入れられて直接触れることは出来ないが、こうして見ているだけでも何らかの作用をしてくるかのようだ。
「もうすぐ、準備が終わりますから」
 エディオンがそう言いながら、お茶を持ってきた。「この砂時計が落ちるまで、あと少しですね」と付け加えて。
「ねぇ……この、石って……どう、やって、できるの……?」
 千獣が石をじっと見つめながら尋ねる。エディオンは「千獣さん?」と逆に尋ね返す。質問の意図をはかれなかったのだ。
「獣は……あんなに、熱く、怒って、いた、石、だった」
 ぽつりぽつりと千獣は言う。
「でも、今は、こんなに、優しい、石に、なった」
 ほんのりと温かい、触れる人に優しい気持ちを思い出させる石となる。人の笑顔を思い出し、触れる人も笑顔にさせる。
 心の奥底から、温もりが感じられるのだ。
「私も……私も、こんな、風な、石に、なる、こと……できるの、かな?」
 千獣はじっと石を見つめ、言う。エディオンからの返答はない。どう答えて良いのか、考えているようだ。
「エディ、オン?」
 暫く待ってみても無い返事に、千獣は振り返る。エディオンは真剣な眼差しで、千獣を見ていた。いつもの穏やかに微笑む顔ではない。
 見抜くような、暴くような、静かな眼差しだ。
「……エディオン」
 今一度、千獣は呼びかける。その声に、ようやくエディオンははっと気付き、改めて千獣を見つめる。
「僕の店で取り扱っている石は、どれも気持ちを入れ込んだものです。だから、一概にどうすれば石になるかは」
 真剣に言うエディオンに、千獣は思わず小さな笑みをこぼす。
「そんな、事、考えて、いた、の……?」
「え、違うんですか?」
「違う……ううん、合って、る。でも」
 石になりたい、と思っているのとは、微妙に違う。ましてや、ロウエイ石になりたいなどとは思っていない。
「私、は……残せる、かな……て」
「残せる?」
「この、石。手に取る、人の心を、温かく、させる……」
 温もりの石となった獣の石を見つめ、千獣は言う。「そう、いうの、残せたら、いいな……て」
 エディオンは、ようやく「ああ」と頷いた。
「千獣さんは、何かを残したいのですね」
「別に……忘れ、られて、も……いい」
 自分が死んだら、誰からも忘れられてしまっても構わない、と千獣は思っている。自分の存在によって誰かの中に残り、煩わせてしまうぐらいなら、何も残らなくてもいいのだと。石に出会うまでは、心からそう思っていた。
 だが、その気持ちは微妙に変化した。
 自分の存在を残すことは、必ずしも煩わしさを残すことには繋がらない。エディオンの店に並ぶ石のように、必要なものを残すことにもなるのだ。
(それが、できたら、いい……な)
 例えば、石の形として残せたら。自分が残した石によって、手に取る人が幸せな気持ちになったら。嬉しいと思ってくれたら。温かくなってくれたら。
 それは、何てすばらしいことだろう、と。
 エディオンはようやく頷いた。千獣の気持ちが、ようやくエディオンに伝わったのだ。
「素敵ですね」
「すてき……?」
「はい。千獣さんのように思えることが、素敵です。僕が見て来た石の中には、自分の事ばかり主張するものが殆どですから」
 エディオンは苦笑混じりに言う。
 その言葉通り、エスコオドに並ぶ石の殆どは、石に思いや感情をこめた主の主張が激しいものが多い。だからこそ、売り物となる石になり得るのだが。
「私……残せる、かな?」
「それは、お約束できませんが……強い思いや願いは、叶いやすいんですよ」
 エディオンはそう言って微笑む。千獣も、心なしかふわりと表情を柔らかくする。
「残し、たい、な」
「ええ。是非とも、実現してください。僕に出来ることは……こうして、千獣さんが何かを残そうとする気持ちを、そっと後押ししたりすることしか出来ませんけど」
「お茶と、お菓子、も」
 千獣が言うと、エディオンは「そうですね」と言って、笑った。そして次の瞬間「あ」と声を上げる。慌てて持ってきたティポットの所にかけより、がっくりと肩を落とす。
「砂時計の砂、すっかり落ちてしまいましたね」
 残念そうに言うエディオンに、千獣はゆっくりと近づく。
「別に……いい、よ」
「うーん、そうは言っても」
「構わ、ない」
 千獣の言葉に、エディオンは悩む。煮出しすぎた紅茶は、間違いなく苦い。いくら出そうとしている千獣が構わないと言ったとしても。
「……それなら、アイスティに変更しましょうか」
「アイス、ティ?」
「はい。この紅茶を使っていいのでしたら、是非そうさせてもらいたいな、と」
 エディオンの提案に、千獣は「もち、ろん」と頷く。エディオンは「それでは」と言いながら、店の奥へと消える。そうしてすぐ、たくさん氷を入れたグラスを持って帰ってくる。
 氷を入れたグラスに、エディオンは紅茶を注いだ。熱い紅茶を注がれた氷は、あっという間に溶けて、カラカラと涼しげな音を鳴らした。同時に、濃い色は美しい琥珀色へと変わる。
「すてき」
 ぽつりと呟く千獣に、エディオンはにこやかに微笑む。
「千獣さんのお陰です」
「私、の?」
「ええ。だって、僕はこの紅茶を捨てて新たに淹れようと思っていましたから。こうやってアイスティにして、素敵と言っていただけるのは、千獣さんがこの紅茶を使っていいとおっしゃったからですよ」
「そう、かな」
 余りにも曲解すぎるような気がしたが、エディオンが嬉しそうに紅茶を注いでいるので、何も言わずにただ見つめる。
 グラスに注がれた紅茶は、光を浴びてきらきらと光っていて、とても綺麗だ。
「……すてき」
 再び、千獣はぽつりと呟くのだった。


<きらきらと光る「すてき」を見つめ・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年08月05日

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