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『〜長いすごろく…否、旅路の果てに〜 』
来生・一義3179)&来生・十四郎(0883)&(登場しない)


 来生十四郎(きすぎ・としろう)はイライラしていた。
 今は深夜だ。身体は疲労を訴えているし、頭もガンガンする。
 ついでに財布も心なしか軽くなっているような、気がする。
 場所は自分の家である、「第一日景荘」の206号室。
 目の前には湯気をたてている食事が――しかも相当マトモな食事が――並べられているというのに、食欲が今ひとつ湧いてこない。
 いや、と十四郎は考える。
 さっきまでは、確かに腹が減っていたはずだった。
 味噌汁のかぐわしいにおいと、真っ白に輝く米に、それはそれは誘惑されたのだ。
 では、あの食欲はどこに行ったのだろう?
 まあ、その行方はともかく、なくなってしまった原因は明確だ。
「…だいたい、連絡のひとつもよこさない、というのはどういうことなんだ?携帯が止められているのか?何度もかけたが、電波が届かない場所にいるの一点張りで、一回もつながったためしがなかったぞ。こっちはおまえがいつ帰って来るか、おなかをすかせていないかとずっと心配して、毎食用意して待ってたんだ。おまえが嫌いなことはわかっているが、さすがに1週間だ、風呂くらい入りたくなるかも知れないと、何度も沸かしたし、おまえが散らかしていた服もすべて洗濯して、綺麗な状態になっているしな。そんな兄に連絡のひとつも入れてやろうという思いやりのかけらもないのか、おまえは?!」
 5分ジャスト、と十四郎は心の中でストップウォッチを止める。
 要するに、帰宅してからこの5分間、兄・一義(かずよし)の怒りのシャワーを頭から受け留めていたのである。
 器用なことに、食事をかいがいしく用意しながらのお小言である。
 そして残念ながら、これはまだまだ続きそうな気配だった。
 怒り心頭の一義が、大きく息を吸ってお小言第二幕を始めようとしたその時、十四郎は絶妙のタイミングで反撃を差し挟んだ。
「あのな、大の男がたかだか1週間雲隠れしてたくらいで、ゴチャゴチャ言うんじゃねえよ!俺をいくつだと思ってるんだ?だぞ?!誰が見たって、親の監視が必要な年じゃねえだろうが!そもそも俺にそんなこと言える立場かよ?!兄貴は死んだ時にもう24だったじゃねえか、それなのに、ここに来るまで何で11年もかかってんだ?いくら何でも11年はないだろ、着いた先々でサイコロでも振ってたのか?」
「…知りたいんだな?」
 一義の目が座った。
 一瞬、後悔の風が周囲を吹き抜けたが、気を取り直して十四郎はうなずいた。
「あ、ああ」
「そうか。そこまで言うのなら話してやろう。あれは11年前、国分寺の自宅の焼け跡でのことだ」
 そう言って、一義はとうとうと話し始めた。
 その目がだんだんと遠くなり、彼の根性の冒険譚が幕を開けたのだった。



 不意に、一義は呼吸が楽になったのを感じた。
 さっきまでひどく息苦しかったし、何かの燃えるにおいに咳き込んでいた気がするのに。
 そう、正確には「呼吸がいらなくなった」のだ。
 彼の足下には、真っ黒な木材が積まれていた。
「…いったい…」
 そうつぶやいた時、はたと一義は気がついた。
 自分が空中に立っていることに。
 驚いて身体のあちこちを見ると、不自然な具合に透けていた。
「まさか…」
 普段冷静な一義も、事ここに至って初めて、自分が置かれている状況を理解した。
「俺は…死んだのか?」
 そう口にした途端、彼の身体が透明度を増した。
 死んだ人間は、死を自覚した時、現世から解き放たれると聞いたことがある。
 彼は今まさに、その状態だった。
 そうか、と彼は納得した。
 だから空中に浮かんでいるのだし、呼吸も楽になったのだ。
 重さのない身体は、とても扱いやすく、気持ちが良かった。
 あとはこのまま、空へと昇って行けばいいだけなのだろう。
 そう、一義は納得して、穏やかな笑顔のまま、空を見上げた。
 だが、その視界の端に、ある人間たちが映り込んだ。
 一義がその方向を見やると、はっきりと誰であるか認識できた。
「親戚か…」
 火事の知らせを受けて、飛んで来たのだろう。
 大声で泣き崩れる女性や、手を合わせて拝んでいる男性たちがいる。
 一言挨拶でもしていくか、と律儀な一義は思った。
 たぶん、向こうは気付かないかも知れないが、これから世話になってしまうのだろうし、と。
 一義は急降下した。
 そして、親戚のひとりひとりに丁寧に頭を下げ、「ありがとうございました」と口にする。
 最後のひとりに挨拶をし終えた時、その相手がふと、他の親戚にこう告げた。
「十四郎はどうしたんだ?」
「大阪の小枝子が引き取ったと聞いたぞ」
「あいつも物好きだな…」
「まったくだ」
 そうだ、と一義は思った。
(十四郎…!)
 あの日、十四郎は家にいなかったのだ。
 そして、この火事を免れ、助かったのだった。
 まだ死ねない。
 一義は強く思った。
 十四郎が生きている。そしてきっと、悲しみに暮れているにちがいない。
 彼ひとりを置いて、自分だけこの世を去る訳にはいかなかった。
「大阪か…」
 この身体ならば、そんなに遠い距離ではないだろう。
 何しろ、空を飛んで行けるのだから。
 大阪なら西の方角だ。
 そう思って、一義は宙へと地面を一蹴りした。
 そして一路、彼の信じる「西の方角」へと向かったのだった。


 日本一大きな湖といえば、それは「琵琶湖」に他ならない。
 空中から探すのであれば、形といい、面積といい、これ以上の目印もないだろう。
 だが、行けども行けども、あの写真などで見慣れた例の形は見つからない。
 その代わり、どう見ても寒い地域にしか生えない木がたんまりある森や、暗い色の海などが視界に入り続ける。
 一義がおかしい、と気付いた時には遅かった。
 眼下にある湖らしき姿は、琵琶の形からは程遠かった。
 そう、彼は迷っていたのである。
 彼の思うところの「西の方角」は、正確には「北の方角」だった。
 つまり、彼の「方向音痴」は死んでも治らなかった、という訳だった…。
 一義は地上に降りて、その湖のほとりにある立て看板に近付いた。
「…田沢湖?」
 田沢湖の所在地は、県である。
 一義は青ざめた。
 それから慌ててまた空中に飛び上がると、元来た方へ戻り始めた。
 その、つもりだった。
 既にここに来るまでに相当な時間が経過していた。
 そして、それと同じ、いやそれ以上の時間をかけて、彼は南下し始めたのだった。
 その頃、当の十四郎は、大阪にはいない。
 全国を転々とした後、北海道の親類の家にいたが、東京へと戻ることになっていた。
 そんなこともわからない一義は、また一生懸命東京へと戻っていた。
 無論、迷うことは忘れずに。


 
 南下に成功した一義は、途中、ある場所のカレンダーを見て、既に3年が経過していたことを知った。
 しかし、そこからがまた問題だった。
 彼がたどり着いた「東京」は、薄暗い山の中だった。
 そこでついつい休憩を取ってしまい、はっと気付いた時には熊が背後に立っていた。
 動物たちは人間よりも、霊的なものに敏感である。
 本物の人間相手同様、熊は逃げ惑う一義を、恐ろしい咆哮をあげて追い回した。
 逃げながら、彼は運良く黒部ダムに到達する。
 そこで、霊感の強い観光客が彼を見つけて、話を聞いてくれた。
 その話の中で、熊に追いかけられてから5年が経っていたことが判明する。
 親切なその観光客は、彼にもわかるよう、随所随所の目印を描いた地図を手渡してくれたのだった。
 だが、彼の方向音痴は、ただの方向音痴ではない。
 天災、いや天才的なのだ。
 東京への方角は正しかったというのに、彼はいつの間にか東京を通り越し、鎌倉にたどり着いていた。


 この辺りから、十四郎は次第に相槌を打つのをやめた。
 呆れ果てるとはこういうことを指すのだろう。
(本気でサイコロ振ってたのかよ…)
 冗談のつもりが、冗談になっていなかった。
 一義はそれに気付かず、先を続ける。
 
 
 鎌倉にたどり着いた一義は、その東京らしくない家々を見、またしても、道をまちがったことに気付いた。
 数々の石碑や神社仏閣から、ここが鎌倉だと知る。
 そうとなったら、目指す場所はひとつ、来生家の本家だった。
 何度か地上に降りて、目印を確認しながらの道行きだったので、さすがに少し疲れてしまっていた。
(幽霊でも、疲れることはあるんだな…)
 ため息をつきながら、本家をさまよう内に、十四郎が広い東京のどこにいるのかを漏れ聞いた。
(あと少しだな…)
 そう思いながらも、既に身体はなぜか重かった。
 彼は本家の日本庭園の大きな御影石に腰掛けると、そのまま頭を垂れ、動かなくなった。


 さて、彼はすぐに目を覚ましたつもりだったが、相当の時が経っていた。
 しかしそれに気付かなかった一義は、そのまま宙に飛び上がり、東京を目指して北上を続けた。
 正確には2年の月日である。
 それだけ経てば、大都会東京は、大きく様変わりしてしまうものだ。
 まったく見慣れない景色と、増えた高層ビルに阻まれて、彼は都内を徘徊した。
 何度も行きつ戻りつしている内に、ふと、記憶の中にある店をそこに見出したのだ。
 彼にとっては、まさに天の助けであった。
 薄暗い店の中に入り、見知った女性を見つける。
 彼女は、そう、碧摩蓮。
 アンティークショップを営む、女主人である。
 彼女は一義を見つけると、薄く微笑んで事情を聞いた。
 一義は今まであったことを洗いざらい、彼女に打ち明ける。
 そして。
「そこなら、知ってるよ。連れて行ってあげようか?」
 その一言で、彼のすごろく…もとい、長い旅は終わりを告げた。
 
 
「…この間、11年だ。あの時蓮さんに出会わなかったら…聞いているのか?」
 そう言って、一義が十四郎を改めて見てみると。
 …すっかり彼は眠りの国に旅立ってしまっていた。
 一義はおもむろに立ち上がり、弟を引きずってふとんの中に放り込んだ。
 寝顔だけは、昔から変わらない。
 無防備で、無邪気そのものだ。
 だからこそ。
「人の気も知らないで…」
 ため息をついて、一義はつぶやいた。
 無論、十四郎の耳には、届いてすら、いなかった。
 
 
 
〜END〜



〜ライターより〜

 いつもご依頼ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です!
 
 さすが…すごい旅路ですね…。
 圧倒されました…。
 これも、「愛」の成せる業、ですかね…?
 相変わらず、仲良しな兄弟ですね!!
 
 
 それではまた未来の物語をつづる機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました! 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年08月04日

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