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『らむ 』
本能寺・乱夢7498)&花鳶・梅丸(7492)&(登場しない)


 久方の、

◇◆◇


 こんなめくるめく曇天でこそ、クラシカルは本領を発揮する。
 時代遅れを掌に納めた彼は、勿論、21世紀に生きている。かつてタイヤの無い車が走り、キューブとサークル状の建物が居並んでいるだろうと夢想されていた未来も、今日になってはまさに戯言。それどころか車は今ガソリンで大きく悩んでいる始末で。
 それでも――そんな《予想とは違った未来という今日》にある彼の顔は自然笑みなのである。またその理由も、明日をその手にしてる訳でなく、クラシカルで時代遅れの代物を手にしているからなのである。何がってさ? カメラさ、よいよい。
 デジタルカメラとクラシックカメラを比べた時。
 字数の違いもそうだけれど、単純、便利さ。何しろ撮ったものをすぐその場で見られ、ポラロイドは今日という未来、ほぼ完全にその姿を消し去り、人物か風景かの選択もボタン一つ、ファインダーの調整なぞほぼ完全に必要無くなった。嗚呼素晴らしき哉デジタル、万人に強く、優しく、逞しい。
 だが、
 それでも、だが、未完全だった、少なくとも彼がここに居るのだ、クラシカルを手に持った彼が。
 0と1の世界を吹き飛ばして、しかと抱え込むのはアナクロ、まるで恋人の名前のようだ、アナクロ。ああアナクロよ、ラ・アナクロよ。
 何もかも手ずからだからって、レンズ等をアタッシュケースに用意でもしてなければいやしてようと、何もかも出来る訳じゃない。だがそれでも、
 こんなめくるめく曇天の日は――目の前にある“休日の世田谷”をどう撮影してやろうか。あてもなく来た公園では、小さなSLが運行している。ミニながらも黒く佇むその容姿をどうしてやるか、子供も居るな、いい対比になるな、構える前に、
 木まで写すか、ピントはどこに絞るか、今か、後か、今、ああいやまだだ、まだ、思考を弄る、弄る、そうしてから、構える。
 撮影は文字通り、一瞬の閃光。
 頭の像に、出来上がりが思い浮かぶ。
手がかかるからこそ、応えてくれた時は、嬉しい。
 まるで恋人のようだ、嗚呼、
 ――まぁつまり、カメラの趣味もアブノなんですね
 ……長い目でみつめられながら言われた事を不意に思い出してしまった。長い目で。いわゆる比喩でなくて実際の。自分の趣味だ、とは思いながらも、後ろめたさが亀の歩みで駆け抜ける。
 ともかくである、青年は、時代という物に反逆して、この日とカメラを満喫していた。誰一人にも邪魔されぬ深海で眠りを享受するような時間に、
 ありとあらゆる感謝を覚えていた時に、
「そこな若造!」
 ありとあらゆる、何か色々が、彼の中で停止した。
 21世紀にクラシカルを手に持とうが、それは奇異ではない、しかし今鼓膜を振るわせた言葉、そこな若造、……そこな若造、
 どれだけ時代がかっているのか、ああ振り向きたくない、自分が呼んだ事を認めたくない。自分の休日を邪魔しないで欲しい。いやしかし待て、声の調子は少女のように若いのだ、ごっこ遊びが好きな小学生だってこの世の中に居るのだから、それなら適当にあしらえると、振り向いた。
 いでたちが忍者だった。
 クラシカルって問題じゃない――彼は心中頭を抱え、そのいでたちをみつめた、忍者って、今平成だろ、眩暈がする、自分の為にある今日が、異物によってぐしゃぐしゃにされていく感覚、
 というかそもそも、よりにもよって忍者、
 あの頃を思い出す、ああ、
「何を悶々としておる、顔を見せい、トーキョーサバクなる物は一体どこにあるか」
 そんなものはない、あったとしてもそれは人の心に、と、酩酊のようにつっこみながら、目が合った瞬間、
 目と目が、
 彼の瞳と、少女の瞳が、合った瞬間、
 一瞬の閃光のように――
「梅にぃ?」
 忍び装束の――ポニーテールをまとめる薔薇の髪留めがあどけない顔と良く対比した、小柄な少女が、《花鳶梅丸》をそう呼ぶという事は、確定する、細身の長身の細面のてっぺんにある、赤、いやさ、《梅》色の髪に包まれた頭蓋の脳の中で、少女が誰であるか、
 確定する、
「お前、」
 彼女の名前は――
「乱夢か」
「らぁ」え、「むぅ」ちょ、「って」おま、
「呼ぶなあああああああ!」
 実践で、
 使えるのかよ、
 飛び付き腕十字。
(文字通り相手の腕を取りスタンディングへ仕掛け倒しながら決める関節技、某覆面レスラーの持ち技として有名になった)
 梅丸はギブギブした、公園の土を手でパンパンした、閃光のように繰り出されたプロレス技の痛みは、彼にとって嫌悪すべき日常へのお戻り口だった。しかして、技を受ける前、無意識にクラシカルカメラだけは地面に置けた反射速度は、
 矢張り、忍びの末裔だからか。
 ――冗談じゃない
 それが嫌でここまで来たのに今その日常が昔の痛い痛い左腕引きちぎれるロープロープロープがない痛い痛い痛ぁいっ!


◇◆◇

 光のどけき、

◇◆◇


 そもそも梅丸である、名前に丸がついてるのである、既に、忍者っぽい。
 ――冗談じゃない
 古臭い名前はまだ問題なかった、が、戦国時代から続くという古臭い家のしきたりを継ぐ事を、ナンセンスだと嫌悪して、高校卒業と同時に上京してきた、
 ――全く、冗談じゃない
 騒がしい事を嫌い、父に鍛えられた能力も出来るだけ隠して、それなりに平穏に、他人から見たらえらい事件巻き込まれてるやないかと言われるとしても、少なくとも実家の道場に居る時よりは、日常を謳歌していたのだ。
 ――……だからこそ、
 冗談じゃない。
 今目の前で、うず高くタワーのように積みあがったパフェを、嬉々とした顔で食らってる少女、名前は乱夢、けどその名前で呼ぶと怒る幼馴染が、本能寺乱夢が目の前に居るという事実、
 忌まわしき過去からの追撃者にしか、梅丸の瞳には写って居ない。
 ……そもそも、彼女の生い立ちからして日常とは掛け離れている。破壊者として十分なのは、今も残る左腕の痛みからも判断出来る。ていうか実際にクラシカルカメラの縦横無尽はストップして、ファミレスで幼馴染に食事を奢る日になってしまってる。
 唇についたパフェのクリームを指の腹で舐め取った彼女は、十年前、つまり五歳までは男として育てあげられていた。
 ここまで簡潔に書くと悲劇っぽいのだが、その理由が母曰く、面白そうだったから♪ となると、笑えるようで笑えない話になってくる、更には、本人にとってそれよりも、乱夢って呼ばないで欲しいだっちゃ! って事が問題である事を知るとひきつるしかなく、なんでそんな本名を付けたかと聞けば、母親はアニヲタだったからと返ってきて、もう笑う事すら出来ない。
 であるから彼女は自分の名前を、蘭丸という事にした。母親は残念がったかもしれないし、けど気を取り直して“そうねぇ忍者の卵っぽいしねぇ”とか言ったかもしれない。ここらへんは想像である。
 名前に丸を入れたのは、
 幼馴染の梅にぃにあやかったのかは、それもまた想像の範疇。
 しかして、まだ梅丸が実家に居た頃は、二人の仲は良好だったのは確かである。元々面倒見が良い梅丸、七歳年下の彼女の世話も度々、一緒に飯を食らい、そして、
「昔はよく風呂にもいれてやったよな」
 とコーヒーを飲みながら言ったのも事実で、が、余りにもデリカシーが無い発言は、乙女の顔を赤くして、幼馴染の梅にぃの喉に地獄突きを見舞う事になった。
「無礼者」
 ぷんぷんしながら座りなおす乱夢、座る事も出来ずソファに手をついて苦しがる梅丸。喉がぁ。
 ……佇まいを正した少女の、顔が緩み、僅か紅潮しているのは、何もパフェの甘さだけからじゃなく、
 目の前に彼が居る事に起因し、……それを、彼に対する淡い憧れも、自覚はしている。
 ただ、色々な物が成形される五歳までの時期を、男性として育てあげられた所為か、女の子扱いされるのは苦手だから、恋愛には焦がれるがいざ踏み出す事も無く本能寺乱夢は恥ずかしくなるとついやっちゃうんだ、である。バックドロップ等を。
そんな幼馴染であるけれど、
 再三述べたとおり、今の梅丸にとっては、有り難い存在ではない。別に彼女自身を嫌ってる訳ではない、ただはっきり言えば、邪魔なのだ。
 掴み取った日常を奪い取るような鬼子、とでも言うべきだろうか。
 ……そもそも、何故彼女がここに来たかを、問いただす必要があるのに梅丸は気付いた。もし自分を連れ戻すようにとでも指令が出されていたなら、全力で逃げなければいけない。忍者相手に。
「……それでさ、ら」むと言おうとしたらスプーンからフォークに持ち替えて凶器攻撃いや凶器攻撃えっと、「……ん」
「うむ、なんだ梅にぃ?」
 ニコーとしてる彼女から、僅かに視線を逸らしながら、
「お前はさ、なんで東京に来たんだ? まさか観光って訳じゃないだろ」
「知れた事!」
 ソファの上で仁王立ちになる、ちょっとお止めなさいこの箱入り娘、ここ東京、東京、そういう行動すっごく目立つ、
 手を腰につけて放った言葉は、先に言っておくと、梅丸が危惧したような事ではなかったのだが、
「東京砂漠で修行をして、一人前の跡継ぎになる為!」
 梅丸は、頭を抱えた。
「しかし、野を越え山越え来てみた物の、予想以上に東京は広いな。地図の読み方も解らんし、そこで道を尋ねようと声をかけたら、……梅にぃが居て」
 なんか最後らへん声のトーンが嬉しそうだったが、知ったこっちゃない。
「逸早く修行に来た梅にぃなら知っておろう! 東京砂漠が何処にあるか、如何なるものか!」
 思い出されるのは自分の父親、全く、目の前の彼女に似た非常識さ、
「さぁ、早速行こう、梅にぃ! このパフェなるのも美味しかったし、東京はまだまだ未知! それに、侍にもまだ会っておらんしな!」
 この侭では僕の日常がいやていうか侍は現代に居ないともかく僕の日常が、日常が、
 ――冗談じゃない
「……ああ、ら……ん丸、まず座って」
彼女は素直に従った。不適に笑っている。
「ええと、何から説明すべきか、あのさ、まず」
 笑っている。
「東京に、東京砂漠なんてものはない、あれは歌のタイトルだからな」
 驚いている。
「それに、侍なんてのも居ない、侍が居たのは江戸時代の話」
 そんなまさか、と驚いてる。
「だいたい、ナンセンスなんだ、今時」
 今時?
「忍者なんていうものが」
 ――、
「……時代錯誤も甚だしいというか、東京に上って修行する事態が」
 ……、
「そんな暇があるくらいだったら」
 梅にぃ、
「家に帰って花嫁修業でもしてろ」
 !
「それが一番」
 ……、
「お前の為」
……お前、
「……?」
 お前なんか、
「どうした? 何」

「お前なんか梅にぃじゃなあい!」
 テーブルを踏み台にして、
 放たれた低空のドロップキックは、
 梅丸の顔面をまこと見事に、
 揃えた両足で撃ち抜いた。

 ……梅丸の意識が平衡感覚を取り戻したのはそれから十秒の後、その間に煙玉も使わず、単純に二本の足で、乱夢は逃亡していた。
 行ってしまった彼女の行方より、顔面の痛みの方が気になる、ああ鼻血が出てる、骨は折れてないだろうな、と。次に被害の方、ソファ向こうにすっとばされたみたいだけど、こっちに客が居なくて良かった、弁償はしなくていいっぽい、と。次に体面、ああ周囲が騒いでる、店長が来たっぽい、面倒な事になった、と。
 ……それからして、やっと、幼馴染の事。
「……」
 幼馴染の事。


◇◆◇

 春の日に、

◇◆◇


 ファミレスから解放されて、もう、今日に意欲はなくなってしまった。
 電車に乗って、空いた座席にも座らず、入り口の窓から流れる建物を見ている。ブルーフィルムの世界のように、東京は薄暗い。
 折角の休日を無価値にする程、自分の心はあの少女により掻き回されて、そして沈んでしまった。疫病神だ、手のかかる、
 ……けれど、
 あいつはこれからどうするんだろうか、そもそも上京して来たっていったって、住むあてはあるのだろうか、野宿でもする気か、この東京で? 人間の欲望と、怪異が渦を巻くこの東京で? 少女一人で?
 だからこそ修行になるのか、
 なら、ほっておこう、そうすればいい、
 ……けど。
 あの時後回しにしていた存在が、どうしても気にかかる。昔良く面倒を見てきた彼女と、偶然とは言え、彼女に会ったのであれば、
 あそこまで冷たく突き放す必要は無かったんじゃないか。
 ……ああ、雨だ、
 小雨が窓に張り付いて、
 したたっていく――
 ざあっ!
「……」
 小さな雨は前兆だった、
 瞬く間に、大きな雨になった。
 ガラスを打ち破ってきそうな程の大粒が、ざあざあざあざあと東京を浸していく有様。
 カメラでも構えるか、そう、
 梅丸は、考えていない。
 懸念が一つ思い浮かんだ、それに、
 呼応したかのように、

 一瞬の閃光が、空をはためき、
 刹那、轟音が大気を満たす。

 雷だ。
 乱夢。


◇◆◇

 しず心なく、

◇◆◇


 ざあ、
 ざあ。
 ぴか、
 ごろ。
 雨が降る、雷が降る、
 ざあ、ざあ。ぴか、ごろ。
 激しく激しく雨が降る、激しく激しく雷が降る。
……怖い、
 ぴかごろごうおうぴしゃしゃりごうおう!
 怖い!
 暗がりの中、身を小さくさせる、闇を味方につけようとする、怖いから、光が怖いから、空を射抜く青白い光、追いかけるようにやってくる、空をひっくり返すような轟音、
 怖い、怖い、息が苦しい、叱られてるよう、許して、お願い、怖い、
 許されるはずも無い、
 少女は何も悪い事はしていないのだから、罪を犯してないのに許しようがない、
 雷だって、
 何も悪い事はしていない。
 ――自然とはなんと無慈悲か、なんと巨大か
耳を塞ぐ目を瞑る、世界から自分を閉じようとする、けれどそれでも鼓膜は震え、肌も震え、大きなそれは小さな女を圧し潰すかのように鳴る、鳴り続ける、響き続ける、
怖い、
 怖い、
 嫌だ、やだ、
 やだ――
 ……助けてと、
 声を出した訳じゃないのに、
 訴えた訳じゃないのに、電話した訳じゃないのに、
 そうだ何時も、
 今日だって。

「相変わらず」
 梅にぃは、「雷に弱いんだな」
 傍に居てくれる。

 ……公園の丸い、チーズみたいに穴が開いた遊具の中で、泣きべそをかいていた彼女の傍に、傘を差して来たんだろうけど、それでもびしょ濡れな彼が居る。
 大きな掌が、頭の上に置かれた。
 雷が鳴った。
 怖かった。
 けど、目は閉じなかった。耳も塞がなかった。
「お兄ちゃんが迎えに来たぞ」
 微笑む彼を、あの時と変わらない彼を、見ていたかったから、聞いていたかったから、でも、安心する。目を閉じたくない、見ていたい、耳を塞ぎたくない、聞いていたい、
 ……でも、
 手が、
 頭の上に乗ってる。
 感じる、
 安心する。
「……梅にぃ」
 忍び装束に包まれた小柄が、すとんと、彼の胸の中に落ち着いた。そして轟音の中、疲れ果てた心と体を、安心する場所で休ませた。
 全く昔と一緒だった、家で寝付くまで傍に居た時も、
 公園で今日みたいに脅えていた時も、
 最後に幼馴染は、無防備な顔を晒す。
「……乱夢」
 そう呼ばれ、暴れないのは、眠ってるのか、
 あの頃のようだからか。


◇◆◇

 花の散る、

◇◆◇


 かくして忍者娘は東京へ上り、
 随分とヘタレになりおった彼を、昔の梅にぃとは認めたくはなく、あの雷の日も閃光が生んだ幻として遠くに送り、時折訪れる《梅にぃの皮を被った男》に、ことあるごと、キャメルクラッチやスリーパーホールドをお見舞いしている。
 というかどうも、忍者なのに忍術が使えそうになく、何時もプロレス技。会ってない間修行はどうしていたのだろうか。
 ……ちなみに、梅丸が時折訪れる場所、つまり乱夢が住む場所であるが、大衆酒場、
 怪しげな、が枕につく大衆酒場の住み込みである。どういう経緯でそうなったかは、また別の話で、
 現在進行形で梅丸が、自分の平穏を守る為に、どうにかして乱夢を実家に送り返す隙を伺っているのもまた別の話で、
 かといってそれでもやはり幼馴染、妹のようなものであるからにして、
 ……複雑な面持ちで、彼女を見守っている事、それもまた、別の話である。


◇◆◇

 らむ。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2008年07月14日

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