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『不幸を貴方に 【赤の書】 』
和田・京太郎1837)&天波・慎霰(1928)&鈴城・亮吾(7266)&(登場しない)



 人々に祝福を与える神、来訪神。 もし、その来訪神が何らかの強力な力により、方向性を捻じ曲げられたらどうなるのだろうか。
 貴方に幸せを与えます。 その言葉が真逆の意味を持つとしたら、どうなるのだろうか。
 貴方が幸せにしたいと思う人の名前を、この書に書き込んでください。 私が貴方の代わりに彼らを幸せにしてあげましょう。
 濁った瞳、どこか虚ろな表情、その全てを見て敏感に何かを感じ取り、来訪神の言う幸せの意味が不幸だと気づいた時、赤い表紙のこの書は特別な道具となる。
 自分の手は汚さずに、人を不幸にする事が出来る。 真綿で首を絞めるようにジワリジワリと、その人を追い詰めていく。来訪神の“善意”によって、この書に名前を書かれた人は破滅するのだ。
 暫し迷った後で名前を書く。 3人のフルネームを、赤のボールペンで。
 ―――――“和田・京太郎”“天波・慎霰”“鈴城・亮吾”


→ I Present Misfortune START


 慎霰は喫茶店のテーブルをドンと叩くと、語気荒く主張を繰り返した。
「これ以上何かが起きる前に、D・プログラマーを暴き出すしかない!」
「わ、分かったから、静かにしろ!」
「見てる‥‥‥皆見てる‥‥‥」
 放課後帰りの学生や、夕食の材料を買うついでに少し休憩をしようと入った主婦達が奇妙な学生3人組みをジロジロと見ながら怪訝な顔をしている。
 何あの人達? まったく、最近の若者は‥‥‥。 マナーがなってないな‥‥‥。 ねぇ、あんまり見てると絡まれるかもよ。知らん振りしておこうよ。
 ‥‥‥突き刺さる視線の痛さに、京太郎と慎霰は顔を顰めた。
「それで、D・プログラマーを暴き出すって言っても、どうするんだよ。 手がかりはないんだろ?」
 京太郎が何とか慎霰を落ち着かせ、餌 ――― 勿論京太郎のお財布からその代金は消えていく ――― を与えておく。当然亮吾の分も頼み、その代金も京太郎のお財布から消えていく。
「あのおっさんの所に行けばなんか分かると思うんだ」
「‥‥‥あぁ、あの社長か」
「そそ、あのおっさん」
 確かにおっさんかも知れないが、だからと言っておっさん呼ばわりして良いはずがない。 大企業の社長様は、この中にいる3人が一生かかっても無理そうなほどの資産を持っているのだ。
「何らかの形であれ来訪神が関わっているなら、何らかの形で物質的な“よりしろ”が必要になるはずだろ?」
「‥‥‥何らかの形、何らかの形って、随分曖昧だな」
「先を急ぐなよ京太郎。こっからが大切なんだから。 で、それならその可能性はデルタが高いと思うんだ」
「デルタが? ‥‥‥あの優秀なシステムがそんな異物をすんなり受け入れるかな‥‥‥」
 実際にデルタに対峙した事のある亮吾は、眉を顰めながら唇についたクリームを親指で拭った。
「ま、来訪神が関わってなくて、どっかのハッカーが好き勝手やってるなら勝手にやりやがれって感じだけどな」
 背もたれに全体重を預ければ、ギシリと抗議の声が上がった。 アンティーク調の木の椅子は華やかな女の子が座るととても映えるが、男子高校生+男子中学生の3人組みにはどうにも馴染んでいなかった。
 小窓に掛けられたレースのカーテンも、チョコンと座っているテディベアも、京太郎達を嘲笑っているような気がしてどうにも落ち着かない。 喫茶店の文字を見つけて確認もせずに入ってしまった事を後悔しながら、京太郎はテーブルを人差し指でコツコツと叩くと腕時計に視線を落とした。
(5時半か‥‥‥。 今から行っても社長がいるかどうか分からないし‥‥‥)
 そもそも、アポイントを取らないとダメなのではないだろうか。
(それなら、今日電話をかけて、社長の予定を聞いて‥‥‥)
「んじゃ、方向性は決まったっつーことで、いっちょおっさんの所に行ってみるか!」
「おいおい!」
 勢いよく立ち上がり、喫茶店を出かける慎霰の肩を掴む。
「いるかどうか分からないだろ」
「呼べば良いだろ?」
「相手は大企業の社長だぞ!?」
「だから?」
「‥‥‥普通は、アポを取らないとダメなんだ」
「そんなん知るかよ」
 常識のなさ過ぎる慎霰に軽く眩暈を覚えながら、京太郎はどうやって説得したら良いものか頭を悩ませた。
「あのなぁ、社長って会社の偉い人なんだぞ?」
「‥‥‥小学生じゃないんだから、そんな説明必要ないだろ!?」
「社長って言うのは、俺達と違って忙しいんだ。 特に大企業の社長なんか、あっちへ行ったりこっちへ行ったり‥‥‥」
「事前に約束を取り付けておかないと、捕まらないんだよ」
 年下の亮吾にまで説明をされ、慎霰は一瞬だけリアクションに困った。 社長が忙しいと言うのは知っているが、だからなんだと言うのだ。こっちが来いと言っているのだから、来い。
 その言葉を自分に投げつけられたら何様だと憤慨するだろうが、自分が言う分には構わないと思っている自己中心的な慎霰は、社長の予定を気にするなどと言う常識を持ち合わせていなかった。
「とにかく、アポをとるにしても何にしても、一度行ってみようぜ」



 電車とバスを乗り継ぎ、郊外にある本社の前まで来ると京太郎達一行は警備の人に止められた。 当然と言えば当然だが、見ず知らずの不審な子供達をやすやすと入れてくれるほど、会社の警備は薄くはない。
 やっぱり忍び込んでおけば良かったとブツクサ言う慎霰に黙っていろと目で脅しをかけながら、どうにか中に入れてもらおうと交渉してみるが、警備員は首を縦には振らない。
 頭を使うよりも実力行使をした方が早いと常々から思っている慎霰がそっと天狗の妖具を取り出そうとした時、警備員の背後からスラリと背の高い女性が現れた。
 背中の真ん中まで伸びた黒髪に、縁のない眼鏡、眼鏡の奥の目は日本人離れした大きさで、小作りな顔の中でとても目立っていた。
「あら? その子達、社長の知り合いだわ」
「え、そうなんですか?」
「えぇ。 社長に何か御用?約束はとってある?」
「いえ、約束はとってないんですけど、大切なお話があって‥‥‥。社長さんは本日はこちらにいらっしゃいますか?」
 舌が縺れそうになりながらも、京太郎は丁寧な言葉遣いになるように細心の注意を払いながら言葉を選んだ。 背後で慎霰が複雑な ――― 今にも笑い出しそうな ――― 顔をしていて腹が立つが、ここは大人の心でグっと堪える。
「いるにはいるんだけれど、パーティ中なの。 ある会社と一部業務提携をする事になってね」
「知ってます」
 ニュースでも何度もやっていたし、新聞でも読んだ。 かなり世間的に注目されている事柄だっただけに亮吾も当然知っていたが、慎霰だけは「そうなのか?」と興味のなさそうな調子で独り言を言っていた。
「パーティ中ってことは、忙しいですよね」
「うぅーん‥‥‥パーティで忙しいって言うと、何となく遊んでるみたいに思っちゃうかも知れないけど、一応これも立派な仕事なのよ。だから、そうね‥‥‥忙しいわ」
「社長さんの時間が空く日ってご存知ですか?」
「私は秘書じゃないから詳しくは知らないけど、どうかしら‥‥‥。最近もずっと朝から晩まで働いているし、来週からは一週間アメリカに行って、次にフランスに行くみたいだから」
「そうですか‥‥‥」
「何か緊急の事なの?」
「はい、なるべく早い方が良いんですけど‥‥‥」
「そうねぇ‥‥‥。君達、少し遅くなっても大丈夫かしら? もし大丈夫なら、社長にこっそり抜けてきてもらえるように頼むんだけど‥‥‥」
「お願いできますか?」
「えぇ、良いわ。 駅までは私が送ってあげるから‥‥‥親御さんに電話はしなくて大丈夫?」
 京太郎達について来るようにと言って歩き出した女性が、ふと気づいたようにポケットの中から携帯電話を取り出すとコチラに差し出した。
「俺は自分の持ってますし、大丈夫です」
「そう。 君達も大丈夫?」
 京太郎と慎霰が同時に頷き、女性が携帯電話をそっとポケットの中に滑り込ませる。 爪には控えめなピンク色のネイルが塗られており、全体的に化粧っ気のない彼女の中でさり気無く女性と言うことを協調しているようでもあった。
「君達、甘い物は食べられる?」
 京太郎達が通されたのは、全体的にシックで事務的な雰囲気のする部屋だった。 黒のソファーに腰を下ろし、部屋とは馴染まない豪華なティーカップが白いテーブルの上にチョコンと置かれる。
「いえ、お構いなく」
 紅茶を淹れてもらった時点でも言った言葉を、京太郎は再度繰り返した。
「これね、パーティに来た人から頂いたものなんだけど、私は甘いもの食べられなくて‥‥‥。社長も苦手だって言うし、今日出社してる社員に出してみたんだけど皆甘いのダメらしくて、残っちゃったの。だからね、君達が食べてくれると嬉しいんだけど‥‥‥」
 そこまで言われては、頑固に断るのも失礼に当たる気がして、京太郎はすみませんと有難う御座いますを巧みに使い分けながら頭を下げた。
 喫茶店でも甘いものを食べていた慎霰と亮吾は流石にケーキまでは食べられないだろうと思い、チラリと横目で盗み見てみれば、慎霰は既に食べ始めており ――― いただきますくらいは言えよ。と、京太郎は心の中で密かに思った ――― 日本人的常識を身につけている亮吾は直ぐに手は伸ばさなかったものの、その瞳はランランと輝いていた。
(‥‥‥よく食べられるな、甘いものばっかり‥‥‥)
「遠慮はいらないのよ。本当に困ってたんだから‥‥‥。それとも、甘い物は嫌い?」
「いえ、大好きです。‥‥‥いただきます」
 女性の優しい勧めに、亮吾が折れる。 小さく手を合わせ、フォークをケーキに入れるとパクリと一口ほうばる。表情が見る見るうちに蕩けて行き、幸せそうに微笑みながら二口目にとりかかる。
 二人の表情を見ている限り、かなり美味しいものらしいが ――― 見た目からして高級そうだ ――― 流石に京太郎には無理だった。
 1個目を平らげ、まだ足りなさそうな慎霰にさり気無く押しやる。 食べても良いのか?とも聞かずに食べだす慎霰に呆れながら、京太郎は失礼にならないように気をつけながら女性を観察した。
 体つきは細いがシッカリとしており、穏やかそうな表情に隠れた奥、瞳には強い芯が見え隠れしている。 雰囲気からして有能そうな彼女は、モクモクとケーキを食べる亮吾と慎霰を交互に見比べては目を細めている。 年の頃は20代半ばくらいだろうか、彼女の表情から察するに、亮吾の年齢を勘違いしているらしい。
「あんまり食べるとよるご飯が入らなくなっちゃうと思うから、残った分は持って帰る? 好きなの選んで言ってくれれば、箱に詰めて帰りに渡すわ」
「いえ、そんな‥‥‥お構いなく」
「良いのよ、さっきも言ったと思うけど、このまま残しておいても腐らせちゃうだけだもの」
 華やかに微笑んだ女性が「確か向こうにもあったと思うから少しここで待っててもらえる?」と言って部屋を出て行く。 それまでずっと気を張っていた京太郎が深く溜息をつき、肩の力を抜く。
「な、来て良かっただろ京太郎」
「おまえは呑気で良いよな」
「でも、このケーキ凄く美味しいよ。 あの人も親切だし」
(亮吾も呑気だよな‥‥‥)
 口の周りにクリームをつけて無邪気に微笑む亮吾を見て、京太郎はこっそり溜息をついた。 今日何度目の溜息だろうかと考え、それを考えた事によって再び溜息をついてしまう。悪循環以外の何物でもない。
 ケーキの美味しさを語り合う二人をそのままに、京太郎は部屋の中を注意深く見渡した。 飾り気のない部屋ではあるが、計算されて配置された家具は生活感を奪い、まるでモデルルームのように素っ気無い。 壁は真っ白で、絵の一枚も飾られていない。奥にあるデスクにはパソコンが乗っており、その横には小さなフォトスタンドが背をコチラにして立っていた。
(ここって、あの人が使ってる部屋なのか?)
 女性らしさが感じられない部屋ではあるが、男性らしさも感じられない。限りなく中性の部屋の中で、慎霰と亮吾の喋り声だけがやけに大きく響いていた。
(それにしても、D・プログラマーって誰なんだ? 何が目的なんだ?)
 どうしてウイルスを撒いたのだろうか? それでどんな得をするのだろうか。
(そう‥‥‥誰が一番得をするんだ?)
 そもそも、来訪神はいつの時点でウイルスに感染したのだろうか。
(ネットワークを通じてコッチの世界に来るって言うのも、何故なんだ‥‥‥?)
 そんな道を使わずとも、こちらの世界に来れるはずだ。 ネットワークを使わざるを得なかった理由がどこかにあるのだろうか? それは何なのだろうか?
(そう言えば、ネットワークの世界に存在していたとか何とか言ってたな、この間)
 どうしてネットワークの世界で生きているのだろうか。 来訪神が ―――――
「いやぁ、待たせてすまなかったね」
 扉を開けて入って来た社長を前に、京太郎は立ち上がると頭を下げた。
「突然押しかけてすみません。 パーティの方は大丈夫なんですか?」
「少しくらいなら構わないさ。うちの専務の大演説は長いからね」
 肩を竦めて笑う社長を前に、亮吾も立ち上がると頭を下げた。 急いで口を拭っているが、拭いきれていないクリームが口の端でその存在を主張している。
「それで、今日はどんな用件かね」
「デルタシステムに関してなんですけど‥‥‥」
「デルタシステムの本体のコンピューターが入ってる部屋はどこなんだ?」
「そんな事を聞いてどうするつもりなんだ?」
 慎霰の唐突な質問に、社長の顔が強張る。
「ちょっとこっちで色々あってな。おまえにやってもらう事もある」
「断る」
 社長がそれまで見せていた友好的な表情を引っ込め、大企業の“社長”の顔を覗かせる。
 社長を手ごまとし、パソコン要員として配置しておいて携帯電話や無線で話を聞きながら単純な操作で亮吾があらかじめプログラミングしておいたソフトを操らせ、存分に活用しようと考えていた慎霰は顔を顰めた。
「まぁ、拒否されたところでこっちにはまだ考えが‥‥‥」
「黒服連中なら、もうここにはいない。 私もこの間のことで懲りてね、そう言うことには今後一切手を出さないと誓ったんだ」
 黒服連中を手下として扱い、囮にしようとしていた慎霰は再び顔を顰めた。
「‥‥‥どうやら君達には普通の人とは違う能力があるようだが、能力以前に常識や言葉遣いを習った方が良い。特に君は人を馬鹿にしすぎだ」
 手ごまや手下、囮など、どう考えても相手を馬鹿にしている。 そんな態度の相手に、手を貸そうと考えるものはまずいないだろう。
「君達には助けられた分、私も何か恩返しをしたいと思っていたんだが‥‥‥。残念だよ。 デルタも無事に直り、会社に何らかの異常はもう見られない。‥‥‥今後一切、この会社に近付かないでくれないか」
「そんなこと‥‥‥」
 言ったって、こっちには能力があるのだから社長を操るくらい簡単だ。 そう言おうとした瞬間、扉が開いて外から白い制服を来た男女が入って来た。 一目見て術者だと分かる瞳の色を前に、思わず身構える。
「黒服はいないとか言って、いるじゃねぇか。 制服替えただけだろ!?」
「残念ながら、そうじゃない。 確かにこの人達は君達と同じように特殊な能力を身につけている。けれど、あの黒服達とは役割が全く違う。 あくまで、彼らはこの会社を守るためにいる。君達のような人間からね‥‥‥」
 腕を掴まれ、部屋の外に引きずり出される。 慎霰が何か喚いていたが、白服に口を塞がれ、言葉は掻き消えた。



「くっそー! 何だよあの態度!」
「いや、慎霰が悪い。 何だったんだよあの態度は! あくまでこっちは協力を頼む方だろ!?」
「悪いヤツラになんか、何したって良いんだよ!」
「悪い人に悪い事で返す君は、もっと悪い人になっちゃうけど‥‥‥」
 背後から聞こえた声に振り返れば、白い箱を持った先ほどの女性が立っていた。
「相手のプライドを傷付けるようなやり方はイケナイコトだって思うな。 特に、世間から偉いと見られている人を見下したような態度は取るべきではないよ。ああいう人って、人一倍プライドが高いんだから。 部屋に帰ったら憮然とした顔の社長と白服の人達がいて驚いちゃった。 それと、はいこれ、ケーキ」
「すみません‥‥‥」
「結構暗くなっちゃってるし、送ってくよ」
 不貞腐れた慎霰の背中を突付き、ケーキをもらえた事に満足したらしい亮吾を先頭にして進む。
「君はさ、ああ言う言われ方をされて嬉しい? 協力してあげようって気になる? もし協力じゃなくて強制的にやらせようとしてたんなら、君、最低だよ」
 運転席に座り、ミラー越しに後部座席を見つめる女性。 その言葉に、慎霰は何も返さなかった。
「少し言葉を間違っちゃっただけなら、今度から気をつければ良いんだよ」
 にっこりと微笑んだ女性がゆっくりと車を発進させる。
 社長の拒否、白服の出現により打つ手がなくなった慎霰が唇を尖らせながら窓の外の映り行く景色に視線を投げている。
「それで慎霰、どうするんだ?」
「どうするって、何がだよ」
「D・プログラマーはどうするんだよ」
「どうするもこうするも、デルタに近寄れねぇんじゃどうしようもねーだろ」
「‥‥‥ねぇ、私社長から色々聞いているからある程度は知ってるんだけど‥‥‥来訪神って、人に幸福を与える神様でしょう? その役割は失ってないんじゃないかなって思うんだ」
「つまり、どういうことですか?」
「ウイルス感染をしている今、その方向性は捻じ曲げられてる可能性がある。でも、本質自体は失ってないと思うの」
 ゆっくりとブレーキを踏み込み、車を停車させた女性がシートベルトを緩めると後部座席を振り返った。
「“赤の書”について、聞きたい?」
「何ですか、それは」
「聞きたいか聞きたくないか、どっち?」
「‥‥‥聞きたいです」
 眼鏡の奥、穏和そうな光りを発する瞳が細められる。 表情が失われ、声から感情が消える。
「ウイルス感染した来訪神が持っている赤い表紙の本。 そこに名前を書けば幸せになれると言われるが、実際はそこに名前を書けば不幸せになる」
 機械的な口調に慎霰が思わず身構える。亮吾が顔を引き攣らせながら京太郎の腕を掴み ――― 腕を掴まれた京太郎は、思わず腕を振り解いた。
「おまえ、誰なんだ?」
「私は一般的には預言者と呼ばれる者。 夢の中でお告げや情報を受け、現実世界でそのお告げを知らせる」
「そのお告げや情報とやらを聞くにはどうすれば良いんだ?」
「それを知りたいと思うこと、そしてある一定の条件が必要。 例えば赤の書に関しての情報は“聞きたい”と言う言葉がキーワードだった」
「何か俺たちに関して他の“お告げ”や“情報”はないんですか?」
「関連情報は今のところない。 でも、お告げならいくつか」
「教えてください」
「お告げは情報とは違い、抽象的で分かり難いものよ。 それでも、聞きたい?」
 コクリと3人が頷いた事を確認し、女性が目を閉じる。
「ここに集まりし者、赤の書の力によりて平行世界へ落とされる。異なる子、内に秘めし事に触れらる。 妖の子、居場所を失う。 精霊の子、世界が消える、あるいは世界から消えると言った方が正しいのかも知れない」
「何だよソレ‥‥‥意味わかんねぇよ!」
「誰が赤の書に俺たちの名前を‥‥‥?」
「それは分からない。 あるいは、知っているけれども教える術がないと言うべきかも知れない。私は夢の中において私の手の届く範囲にある事柄は全て教えられている。けれど現実世界においてその事柄はキーワードが無ければ開かない仕組みになっている」
「キーワード‥‥‥」
「現実世界の私は特別な力の作用を受けない。それは預言者であれば誰でもそう。 何らかの力によってお告げの内容を無断で流してしまっては危険だから」
「それじゃぁ、キーワードを言わない限りお告げの内容は聞けないんですね?」
「そう。 でもね、そのキーワードは特別な言葉じゃないわ。会話の流れから自然に出るような言葉。でも、言葉を選ばなくてはダメ」
「何か他にはないんですか? 例えば、回避する方法とか‥‥‥」
「分からないわ。 キーワードが違っているの」
 前を向き、アクセルを踏み込む。 再び緩やかに発進しだした車内には重苦しい空気が沈んでいた。
「1つだけ、遠い未来のお告げを教えてあげる事が出来るわ。知りたい?」
「知りたいです」
「もし、貴方達が取る行動を間違えば、誰かが死ぬわ」
 もしかして、この中の3人のうちの誰かが ‥‥‥!?
 顔を見合わせて生唾を飲み込む3人をミラー越しに確認しながら、女性が薄く微笑む。
「君達の誰かってわけじゃないわ。君達に関係する誰かの可能性もあるもの。 例えば家族とか、例えば友達とか、例えば社長とか、例えば‥‥‥私とか」
「例えばD・プログラマーとか‥‥‥」
「えぇ、そうね」
「‥‥‥それが誰であるのか、知っているんですね?」
 京太郎の断定的な口調に、女性が不思議な微笑を浮かべる。 それが肯定の意味であると知っていながら、誰もそのことについて問いただす事が出来なかった。
 きっと彼女は問いただしても「キーワードが違っているわ」としか言わないだろう。
(まるで機械みたいな人だ‥‥‥)
 デルタを擬人化したような女性を前に、京太郎は苦虫を噛み潰したような表情のまま膝の上に視線を落とした。
(D・プログラマーを探すつもりが、まさかこっちが狙われるなんて‥‥‥。 そもそも、赤の書に名前を書いたのは誰なんだ?)
「それを書いたやつのヒントとかないのか? 何でも良い。例えば男だとか、女だとか‥‥‥」
「そうね‥‥‥君達の中の誰か、そのすぐ近くにいるわ」
「近くに?」
「えぇ。殆ど毎日のように会っているはずよ。‥‥‥恨まれる覚えは無い? 赤の書に名前を書かれてしまうくらい‥‥‥」


* * *


 コポリと音を立てて、闇の中から何かが生まれた。 ソレは徐々に人の形を作り、スラリと背の高い男の姿をとるとゆっくりと息を吐き出した。
 その男の隣で、小さな闇が生まれた。それはゆっくりと子供の姿を作ると、クスクスと声を上げて笑った。
 その子供の隣で、白い靄のようなものが生まれた。それは急速に濃さを増すと優しい顔の女性の姿になった。
「俺は和田・京太郎の世界を歪め、背後にすりより、その心に囁きかける者」
「ボクは天波・慎霰の世界を歪め、彼に孤独を与える者」
「私は鈴城・亮吾の世界を歪め、彼の世界を消す者。あるいは、彼を世界から消す者」
 最後に一際濃い闇の中から、漆黒の羽の少年が現れた。手には大きな鎌を持っており、その顔は京太郎・慎霰・亮吾と変わると再び京太郎の顔になった。
「俺は彼らの世界を渡り歩き、それぞれの心に不審の種を植え付けるもの。 そして‥‥‥」
 大鎌が空を切り、世界に一筋の亀裂が入る。
「彼らを破滅から救おうとする“預言者”を消す者 ――――― 」



≪ to be continued‥‥‥ ≫

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2008年07月07日

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