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『Sweet sweet/June 11 』
十種・巴6494)&遠逆・陽狩(NPC1856)



 胸が、どきどきしてる。こんなに。
 あぁ、どうして身体って思うとおりにできないんだろう。このどきどきを少しは抑えたいのに。
(外に聞こえないか心配しちゃう)
 嘆息した十種巴はよし、と気合いを入れて公園に向かった。学校帰りに待ち合わせたその場所に近づいていくたびに、やはり心臓が壊れそうなほど強く鳴る。
 今日は待ちに待った6月11日。大好きなあの人の生まれた日。
 休日ではなく平日を選んだのは、休日に比べて人が少ないからだ。だって人が多いとプレゼントが渡し辛い。
 目的地に着いた。公園の入り口から中がうかがえる。規模の小さな場所だ。いや、そこまで小さくは、ないか。
 紫陽花が綺麗に咲いているのがわかる。それをベンチに腰かけて眺めている人物の姿を目視すると、巴の全身に痺れが走った。
 緑がかった黒髪の美しい少年。紫の紫陽花が似合っていて、絵になる。
「…………はっ」
 見惚れていた巴は我に返って足を踏み入れた。彼はこちらに気づく。まぁ、気づかれないほうがおかしいんだけど。
「巴」
 穏やかな声。そして笑顔。
 ひどいよ、反則だよ。そんな笑顔向けられたらやっぱり――。
(独占したくなっちゃう……!)
 近づいた巴は陽狩の横に腰かける。
「こんにちは、陽狩さん」
「あぁ。なんか、すごい久々に顔見たな」
 はにかんだように笑う陽狩に巴は「うっ」とうめく。巴は慌てて立ち上がった。
「さ、散歩しながら話そうよ! ほら、あそこの遊歩道、紫陽花が綺麗に咲いてるし!」
「? あぁ、そうだな」
 颯爽と立ち上がった陽狩はラフな格好だ。今日は仕事はない? それとも、終わらせてから来たの?
 二人は並んで歩き出す。きっと周囲からは不釣合いに見えているはずだ。そう巴は思っていた。
「陽狩さんは今日は仕事だったの?」
「ん? いや、今日は休んだ」
「そうなの? なんで?」
「……そりゃ、うん」
 言い難そうな陽狩は巴をちらっと見てから小さく言う。
「久しぶりに会うんだし……万一にも仕事が長引いたら嫌だったしな」
「……っ」
 耳まで熱くなってしまう。それを知られたくなくて、巴は慌てて話題を振った。
「あのね! 今日は学校で面白いことがあってね」
「おもしろいこと?」
「うん。教頭先生、カツラなんだけど、それがね」
 思い出すと笑いがこみ上げる。
「風がすごい勢いで吹いてね、ぐるんっって、こう、一回転しちゃったの!」
「なんかホラー映画みたいだな」
「でしょ! ほんとその通りだったの。カツラが一回転しちゃって見てた子は首が回ったのと勘違いして悲鳴あげてたしね!」
「それ、オレも見たかったなぁ」
「だっ、ダメダメ! 陽狩さんがうちの学校に来たら大変だもん」
「そうなのか?」
「そうなの! あ、でもいつか私の友達には会ってね」
「わかった」
 にっこりと微笑む陽狩は幼い表情で、可愛らしい。巴は思わず言葉に詰まる。
 どうしてなんだろう。私ばっかり好きみたいだ。
「あっ、あ、あとね! 親戚と親がね、夏には陽狩さんに会えるかもって言ってたの」
「そう、なのか」
「緊張しなくていいよ! そんなたいしたもんじゃないし」
「無茶言うなよ」
 苦笑する陽狩。あぁ、彼でも緊張してくれるんだ。私の親に会うから……?
 立ち止まった巴は学生鞄の中からがさがさと取り出す。それを勢いをつけて陽狩のほうに差し出した。
「陽狩さん、お誕生日おめでとう!」
「……………………たんじょうび?」
 不可思議そうな顔をする陽狩はちょっと悩み、それから思い出す。
「そういえば今日はオレの誕生日だったか」
「お、憶えてなかったの!?」
「呪いが解けるまでは気にばっかりしてたのにな」
 変なの、と陽狩が笑う。そうだ……彼はいつも苦しんでいたのだ、生きることに。
 プレゼントを受け取った陽狩は「開けていい?」と訊いてきた。すぐに巴はうなずく。
 文具店での包装は簡素なものだったが、陽狩は丁寧にテープをはがして剥いでいく。小さな箱が現れた。
 開けて中を見て、陽狩はきょとんとする。
「万年筆……」
「えっ、あの、これはね! 万年筆って丁寧に使ったら100年とか長い間使えるって聞いたことがあるの!」
「……………………ありがと」
 陽狩は小さく「大切にする」と呟き、嬉しそうに微笑んだ。
 その言葉に巴は信じられないという顔をして佇んでしまう。
「巴?」
「……ほんと?」
「ん?」
「ほんとに大切にしてくれる?」
「あぁ。なるべく長く使えるように大切に使う」
「…………え、えへ」
 照れ臭い巴は視線を伏せた。
「わ、私ね、陽狩さん」
「うん?」
「うまく……本当に上手く言えないんだけど、陽狩さんに見合ういい女になりたいの。でもいい女になったからって陽狩さんに『私だけ見て私だけ思って』なんて言いたくないの! そんな、そんないい女になりたいの」
 笑顔で言う巴を彼は呆然と見ている。巴は怪訝そうにするが、すぐに気づいて顔を真っ赤にした。
「いや、あのね、独占したいっていうんじゃなくて……!」
「……独占してくれて、いいのに」
 彼は小さく、本当にぽつりと洩らした。
「え? 陽狩さん、今なんて?」
「…………」
 巴の両頬に手が添えられる。ちょうど陽狩を見上げたままの体勢で、だ。
「今のオレは巴のものにしてくれていいんだぜ?」
「え」
「オレを独り占めしたくない?」
 ちょっと意地悪な言い方に巴は簡単に陥落させられてしまう。ずるいずるい!
(そんな言い方って卑怯よ!)
 でもそんな束縛もまた……心地よいと思ってしまう自分も、いる。
「万年筆ありがとう。本当なら生きていなかったオレだけど、おまえのおかげで今ここに居る」
「私じゃないよ、陽狩さんの力なの。こうして生きてるのは」
「それでも今のオレを満たすのは巴だ」
「…………ど、どこで憶えたのそんなセリフ」
「思ったことをそのまま口に出したんだけど、だめか?」
「だ、だめじゃないけど……」
 照れちゃう。
 そこだけは口に出さずに巴は視線を逸らそうとした。だが。
 唇が塞がれた。柔らかい唇。
(私……)
 あ、目を閉じてない! 陽狩さんいきなりなんて! 周りに誰もいなかった!?
 一瞬で色んなことを考えてしまった。
「……あ、キスしちゃった」
 離れてから、ちょっといたずらっぽく陽狩が洩らす。巴は困惑の表情をするがすぐに唇を軽く尖らせた。
「事後申告なんて……」
「じゃ、先に言う。今日は甘えさせてもらってもいいか?」
「いいに決まってる! だって今日は陽狩さんの……!」
 背後の柱に押し付けられた。目前にある陽狩は薄く笑っている。
「じゃ、甘える。キスしたい。もっと」
「も、もっと?」
「うん。ん」
 応えを訊かずに彼は口付けてきた。深く重ねてくる。存在を押し付けるように、だ。
 いきなりのことに巴は混乱した。いつもは優しい触れるキスなのに……!
「っ、あ、陽狩さ……!」
 足から力が抜ける。このままじゃ私……。
(たべられちゃう……!)
「……これでヘバってたら、この先が大変だぞ」
 耳元で囁かれた言葉に悔しそうに巴が彼を見つめた。
「だ、だってキス以上は初めてなんだもん!」
「これもキスなんだけどな」
 そう言われて巴は「うわあぁ」と悲鳴をあげて顔を手で隠した。突然のことに陽狩は驚く。
(ど、どどどどうしちゃったの陽狩さんてば! う、ううん、いつも奥手な感じなのに大胆に……!)
 そっと指の隙間から陽狩を見ると、彼は困ったように肩を落として瞳を伏せていた。ほんのりと頬が赤い。なんだ……彼もやっぱり少しは恥ずかしいの、かな……。
「……あ、あの、ね」
「ん?」
「今の……イヤじゃないから」
「わかった」
 誤解されたくなくて言ったセリフに、巴は再び赤面してしまう。あぁどうしよう! 言えないよ、本当のことなんて。
(気持ちよかったし、もっとしたいなんて……!)
 恥ずかしい……!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年06月30日

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