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『La última batalla 』
アルベルト・ルール0552)&クラウス・ローゼンドルフ(0627)&キリル・アブラハム(0634)&(登場しない)

 塔が閉鎖される。
 その話を聞いてから、それほど時間が経ったわけじゃない。
 セフィロトが閉鎖されるからには、ここに残る意味はない。俺はお袋とともに旅立ちの準備を始めていた。
 あの塔では多くのことがあった。
 忘れられない出会いも、忘れてしまいたい悪夢も……
 しかし、過去に囚われてばかりはいられない。養女のためにも、未来を見据えなければならない。塔が閉鎖されようとしている今、ここに未来はないと俺は判断した。

 ドアをノックする音が聞こえた。
「はい……」
 反射的に返事をすると、音もなくドアが開き、見知った顔がそこに立っていた。
「キリル」
 俺は反射的にその男の名前を口にしていた。
 キリルのことは良く知っている。セフィロトの中で、お袋を護衛していた傭兵の1人だからだ。
 MS乗りであり、ハーフサイバー。その実力は折り紙つきだ。
「本当にここを出るんですね」
「ああ。もう、ここにいる意味がないからな」
「そうですか。では、遠慮する必要はなくなったわけですね」
 その瞬間、キリルの表情がわずかに歪んだように見えた。
 歓喜にも似た笑み。だが、そこには狂気のようなものが見え隠れしている。
 一瞬、俺はその表情がなにを意味するのかわからなかった。しかし、すぐにキリルの過去を思い出し、なにを考えているのか理解した。
「キリル、まさか……」
 俺の言葉の意味を悟り、キリルは小さくうなずいた。
「もう、あなたの母上に気兼ねする必要はなくなった、ということです。クラウスを殺します」
 そう言ったキリルの瞳には、決意の輝きが灯っていた。
 クラウス・ローゼンドルフ。クソったれな男。認めたくはないが、俺の親父、ということになる。
 テロ組織のボスであり、国際的な犯罪者。
 そして、キリルにとっては仇ということになる。
 今までキリルはお袋の意見もあり、親父を狙うことを控えていた。だが、セフィロトの閉鎖に伴い、お袋の護衛という任務がなくなった以上、その意見に従う必要もなくなった。気兼ねせず、親父を殺すことができる、ということだ。
「あんた、死ぬぜ?」
 俺は率直な意見を口にした。
 キリルの実力は知っている。セフィロトにいた人間の中でも上位に属していることは間違いない。あの混沌とした塔で生き抜いてきた猛者だ。
 しかし、それでも親父には敵わない。
 あの男には邪眼がある。アレは特別だ。あの能力に匹敵する、あるいは打ち破ることのできる人間を俺は知らない。
「わかっています。それでも、やらなくてはならない」
 決意のこめられたキリルの言葉。静かだが、力強い意志を感じた。
 それだけキリルの憎しみが強いということだ。
「止めはしない。だけど、死ぬなよ?」
 俺には、そう言うのが精一杯だった。

 クラウスとの決着をつける。
 そんなメッセージを残し、キリルが姿を消したのは、俺たちがセフィロトから離れる前日だった。
 ある種のプロが本気で行方をくらませた場合、他人がそれを捜し出すことは非常に困難だ。キリルも決して素人ではない。恐らく親父との決着を邪魔されないようにするため、誰にも行き先を告げずに姿を消したのだろう。
 それでもメッセージを残したのは、お袋に対する最後の義理だろうか。なにも言わずに自分が消えると、お袋にいらぬ不安を与えるとキリルは思ったのかもしれない。
 だが、俺には残されたメッセージだけで充分だ。
 こうなることを予測していたわけじゃないが、セフィロトの閉鎖が決定してから、俺は親父がなにか行動を起こすのではないかと考え、その動向に注目していた。俺の思惑は外れたが、それが結果として功を奏したということになる。
 この決着を止める権利なんて俺にはない。しかし、見届ける人間は必要だろ?

 その倉庫に入ったとき、なんとも言えない緊張感が漂っているのを感じた。
 殺気を内包したピリピリした空気。
 薄暗い倉庫の中には何人もの人間がおり、入ってきた俺に銃口と、敵意を剥き出しにした視線を向けた。
 しかし、攻撃を仕掛けてくることはなかった。俺がクラウス・ローゼンドルフの息子だということを知る人間は多くないが、親父が纏めるテロ組織「血の同盟」では公然の秘密になっていると言っても過言ではない。
 俺を勝手に殺すようなことをすれば、親父の怒りを買うことになる。この倉庫にいるテロリストどもは、それを恐れ、手出ししようとはしないのだ。
 暗闇の中心には2人の男。親父とキリルが静かに対峙している。しかし、全身から発せられる雰囲気は対照的だ。
 互いに沈黙しているが、全身から殺気を放っているキリルと異なり、親父はどこか飄々としたような様子で、キリルの殺気を平然と受け流している。
 そんな2人を取り囲むように十数人の男女。その立ち位置、仕草などから全員がかなりの猛者であることが窺い知れる。
 キリルの能力をもってすれば、暗殺を仕掛けることもできただろう。それをしなかったのは、きちんと正面から決着をつけたかったからなのか、それとも親父と部下どもがそれをさせなかったからなのか、それは俺にはわからない。
 時間が無限に感じられた。
 実際には、俺が倉庫を訪れてからそれほど経過していないだろう。
 重圧にも等しい緊張感が、すべての感覚を麻痺させる。親父の部下、百戦錬磨のテロリストどもですら、この空気に耐え切れず、平静を装いきれていない。
 だが、それでもテロリストどもに不安な表情はなかった。誰もが親父の勝利を疑っていないことは明白だ。俺自身ですら、そうだ。キリルの戦闘能力は図抜けている。しかし、それでも親父の邪眼に打ち勝てるとは思えない。
 今まで何人もの人間が挑み、敗れている。中には連邦の騎士もいた。MSを使ってまで親父を殺そうとしたヤツもいた。しかし、それでも親父は生き延びてきた。俺も様々な騎士や傭兵を知っているが、親父以上の使い手とは出会ったことがない。
 相変わらず親父とキリルの間に会話はなかった。
 言葉は必要ない、ということだろう。何万の言葉を連ねたところで、この2人が相成れるとは思えない。その領域など、とっくに過ぎ去ってしまっている。
 倉庫内の空気が、さらに緊張を孕んだ。
 戦いが近いことを俺は実感した。
 次の瞬間、動いたのはキリルだった。
 後ろ腰のホルスターから38口径オートマチックを引き抜くと、瞬時に照準を合わせて引金を絞った。
 わずかなマズルフラッシュが闇の中に閃いた。
 銃声はほぼ皆無。
 銃口に装着されたサプレッサーが発砲の音を殺している。
 立て続けに3発の銃弾が親父を襲った。
 だが、まるで行動を予測していたかのように、親父は弾道から身を退けている。実際、キリルの筋肉の動きから攻撃を読んでいたのだろう。医師として人間の筋肉や骨格なども熟知している。それくらいの芸当は易々とやってのける男だ。
 キリルもその程度の攻撃で親父に傷を負わすことができるとは考えていなかったようだ。即座に全身を跳躍させ、親父との距離を詰める。
 同時にオートマチックを捨て、キリルはナイフを引き抜く。
 確かに圧倒的な破壊力、殺傷能力は銃器のほうが上だが、直線的な攻撃であるため、近接戦闘には不向きだ。
 むしろキリルほどの使い手ならば、ナイフなどを利用した変則的な攻撃のほうが、親父に対してダメージを与えられる確率は高いといえる。
 間合いを一瞬で詰め、キリルは攻撃を仕掛ける。
 鋭い突きのフェイントから横薙ぎ。
 しかし、親父は軽くステップを踏むように難なくキリルの攻撃を回避する。
 さらに踏み込み、キリルの3段突き。
 親父は上体をひねる。だが、完全には躱しきれず、そのうちの一撃が頬をかすめた。右頬にうっすらと紅い線が浮かび、鮮血が滴った。常人ならば間違いなく顔面に刃を突き立てられ、即死していたことだろう。
 親父の口許に冷笑が浮かんだ。
 まずい傾向だ。
 キリルは親父を本気にしようとしている。
 もしかしたら親父はキリルを軽くあしらう程度のつもりだったのかもしれない。しかし、今の一撃で親父の導火線に火がついた。人間を殺すことを厭わない、冷酷で無慈悲な導火線。キリルはそれに火をつけてしまったのだ。
 2本目のナイフがキリルの左手へ逆手に握られた。
 右手で突きを繰り出し、左手で薙ぎ払う。一瞬のフェイントから攻撃。あるいは斬撃から刺突への連携。目にも留まらぬ速さで次々と攻撃をつなげて行く。
 仕掛けるほうも超人的なら、それを難なく回避するほうも常人離れしている。
 だが、徐々にナイフの切っ先が親父の体をかすめる回数が増えてきている。
 やはり、肉弾戦では傭兵であるキリルのほうが上ということだ。いかに親父がテロリストとして悪名高いとはいえ、その戦闘能力が並でないとはいえ、正式な訓練を受け、数々の修羅場を潜り抜けてきたキリルに、純然たる近接戦闘では敵わないのだろう。
 親父の双眸が怪しく煌いた。
 邪眼。
 それが発動すると俺が察知した瞬間、右腕を突き出したままキリルの動きが止まった。
 まるで蛇に睨まれたカエルのように。あるいは彫刻家が石くれから創り上げた石像のように、キリルは苦悶にも似た表情を貼りつかせ、微動だにしなくなった。
 ナイフの切っ先は今にも親父の右目に突き刺さろうとしている。まさに間一髪といったところだろう。一瞬でも発動が遅れていれば、間違いなくキリルの一撃は親父の右目を貫いていた。
 親父の勝ちだ。俺はそう思った。
 邪眼の能力に囚われたら最後、打ち破ることなど誰にもできやしない。キリルはすでにまな板の上の鯉にも等しい状態だ。
 が――
 次の刹那――
 俺は自分の目を疑った。
 邪眼に囚われ、決して動くことなどできないはずのキリルが、苦悶の表情を浮かべたまま右腕をわずかに伸ばしたのだ。
 それは一瞬の出来事だった。
 まるで映画のワンシーンをスローモーションで見ているかのように、ナイフの尖端が親父の右目に吸い込まれて行った。
 音もなく、だが確実に眼球を傷つけたナイフの腹から、紅い液体が滴った。
 親父は一言も声を上げなかった。自身が負傷しているにも関わらず、他人事のごとき平静さで、右目を貫いたキリルの右腕を静かに見据えていた。
 なにが起きたのか、俺には理解できなかった。ありえない。邪眼は絶対的な能力だ。気合いとか根性とか、そんな馬鹿げた精神論で看破できるような代物ではない。
 親父が一歩、後ずさった。その表情には驚きもなにもない。ただ、なにかを納得したかのように鮮血の付着したナイフを見つめ、静かに冷笑を浮かべた。キリルは再び一切の動きを止められ、目の前の親父を睨みつけている。ゆっくりと、親父の右手が動き、懐から取り出したオートマチックの銃口がキリルに向けられた。
 発砲。
 消音器など装着されていない。耳をつんざく銃声が倉庫に反響した。
 2発、3発と立て続けに銃弾が叩き込まれる。その度に被弾の衝撃でキリルの全身が小さく揺れた。
 やがて弾倉が空になり、スライドが後退したまま停止した。弾切れだ。
 同時に邪眼の効力が切れたのか、キリルはその場に崩れ落ちる。瞬く間に血溜まりが床へ広がり、呪詛にも似た声がキリルから漏れる。全身に銃弾を浴び、誰の目から見ても満身創痍であることは明らかだった。
 その場にいた全員が、恐らくはキリルですら、親父の勝利を確信したに違いない。
 誰が命じたわけでもないが、テロリストどもが素早く動き、床に倒れるキリルを取り囲んだ。そして無数の銃口が向けられる。もはや半死体も同然のキリルにとどめを刺そうというのだ。目には目を、歯には歯を。それがコイツらの行動理念でもある。
 テロリストの指先に力がこもる。俺はキリルの死を疑わなかった。止めるつもりもなかった。決して簡単なことではないが、テロリストどもの凶行を止めることは不可能ではない。だが、それはキリルに対する侮辱のような気もした。
「やめろ」
 その言葉に、テロリストたちが動きを止めた。
 それを発したのが親父だと気づくのに、俺は一瞬の時間を要した。
 自分を狙う敵に情けをかけるような男じゃない。だから、部下どもの行動を制止したことが俺には信じられなかった。
 驚きを感じながら俺は親父を見つめた。相変わらず口許には冷笑が貼りついている。
「殺すことはない」
 続けられる親父の言葉に、テロリストどもからも驚きの声が上がり、どこか動揺しているようにも感じられた。
「なるほど。これはこれで、楽しみが増えた」
 なにを言っているのか、その場にいた全員が理解することはできなかった。
 相変わらず良くわからない男だ、と俺は反射的に思った。

 親父はキリルを殺さなかった。
 それだけでも充分、あの男らしくない。楽しみが増えた、などと意味不明の言葉を残し、親父は部下を引き連れて俺たちの前から姿を消した。今はどこにいるのか誰も知らない。しかし、そのうち大きな事件を起こすに違いない。
 キリルは満身創痍に等しかったものの、一命を取り留めた。オフクロは心配しているようだったが、それはキリルを心配しているのか、それとも親父の無事を願っているのか、俺にはわからない。
 そして、俺はセフィロトを出た。


 END
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PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2008年06月30日

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