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『破壊の徘徊者 』
黒崎・吉良乃7293)&(登場しない)


 事務所に戻る途中にある公園で、黒崎・吉良乃(くろさき きらの)は足を止める。
「何、これ」
 ぽつりと呟き、見つめる先にあるのは、真っ二つに割れたバイクがある。どんな刃物で切断したのだろうかという疑問が浮かぶほど、綺麗に縦に割れている。それも、一台だけではない。
 公園の周りにおいてあるバイクが、数台犠牲になっているのだ。
(普通の人間には、無理ね)
 超常現象か、怪物か。いずれにしても、普通の人間になせる業ではない。余程の怪力を持っていたとしても、達人といわれる件の腕前を持っていたとしても、無理だ。そこには人と言う概念を越えた何物かの存在が、必要となる。
(例えば)
 ちらり、と吉良乃は左腕を見る。今は上着で隠れている、赤い紋章の刻まれている左腕を。
 吉良乃は一つ息を吐き出し、辺りを見回す。
「とにかく、何かがいるのは間違いないわ」
 辺りに何者の気配も無い。となれば、可能性が高いのは公園の中。
 吉良乃は今一度辺りを見回してから、公園内に足を踏み入れた。神経を研ぎ澄ませるが、特に気になる気配は何処にも無い。
 公園内を注意深く見回すが、特に変哲も無い普通の公園にしか過ぎない。真ん中は野球ならばギリギリできるくらいの広場になっており、その周りに滑り台や砂場、ぶらんこといった遊具が置いてある。
 出口は二つ。吉良乃の入ってきた表通りに面した所と、対面にある裏通りに出る場所。吉良乃が入ってきた方からは遊具や水飲み場が近く、対面には花壇とトイレが近い。
「ぶらんこ、か。懐かしいな」
 そよ風で微妙に揺れるブランコを見て、吉良乃は小さく笑う。
(あんな事が起こる前。小さな頃、私はブランコで遊んでいたっけ)
 ぎいぎい、と軋むチェーンをぐっと握り締めて、力いっぱい空に向かって漕いでいた。青空に向かうブランコは、どこまでも飛んでいけるのではないかと思わせられるほど、楽しくて。順番待ちをしている友達と譲り合い、時に奪い合い、あっという間に過ぎていく時を惜しみながら生きていた。
 けれど、今は夜。空は暗く、辺りには誰も居ない。当時とは全く違う状況だ。
「何を、考えているんだか」
 ぽつりと吉良乃は呟き、苦笑をもらす。と、次の瞬間だった。
 しゅっという風を切り裂く音が背後でし、吉良乃は慌てて前方に向かって飛ぶ。吉良乃が避けた場所に光るのは、鉈。
「誰?」
 着地をしながら、吉良乃は尋ねる。鉈の持ち主が、荒い息遣いのままでじりじりと吉良乃に近づいてくる。
 近づいてきたのは、目の血走った女性。手にする鉈は手と同化するのではないかと思うほど、強く握り締められている。その所為で、刃先がかすかにガタガタと震えていた。
「お前も、私を殺す気か!?」
 女性は叫んだ。吉良乃は「まさか」と答えるが、女性は再び「お前も、私を殺す気か!」と叫んだ。
 疑問系ではあるが、答えを聞こうとはしていない。
「一体、どういう事?」
 吉良乃が尋ねるが、女性はそれに答える事無く「うおおおお」と叫んで向かってきた。強く握り締めたままの鉈を大きく振り上げ、吉良乃に向かってぶんぶんと振り回す。
 鉈の刃先は綺麗に砥がれており、掠りでもすればすぐに鮮血が飛ぶだろう事は容易に想像できた。
「うおおおおおお」
 ひらりと女性の一撃を吉良乃がかわすと、女性は再び叫んで向かってくる。そうして、上から大きく振り下ろす。吉良乃にまっすぐ向かって。
 吉良乃はそれを後ろに飛ぶことで回避する。鉈の有効範囲は、女性の腕の長さと鉈の刃の長さを足したもの。ならば、その有効範囲から出てしまえばいい。
 だが、吉良乃は後ろに飛んだ瞬間いやな予感がし、少しだけ左に軌道修正する。すると、びっ、という音と共に吉良乃の右腕に傷が走った。
「うっ」
 吉良乃は呻き、傷を手で押さえる。赤い鮮血が辺りに散る。妙な熱が右腕に走り、じくじくと痛んだ。
(有効範囲からは、出ている)
 女性は吉良乃の傷を見て、あはははは、と笑った。
「思い知ったでしょ。これで、私を、殺せないでしょ!」
 笑う女性の手にある鉈に、吉良乃の血はついていない。相変わらず、良く研ぎ澄まされたまま、ぎらりと月光を浴びて光っている。
「カマイタチ」
 ぽつり、と吉良乃は呟き、鉈をにらみつけた。
 吉良乃を襲ったのは、鉈の刃ではない。女性が勢い良く振り下ろしたことによって生じた衝撃波が、カマイタチとなって襲い掛かってきたのだ。
 左に軌道修正しなければ、そのまま真っ二つになっていたかもしれない。最初にこの公園に足を踏み入れるきっかけになった、真っ二つのバイクが頭の中に浮かぶ。
「あれ、あなたの仕業?」
 息を整えつつ、吉良乃は女性に尋ねる。じくじくと、右腕が痛む。
「まだ、私を、殺す気?」
 じろりと女性が睨む。吉良乃は「違う」と答えるが、女性の耳には届かない。
「私は、殺されない。お前も私を殺す気なら、殺されないようにする!」
 女性は叫び、再び鉈を振り回しだす。
 吉良乃はぐっと奥歯を噛み締め、痛みをこらえつつそれらを避ける。暫く避け続けていると、その行為は簡単なものとなった。
 一見すると、女性の攻撃は激しい。だがしかし、女性はただ闇雲に振り回しているだけなのだ。何の戦闘訓練も受けていない。
(なら、簡単)
 また再び、女性は大きく鉈を振りあげた。大きく振り下ろすと、あのカマイタチが発生して厄介だ。
 ならば、発生する前に邪魔してやればいい。
 相手は鉈を振り回すことしかできぬ、戦闘訓練を受けてない存在だ。その大きなモーションには、当然の如く隙ができる。
 吉良乃はその隙をつき、女性の脇腹に回し蹴りを入れる。女性は「ぐふっ」と咳き込み、ゆらり、と体を揺らした。振り上げた鉈の重さも手伝い、上手くバランスが取れないのだ。
 ふらつく女性に、吉良乃は銃口を向ける。銃を握り締め、痛む右腕を左腕で押さえつけ、弾道が歪まぬようにして。
「終わりよ」
――パアンッ!
 夜空に、破裂音が響き渡る。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
 女性は悲鳴を上げ、その場に倒れた。あんなにも強く握り締めていて、体の一部にもなるのではと思っていた鉈は簡単に女性の手から離れ、暫くブンブンと宙を舞ってから、ざくりと地に刺さった。
 吉良乃は硝煙の上がる銃を収め、ゆっくりと女性に歩み寄る。
「……あ」
 女性を見、思わず吉良乃は声を上げる。先程まで鉈を振り回していた女性とは、全く違うように見えたのだ。
 まず、目が違っていた。赤く血走っていたというのに、その片鱗もうかがえぬ輝きがあった。全身を包み、溢れ出していた殺気は、すっかり消えうせてしまっている。
「何が、あったの?」
 吉良乃が尋ねると、女性は血の混じった咳を何度か繰り返したのち、口を開く。
 ある日、魔物がいきなり現れた。その魔物は目の前で妹を喰らった。がりがりという音が、ずっと響いていた。足元には赤い水たまりが出来ている。
――べちゃ、がりがり、べちゃべちゃ、がりがりがりがり……ぼた、ぼた。
「頭の中が、真っ白になっていたわ」
 女性はそう言い、つう、と涙をこぼした。
 その後、魔物に妹を殺されたのだと何度も警察に訴えたが、警察は信じぬばかりか女性を犯人扱いし始めたのだという。
「周りが全て、私を狙っていると思った。だから、自分を守らないとって思ったの。殺されたくないから、でも、妹が、ああ、あああ」
 うっうっと女性は嗚咽を漏らし、その途中途中で何度も血を吐いた。げほげほと咽ながら、辺りに赤い水溜りを作る。
(発狂、したのね)
 吉良乃は思い、女性をじっと見つめる。元は、心優しい普通の女性だったのだ。それが、特殊な出来事で発狂してしまった。鉈を闇雲に振り回し、目に入った者を襲うという化け物に近い状態になって。
「ごめんなさい……」
 女性はじっと吉良乃を見る。既に、澄んだ輝きを吉良乃に向けて。
「私を、許し」
 女性は、静かに息を引き取った。
 吉良乃は開いたままの女性の目を閉じ、ゆっくりと女性に背を向けて歩き始めた。
(あれは、一歩間違った私の姿)
 吉良乃は思う。自分も、目の前で大切な家族を殺された。駆けつけた警察には、犯人と誤解された。だから、逃げた。逃げ出すしか、なかったから。
 そうして訪れたのは、荒れた生活だった。裏路地で生活し、泥を食べて飢えを凌いだ。表に出ると警察に見つかる為、ひっそりと生きていた。ただただ、生きなければという思いだけで。
「あの時は、生きる事に精一杯だったから」
 狂う余裕なんて、なかった。それよりも、生きる方が大変だったから。
(発狂しなかっただけ、幸せ者なのかしら)
 吉良乃は、ずきりと痛む右腕を押さえながら、ゆっくりと公園を後にした。
 吉良乃が夜の闇に消えた後、残されたのは公園の中央で静かに微笑み、動かなくなった女性の体だけであった。


 後日、新聞が賑わいを見せた。
 見出しは「連続通り魔、公園にて死亡」。数日、決まった場所で通り魔事件が起こっていたのだ。犯人は鉈のような刃物で、公園の周りや公園内を通る人たちに襲い掛かっていたのだという。
 警察が警備を強化しても、決して犯人は捕まらなかった。警備に当たった警察さえも、犠牲になることは少なくなかった。
 しかし、唐突に事件は収束を向かえた。何者かによって銃で撃たれた女性の傍に落ちていた鉈が、確かに彼女が手にしていたものであり、また事件に使われていたものであると確認された為だ。
 つまり、死亡していたのが通り魔だったのだ。
 警察は新たに通り魔を殺した犯人を捜査し始めたが、徐々に事件の事は人々の頭から忘れ去られていった。
 そうして、吉良乃の右腕の傷が良くなった頃には、全く違う事件がテレビを賑わせているのであった。


<破壊の徘徊者は夜の闇に消え・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年06月25日

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