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『しまらない二人 』
橘・沙羅6232)&清水・コータ(4778)&(登場しない)

 夜。
 闇の中、二つの人影が軽やかにアスファルトの路面を蹴り走り続けている。それでも足音もしない。進むのも速い。…どちらも人目を忍んで動く事に慣れている。そう思わせる密やかにして的確な身ごなしの二人。
 彼らは連れ立って暫く闇の中を疾走していたかと思うと、とある場所――とある建物の脇に当たる道まで来て漸く足を止めた。
 そして。
 闇の中、潜められた声で言葉を交わす。
「…あー、ついにここまで来ちまったなー」
「…そーですねー」
「…ねぇねぇ沙羅は気が乗らなくない?」
「…お兄さんも気が乗りませんかやっぱり」
「…まーねぇ。目的の場所がどうしても見付かりませんでしたー、で済めばどれ程…」
「…楽でしょうねぇ…」
「…ところで今更な話だけどさ」
「…はい?」
「…何で俺がお兄さんなの?」
「…お兄さんだからですよ?」
「…あ、そう」
「…それより…やっぱりやらなきゃならないんですよね…」
 この依頼。
 と、そこまで続けられたところでどちらからともなく溜息。
 二人とも、プロ的に慣れた身ごなしで闇の中を突っ走っていたにも関わらず…止まって近付いて話を聞いてみれば何やら小市民的に非常に腰が引けている。…ついでに現実逃避的なやりとりまで仄見える。

 …実は元々二人とも、これは――やりたくなかった仕事だったりする。
 それでも、何と言うか請けるのが当然で断られる事など考えてもいないような傲岸不遜な態度で雇い主からこの依頼を言い渡されてしまったので…渋々請けざるを得なかったと言う事情がある。
 この二人――橘沙羅に清水コータ、こういう場合どちらも強く出られない性格だったりするので。
 …今になると何故はっきりきっぱりと断らなかったのか、と二人共に後悔頻り。
 それは確かに能力的には、忍者な沙羅とシーフなコータの組み合わせはこの依頼をこなすのに適任なのかもしれないが、それでも彼らにしてみれば――怖いものは怖い。

 ――――――【ある場所に忍び込んでとあるものを盗んでこい。人外が守ってたりもするらしいけどまあ頑張れ】。

 さくっと言い渡された時の科白が二人の頭に過ぎる。
 …ある場所に忍び込んでとあるものを盗んでこい。
 …人外が守ってたりもするらしいけど。
 …まぁ頑張れ。
 この言い方は非常に怖い。
 まず人外である時点で怖い。
 守ってたりする→守るような、外からのものを排除する護衛、人外とやらがそういう類の役割を持つのだとすると何か攻撃的、もしくは戦闘に長けている奴である事はまず間違いない訳で…そんな怖いものが居るところに忍び込めと言う時点で更に怖い。しかも忍び込んで何か盗むとなると完全にそんな奴と自分たちとは敵対方向になる訳で…見付かれば戦闘必至な訳で更に更に怖い。その上にまぁ頑張れとか無責任かつ他人事的に付け加えられているとなると…そんな特に頑張らなければならないような相手なのだろうかと不安が更に更に更に煽られる。
 やりたくない。
 …と言う訳で、腰が引けてしまっているのである。
 それでも結局引き受けてしまっている辺り、因果だが。
「で、この建物、ですよね…」
 二人のすぐ脇にあるその建物。
 見上げる。
 高い。
 地上五階程度のちょっとしたビルのような建物である。
「…忍び込むったってどっから入ろっかね」
「あそこの壁を駆け上がれば、侵入できると思いますよ」
「どこ上るって?」
「あそこです。…ちょうど三階辺りになるでしょうか。途中のあの窓のところには行けそうじゃないですか。窓が駄目そうだったとしても今度はあの窓枠を足場にして屋上まで出れば他にいい侵入経路が見付かるかもしれませんし」
「ああ、あそこね。…。…うん。無理」
 無理だ絶対。
 確かに沙羅の言うように、三階辺りと思しき高さに人の一人か二人くらい潜れそうな大きさの窓があるのはコータにも見えた。が、そこに行き付くまでには結構高さが距離がある。ついでに言えばその途中、足場になりそうなものは特に無い。…留守番などの小さな事から情報提供にちょっと大きな声では言えないような事まで何でもノリで受けてしまう事が殆どな便利屋に今度は壁歩きをせよと仰るか? 間違いなく落ちるぞ? …もし万が一壁を駆けるような事が出来たとしてもコータでは二歩が精々三歩目が踏み込めたところでお終い、即落下する事は簡単に予想が出来る。それでは距離的には大して行かない。
 …忍者と一緒にしないでくれ。
 そう切に思うが、コータと違いごくごく自然に忍者的スキルばっちりだったりする沙羅はそんなコータの反応にきょとん。そうですか? そんな事無いと思うんですけども…と全然自覚無しのまま意外そうにひとりごちている。
 …それは沙羅ならば全然無理ではないのだろうが。
 思いながらコータは沙羅の肩をぽむ。
「取り敢えず建物を一通り回ってここよりはもーちょっと忍び込み易そうなところが無いか探してみよう」
「…こんなところで私たちみたいなのがうろうろしてると目立ちませんか?」
 電灯の光も殆ど届かない人通りもない夜中の道端。そんなところに炎のような真っ赤な髪を頭後下部で二つに結い分けた、年頃にしては小柄な着物の少女と――何処の国の人だかすら謎な感じのオリエンタルな風体をした青年の二人がのほほんと話し込んでいるのが今現在の状況。
 まぁ目立つと言えば、目立つ。…人目があるなら。今現在人目そのものが無いからその辺は気にしなくて良さそうだが、もし誰か現れたならいきなり人目を引く事は間違いない二人連れである。
 とは言え。
「…壁駆け上がるのと比べてどっちが目立つと思う?」
「それは…人に見られたとしたらうろうろしてる方がまだ普通ですね」
「でしょ」
「…でも人に見られない内に壁を駆け上ればその方が目立たないかなとも思うんですが」
「だからそれは俺が無理。心配するなうろうろしてても目立ちゃしないから。誰か一般人に遇ったら俺に任せてくれりゃ何とか出来そうだと思うしそもそもその辺上手く誤魔化す為に俺が居る訳だし」
 …だから頼むから壁駆け上るのは諦めてくれな。橘。



 で。
 建物の周囲を一通り回った結果、壁を駆け上るより余程楽に侵入できるところを発見した。まぁつまりは普通に玄関口と言う事なのだが…ちょっとした頓知で厳重なオートロックでも結構色々と破りようと言うか抜けようがある事をコータは知っている。それを利用して沙羅と共に何とか建物の中に入り込む事は出来た。
 が、他にもまだ問題はある。
 設置されている防犯カメラ――と言うか監視カメラ。
 何とか誤魔化せた入口だけでは無く中にも設置してある様子。
 コータは入ってすぐ、それらカメラが見ている位置や範囲を少し時間をかけて探ってみる。死角となる時間や位置関係。何とかその辺りの事を見切れはしたが――ちょっと厄介である。
「…カメラが一点を見てるのは三分で、あっちとあっちのが互い違いに動いてカバーし合ってるみたいだから…となると。全部避けて行くのはやっぱり難しそーだよねぇ。…やっぱり今から帰るって駄目?」
「その提案は凄く魅力的なんですけれど…ここまで来たらやってみるしかないとも思うんですよね…」
「…だよねぇ」
 ま、仕方無いけど、とコータは手持ちのストップウォッチ付き時計を使って時間を合わせてから、計る。カメラが動いた瞬間死角になるごく狭い位置。そこを狙い、時間が来るとそれっとばかりに二人で素早く移動する。そこに留まり、また次の場所へ移動するチャンスが来るまで待つ。それから動く。
 暫く同じ事を続けて――際どい時がありながらも何とか続ける事が出来た――それなりに建物の奥まで進む。目的の物が置いてあるだろう部屋まで行く為、階を上る。空間の形が違ってくるから当然なのだが、カメラの設置されている位置関係がだんだん複雑になってくる。新たに出来るカメラの死角を読む時間の猶予がだんだん短くなってくる。緊張でコータのこめかみに汗が伝う。
 不意に物音がした。何か歩いて近付いて来るような――見回りをしているような? 反射的に自分たちとその物音の源と思しき場所の位置関係を考える。遭遇せずに逃げられる場所はあるか――それもカメラを避けながら。ってそれ以前にそもそも今居る位置は一本道の廊下、隠れられるような場所が無いし前進するにしても後退するにしてもカメラにはまずぶつかる――カメラにぶつかってしまえば直接見回りに当たらなかったとしてもすぐこちらの位置は掴まれて結局警備員が飛んできてしまう――。
 と。
 コータが内心慌てつつもそんな考えを巡らせている間に、コータのすぐ脇から人影が――沙羅が飛び出していた。飛び出したその時には前方に二人の警備員らしい制服を着た人影が見えている――見えてしまったからこそ沙羅が飛び出している訳で。
 警備員のその姿を視認するなり床を蹴り出した沙羅は、這うように低い位置で警備員の間を走り抜けている。走り抜けた時には警備員はその場に倒れ昏倒していた。どうやら擦れ違い様に二人両方に一撃をお見舞い、大人しく眠って頂いたらしい。…声を上げる余裕すら与えていない。
 が。
 それでは結局――カメラには写る。
 走り抜けてすぐ、慌てたように沙羅はコータを振り返る。
「お兄さん今のはカメラどうでしょうっ!?」
「…あー、まず撮られたね」
「…て事は来ますね」
 新手。
「だな」
 コータも肯定。
 …。
 二人は暫し無言で顔を見合わせる。
 沙羅の顔が何だか青褪めている。
 …それは今の場合はある意味仕方無かったとは言え。
「だーかーら嫌だったんですよー!!」
「あー俺だってそーだよー!!」
 と、二人して泣き言を言ってみる。が、それでも状況が変わる訳も無し。…なので最早カメラに見られないようになどとせせこましい事は考えず目的の部屋を探してただ突っ走る。と、案の定そんな二人の後ろから早々に新手の何者かが来る足音が聞こえて来た。しかもその足音、少々多い気がする。
「…ああああどうしましょうお兄さんっ」
「こーなったら…二手に分かれて片方が陽動に出てその間に盗って来る…とか?」
「どっちが陽動に出るんですかっ」
「勿論沙羅ちゃんアールちゃんの方」
「えー、怖いですー!!」
「…って役割分担的に俺陽動するの無理くない?」
 例えば沙羅ちゃん、俺が陽動で出ている間に鍵とかセキュリティの類ちまちま破って依頼された品密かに盗ってこれる自信ある?
「…う」
 そんな自信は無い。
 ここは確かに役割分担としてコータより戦闘能力に秀でた沙羅の方が陽動に出るのが筋である。…そもそもその為に沙羅が今回の依頼を任されたようなところがある。
 が、幾ら腕っ節は強くとも怖いものは怖いので…陽動の案が出た時点で――それも自分が出なければとなった時点で沙羅は言葉に詰まってしまう。
 そんな沙羅をコータはまぁまぁまぁとすかさず宥めている。
「すぐ済むから。ブツはすぐ盗ってくるからそれまでの辛抱だから。こんな怖い依頼はとっとと終わらせて帰ってプリン食べて寝よう。うん。そうしよう」
「…そう…ですね。早く終わらせられればもう怖くなくなるんですもんね」
 じゃあ怖いけど陽動頑張りますっ、と、沙羅は決死の覚悟でコータの提案を承諾する。
 でもやっぱり怖いものは怖いので…やっぱり沙羅の顔色は青褪めているのだが。



 で。
 二人が別行動を始めて――沙羅が陽動に出て少し後。
 コータはとある部屋に居た。その部屋にあった依頼の品…目的の物は入手したが、この部屋に入るまで――部屋のドアの鍵を開ける時点ではどうにも苦戦した。その目的の物が仕舞ってある場所の鍵にもまた苦戦した。…どちらもそれ程難しい鍵ではなかった筈なのだが状況が状況なので気が動転していた…とかあるんだろうかと思う。…沙羅の為にも急がなければと言う事情もあったし。
 ともあれ目的の物は入手したので、コータはその部屋から早々に出る。
 そしてドアを出たところで――剣戟の音や獣染みた唸り声に派手な打撃音と言うか壁とかの破壊音が少し離れた位置から聞こえて来た。…ついでに明らかに沙羅の絶叫と思しき声も聞こえて来る。
 …沙羅が確り陽動をしてくれている事が良くわかる。悲鳴が途切れない時点で取り敢えず沙羅は普通に無事である――沙羅の場合、危ない目に遭っていて本当に進退切羽詰まっていての絶叫ではなく、戦況的には充分何とかなるレベルであってもただとにかく怖くて絶叫している事の方が圧倒的に多いので。

 それらを耳にし、コータは殆ど反射的に悩んでいた。
 …できればこのまま逃げたい。
 逃げたくて堪らない。
 が。
 女の子を残していくのも…。
 …でもアールは俺より強いし別にいいか。
 と。
 …一応悩んでみた割には結構あっさり決断する。
 決断するとコータは交戦中の音がする方向に――沙羅の居るだろう方向に向かい、両手をぱんっと合わせて拝んでいる。

 …依頼の物は俺が持ち出す。
 …後は何とか逃げ切ってくれ。

 そこまで心の中で言い置くと、コータは今度は少しの迷いも無くくるっと踵を返して沙羅たちが居るのとは別の廊下へとすたこら駆け出している。
 …ちょっと酷いかもしれない。



 沙羅を置いて結構すんなりと一人建物から脱出して。
 ちょっと考えたコータは――点火した爆竹を建物の玄関に放り込み、即逃走。

 …気付いてくれよ橘ちゃん。



 その頃。
 沙羅は殆ど場所を移動する事も出来ないまま半獣半人の人外な正体を持つ警備員の方々と戦い続けていた。多勢に無勢。事ある毎に上がる十八歳の乙女の悲鳴――でも実際の戦況として、悲鳴は上げていても全然圧されていないむしろ圧している辺りが沙羅である。
 ただ、何だか切りが無い。
 この警備員、賦活・再生能力が高いようで幾ら斬っても生半可な傷ではすぐ治癒してしまい改めて向かって来る。頑丈なので幾ら打撃を与えても殆ど効いていない――まぁ元々、沙羅も膂力腕力の方は大した事が無いと言う理由もあるのだが。ついでに警備員、数も数でどれだけ居るんだと思う。減らない。むしろどちらかと言うと増えている。
 …となると、現時点では圧せていたとしても――このまま持久戦になればヤバい。
 と、そんな懸念が生まれて来た頃。
 ぱぱぱぱぱぱんっぱぱぱんっ! と銃撃の如き派手な爆音が何処か離れたところで連続した。戦況が一時止まる――沙羅と交戦していた人外の警備員連中が俄かに動揺する。前後して彼らに連絡も入っている様子で――音の場所はどうやら玄関。そして目の前には沙羅。そして――確か、監視カメラの映像にはもう一人映っていて…? と、そこまで思い至ったところで人外な警備員の半数が玄関方面へ急行する――沙羅と交戦していた相手の数がいきなり減る。
 殆ど同時、沙羅も沙羅で察していた。
 ――…やってくれたんですねお兄さん!
 と、沙羅は玄関の爆音が――派手な爆竹の音がコータの出した撤退の合図だと気付く。なので今度は怖くてでは無く――やっと帰れるとばかりに歓喜の涙を流しつつぱぁっと顔を輝かせていたりする。そして沙羅は警備員たちから間合いを取るように退くと――今度は攻撃に移るのではなく頭を守るように腕を構えて当然の如くひらりとすぐ近くの窓に飛び込んだ。それに伴いガシャンと窓のガラスが割れる――そしてそのまま沙羅の姿は窓の外に消えた。…ちなみに今戦っていたのは地上三階である。
 人外な警備員、唖然。
 沙羅の姿が見えなくなって一拍置いた後、慌てて窓に駆け寄り下を覗く――と、沙羅はそのまま落下してはおらず、有り得ないレベルの器用さでいつの間にか壁に苦無を打ってロープを張り、そのロープを利用して窓から飛び出した身体を支え安定させると――あっさりと壁を滑り降りていた。
 窓から見ている間にも地面まで下り切り、張られたロープも回収され――そのまま建物脇の道を凄い速度で駆けて行ってしまっている。
 それらを見ていた警備員たちも慌てて階下に下りて追い掛け始めるが、勿論そんなタイミングで普通に階段を使い追い掛け始めても沙羅に追い付く訳も無く。…勿論コータの方も疾うに先に逃げている。

 と、こんな感じで――橘沙羅と清水コータに言い渡された依頼はどうやら無事(?)に完遂はした。
 ただ。
 ………………確りと依頼をこなした割にはこの二人、どうにも格好が付かない気がするのは何故だろう。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年06月20日

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