▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『謎が謎を呼び 〜mystery and mystery〜 』
エル・クローク3570)&セレネー(NPC0766)

 セレネーをつれて再びやってきた魔女の里。
 長老とセレネーを初めて引き合わせた。そのときに――
 不思議なことが、起こった。

「おねえちゃん……?」

 セレネーが、長老の前に座り込んでつぶやいた言葉。
 じっと、見つめあう赤い眼差し。

 エル・クロークはセレネーに関する出来事は一筋縄ではいかないことを改めて悟った。
 セレネーは――
 長老の姿を写し取って生まれた、存在だと、いう――

 ■■■ ■■■

 セレネーはほうけたように、長老の前に座ったまま動かない。
 長老はずっと凍るように鋭かった眼差しを少しだけ和らげて、セレネーを見つめていた。
「……懐かしいことだ」
 と、彼女は言った。
 クロークは、セレネーの斜め後ろに座り、長老と相対する。
「尋ねたいんだ、長老」
「そうであろうな」
「セレネー嬢は実態を持っていなかった……つまり、元は精神体と同じような存在だった、という認識で間違いないのだろうか」
 クロークは、言葉にすることで自分の考えをまとめようとしていた。
「けれども、今は実体を得ている。……では、セレネー嬢は僕と同じ、精霊のようなもの? いや、精霊そのもので無いことは分かっているのだけれども……」
 精霊ではない。そのことは、彼女が『精霊の森』という場所で暮らしているのを見ていることで分かる。
 一度、セレネーは精霊を宿しているのだ。――精霊の森の守護者いわく、精霊は精霊を宿せないという。クロークが精霊を宿せなかったことがいい証拠だ。
「精霊ではないよ」
 と、長老はあっさりと言った。「彼女はロエンハイムの娘だということだ。それだけだ」
 ――それではますます分からない――
「そもそも、ロエンハイムというのは一体どのような場所だったのだろう」
 貴女は何かご存知では――? と、クロークは単刀直入に尋ねた。
「――そういえばセレネー嬢は、貴女のことは覚えていたのだね」
 セレネーのゆったりと広がっている総白髪を見つめながら、言った。
「それとも今、思い出した……?」
「今思い出したのであろう。このように近くまでくれば嫌でも思い出すだろうよ」
 長老はそっと手を伸ばし、セレネーの白い髪を撫でた。
 排他的な魔女たちの長とは思えぬほど、それは優しい手つきだった。
「ロエンハイムとは?」
 クロークは繰り返す。
「ロエンハイムとは……」
 長老は、瞼を半分落とした。
「我ら魔女の始祖……そこから広がった者たちの住んでいた場所……」
「つまり」
「魔女の里の原型だ、精霊殿」
 ということは。
 セレネーは。
 ――魔女だと、いうことか――?
「ロエンハイムは、魔女の里……」
 クロークはつぶやいた。
 長老はゆるりと首を振った。
「里、どころではないよ。都市だ。魔女の都市。それほどの規模があった」
「それではなぜ、歴史に残っていないのだろうか?」
「――禁忌の場所だったからさ――」
 長老の声が低くなった。「この魔女の里と、同じさ。どこの魔女の里も似たようなものだろう……どこでも、魔女は忌避される。同時に魔女は魔女でないものを忌避する」
「そう――だね」
 この里はまだ開放的な方だ。普通の魔女の里なら、クロークたちを入れてもくれないだろう。
 いや。
 ひょっとしたらこの長老は――
 セレネーを連れていたから、クロークをこの里に入れたのかもしれない。
「都市でありながら禁忌の場所として、隠されていたんだね。それでもやはり都市として、立派に機能していた。そのロエンハイムがなぜ滅びた――?」
 問うと、長老は自嘲気味に唇の端に笑みを浮かべた。
「よくある話だろう。力ある者は自らの力で滅びる……」
「――ロエンハイムは、自滅したと?」
「都市が望んだことではなかった。だが、どんな世界でも同じものだな。何十年に一度、とびぬけて才能のぬきんでた存在が現れる」
「その、存在が――」
「そういう者は大概自分の力の限界に挑みたがる……逆に、自分の力を恐れて使わない者もいるが。残念ながら、その者は前者だった」
「……強大な魔法を使った、と?」
 長老は黙った。
 そう言えば、この女性は一体何歳なのだろうとクロークは考える。
 ロエンハイムが滅びた200年前、その瞬間にはいた――はずなのだ。セレネーと、出会っているのだから。
「長老、貴女はロエンハイムの住人だったのだろうか?」
 クロークの問いに、長老は首を振った。
「いいや。私は違う里にいたよ……ロエンハイムは私などよりよほど強い魔力を持つ者たちの集まりだったのでな。私などは入れてもらえぬほど」
 クロークは心底驚いた。魔女の里の長を務めるほどの人物が、入れてもらえないほど弱いと判断される都市?
 そんな都市にいた――ぬきんでた才能の存在?
 その力はどこまで突き出たものになるのだろう。想像するだけで、背筋にひやりと汗が流れるような気がした。
 長老はそっとセレネーの頬に手を触れながら、赤い眼差しを細める。
「私のいた里のように――小さい里は、常にロエンハイムの動きを恐れていた。いつか、自分の里が潰されるかもしれないと――ロエンハイムはしばしば、他の里を実験台に使った」
「―――」
「だから、常に噂が流れてくるのだよ。ロエンハイムが何をしていたか。……ロエンハイムにいたその魔女が、何をしていたか」
 その魔女は、
 虹の魔女と呼ばれていた――
 と、長老は言った。
「虹のように七色に輝く瞳を持っていた――らしい。私はあったことがないゆえ分からぬ。あるいは彼女の放つ魔力が、見るものにそう見せていたのかもれぬ。それほどの」
 それほどの存在が。
 やろうとしていたことは。
「何を……しようとしていのだい? ロエンハイムのその魔女は、一体何を……」
 聞いてはいけないことのような気がした。
 その一瞬に――
 セレネーの背中が、ぼやけて見えた。
 彼女の背中。赤い色。赤い刻印。赤い――不死鳥!
「ロエンハイムの虹の魔女は、虹を超えようとした。己のことを赤の魔女と名乗っていたそうだ。赤だ、そうだ、不死鳥――」
 長老の言葉尻が乱れた。彼女は冷静に見えて、かすかに高じているようだった。
「不死鳥……」
 セレネーの肩が震える。
「ふし、ちょう……」
 少女の声が、かすかにこぼれた。
 長老はさやかな赤い色の瞳をセレネーに向けて、
「……虹の魔女は、不死鳥をよみがえらせようとした」
 と言った。
 そして、すぐに否定した。
「否。違うな――自らが不死鳥になろうとした」
「不死鳥になる?」
 クロークはぞっと肌があわだつのを感じた。何かが――引っかかった。
「私にもその意味は、つい最近まで分からなかったよ。しかし、この娘の背の刻印とやらがこの娘を蝕んでいるということを聞いて、分かった――」
 長老は、告げる。
 その真なる意味を。

「この娘は不死鳥の刻印に蝕まれているのではない。――この娘の内側から、不死鳥が生まれようとしているのだ」

 セレネーが、声を上げた。
 それはとても人とは思えない奇声だった。
「セレネー嬢……!」
 クロークは立ち上がりかけた。しかし、長老が目で制してきた。
「落ち着け。……そなたは名を得て、存在を認められた。そのままでよいのだ」
 セレネーに語りかける。セレネーはひたすら長老の方を見て、クロークには背を向けたまま。
「長老……」
 クロークは息苦しい胸に手を置きながら長老を見つめる。
「この娘は……ありていに言うのなら、虹の魔女の残滓だよ、精霊殿」
 ついにセレネーの正体が見えた――
「しかし、それでは説明がつかない。残滓? なぜ残滓なのだろうか? なぜ200年経った今になって姿を見せたのだろうか?」
「虹の魔女の実験の結果、ロエンハイムは破滅した。一晩でな、もろくも砂の城が崩れるように消え去った……それは不思議な光景だったよ。光に包まれ一瞬にして消し飛んだ」
 長老は――
 その場に立ち会ったのだ。ロエンハイムが――滅びたその瞬間に――
「それを呆然と眺めていた私の隣に、ふいに実体のない何かが現れた。私は何をするでもない、それの傍にいた」
 他に、することがなかったのでな、と長老は自嘲気味につぶやく。
「私の里の者もみな……呆然としたまま、動けずにいた。そんなところへ飛び込んできた"力"の塊……」
 それが。
 虹の魔女の残滓だなどと、一体誰が思うだろう?
「私の傍にいることで、それは私の姿を取った。完全には似なかったが、当時の私と並べば姉妹くらいには似ているだろう……」
 クロークは思う。だから。
 長老の、セレネーを見る目は優しいのだ。
 ……自分の姿を映した、妹――だから。
 クロークは服の上から、懐に入れてあった首飾りの感触を確かめる。精霊の森の守護者から預かった――セレネーが、身につけていたという転移魔法のこめられた首飾り。
「長老。セレネー嬢――当時は名前はつけなかったのかな、とにかく彼女に、何か渡さなかったかい?」
 セレネーにはそれの存在を隠しておこうと思っていたから、遠まわしに尋ねた。
 長老はちらとクロークを一瞥した。クロークが手を置いている服の部分をまるで透視するかのような目つきになった後、
「――ああ、そうだな。首飾りを」
 すべてすべて、長老の言葉で答えは導き出される。
「ロエンハイムの廃墟の傍にいる間は、この子は泣いて泣いて仕方なかったのでな。いっそ遠くへやろうと――思ってな」
「しかし、200年の――」
「おそらく虹の魔女の魔力が作用したのだろう。早い話が暴走したのだよ」
 虹の魔女の強すぎる魔力を得て――
 ただの転移魔法を封じたはずだった首飾りは、時空を超える力を持ってしまった。
「では、なぜセレネー嬢はあそこに――あの精霊の森に、現れたのだろう」
「それは一番簡単な問いだな精霊殿」
 もう何も隠すつもりはないらしい長老は、あっさりと答えてくれた。

 ――あの森のある場所は、かつてロエンハイムがあった場所なのだと。

 クロークは訝った。
「そんなはずはないよ。かの森の守護者殿によれば、あの森はかなりの長い刻、あそこにあったはずだから――」
「ロエンハイムは」
 長老は、その細い指を、
 すっと――上へと向けた。
「その……上空に、あった」
「―――!」
「空中都市だったのだよ、精霊殿」
 クロークは唐突に悟った。
 だからか。
 だから、不死鳥――空を飛ぶ至高の存在になるなどという考えが生まれたのか――!
「まだ、何か聞きたいことはあるか?」
 長老はセレネーの髪をなでながら言う。
 セレネーはまったく動かなかった。話を、すべて聞いていただろうに。
 自分が普通の人間でないことを、長老はあますことなく披露したのに。
 ……残滓だ、などと言われたのに。
「ロエンハイムのことは大体分かったよ」
 クロークは押し殺した声で言う。
「でも、問題は悪化したような気がするね。セレネー嬢の身の危険は――」
「そうだな。虹の魔女のたくらみは失敗したのだと思われていたが――まさかこのように、成功に向かっているのだとは」
「止めることは?」
「出来ぬ――な。私たち魔女では。虹の魔女の魔力には勝てぬ」
「ではどうしろと――」
 クロークの声に、これほど険が含まれることは、とても珍しいことだった。
 長老は目を細めて、クロークを見た。
「そなたたち――この娘の内側に別の力が存在するなどとよく分かったな」
「………?」
「どうやって知ったのかは知らぬが。それを応用すれば、何とかなるかもしれぬぞ」
 どうやったのだ、と長老は問うてくる。
 クロークは再度訝る。
「協力――してくれるのだろうか?」
「……私とて、私の姿を写し取ってしまったような存在を滅ぼしたくないゆえな……」
 長老は――本当に珍しく、微苦笑した。
 クロークは考えた。どうやってセレネーの内側に異質な力があると知ったのだった?
 それは確か――
「―――!」
 それは確か、精霊の森で――
「そうか、彼らの力を借りれば……いいのかもしれない」
 クロークの脳裏を、次々と精霊たちの姿が浮かんでは消えた。
 そう、セレネーの内側に入ることのできる彼らの力があれば、あるいは――?
「それとも別の方法が……あるだろうか」
 考えこもうとしたクロークは、重大なことを聞き忘れていることに気がついた。
「そうだった。――セレネー嬢の記憶、は――?」
「記憶か」
 決まっておるな、と長老は言った。
「思い出したなら、この娘は覚醒するだろう。――虹の魔女として、もう一度」

 解けた謎。そして、知ったがために苦痛となったものがある。
 事態は、思った以上に深刻だった。虹の魔女――そのたったひとつの符号によって。
 けれど。
 クロークは許さない。セレネーをもてあそぶことを。
 セレネーという存在をもてあそぶことを。
 例え本当に残滓なのであっても――彼女を残滓として扱うことを、決して許さない。

「セレネー嬢はセレネー嬢だ。……セレネー嬢として、生きていてくれればいい」

 クロークは決意する。精霊の森の、彼女の家族に相談して、セレネーを、セレネーという存在を護ると。
 セレネーが初めて、振り向いた。
「クローク、同じ……なの」
 何がだろうと思って、気がついた。そう――
 クロークもともに、赤い瞳をしているのだ――



ライター通信------------------
こんにちは、笠城夢斗です。
引き続きセレネー謎解きストーリー、ありがとうございます。
今回、一気に話を進めてみました。
今後どうなさるかはクロークさんの手にかかっています。
よろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年06月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.