▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『林檎紅茶には角砂糖を 』
千獣3087)&エディオン(NPC0197)


 ぐるぐると頭の中を駆け巡る考えに、千獣(せんじゅ)は一つため息を漏らす。
(どう……して)
 赤い石が、ぽっと浮かぶ。
 火を吐く獣を具現化する石から、人を思う優しい石になった、林檎のような赤い石。
(復讐)
 千獣は手をぎゅっと握り締める。
 ぐおおお、と吠える獣の声が聞こえる気がする。聞こえるはずの無い声なのに、何故か耳の奥について離れない。
「エディオン」
 ぽつりと呟き、千獣は歩き始める。
 聖都から離れた森の中にある、石の店、エスコオドに向かって。


 エスコオドには「OPEN」の文字が書かれたプレートがかけてある。とはいえ、あたりに人の気配は無い。開店休業状態のようだ。
 千獣はじっとプレートを見つめた後、ゆっくりと扉を開く。ギイ、という木が軋む音が響き、中からは「いらっしゃいませ」という声が聞こえてきた。
「おや、千獣さん」
 やってきた客が千獣だと気付き、エディオンは微笑んだ。「あの時は本当に有難うございました」
 エディオンの視線の先には、あの赤い石がある。林檎のように赤くて、見ているとふわりと暖かな気持ちになる石だ。
「エディオン」
 千獣は問いかけ、じっと押し黙った。話したい事はたくさんあるのに、何故か言葉が出てこない。何から言えば良いのか分からず、どう言っていいのかも分からない。
 エディオンはそんな千獣の様子を察し、店の奥から椅子を持ってきて千獣に勧めた。千獣がそちらに腰掛けると、エディオンは外のプレートを「CLOSE」に変える。
「店、いいの?」
「構いません。折角ですから、一緒にお茶でもしましょう」
 にこやかにエディオンはそう言い、再び店の奥に消える。再び現れた際には、大き目のティーポットとカップを二つ、それにクッキーやチョコレートが盛られた菓子皿をお盆に載せて返ってきた。
「いい、匂い」
「アップルティです。昨日、紅茶葉を戴いたんですよ」
 コポコポと言う音を立てながら、エディオンはカップに紅茶を注ぐ。ふわふわと立ち上る白い湯気は、甘酸っぱい香りがした。
「砂糖は?」
「じゃあ……一つ……」
 エディオンは「分かりました」と答え、千獣のカップに角砂糖を一つ落とす。ティースプーンで軽く混ぜてから、それを千獣に差し出した。そうすると、甘酸っぱい香りが更に強く鼻をくすぐる。
 林檎の香りだ。
「林檎、だ」
「ええ。獣も、林檎が好きでしたから」
 エディオンの言葉に、千獣はじっとエディオンを見つめる。エディオンは静かに微笑んで、千獣の言葉を待っている。
 急かす訳でもなく、ただじっと。
 千獣は一口紅茶を口に含み、、ふう、と息を吐き出す。多少、落ち着いたようだ。
「獣と、獣を慕う子は、ただ、交流を、重ねていただけだった」
 はい、とエディオンは頷く。
「人間に、敵意を、向けたわけでも、なくて……ただ、交流を」
 千獣はカップを置き、じっと紅茶を見つめる。
 赤い液体が、ふわふわと湯気を立ち上らせながら、ゆるりと紋を描いている。
「そんな彼らに、人間は……何を、した?」
 ぎゅっと手を握り締め、千獣は言う。
 獣は、子と交流を重ねていただけだ。何をするわけでもなく、一緒に遊んでいただけ。子を背に乗せて駆け抜けてみたり、ぽかぽか陽気の中で昼寝をしてみたり、林檎をもいで共に食べたり。そんな、何気ない風景を作り上げていただけなのだ。
 子の住んでいる村人に対して、獣は襲ってやろうなんて思ってもみなかっただろうし、それは子も同じことが言えた。
 孤児であった子は寂しい心を獣に癒され、一人ぼっちだった獣は子によって優しい気持ちを覚えた。
 ただ、それだけだったのに。
「人間は、勝手に、敵を……作る」
 獣が持つ大きな牙に、鋭い爪に、恐ろしい外見に、勝手に恐怖した。別に襲われたわけでもないのに、刃を持ち出して襲い掛かった。
 自分達が持っていないものに勝手に恐怖して、下らない理由を以って。
「エディオン……復讐を、止めた事……間違いだった……?」
 千獣の言葉に、エディオンはじっと千獣を見つめる。
「間違いでは、なかったと……思いたい。だけど、人間たちの、行いは」
 ぎゅっと、より一層千獣は手を握り締める。
 人間たちの行為が許されることだったとは、到底思えない。それなのに復讐を止めてよかったのか、という思いが頭の中を支配するのだ。
「獣の、復讐の牙は、人間に、下さされる罰……だったのかも、しれない」
「……千獣さんは、復讐を止めたことが間違いだったのでは、と思っているのですか?」
 エディオンの問いに、千獣は頷く。
「人間の、行いを思えば、許されない……から」
「そうですね……確かに、安易に許すことの出来ることではないでしょう」
 エディオンはそう言い、千獣の手をそっと取る。ぎゅっと握り締めていたせいで、掌に爪の跡がついている。幸い血は出ていないが、赤く傷ついた掌は痛々しい。
 そんな千獣の掌を、エディオンは優しく両の手で包み込む。ふわり、と暖かい体温が掌から伝わってくる。
「復讐、止めなければ良かったですか?」
 優しく問いかけられた言葉に、千獣は暫く考え、それからゆっくりと頭を横に振る。
「でも、これ以上は、失われる、ばかりで……」
「はい」
「復讐は、失う事、だから……」
「ええ」
「もう、失う事は、させたく、なくて」
 エディオンは何度も「はい」と頷いた。口元に優しい笑みを携え、まっすぐに千獣を見つめている。
 千獣は言葉を発することが出来なくなり、俯いた。それ以上言っても、堂々巡りになってしまっているのだ。
 復讐は失う事。失わせたくないから、止めた。しかし復讐の相手は下されて当然の罪があった。犯した罪には罰を与えるべき。つまりは、復讐をさせるべきだった……と。
「千獣さんは、間違っていません」
 何もいう事の出来なくなっていた千獣に、エディオンはきっぱりと言い放つ。その力強い言葉に、千獣は顔を上げる。
 そこには、相変わらず優しい笑みを携えたエディオンがいる。強く握り締められて傷ついた掌を暖かく包み込み、まっすぐに千獣を見つめるエディオンが。
「確かに、人間は許されないことをしました。復讐は当然と思うかもしれません。ですが、その後に訪れるものは、いずれにしても悲しみです」
 エディオンの言葉に、千獣は「あ」と声を出す。
 復讐をされた人間達は、悲しみに包まれる。愛する人を失ったり、自ら命を落としたりして。
 復讐をした獣だって、悲しみが増す。人間達に罰を下したとしても、大事な子はもう帰ってこない。虚しさが訪れるだけ。
 復讐の材料となった子も、悲しむかもしれない。自分のために悲しみが増えるという状況に、心優しき子はどう思うだろう。
「獣は、千獣さんによって、優しい気持ちを思い出しました。復讐に燃える怒りでもなく、子を失った悲しみでもなく、人の笑顔によって生まれる優しい気持ちを」
「本当に……?」
 じっとエディオンを見つめる千獣に、もちろんです、とエディオンは答える。
「獣の石は、温もりの石となりましたから。人の笑顔を思い出し、優しい気持ちになれる、人を思う石に」
 エディオンの言葉に、千獣は「そういえば」と言って石の方を見る。
「あったかい……石だった」
「ええ。千獣さんの思いが獣に通じ、復讐心ではなく優しい気持ちを思い出してくれたからこそ、温かい石になったんです」
 千獣は「うん」と頷く。ぐるぐると渦巻いていた頭の中が、ほろり、と溶けていくかのようだった。
 暖かな紅茶の中に角砂糖を入れた時の、暖かな紅茶によって固まっていた砂糖がほろほろと溶けていく様子が頭に描かれる。
 エディオンはゆるりと千獣の手を離す。千獣はカップを手に取り、紅茶を一口飲む。砂糖の甘さが、ふわりと口いっぱいに広がる。
 溶けた砂糖が、甘みを与えてくれるのだ。
「美味しい……」
「それはよかったです。ああ、よければこっちのクッキーも召し上がって下さい。今年は森の中で胡桃を拾いまして」
 にこにこと微笑みながら言うエディオンに、千獣は「ありがとう」と頷く。菓子皿のクッキーをつまむと、確かに胡桃が入っていた。
「ああ、そういえばクッキーや紅茶によく合うジャムがあるんです。ちょっと持ってきますね」
 エディオンはそう言い、店の奥に消えていく。
 千獣はクッキーをつまんだ手についた粉をふるう際、ふと掌を見つめる。
 赤く痛々しい爪の跡は、もう無かった。


<林檎の香りを楽しみつつ・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年06月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.