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『〜君を守るこの手がある限り〜 』
来生・一義3179)&来生・十四郎(0883)&来生・億人(5850)&(登場しない)

 どうしたら、いいのだろう。
 最近、来生一義(きすぎ・かずよし)は、何度となくそう思う。
 目の前で、あどけなく笑う弟の十四郎(としろう)を見つめ、一義はしばし途方に暮れ、その後、心の底から心配になった。
 もうすぐ、4歳になるというのに、一向に歩けないのだ。
 実際、十四郎の体はほんの少しだが成長しているし、このやわらかい髪や、ぷくぷくの頬も、以前よりずっと子供らしくなっている…ような気がする。
 だが、何より、「笑顔」を覚えたのだ。
 これだけで、一義の心は、実は十分、幸せに満たされていたりした。
「ほら、十四郎、おいでおいで!」
 庭に抱っこして降ろし、少し離れたところから、一義は十四郎を呼ぶ。
 庭は転んでも痛くないよう、芝生が敷き詰められている。
 だから、あまり怪我の心配をせずに、一義は毎日根気強く、十四郎に歩く練習をさせていた。
 だが。
 十四郎は、一義にかまってもらえるのがうれしいのか、にこにこにこにこ、満面の笑みで一義を見つめた。
「もう、しょうがないなー」
 こちらに両手を差し伸べる十四郎に負けて、一義は十四郎の目の前に、ぺたんと座る。
 それから、その小さな弟を抱き上げて、自分のこれまた小さな膝の上に乗せ、じっとその目をのぞき込んだ。
「いったい、いつになったら、歩けるようになるのかな、十四郎は」
 毎日毎日、そうやって、同じことを十四郎に話しかける一義だった。



 
 その日は、少し春らしい午後だった。
 いつものように、仕事に出掛けた両親の留守を預かって、一義は学校から戻って来るや否や、十四郎を庭に連れ出した。
 そっと立たせて手を離してみたり、少しずつ前に引っ張りながら、一歩一歩、無理矢理歩かせてみたり、一義なりに一生懸命、訓練をさせ続けていた。
 と、その時。
 不意に、門の方が騒がしくなった。
 ブレーキの音がして、何かが家の目の前に止まったようだった。
「宅配便かな?」
 そうつぶやいて一義が立ち上がった時、どたどたと乱暴な足音が複数聞こえて、目の前に突然、黒い服を着た男たちが現れた。
「えっ…?」
 一瞬、何が起きたのかわからずに、呆然とする一義の目の前で、ひとりの男が、芝生の上に座っていた十四郎を、荒々しく抱き上げた。
「確保した、引き上げるぞ!」
 男たちは、一義のことを無視したまま、十四郎を連れて車に乗り込んだ。
「と、十四郎?!十四郎はどこ?!」
 我に返り、悲鳴に近い声をあげて、一義は門の方まで走って行く。
 しかし、車はもう既に走り去った後だった。
「どうしよう、どうしよう、十四郎が…!!」
 がたがたと震え出す膝を両手でおさえて、泣きながら一義は家の中に戻った。
 とにかく母親に連絡をしなければ。
 視界が涙で曇って、ボタンが上手く押せなかった。
 何度か間違った番号を押した後、ようやく一義の耳に、優しい声が返って来た。
『一義?!何かあったの?!』
「お、お母さん!」
 一義はさらに激しく泣き出した。
「十四郎が…十四郎が、知らない人に連れて行かれちゃったんだ!!どうしよう、お母さん!!」
『知らない人?!本当なの?!』
「うん、黒い服を着た男の人たち…どうしよう、どうしよう…」
 さすがに母親は冷静だった。
 警察に連絡するから、一義はそこでおとなしく待っているようにと伝えた。
『警察の人が来たら、どんな人だったか説明するのよ?!お母さんも、今から帰るから、ね?!』
「うん…うん…」
 何度も何度もうなずきながら、一義は受話器を置いた。
 すぐにパトカーが到着し、一義は複数の警察官に事情を聞かれた。
 子供ながらも、覚えていることを一生懸命話しているうちに、母親がパート先から戻って来た。
「営利誘拐の可能性もあります。犯人から、要求の電話が入るかも知れません。このまま自宅に待機していてください」
「は、はい…」
 母親も、さすがに青ざめていた。
 その心配そうな横顔を見上げていたら、次第に今回のことが自分のせいに思えてきた。
 母親は自分に言ったではないか。
「一義は立派なお兄ちゃんなんだから、お母さんがいない間、十四郎のこと、お願いね」と。
 十四郎のこと、お願いされたのに、と一義はぼろぼろ涙をこぼしながら、後悔した。
 だから、母親が居間に警察官たちと向かうのを見計らって、彼は外へとそっと飛び出したのだった。
 車は、家の前を通過して、小学校の方へ走り去った。
 小学校までなら、さすがに迷子にはならない。
 そう判断した一義は、勢い込んで小学校の方へ向かった。
 だが、動揺した心は、いつものようにはいかなかった。
 最初の角で右へ曲がるところを、なぜか左に曲がっていた。
 そして、一義にとっては非常に不幸なことに、同じような塀が続き、いくつか角を曲がるうちに、すっかりいつもどおりの「迷子」になっていたのである。
「あれ?ここ、どこ?!」
 ふと気付いて、周りを見回すと、まったく見たことのない家並みばかりだった。
 仮に見たことのある景色だったとしても、これだけ自宅から距離が離れていれば、帰り道自体、見つけられる訳がない。
 母親に何も言わずに出て来てしまったせいで、誰かが気付いて探しに来てくれるのを待つしかなかった。
 だが、その間にも十四郎は、もっと遠くへ、もしかしたら永遠に手の届かないところへ行ってしまうような気がした。
「ううっ…」
 また涙が出そうになって、一義は両手でぐしぐしと目尻をぬぐう。
「十四郎…ごめん…ごめんね…」
「何や?ちっさい迷子やなぁ…」
 不意に、横から声が降って来た。
 びくっとしてそちらを見やると、人懐こい笑顔を浮かべた色の黒い外人風の男が、こちらに向かって歩いて来るところだった。
「どないしたん?道、わからんようなったんか?」
「あ、あの…」
 青年は腰をかがめて、にっこりと笑った。
「困った時はお互い様、や。『としろう』って言うとったなぁ?人探しも、してるんとちゃうんか?」
 一義は一瞬ためらったが、他に周囲に人影はなかった。
 助けてくれる人が現れる可能性も、非常に低そうに思えた。
 だから、初めて会った、この大阪弁の外人風に、事の次第を打ち明けてみよう、そう決心したのである。
「…なるほど、なぁ…」
 腕組みをして、ふむふむとうなずく青年は、かなり胡散臭そうに見えた。
 少しだけ、話したことを後悔した一義だったが、次の一言で目を見開いた。
「それやったら、さっきのあれ、かもなぁ…」
「さっきのあれ?」
「そや。黒い服着たおっさんらがな、車であっちの方に向かったのを見たんや。確か…赤ん坊も乗っとったなぁ」
「そ、それだよ!そいつらだよ!あっち?!あっちだね?!」
「ああっ、ひとりで行ったら、また迷子になるって!」
「えっ、でも…」
「ええから、ついてき」
 男は、来た方とは反対の方へと歩き出した。
 そして、ある一軒の廃屋の前まで来ると、一義を振り返り、
「この辺で見かけたんや」
と、その廃屋を指差した。
 一義は、その廃屋を見て、疑う気持ちが増すのを感じた。
 だが、他に何の手がかりもない以上、どうしようもない。
「あ、ありがとう!」
 走り出すのと同時に、律儀にお礼を言って、一義は廃屋へと向かう。
 その小さな背中を見送って、青年――来生億人(きすぎ・おくと)は肩をすくめた。
「攫った方がよっぽど心配や」
 そうひとりごちて、億人はその場を立ち去った。
 廃屋に走り寄った一義は、割れた窓ガラスの隙間から、つま先立ちして中を覗き込んだ。
 カビのにおいのする、朽ち果てたリビングの床の上に、小さな姿がひとつ、あった。
「十四郎?!」
 すると、その赤ん坊は一義の方を見つめ、いつものように満面の笑みを浮かべて、両手を差し出した。
 その笑顔を、一義が見間違えるはずはなかった。
 急いでその崩れかけた家の中に駆け込んで、十四郎を抱き上げた。
 それから、さっきの男たちが戻って来るかも知れないと思って、全速力でその場から逃げる。
 無論、十四郎は腕の中に、ぎゅっと抱きしめたままで。
 しばらく走り続けて、もうだいぶ遠いところまで逃げられたと思った一義は、ふといつもの悩みに襲われた。
「どうしよう?!家は、どっちだろう?!」
 とにかく一刻も早く、両親のいる、安全な自分の家に帰り着きたかった。
 だが、来た方向がわからない。
 既にここは、一義の知らない場所だった。
 その時、袖を引っ張る小さな力に気がついた。
 見下ろすと、十四郎が自分の袖をつかんでいた。
「十四郎、どうしたの?」
 すると、十四郎は空いている方の手で、ある方向を指し示した。
 つられてその方向を見やると、何とそこには――
「交番…?」
 驚いて十四郎を見ると、いつもと変わらないあの笑顔。
「偶然、だよね…?」
 言葉も話せず、歩くことも出来ない、4歳になるのにまだ赤ん坊の弟。
 そんな十四郎に、交番がどんな建物なのか、わかっているはずがない。
 だから、きっとこれは偶然なのだ。
 そう思い込んで、一義はもう一度、しっかりと十四郎を抱き上げる。
 それから、少しほっとした表情で、交番へと歩いて行った。



 警官に送られて、家に帰り着いた一義は、息子をふたりとも探すことになって、さらに狼狽していた両親にこっぴどく叱られた。
 一方、誘拐された十四郎は、犯人たちに何かされていないか検査するために、数日間病院に入院したが、特に何も異常はなく、怪我もしていなかった。
 そして数日後。
 またいつものように、うららかな午後がやって来て、今度は一義は、リビングで十四郎に歩く訓練をさせることにした。
「ほら、こっちだよ、十四郎!」
 そう声をかけて、両腕を十四郎に向けて差し出した一義の耳に、午後のニュースが飛び込んで来る。
『先日の国分寺で起きた誘拐事件についての続報です。犯人グループとその姓名は判明しましたが、依然として行方がわかっておりません。警察の発表によりますと、発見現場である廃屋から逃走した形跡はなく、そこで足取りが途絶えている模様です。また、犯行に使われた車両も見つかってはおりません。では、次のニュースです…』
「そっか…」
 一義は、十四郎を抱っこしながら、テレビに向かってつぶやいた。
「まだ、犯人、捕まってないんだ…」
 それから、彼は十四郎を見つめる。
「怖いね、早く捕まるといいね、十四郎」
 十四郎は、にっこり笑った。
 そしてそれはいつもと同じ、「無邪気そのものの笑顔」であった――



 〜END〜




 〜ライターより〜


 いつもご依頼ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。


 今回は、十四郎さんの「力」を垣間見たような気がしました。
 かなり謎が多いですよね…。
 赤ちゃんだからこそ、
 遺憾なく発揮されてしまうのかも知れませんが…。

 それにしても、子供の頃も今も、
 一義さんは十四郎さんが大事なんだなーと、
 今更ながらに思う今日この頃です(笑)。


 それではまた近い将来、
 おふたり+もうひとり(笑)の物語を、
 綴る機会がございましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2008年05月26日

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