▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『〜光ある世界への歴程〜 』
松浪・静四郎2377)&フガク(3573)&松浪・心語(3434)&(登場しない)


「あっ、待ってください!」
 松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は、困った顔をして立ち去りかけたフガク(ふがく)を呼びとめた。
 今まで、一度も口を差し挟まずに、ただ黙ってやり取りを聞いていた静四郎であったが、この状況を作り出した者としての責任を、感じずにはいられなかった。
「せっかくこんな遠いところまで、来て下さったのに…」
 フガクは、南国の花のように、満開の笑顔を静四郎に向けた。
「気にすんなって。おかげで、何かが変わりそうなんだしね」
 意味深な台詞を口にして、フガクは片手を挙げた。
「また近いうちに寄らせてもらうよ。進展があっても、なくても、さ」
 挙げた手をひらひらと振ってみせて、フガクは「じゃ、またな」とエバクトの出口へと向かう。
 それをそっと見送って、静四郎は家へと取って返した。
 家の中では、松浪心語(まつなみ・しんご)が、貝のように口を閉ざし、うつむいたまま座っていた。
 一見、無表情に見えるその顔にも、つらそうな色が浮かんでいる。
 何かに耐えるような、そんな表情だった。
 口を開きかけ、また言葉を飲み込んだ静四郎は、静かに心語の向かいの椅子に腰を下ろした。
 そのまま、どれくらいの時が経っただろう。
 ぽつりと、心語が言葉をこぼした。
「感謝…している…」
「えっ…?」
「おかげで…ずっと…探していた…故郷の兄に…会えた、から…」
 地面に落ちるように話すその様子は、いつもの心語と変わらない。
 だからこそ、かえって痛々しく思えて、静四郎はそっと眉を曇らせた。
「そう、ですか…」
 かける言葉が見つからない。
 本当なら、肩を揺さぶってでも、叫んででも、その記憶を取り戻させたかったことだろう。
 その過去に、確かに自分がいたのだと、そう口にしたかったのだろう。
 だが、心語は、それをしなかった。
 そうしたかった自分と、そうできなかった自分とが、今の彼の沈黙を生み出している。
 だからこそ。
 静四郎はそっと席を立ち、心語の傍らに片膝をついた。
 そして、優しくその手を取る。
「あなたもフガクも強い人ですから、どんなに重い荷物でもひとりで担って行こうとするのでしょうね」
 触れた手の温かさと、義兄の穏やかな言葉に、一瞬何を言われたのかと、心語はきょとんとした。
 そんな心語をそっと見つめ返して、静四郎はかすかに笑った。
「ですが、ひとりの力には限度があります…ひとりでは重すぎる荷物でも、誰かと分け合えば、少しは軽くできませんか?」
 心語は、ゆっくりとしみ渡る静四郎の言葉を、ようやく理解した。
 この広い茫漠とした世界で、自分は、たったひとりで、生きているのか――そんな孤独の只中から、静四郎はただただ、慈しむように手を差し伸べたのだ。
 心語は、無言でうなずき返した。
 不器用な彼には、その思いを言葉には出来なかった。
 だから、力をこめたのだ…静四郎とつながった、その左手に。


 

 常宿を出たフガクは、その後、ソーン中を歩き回った。
 各地で、ソーンへ来てからの知人とも行き会ったが、彼らはその変わりように愕然とした。
 元々の端正な表情には鋭さが加わり、まったく別人のような様相だったからである。
 一部の人間はひどく心配し、フガクにいろいろ尋ねたが、彼はほとんど話さなかった。
 内に秘めた決意のみを瞳に宿して、宿や酒場を転々とし、飢えた狼のように、ただひとつの「情報」だけを尋ねて回った。
 すべての記憶を取り戻した今、彼がなすべきことはひとつだった。
 彼はあれから時々、あの地獄のような夜を、夢に見た。
 そのたびにうなされて、全身に水を浴びたかのように冷や汗をかいて、飛び起きる。
 耳に残るのは、あの「声」。
 ひからびた、地の底から響くような、あの男の声だけだった。
 そして、フガクはまた、探し回る。
 暗い光をたたえた目で、次から次へと、かの情報を。
 この徘徊の果てに、いったい何が起きるのか、そんなことは、今のフガクにはどうでも良かった。
 探して、見つけて、すべてはそれからだ。
 そう思って、半年。
 そうして、フガクは最後の町にたどり着いた。
 路銀はほとんど底をついている。
 以前なら、路銀稼ぎする懐具合なのだが、今のフガクにはそんな時間の余裕はなかった。
 病的なまでに痩せさらばえた彼は、その町唯一の酒場に入る。
 そこで、強い火酒を一杯頼み、カウンターの隅で、耳から入って来る言葉だけに全身全霊を傾けた。
 半日ほど、そうしていた、その末に。
 とうとうフガクは、求めていた情報の断片を拾い上げた。
 酒場の中央に陣取った一団が、ある話をし始めたのである。
「最近、あそこに入り込んだヤツらがいたよな…」
「ああ、そうらしいな」
「そいつらって、帰って来たのか?」
「ああ、でもよ、片割れは大怪我をしてたらしいってよ…何でも、全身が血まみれだったって聞いたぜ?」
「そうなのか?!じゃあ、あそこにゃ、やっぱり…」
「いるんだろうなぁ…ヤバい『水』の魔物が」
 フガクは、その言葉を聞いた瞬間、その男たちのテーブルに近付いた。
 いきなり長身の男がやって来たので、その集団は何事かと驚いて顔を上げる。
 前置きなしに、フガクは切り出した。
「場所はどこだ?」
「何だよ、てめぇは」
 フガクは、神速で男の喉首にショートソードを突きつけた。
「御託はいい。場所だけ教えろ」
「く、狂ってる…」
「うわああああ!」
 他の客たちが一斉に逃げ出した。
 フガクの全身から立ち昇る、殺気に当てられたのだった。
「さっさとしろ、場所はどこだ?」
「ル、ルクエンドだ…」
「ルクエンド?」
「あ、ああ、地下水脈があるって言われてる場所だ」
「そうか」
 フガクは、ショートソードを収めて、男に背を向けた。
 その瞬間。
「貴様、よくもこの俺様に剣なんぞ向けやがったな!!」
 背後から、怒号と共に、男がつかみかかってきた。
 その大木のような腕の中から、するりと身をかわして、フガクは男の左腕を右手でつかむ。
「貴様と遊んでいる暇はない」
 そう言い放つと、フガクはその右手に軽く力をこめた。
 バキバキッ、と骨の砕ける嫌な音がした。
「うぎゃあああああ!!」
 床を悲鳴と共に転げ回る大男を冷たく見下ろして、フガクは静かにその場を立ち去った。
「ルクエンドか…」
 ソーンでも有数の水の豊富な場所だと聞く。
 そして、多くの謎があることも。
 だが、もう他に情報はない。
「行くしか、ないな」
 フガクは、ボロボロになってしまったマントをまとって、酒場を出た。
 これで最後だ。
 ここで見つからなければ、この呪縛から解き放たれることは、永遠にない。
 一度だけ目を伏せ、フガクは小さく息をつく。
 そして再び目を開いた時、彼の前に、もう道はひとつしか、なかった。



 情報を得た町から数日間歩き通し、フガクはルクエンドにたどり着く。
 ルクエンドから一番近い町がエバクトだと聞いて、妙な因縁を感じた。
 だが、フガクは知らなかった。
 彼が最後に得た情報のふたりの人物が、静四郎と心語だったということを。
 だから、周到に準備を終えてすぐに、エバクトを発った。
 ルクエンドの地下水脈につながる洞窟の場所は、エバクトの人間なら誰でも知っていた。
 そのために、途中一度も迷うことなく、その場所に到達できた。
 地下水脈へと降りて行く地点にそっと立ち、フガクはそっと瞑目した。
 その耳に、あの怪物のように変わり果てた、同族の男の死に際の声が蘇った。
(あと一つ…ここが最後のはずだ。あの男は…『フガク』は確かに、「清き水の棲むところ」と…)
 そして。
 フガクは、自分を縛るあの過去に、自らの手でケリをつけるため、広大な地下水脈へとつながるロープを滑り降りて行ったのだった。


 〜END〜



 〜ライターより〜


 いつもご依頼ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。

 とうとうフガクさんは、
 自分の「過去」に立ち向かい始めましたね!
 変貌が激しい分、
 よりいっそう、この「過去」の重さを感じます。

 静四郎さんと心語さんは、
 新しい「光ある世界」を見つけましたね。
 人は、ひとりでは生きられないということに、
 心語さんが気付いて下さって、良かったです。

 それでは近い将来、
 この戦いの行方を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年05月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.