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『+例えば夢見た日が来るとして+ 』
ジュディ・マクドガル0923)&クレア・マクドガル(3389)&(登場しない)






 爽やかな、とある日の朝。窓硝子の向こう側では名前も知らない小鳥が囀り、今日も変わらず木々の葉っぱは青々とお日様の光を受けて、実に気持ち良さそうだ。
 爽やかな、とある日の朝。ふよふよと漂う雲は真白で、晴れ渡る青空とのコントラストがとっても綺麗。
 『爽やかな朝』の、定義って世間一般的にはこんな感じ?
 少なくとも。このあたし、ジュディ・マグドガルの今現在の状態はそんな清々しい代物じゃあなかった。
 とっくに目は覚めているのに、こうしてベッドの上へと寝そべっているのにはちゃんとした理由がある。
 全てを物語るのは、仕舞うのを忘れて剥き出しになっている真っ赤に腫れ上がったお尻。何があったかと聞かれたら、まあ、その。…朝寝坊をしてお母様にお仕置きを受けました。そう答える他ないんだけれど。
 もうずっと、随分と前からの決まり事。あたしの家では絶対に守らなきゃいけないルールが敷かれているの。
 あたしが何か悪いことをした時。お行儀が悪かった時。いたずらがバレた時。
 そんな時は決まって、あたしのお母様は静かな口調でこう言うのだ。「ジュディ、お尻を出しなさい」って。
 まるで何かの呪文の様に、そのコトバが聞こえたら、あたしはすかさずお母様にお尻を突き出さないといけない。
 街中だろうが家の中だろうが、例えば其処が空の上であったとしても。あたしはこの言葉には逆らえない。ううん、逆らっちゃいけない。そう、それはまるで何かの呪文の様だ。




 こんがりクロワッサンにジャムを塗り込みながら、食堂で朝食にありつくあたしはさっきからお母様の顔ばっかり眺めている。香ばしいパンとジャムの丁度良い甘さを口の中に広げながら、考えていた。
 「お仕置き」っていう魔法の呪文を唱える時のお母様は、そりゃあ怖い。最大級に怖い。きっとあたしが他の怖いものを集めたって、お仕置きモードのお母様には誰も何も、敵わない自信がある。
 でも、それだけじゃないのだ。あたしのお母様は、ただ単に怖いだけのお母様じゃない。
 お母様はいつだって、厳しさと同じくらい、沢山の温かさを持っている。例えば今も、さっきはあんなに怖い顔であたしのお尻を叩いていたこの人は、盗み見るようなあたしの視線に気付くとまるで女神様のような顔で微笑みかけてくれるのだ。
 「美味しい?ジュディ。そのジャムはね、庭で採れた木苺で作ったものなのよ」
 お母様の声は不思議だ。穏やかでこんなに静かなのに、聞いているだけで心が落ち着いていく気がする。
 「うん、凄く。これならいくつだって食べれそう!」
 優しいのと厳しいのって、全然別のものだと思ってた。
 でも、それは違うんだ。優しいからこそ、同じだけ厳しく接せられる。あたしを大事に思ってくれているからこそ、お母様はあたしに「お仕置き」を言うんだ。
 そんな風に思えるようになったのはお母様の躾けの賜物かもしれない。



 朝からお仕置きを受けた所為なのか、気付けば今日一日、あたしはずっとお母様の事を考えていた。
 お父様が旅に出て、もうどれ位経ったっけ?凄く寂しいと思う気持ちはあたしもお母様も同じなはず。それなのにお母様はと言えばいつだって冷静で、あたしはあの人の弱気な態度なんて見た事も無かった。強い人なのだ。揺らぐ素振りが、一つも見当たらないくらい。
 就寝前の安らかな時間。ベッドの上に胡坐を掻いて、お気に入りのクッションを抱き締める。この足だって本当はお行儀が悪いから、見つかったら怒られるに違いない。
 昔はこうして、あたしはよくお母様の目の届かないところで悪さをしていた。「見えないところでなら、何をしても平気」って。
 でも、それって如何なんだろう。クッションに鼻から下を埋めながら、眉毛をへの字にしてそう考える。
 怒られなければずっとそのまま。あたしは痛い目を見ずに成長して、大人になって…それで一体、お母様みたいな人に近づける日が来るの?
 「…………」
 絶句した。お腹のちょっと上辺りが、妙にざわざわする。罪悪感と焦燥って、きっとこんな気持ちの為にある言葉だ。
 自然と顔が険しくなっていく。あたしは何をしてるんだろう。あの人の、何を見てきたんだろう。慌てて胡坐を解いた足は床に付き、柔らかいクッションを抱く腕に力が篭る。
 怒られなくちゃ、駄目なんだ。あたしはお母様に沢山叱られて、沢山褒められて、そうやって成長しないと駄目なんだ。
 じゃないと、お母様の娘でいる意味なんてないじゃない。
 ベッドから勢い良く腰を上げクッションを手離したあたしの足は、迷う事無くお母様の寝室へと向かって歩き出す。
 スリッパを引っ掛けて、ぱたぱたと響く足音は早い。気持ちが現れているからだと、あたしの冷静な部分が人事の様に思った。
 怯む気持ちは無いから、あたしの足は始めの速度を保ったまま身体を母様の寝室まで導いてくれた。胡桃色のドアを視界にして、呼吸を正す。
 ―――コン、コン。
 振り上げた片手でドアを叩く。今あたしはどんな顔をしてるだろう。ちょっと怖い顔つきになってるかもしれない。これじゃあお母様が吃驚しちゃう。
 「どうぞ」
 心配を他所に、隔たれたドアの向こう側からお母様の声が聞こえてきた。唇を引き結び、ノックをした手でノブを捻る。開いていくドアの隙間から見えたのは、ドレッサーの前に腰掛けて髪に櫛を通すお母様の姿だった。
 「如何したのジュディ。もう寝る時間よ」
 緩く首を傾げ、お母様はあの優しい笑顔でそう口にする。あたしはそんな微笑みを見詰めて、ゆっくり息を吸い込んでから唇を動かした。
 「ちょっと、お話があるの。入っていい?」
 問い掛けに身体ごとあたしへ向いたお母様は一度だけ、こくりと頷いた。それを見てから、スリッパに覆われた爪先を前に出す。
 この部屋は、この寝室は。どこもかしこもお母様の匂いがするから好きだ。息を吸い込めば優しくて温かい、良い匂いが詰ってる。
 お母様が「如何したの」ともう一度聞く前に、あたしは意を決して切り出した。
 「さっきベッドに胡坐を掻いて座りました」
 前置きの無いあたしの発言にお母様は何処か不思議そうな顔をするけれど、それを見たってあたしは話すのを止めたりしない。
 「それから、お夕飯の後にジャムをつまみ食いしました」
 「………」
 「あたし悪いことをしたの。だから」
 すごく長い、長い道を走り抜けている気分だった。心臓は緊張で早く鼓動を鳴らしているのに、頭は水を張ったみたく冷静でいる。目を瞑って、それからゆっくり瞼を上げた。
 「だから、お仕置きをしてください」
 思いついたのは、ついさっき。ベッドの上で考え事をしている時だった。
 この人に。お母様に怒られるからこそ意味があるんだ。思えばこうして自分からお仕置きをってお願いをするのは初めての事かもしれない。だからかな、お母様もちょっと驚いたような顔をしている気がする。
 けれどお母様の顔はすぐに元の凛とした表情に戻って、もう一度だけゆっくりと、あたしに頷いてみせた。
 「…お尻を出しなさい、ジュディ」
 ドレッサーの椅子からお母様が立ち上がる。壁に立て掛けたステッキを取りに歩く後姿を見ていたら、そんな言葉が聞こえてきた。あたしは言われた通りに、パジャマをたくし上げお尻を出す。
 スタッフを手に握るお母様に背を向けて、床に膝を着く。痛みに耐えられる様、両手も一緒に。
 「如何してそうお行儀が悪いことをするの。いけない子ね」
 まるで台詞が合図みたいに、差し出したお尻に鋭い痛みが走る。
 「………っ」
 風を切る甲高い音がした。お母様がどれだけの力でステッキを振り下ろしたのかが良く判る。
 「つまみ食いだなんて言語道断。少しは我慢を覚えなさい」
 二発目。三発目。続けて来た。嗜める言葉と一緒に、風が鳴る。
 力は変わらず強くて、十回ほど叩かれた頃には目尻に涙が滲む程。
 手で叩かれるのとはまた違う、硬い硬いステッキの痕がくっきり肌に残ったに違いない。パジャマの袖でごしごしと涙を拭いた。自分で言い出しておきながら泣くなんて我ながら滑稽だ。情けないったらない。
 その場に座り込む形で、へたり込んだあたしをお母様は見下ろしている。
 どんな顔をして居るのかはわからない。情けなくて、顔なんて上げられなかった。
 「…ジュディ」
 しゃくり上げ涙を堪える、その最中。降って来た声は優しかった。続いてふわりと鼻先を掠めた、優しい匂い。
 「…あ、さま…っ」
 結局顔を上げても、お母様の表情を見る事は出来ず終いに終わる。だって、しゃがみ込んだお母様があたしをそっと抱き寄せたりするから。
 背中に回る手はぽんぽんと宥める様に動いて、心地が良い。
 優しい手だ。厳しくて、時々怖くて、優しいお母様の手。
 「……躾けて下さい…」
 喉が詰って上手く言葉が出ないけど、あたしは格好悪くも泣きながら抱き締めてくれる腕に縋った。
 お母様のナイトドレスに涙で濡れた顔を押し付けて、鼻を啜る。
 「厳しく…躾けて下さい。そしてどうか、あたしを宝石のように磨いて下さい」
 お母様は笑う。あたしの願いを聞いて、只管に優しく笑う。背中を撫でて抱き締めてくれるお母様をぎゅっと両手で捕まえながら、あたしはこの人の腕の中で思うのだ。
 この優しさと厳しさは、お母様がどれだけあたしへ愛情を注いでいるかと言う証。あたしはそれを一身に受けて、そして一歩ずつ、ゆっくりでも近付いて行きたい。
 疑い無く尊敬できる人に。お母様のような人に。痛みとそれ以上の幸福を感じて、いつか、こんな風に人を抱き締める事が出来る人になれますように…って。


 ...END
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2008年05月20日

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