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『罪を償い、罰を受ける者 』
魔帝龍・パンドラ7374)&黒崎・吉良乃(7293)&(登場しない)


 黒崎・吉良乃(くろさき きらの)の事務所に、一人の女が訪れていた。彼女は一枚の写真と、写真についての情報が書かれた紙を差し出していた。
 依頼人だ。
 表向きは便利屋を名乗っている吉良乃が、裏では殺人を請け負っているとの噂を聞きつけてやってきたのだ。
「憶えているでしょうか。数ヶ月前に、内部告発を行おうとした社員とその家族が殺害された事を」
 そういえばそのようなニュースがあったかもしれない。吉良乃は記憶の糸を手繰り寄せつつ、頷く。
「私は、その家族の親戚なんです。誰がやったかは、明白です。内部告発を許さなかった、あの会社の社長なんです」
 ぐっと拳を握り締め、女は言う。吉良乃は頷き、女の差し出した写真とメモを見る。
「どこから聞いたの? 私の噂を」
 吉良乃が尋ねると、女はぐっと黙る。情報人に硬く口止めでもされているのかもしれない。特に珍しい事ではなく、こうして直接吉良乃にコンタクトしてくる依頼人も無いわけではない。
(今度、情報屋に言っておかないと)
 自分が請負殺人を行っている事を、大っぴらにされては困る。本来ならば、もっと慎重にコンタクトをとっていくものなのだから。
 吉良乃は小さく息を吐き出し、まっすぐに女に向き直る。
「分かったわ」
 そう答えてやると、女は嬉しそうに笑って頭を下げた。ふるふると、膝の上で握り締められた拳が震えている。殺人依頼なんてものをしている事態が、怖いのかもしれない。
 または、これから起こる出来事に、親族の無念をはらせられると喜んでいるか。
 女は、顔を上げると立ち上がり、吉良乃の事務所を後にした。
 吉良乃は女が去っていったのを確認し、再び写真とメモに目を通す。
「家族を殺害するなんて」
 最低だわ、と吉良乃は呟いた。その目は既に、冷たく光っていた。


 夜、メモに書いてある場所にターゲットのいる家へと向かった。住所しか書いていなかったため地図で探してはみたのだが、一目で分かった。
 地図で見てはいたから広い家だろうという事は予想がついていたが、こうして目の前にすると何とも分かりやすい。ごてごてした派手な装飾に、ところどころに垣間見える金持ち特有の雰囲気。
(くだらないわ)
 吉良乃は様子を伺い、屋敷の中へと潜入する。
 屋敷の警備は、思ったよりも手薄だった。中に主人がいないのではないかと疑いたくなるくらい、あっさりとしている。
 慎重に見ていくと、一番上の階の真ん中に大きな扉があった。
(ここね)
 家の主人と言うのは、家の中で一番良い部屋を使っている。それが、金持ちであればあるほど、その傾向が強い。
 吉良乃は気付かれないようにゆっくりとドアを開ける。隙間から、誰かが入り口に背を向けて椅子に座っているのが見えた。
 ドアに背を向けているのならば、と吉良乃はすばやく室内に侵入する。ちらりと見える顔を確認すると、ターゲットに間違いなかった。
(さようなら)
 心の中で呟き、吉良乃は銃のトリガーを引いた。すると、一瞬のうちに銃が椅子に座っているターゲットの頭を撃ち抜いた。サイレンサーをつけていたから、たいした音もしない。
 吉良乃は銃を握り締めたまま、ターゲットをちゃんと殺せたかどうかを確認する為に近づいた。ターゲットは、ちゃんと事切れていた。
 事切れていたのだが。
「どういう、事?」
 ターゲットは、椅子に拘束されていた。上半身は手錠だけしてあり、下半身をがっちりと椅子に固定してある。これでは、椅子から少しでも動く事は不可能だろう。また、上半身だけは比較的軽い拘束であった為に、遠くから見ると椅子に座っているようにしか見えなかったのだ。
 とはいえ、事切れているのはターゲットに違いない。写真に写っていた男に、間違いないのだ。
「罠?」
 吉良乃は呟き、次の瞬間には駆け出していた。
 これが罠ならば、今は一刻も早く逃げ出さねばならない。猶予など無いに等しい。考えるのは後に回し、この場所から離れなくては。
「そこまでよ!」
 扉を駆け抜けようとした瞬間、複数の警官と依頼人である女が行く手を阻んだ。吉良乃は足を止め、彼らから距離をとるために後ろに下がる。
 女は吉良乃を一瞥し、懐から警察手帳を取り出した。
「私は警察官よ。大人しく投降しなさい」
「依頼人、じゃなかったのね」
「あなたが殺した男は、確かに事件の犯人よ。死刑も確定しているわ。ただし、マスコミには公表してなかったけれど」
「何の為に、こんな事を」
 ぐっと拳銃を握り締める吉良乃に、女は「決まっているわ」と吐き捨てるように言う。
「私は、近年犯罪者が行方不明になる事件を調査していたの。その時、誰かが依頼殺人を請け負っている事に気付いたわ。そして、怪しいと思われる人物を調べていったのよ」
「それが、私?」
 ふっと自嘲気味に言うと、女は「そうね」と言って微笑んだ。
「馬鹿げた事はやめて、警察に全て話しなさい。こんな、馬鹿な事を」
「馬鹿な、事……?」
 吉良乃の目が大きく見開かれる。ああ、どうして。どうして目の前の女刑事は、吉良乃のやっていることを「馬鹿な事」なんていうのだろう。
 今まで吉良乃がやってきた事を、こうも簡単に。
「私の父もね、警官をしていたの。父は言っていたわ。犯した罪は償うべきで、与えられた罰は受けるべきなんだって。それが出来ない者がいる事が、悔やまれるって」
 女はそう言い、再び言う。「こんな馬鹿げた事は、やめなさい」
 吉良乃の頭が赤く染まる。じわりじわりと、赤く、赤く染まっていく。
 じりじりと喉が痛かった。喉が痛くて、熱くて、苦しくて。
 吉良乃は、眩暈を感じる。言いようも無い苦しさが襲ってきて、辛くて、悲しくて、たまらなかった……!
――ボウッ!
 勢いの良い音がしたかと思うと、女の後ろにいた警官達が炎に包まれていた。一瞬の出来事で、何が起こったかも理解できない。何があったかを尋ねようとしても、既に警官たちは灰と化してしまっているのだから。
 吉良乃はゆっくりと顔を上げる。ぼうっとする頭で、事態を認識しようとして。
「黙って聞いていれば、勝手な事を」
 憎しみと怒りのこもった声が、室内に響く。そこに立っていたのは、龍燐で覆われた赤い刃を持つ鎌、ジュラケドを手にした魔帝龍・パンドラ(まていりゅう ぱんどら)だった。パンドラはぎりぎりと鎌の柄を握り締め、女を睨みつけている。
 女は「ひい」と叫び声を上げ、その場に崩れ落ちる。そんな女にパンドラは一瞥を与え、地を蹴る。すると、次の瞬間にはパンドラが左腕で女を壁に押さえつけていた。姿すら確認できぬ、俊足だ。
「たたた、助けて! 熱い、嫌よ!」
 女が叫ぶ。パンドラは左腕に力を入れる。女はがはっと咳き込み、苦痛の表情を浮かばせる。
「貴様に何が分かる」
 低い声で、パンドラが尋ねる。女の周りがごうごうと炎が燃えており、壁に打ち付けられたままの女にも迫ってきていた。
 炎の熱と、息苦しさと、痛み。それらが容赦なく女を襲う。
「助けて、助けて、嫌、助けて、熱い、嫌」
 女は言葉を紡ぐ。自分で何を言っているのかいまいち理解していないかもしれない。迫り来る炎と、確実に近づいている死の恐怖で、頭がパニック状態に陥っているのだ。
「貴様は大切な人を、目の前で失ったことがあるか?」
 パンドラは女に尋ねる。女は相変わらず答えにならない言葉を紡ぐだけだが、パンドラには答えが分かっていた。
 答えは、否。
 女は何不自由ない生活を送ってきている。頼もしい父親、優しい母親。父親の影響で刑事になったときなんて、危ない事をしないでなんて言われて。社会人になった未だに誕生日に祝福され。
 大切な人たちはいつでも傍にいて、見守ってくれている。
「冷雨に凍え、泥で飢えを凌いだ事があるか?」
 パンドラは再び女に尋ねる。これも答えは同じ。女は答えないし、パンドラは答えが分かる。
 答えは、またしても否。
 女はいつだって暖かな寝床に美味しい食事を与えられてきた。寒い日には柔らかくふわふわな布団に包まって眠ればよかったし、お腹が空いたと訴えれば何かしらの食べ物を簡単に得る事ができた。
 なんと幸せで、優しく、暖かな世界で生きてきたのか。
 パンドラの怒りに呼応するかのように、炎はより一層の勢いを増した。炎がほら、女のすぐ傍で燃えている。
 今にでも、女を取り込まんばかりに。
「さっき、面白い事を言っていたな? 犯した罪は償うべきで、与えられた罰は受けるべきだと。その点については、全く以って賛成だ!」
――ゴウッ!
「あああああああ! お父さん、お母さん!」
 女はより一層叫ぶ。
 炎がついに、女を取り込んだ。怒りに呼応し、大きくなった炎。それが女に襲い掛かるのは至極簡単で、呆気なかった。
 ふと気付くと、既にそれは女ではなく炎の塊であった。パンドラは舌を打つ。
 パンドラは読心術を使って、女を見ていたのだ。何一つ不自由の無い生活を送る、幸せな日々。更に言えば、女の父親はよりにもよって幼い頃吉良乃を誤認逮捕しようとした刑事でもあったのだ。
「案ずるな。誰も貴様の死など悲しまないさ」
 炎に向かって吐き捨てるように言う。すると、後ろからげほげほという咳き込む声が聞こえた。
 吉良乃だ。
 パンドラは振り返り、吉良乃を抱き抱えて窓から外へと飛んだ。途端に、新鮮な空気が吉良乃の中に満たされる。
 吉良乃は何度も深呼吸をした後、パンドラを見つめる。
「パンドラ……最初、あなただって分からなかった」
 前にあった時とは違う風貌に、吉良乃は改めて気付いたのだ。パンドラは小さく笑い、悪戯っぽい笑みで「イメチェンだよ」と答える。
「……さっき、何を話していたの?」
「気にしなくていい。他愛も無い事だから」
「だけど……」
 吉良乃はぎゅっと拳を握り締める。女に言われた言葉を思い返しているのだろう。パンドラは改めて女に対して怒りを覚えた後、吉良乃に「大丈夫」と言う。
「あんな奴に、吉良乃を否定する資格なんてないんだから」
 優しいパンドラの言葉に、吉良乃は頷いた。抱えられたまま空を見上げ、思う。
 なんと星の綺麗な、空なのだろうと。


 翌日、大きな屋敷が火事になったというニュースが流れた。その焼け跡から、警察手帳が見つかったという。
 しかし、その名前には誰も覚えが無かった。ただの一人として。
 ニュースを知ったパンドラは、そっと小さく笑みをこぼす。
 パンドラは、女の存在を女と関わった者達の記憶から消してやったのだ。警察の記録にも残っていない。彼女の親ですら、娘がいた事を憶えてはいない。
「犯した罪は償うべきだし、与えられた罰は受けなくちゃね」
 悪戯っぽくパンドラは笑う。
 残された警察手帳の名前を見て、不思議だと思うことはあっても誰も悲しむ事はなかった。浮かぶのは疑問だけで、悲しみ一つ浮かばない。
 全てが炎の中に焼かれていったかのように。


<紅き炎は該当者を抱き・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年04月23日

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