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『『運命の日』 』
花鳶・梅丸7492)&シモン・エスター(7487)&(登場しない)

「美味い」
 花鳶梅丸は小さな感嘆の声を漏らしつつ、皿のカレーを平らげた。二日目のカレーは美味いと教えてくれたのは誰だったか。実家を飛び出して早4年。匂いが残るのは若干困りモノではあるが、鍋一杯作っておけば三日間は余裕で食べられ、その後も工夫次第でうどんだのピラフだのに転用できるカレーライスと言うモノは、中々どうして優れものだと梅丸は思う。鍋にびっちり蓋をしたところで昼のバラエティが終わり、つけっぱなしにしていたTVからニュースが流れた。トップは連続殺人事件のニュースで、被害者は暴力団関係者ばかり。俺には関係ないなと蛇口を捻った梅丸だったが、発生場所を聞いて手を止めた。
「事件が起こったのは、S区J町のマンションで、被害者はいずれも腹部を刺されて死亡。警察は同一犯の可能性が高いと見て…」
 S区J町と言えば、これから向かうバイト先のすぐ近くだ。ちらりと映った現場のマンションにも、何となく見覚えがあるような気がする。梅丸は眉をひそめつつも、最後まで聞かずに皿を手早く洗い、片付けた。アナウンサーは次のニュースを読み始める。
「次のニュースです。S区のクルス記念病院で、原因不明の人身事故が発生。現在警察、消防による詳しい事故原因の調査が行なわれており…」
 どこもかしこも物騒な話だ。梅丸は溜息を吐きつつスイッチを切った。時刻は丁度12時半。急がないと午後一のバイトに間に合わない。現在のバイト先は、アメリカンヴィンテージを専門に扱う古着屋だ。服装コードが無く、梅丸の髪色をとやかく言わず、何だか気に入ってくれているのがやりやすくて居ついているのだが、遅刻には結構うるさい。梅丸はさっさと用意を済ませると、自転車に飛び乗った。生活費はともかくとして、梅丸の場合、趣味の写真にはとにかく色々と金がかかる。遅刻で削られるのはゴメンだ。 

「やっと行ったか…」
 サイレンが遠くなるのを確認して、シモン・エスターは細く息を吐いた。これはアサシンとして生きてきた中で一、二を争う厄介な状況だった。仕事は首尾よく完了したが、そこから先がいただけない。誰かに見られていたらしいのだ。結果、彼は警察と呼ばれている、この国の騎士団に追われていた。一刻も早く現場を離れたいが、ここではシモンの容姿は目立ちすぎる。それに…。
「…ダメだ」
 すっきりとした自分の襟元を探って、シモンは低く呟いた。これでは顔が丸見えだ。黒い選択の余地の無い状況だったとは言え、この上着は良くない。せめて帽子があれば良いのだが、今はそれも無い。出来ればすっぽり顔を隠せる…そう、フードだ。フードのついた服が要る。辺りを見回したシモンは、三つ先の交差点に目指す物を見つけて微かに微笑んだ。店頭にはぎっしりと服が並んでいる。どうやら二階建ての店のようだ。広い。あそこなら目指すモノもあるだろう。だが今はダメだ。陽が暮れるのを待たなければ。シモンはそっとその場を離れ、闇の中へと姿を消した。

「お疲れ!じゃあ、見回り頼むね」
 売上げを持って事務所に上がる店長たちに、梅丸は軽く頭を下げた。閉店のアナウンスを流して30分。最後の客は既に店を出ている。2階の非常口をロックした後、梅丸は懐中電灯を手にフロアの見回りを始めた。一口にアメリカンヴィンテージと言っても、品は色々だ。二階建ての店内はどちらかというとごちゃごちゃしていて、ベルトやアクセサリーなどのグッズから御馴染みのジーンズまで、種々雑多の品々が所狭しと並べられている。勿論、値段も様々。中には知っていなければ分からないであろう高価な品もあるので、最後の見回りはそれなりにきっちりやっている。まず2階を一巡して、階段を降りる。まだ店内照明を落としていなかった2Fに比べて、1階は薄暗い。普段外にディスプレイしている客寄せ用のセールワゴンが押し込められているせいだろう、1階は大分2階よりも狭く感じる上、足元も悪い。什器類に足をひっかけないように気をつけながら足を進めようとした梅丸は、大きな何かに足を取られて転倒した。がしゃん、と大きな音を立ててハンガーが一緒になぎ倒される。一体何なんだ、と懐中電灯を向けた梅丸の前にぬっと出てきたのは、見知らぬ男の顔だった。
「なっ」
 短い声を上げて、梅丸が飛びのく。
「っ…」
 青い瞳を見開いて、男も飛びのく。鋭い光を宿した青い瞳、彫りの深い顔立ち。見た所アラブ系だろう。背は梅丸と変わらない位。少し暗いが美形で、この辺りを普通に歩いていればモデルスカウトの名刺の束が出来るだろう。そんな男が何故、閉店後の古着屋に潜んでいたのか。だが梅丸が事態を把握しきるより早く、すぐ目の前で何かが一閃した。見ると、彼の手には日本では銃刀法違反になりそうな刃渡りのナイフが握られていた。
「どういうつもりだ!強盗か?」
「…良い反応だ」
 梅丸に構わず、男が低い声で呟いた。青い瞳に宿った光がはっきりとした殺気を帯びている事に、梅丸は今更ながらに気付いてぞっとした。この男、尋常でない。警察を呼ぶか、と一瞬思ったが、すぐにやめた。犯罪者ではないと思うが、梅丸にも都合というものがあるのだ。考えている間にも男のナイフが閃く。また紙一重の差で避けて、階段に飛び上がった。着地とほぼ同時に繰り出された男の蹴りをかわし、手すりに腕をかけて飛び降りる。男の背後を取ったが、攻撃する意志はさらさらなかった。全身の感覚が、こいつは危険だと叫んでいる。関わりあいになってはいけない。逃げるのだ。だが梅丸が非常口に向かうより早く、何かが頬をかすめ、目の前の壁に連続して突き立った。ナイフだ。軽く反対に避けた瞬間、鋭い刃がきらめく。それを腕ごと受けて後ろに流し、飛び上がって壁を蹴った。身体を捻りながら棚一つ隔てた通路に降りる。こいつは一体何者なのか。この暗闇の中で難なく行動できる目と言い身のこなしと言い、どう見てもその道のプロだ。最初のナイフは梅丸の行く手を塞ぐ為、戻ろうとした所に繰り出された次のナイフは正確に頚動脈を狙っていた。もしも梅丸が普通の人間であったなら、あの時点で、いやそれよりも前に死体になっていただろう。だが哀しいかな、梅丸は『普通』ではなかった。溜息と共に思い出すのは、逃げるように飛び出してきた実家だ。忍びの末裔、花鳶家。今時あんな家が実在するなんて、一体誰が信じるだろう。
「おっ…」
 ひゅん、と言う音と共に飛んできたナイフに思考を遮られ、梅丸は再び飛んだ。戻る気なぞさらさら無いが、今は忍者オタクの父にほんの少しだけ感謝したい気分ではあった。

 一体何者だ、こいつは…。相手の思わぬ行動に、シモンは少なからず驚愕していた。堅気の人間とはいえ、顔を見られた以上見逃すわけには行かないと思ったのだが、こうも全ての攻撃をかわされては認識を改めざるを得ない。殺気のこもった一撃のみを、それも紙一重でかわしてくる勘の良さや身のこなしは訓練を積んだもののそれだ。広いとは言え、この複雑な店内を一つの棚を倒す事無く、自在に逃げ回っている。その身にはうっすらと静かな殺意を帯びているものの、反撃してこないのは騒ぎを起こしたくないからだろう。その点ではシモンも同じだった。そうだ。間違いない、この男…。
「『俺達』は、そういうもんだからな」
 ふっと薄い笑みを浮かべ、通路一つ飛び越えた男の背に再びナイフを投げつけると、シモンも男の後を追って、飛んだ。

「くそっ、どうしてこんな事に…」
棚の上に手をついて、梅丸は二つ先の通路に飛び降りた。そのまま、非常灯の薄明かりを避けるように逃げ続ける。階段の下まで戻ってしまったが、事務室に近い2Fには逃げたくない。店長達を巻き込んでしまう。逡巡しているうちに、男の足払いを食らって転倒した。
「っ…!」
 しまったと思いつつも慌てる事なく両腕を使って後ろに飛びあがる。彼の動きを予測していたのだろう。一歩足を進めていた男のナイフが闇に一閃する。再び避けて飛んだ先はセール用ワゴンのど真ん中だった。ワゴンの上でバランスを崩した梅丸が転倒するのを見て、飛びかかろうとした男をロックの外れたワゴンが直撃する。その隙に素早く体勢を立て直し、すかさず転倒した男の後ろに飛び降りた梅丸はそのまま非常口から飛び出した。自転車置き場まで逃げおおせて息をついたその瞬間、首筋に冷たいものが当てられた。振り向かずとも、わかる。非常口に鍵をかけ忘れた事を悔やんでも遅かった。助けを呼ぼうにも、非常階段は隣のビルとの間の狭い通路にあり、表通りの賑わいで声など届きはしない。殺される、と思ったその瞬間、男が言った。
「俺は同胞だ」
 同胞?何の事だ。返事をせずに居ると、男は言葉を継いだ。
「バラされたくなければ、隠れ家を提供してもらおうか。騎士団に追われている」
 『バラす』『同胞』。その瞬間、梅丸の脳裏に浮かんだのは、写真の被写体探しでしばしば利用するとあるサイトだった。
「まさか…」
 あのサイトの関係者なのか?梅丸は初めて、本気で戦慄した。それこそ、梅丸が警察に連絡することを躊躇した最大の理由だったからだ。写真の被写体探し、といえば聞こえはいいが、その被写体が問題だった。梅丸は未成年、それも身体改造者を被写体に選ぶ事が多く、その為によくそのアジア系違法サイトを利用しているのだ。本人の性癖自体は全くのノーマルなのだが、周囲に知られれば誤解を招くのは必定、故にその件については誰にも知られてはならない。それをこの男は…。
「バラす…つもりなのか」
「ああそうだ。どうする?」
 青い瞳は既に梅丸の返事を知っていた。勝ち誇った瞳を前に、梅丸は深い溜息を吐いた


「小奇麗だな」
「座ってろ」
 褒めれているのか何なのか分からないが、確かに、部屋は結構片付いている方だ。とりあえずテレビをつけると、丁度ニュースが始まった所だった。
「さて、本日未明の連続殺人事件についての続報をお伝えします。警察では目撃情報をもとに犯人らしき人物の特定を急いでいます。アラブ系外国人と思われるその人物は…」
 アラブ系外国人?犯人?まさかな…そんなはずはない、と必死に笑おうとしていた梅丸の背に、シモンが言った。
「とりあえず、頼みがある。フードのついた服をくれ」
 かくして梅丸の部屋には、アサシンが一人住み着く事になった。彼の名は、シモン・エスター。現在、騎士団(警察)から逃亡中の身である。彼が捕まって警察沙汰になるのを何より恐れているのは、何故か家主の方だと言う。

<終わり>



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2008年04月23日

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