『目覚める記憶 』

風宮・駿（2980）＆佐藤・絵里子（2395）＆（登場しない）

　――このシリアスで感動的なストーリーで全米が泣いた


◇◆◇


　人生等所詮暇潰しという極論がある。親に望まれてか望まれなかってかともかくこれも極論他人の行動により、おぎゃあと物心着かない侭産まれちまった訳だから、前世からの因縁という心霊的な物が無く、種族繁栄の為だという科学的な考察もしなければ、まぁ、そう思うのも全く自由である。そう割り切っちまって、出来る事や楽しい事やら人生の意義やらを暇潰しに見つけた方が、人生、楽しめるかもしれない。そうせざるを得ないと思う事態が、宿命とやらかもしれないが。
　まぁともかく、さとえり痛いごめんなさいうわやめて遅れてごめ島唐辛子鼻詰めないでぎゃー、……佐藤絵里子様が雑誌月刊アトラスをお開きになりながら風宮駿の前にお座りになってるのもそういう訳でございました。
「逆行催眠、ですか？」
　けして美人ではなく、かといって醜くない、十人並みの風貌の女性に、起立してそう尋ねる三人並くらいの風貌の男性に、そう、と、巻頭の生まれ変わり特集をすっとばした記事、《三時間で出来る！　お手軽簡単逆行催眠　誰かの過去をバクバク暴露☆》を見せながら答える。
　その時、風宮駿は感動した。
「絵里子さん……ありがとうございます！」
　この青年に欠落しているもの、それは記憶。
　人が未来を目指す為には、あらゆる過去を駆使しなければいけない。名前、経験、技術、そして思い出。
　大切な人が居た場所だから、命をかけて守りたくもあるし、あの日の雪を思い出すから、またその場所へ行こうと思うし、昨日の記憶が明日を作る。だから、
　風宮駿の記憶が喪失してる事は、統計的に悲しい部類だ。
“風宮駿という名前も、占いで付けた名前なんですよ”
　その時の微笑みだって、統計的には多分悲しく見える。
　勿論、思い出さない方が良い過去だってあるし、振り切って今の自分から新しい過去を作り出していく事に邁進した方が、幸多かれかもしれないけど、
　少なくとも現状では彼は風宮駿は取り戻したく取り戻したくて記憶を自分を過去をそう、
　感謝が溢れる――
「本当に……ありがとう……」
「……えっと？」
　佐藤絵里子様はおっしゃった。
「ああ、そういや風宮さんって記憶喪失だったっけ」
　全風宮駿が泣いた。


◇◆◇


　佐藤絵里子の自宅、わぁ女の子の家に招かれるだなんてドッキドキー、「はいこの蝋燭の火見て」はい。
　お菓子も無くお茶も無く突き出されたのがこれである、誕生日でもないのに、まぁそもそも一本しかないんだけど、待てよ記憶喪失になってるのだから満一歳という考えも、つまり絵里子さんは暗に俺を祝ってグー、
「……落ちたかしら？」
　掌を、目の前で、ひらひらと、振ってみる。しかし視線は集中せずに何処か虚空をみつめていた。ここまでくればあれをあーしてここをこうして、具体的に描写すると真似する子供が出てくるから描写は省くけど、それをあーしてどれをこうして、と、
「さて」
　下準備が完了したので、ここからいよいよ、言葉の出番であった。有史以来火に次いでの発明品、意思が通じてるか弱い相手で、相手の実力をしっかり踏まえてでの内容だったら操作できる術、お願い及び命令。
「風宮さん、あたしの声聞こえるわよね？」
「はーい」
「えーと、貴方はどんどん戻っていくわ、ほら、だんだん昔の自分が見えてこない？」
「う、うーん」
「昔の貴方は、何をしているのかしらね」
　逆行催眠。記憶喪失だという事はすっかりまるっと忘れていたが、引き出せるならそれに越した事は無い、最初こそ遊び半分の気持ちだったが、今は真面目一割な気持ちで臨んでいる。残り四割？　ふざけ。
　さて、九割暇潰しの道具は、絵里子の問いかけに――
「……お」
「お？」
「おねーちゃーん」
　……。
「えっと、私じゃないわよね？　おねーちゃんの記憶を思い出してるだけで……、という事は風宮さんには姉が」
「綺麗で美人なおねーちゃん結婚してください」
　告白しとる。
「ヴぁあああああああ」
　あ、うずくまった。
「うー、看護婦さん、僕おちゅーしゃ我慢したよ、偉いでしょえへへ結婚してくださいれヴぁああああああ」
　子供の頃の予防接種を思い出し看護婦さん相手に告白して撃沈しとるってこの頃から告白魔かいどんだけマセガキやねん。
「記憶喪失が切欠だと思ったら」
「健君のお母さんこんにちは、結婚してくださいヴぁあああああ」
「……」
「あ、ゆり先生今日もきれいー、え、どうしたの大事なお話って？　え、けっこんするんだ！　おめでとう！　おめでとう！　ヴぁあああ」
（……というか、子供相手に結婚してって言われたら、普通即断りじゃなくて苦笑いくらいのワンクッション置くものよね。物心着いてからもうそんな星の下だったのかなぁ）
「だうだう、あー、きゃうー、ヴぁああああああ」
　赤子の頃からかよ。
「……」
　23歳の男が童心を取り戻し、何故か名前とか肝心な部分除き、失恋ばかりの記憶を再生し再現しうずくまっているこの状況。
（……やっぱりこの人、面白い）
　滅多に見られるものではない。まぁ本音をいえばもう一人誰でもいいから男の人呼んで、あれやこれと絡んでる姿見た方が、ああこれが逆行催眠じゃなくただの催眠だったら実行したい誘惑の前にうっかり負けちゃいそうというか是非負けたくなるのに、ん？
「絵里子お姉ちゃん」
「あら、なぁに？」
　子供心の侭話しかけてきた風宮に、教育番組のお姉さんみたいな笑顔を返せば、23歳は、
「大好き♪」
「よし、死んで☆」
　子供心取り戻したってショタじゃないんだし、お姉さんに告白してもあの公式は成り立たないのであろう。なのでけして優遇される事は無く、お断りの言葉と本気パンチのショックにより風宮駿は逆行催眠がとけた。「うー痛てて、あ、絵里子さん、結婚して」パンチで気絶した。


◇◆◇


　十分後。
「幼稚園の頃まで戻っちゃったせいか、記憶が不安定だったみたいなのよ」
「はぁ、ちなみに俺はどんな様子だったんですか？」
「んー、今の風宮さんと清清しいくらい変わってなかったわねぇ」
「少年の心を忘れない男！　スパソニックライダッ！」
　やかましわとチョップを受け、痛いーと涙目になるという、ベタなやりとり様式美。
「まぁともかくもう一度やってみましょ、今度は、高校生くらいまで」
「なんか何度やっても意味ない気もしてきましたが……」
「諦めちゃダメよ！　こんな面白い事もとい大切な事打ち切ったらつまらな一生後悔するわっ！」
　１００パー自分の事しか考えてないようだったが、そんな絵里子さんも素敵だなぁとぽやぽやしてるので、ERIKOはROUSOKUをつかった！　KAZAMIYAはGYAKKOU@SAIMINにかかった！
　椅子にだるだるに座っている彼、
「さてと、風宮さん、思い出してこない？」
「うー、うーん」
「数年前くらいの話のはずよ、高校に入った頃の事……」
「……あぁ」
　風宮の空ろな瞳に、
　微かな光が宿った、気がする。
「その頃に戻ってるの、風宮さんは、さぁその頃の事」
　なんでもいいから話して見て、と、意識の深く深くに手を伸ばした。
　やにわ。
　風宮が椅子から立ち上がる音がする。
　ガタッ。
　椅子から、
　、
　立ち上がった。
「……風宮、さん？」
　なんでもない所為、日常の出来事、人生の内何度繰り返すか解らない動作、けれど、佐藤絵里子には何処か特別に見えて、
　空ろな瞳が、力を取り戻して、
　自分を射抜く。
「……何か」
　思い出したというのか――
「僕の世界が、」
　声が、とうとうと、
「始まった日」
　語りだすよ、声、聞こえるよ、
「生命力溢れる、木の下で」
　それは、
「……二人で聞きました」
　記憶、

「鯨達のラブソングを」
「……は？」
　じゃねぇ。

「無くした愛した抱きしめた、でも現在は滅茶苦茶迷って」
　……。
「答えはあの太陽にあると！　出会った瞬間僕は天使で殺伐だったり！」
　はいみなさんこんばんは、今日はドロップキックを撃ちましょう。
「ああノーライフノーラキング！」
　リキッドホワイトはおいといて、まず屈伸で柔軟しときましょう。
「怪我なんかしません俺は！　貴方へ飛ぶ為に！」
　続いて相手の顔を睨みつけ狙いを定めましょう、自由にやっていいですよ？
「この気持ちの意味を知りたい！」
　そして、全身全霊を込めて飛び上がりましょう。そして、

「百万年と二十年前から愛してげぶほぉ！？」
　揃えた両足で、相手の顔面を射抜きましょう。

　言葉より雄弁に、肉体言語が炸裂した訳であり。お断りとツッコミのダブルミーニングである。それにしても、ただの女子高生が、腐女子だけど普通の女子高生が、それはそれは綺麗に地味に難度が高い技をかました訳だが、
　――ほら、簡単でしょ？
　蹴りを放つ際、アフロ頭の画家がおらーと吼える絵里子のバックに見た気がしたので、逆行催眠から覚めながらそういう事かと風宮は気絶した。


◇◆◇


　これは一人の青年が、
　一人の少女の手によって、
　失われた過去を取り戻そうと試み、
　しかし叶わず、絶望の中、再び闇へ意識を落とす、
　悲しくせつない物語。
　……ただ一つ、問いかけたい事が、
　終わりにあるとするならば、
　――全米に何があった
　かくして、少なくとも高校生活とか幼稚園とかに通ってたぽいのが解ったのは収穫じゃね？　という意見もせずこれにて幕である。あ、さとえりさんが逆行じゃない催眠のハゥトゥー本を持って男子二人に近づきギャーごめんなさいもうその略いいませんギャー。

PCシチュエーションノベル（ツイン）

エイひと

東京怪談

2008年04月23日