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『〜穏やかな休日〜 』
和泉・大和5123)&御崎・綾香(5124)&(登場しない)


ライター:メビオス零



※ ※ ※


「へ?」
「なに間の抜けた声を出してるんだ」
「いや、あの‥‥すいません。もう一度言って貰えませんか?」
「だから、オーナーが企業契約の話を持ってきてくれたんだよ。すごいじゃないか。今までみたいなちょい役じゃなくて、これからは主役だぞ」

 そう言って肩を叩くチーフの言葉を、和泉 大和は呆けたように口を開いたままで聞いていた。
 トレーニングの最中、突然チーフから話があるからと事務所に呼ばれ、言われたのが『昇進』の話である。
 プロレスラーとしてこのジムに所属している大和だったが、宛われる仕事といえば“前座”や“相方”程度の物である。これまで様々な試合に出場してきたが、決して主役を任されることはない。その場の勢いでついつい目立つことはあったが、それでも新人であることには変わりなく、それなりに人気が出ている現在でも試合が組まれるのは希だった。

「これからは試合もトレーニングもキッチリとスケジュールで管理されるし、休みも取れるだろう。これまでは給料が少ないわ 休みは少ないわ で大変だったからな。もっと喜べよ」

 勿論、大和とて喜んでいないわけでない。
十何年経っても大舞台に立てない者もいる中で、デビュー数年経っているかどうかの新人が企業と契約してリングに立てるのだ。嬉しくないわけではないのだが、あまりに突然の抜擢通告に硬直してしまっても仕方がない。
意外に思えるかも知れないが、野球選手やボクサーと違い、プロレスラーはあまり新人にはスポットライトが当てられることがない。その原因は、プロレス界の厳しい上下関係と、レスラーが大成する理由が“人気”に尽きるからである。
決して最強である必要はない。客を楽しませればそれで良い。
プロレスの興行収入というのは、ボクシングのようにタイトルマッチを制して賞金を稼ぐというものではなく、観客の入場料や賞金、グッズ販売や芸能界への進出‥‥‥‥そういったもので賄われている。
そんなものに、ぽっと出の新人が貢献出来るわけがないのだ。いくら大和があちこちの大会を騒がせてしまった“驚異の新人”として注目されているとしても時期尚早だ。人気の安定しない者と契約すると言うことは、企業にとっても賭けに近い行いだろう。

「不安そうだな。それとも不満か?」
「まさか! 不満なんてありませんよ。不安ではありますけど‥‥」
「はっはっはっ! まぁ、これからはテレビに出ることが多くなるからな。雑誌にも載るぞ?」
「プレッシャーをかけないで下さいよ!」
「はっはっはっ! 嫌だね。かけるぞ! 俺よりも五年は早いじゃないか!」

 冗談半分で言い、大笑いするチーフ。しかし大和は、自分の置かれている立場をジワジワと認識して冷や汗さえ掻き始めてしまっていた。

「‥‥これからの試合は、今までみたいにはいかないでしょうね」
「ん? そうだな。相手に勝つことも重要だが、それ以上に試合内容が見られるぞ。この業界はいかに派手に勝つかだからな。試合を盛り上げないと客は付かんし、間違っても秒殺とかしちまったら興醒めだ。お互いに絶妙な力加減が必要になるな」

 「まぁ、なによりこっちがタフじゃないとダメなんだが‥‥」と、長年の間リングに上がり続けたチーフが、大和にリング上での決まりや心構えなどを語り出す。それに聞き入る一方、大和はどこかで未知の不安感を感じていた。
 これまでの相手は‥‥一番名のある人物でも、実力的にはそう変わらない相手ばかりだった。大和が相手をするのは新人ばかりで、力量的に大和よりも上の相手は相方(先輩)が相手をしてくれていた。
 これからはそれもない。このジムでは、実は企業などと契約して試合を行う者はほんの一握りだ。大和がこのジムに入る切っ掛けとなったチーフはこのジムの看板だが、既に引退時期が近くなっている。段々と大和のサポートをしてくれることも少なくなっていくだろう。
 間違いなく抜擢、昇進であることには違いない。
 しかしこれまで自分を取り巻いていた環境が激変するであろう事を察し、大和は素直に喜ぶ気にはなれなかった。

「まぁ、今日はもうトレーニングも終わりだし、早々に綾香さんに報告することだな」
「は、はい」
「それと‥‥ここから出る時には気を付けろよ」

 最後に一言意味深な言葉と契約書類を置いて、チーフは苦笑いを浮かべながら事務室から退室した。

「‥‥気を付けろ?」

取り残された大和は怪訝な表情を浮かべながら、契約書類を手に取って椅子から立ち上がる。
色々と考えたいこともあるのだが、だからといってジムの事務所に留まるわけにもいかない。それに、先程チーフが言ったように、もうそろそろトレーニングは終わりの時間だ。早朝からジムに来ている大和の体はクタクタに疲労していたため、これ以上疲れる前に帰るべきだろう。
 扉を開けて外に出る。
 ‥‥ここにいるのがいつもの冷静な大和ならば、扉を開ける前に事務所が包囲されていることに気付くことも出来ただろう。しかしチーフによって散々精神を揺さぶられ、どう言って綾香に切り出そうかを考えていた大和は、事務所の外で待ち構えている者達の存在に気が付かずに扉を開けてしまっていた。

「おめでとう大和君!」
「うわっ!」

 扉を開けると同時に伸ばされた手に掴まれ、大和は事務所の外に引っ張り出された。それから混乱する大和の全身はパンパンと容赦なく叩かれ、ついでとばかりに首に腕を巻き付けられて拘束される。
 それと同時にあちこちから湧き起こる拍手と歓声。大和はジムでトレーニングに励んでいたはずの仲間達が、一様にして事務所前に集まっているという事実に目を見張った。
 大和を待ち構えていた先輩連中は、そんな大和を見て満足したのか、大笑いをしながら大和に一声一声を掛けていった。

「昇進おめでとう! これでお前も一人前だな」
「は、はい!」
「ついにここまで来たか! 全く、こりゃスピード記録だぜ! お前にゃ驚かされてばかりだよ!」
「ありがとうございます!」
「良くやったぞ大和! とりあえず夜道には気を付けろ! 嫉妬でどうにかしそうだぜ!」
「それは勘弁して下さい!」

 皆が皆、それぞれ形は違えど口々に大和に応援と賞賛の言葉を掛けてくる。その場のノリで言っているらしく多少は怪しい言葉も混じっていたが、大和は自分を応援するために集まってくれている仲間達の想いが純粋に嬉しく、頬が弛んでくるのを感じていた。
 ‥‥‥‥のだが‥‥‥‥



※ ※ ※

「‥‥それで飲み会に直行して、こんな時間に」
「はい。遅くなってごめんなさい」

 午前一時。当に深夜帯に入っている頃に帰宅した大和は、自宅でジッと待っていた御崎 綾香に頭を下げた。
 ジムで先輩達に捕まった大和は、そのまま飲み屋に連行された。
 無論。大和も多少の抵抗はした。しかしテンションの上がった先輩連中は、ここぞとばかりに“先輩権限”を発動し、強制連行してきたのだ。これまで散々世話になった先輩達に大和が逆らえるはずもなく、連絡する間もなく連れて行かれた。
 幸いにも、朝まで飲もうという勢いの先輩達を言いくるめて帰っては来られた。しかし帰ったら帰ったで、今度は綾香からの睨み付け攻撃である。
 大和は「綾香も強くなったなぁ‥‥」としみじみ思いながら、もはや綾香に逆らうような気力もなく、正直に理由を話して謝罪したのだった。

「‥‥分かった。そう言うことなら良しとしよう」

 大和からの説明を黙って聞いていた綾香は、その途中から表情を変えていた。というより、説明が始まったほぼ最初の時から怒りの表情が消え失せ、説明が終わる頃には仁王立ちの構えを解いてニコリと笑みを浮かべ、下げられていた大和の頭を抱きかかえた。

「‥‥え?」
「まぁ、連絡をしてくれなかったのは問題だったが、今日はめでたい日なのだろう? 事前に連絡をくれれば御馳走も作ったのに‥‥惜しいことをしたな」

 困惑する大和。綾香は大和を力一杯に抱きしめたまま、嬉しそうに言葉を続ける。

「おめでとう大和。ついに‥‥ついにやったんだな? これで夢が、また叶ったんだな」

 高校時代から語り続けていた夢に確実に近付いていく手応え‥‥それを間近で共に感じ、見守り続けていた綾香の想いも大和とそう違いはないだろう。ただ困惑する大和と違う点は、それを素直に喜べると言うことだ。それも、まるで我が事のように‥‥
 当人であるが故に戸惑っていた大和は、胸に抱いていた不安感が、スゥッと波が退くようにして消えていくのを感じていた。
 そしてそれと入れ違いになるようにして、大和の中に別の危機感が訪れる。

「─────!!」
「? どうしたんだ大和」

 モガモガと綾香の腕の中で‥‥胸の中で藻掻く大和。嬉しさのあまり綾香は力加減が出来ていないのか、大和の顔を自分に押しつけて完全に固定してしまっていた。
 ‥‥大和は頭を抱きしめている綾香の両腕をタップ(降参。相手の腕、肩を叩く)して綾香の胸から抜け出すと、大きく息継ぎをしてから礼を言う。

「はぁ、助かった」
「す、すまん。つい‥‥」
「いや、俺も助かったよ」

 大和はそう言うと、胸の中から退いていった不安感が消えているのを確認するように、自分の胸を撫で下ろした。

「そっか‥‥そうだな。喜んで良いんだよな?」
「それはそうだろう。大和は嬉しくなかったのか?」
「いや、あんまり突然で‥‥実感がな」

 今になって沸々と湧いてきた。
 先輩達には怒濤の勢いで騒ぎ立てられたために夢見心地だったのだが、大和は綾香と話して落ち着いてきたのか、今になって実感が湧いてきていた。
 まだ正式に契約をしたわけではない。しかし、これで決まれば夢のリングに立てるのだ。今までのような地方巡回の小さな試合ではなく、“本物”のプロと戦うことの出来る唯一の舞台へと昇る一本道‥‥‥‥そのコースに立てるのである。
 大和はブルリと身を小さく震わせると、大和の手を握って歓喜の意を示している綾香の手を握り返した。

「これからはトレーニングもかなり大変になるだろうけど、付いてきてくれるか?」
「当然だろう。お前と一緒にいるために私はここにいるのだからな」

 そう答える綾香に、迷いは一片もない。ここまで戸惑い混じりに話を進めていた大和は、綾香の力強い、自信と信頼に満ちた言葉に頷いた。




※ ※ ※



 翌日‥‥‥‥
 大和は綾香と共に、久しぶりの街に繰り出していた。

「これまでの分、今日だけで取り返すぞ!」
「それは無理だろう、大和」

 気合いを入れながら綾香の手を引く大和に、綾香は苦笑いを浮かべていた。
 二人の生活は、ほとんどが擦れ違いばかりである。綾香が休みの日には大和はジムのトレーニングや試合に駆り出され、逆に大和が休日の時には綾香が実家の仕事に出ているために一緒には居られない。
 年甲斐もなく忙しい二人である。こうなっていくと少しずつ関係が摩耗しそうなものだったが、二人はこうして二人きりでデートを出来る日に限り、それまでの埋め合わせをするように一日中遊び回るのが恒例だった。
 綾香は手を引く大和に付いていきながら、いつもよりも張りきっている大和の肩を叩きながら、宥めるように口を開いた。

「大和、ゆっくりで良いじゃないか。これからは、いつもよりも時間が取れるようになるのだろう?」
「あ、ああ。そうだな。あの契約書通りならな‥‥」

 大和は昨夜、綾香と共に内容を確認した契約書を思い起こし、コクコクと頷いた。
 これまで大和が忙しないスケジュールをこなしていたのは、ジムの金銭が乏しかったというのがある。興行収入を得るために地方へ出張して回るのが常だった大和も、これからは巡回興行に付き合うことも少なくなるだろう。企業から支払われるお金というのは、なにも大和だけに支払われるものではない。その選手を生み出したジムにも、それなりの便宜が図られる。
‥‥それに合わせて、滅多に取れなかった休みが、企業契約を機にスケジュールの見直しがされた御陰でこうして与えられている。トレーニング自体は今まで以上のものが求められるだろうが、それを回復出来るだけの休養もまた、しっかりと取れるのだ。それを考えると、今までよりも二人でいられる時間が増えるだろう。

「覚えていたのなら、何もそこまで急くことはない。私はどこにも逃げないから、な?」

 諭すように言う綾香は、大和の腕に腕を絡ませ、寄り添うようにして歩き出した。
 ‥‥そうして始まった二人のデートは、丸一日を費やした。
二人が家を出た時にはチラホラとしか店が開いていなかったが、二人は一向に気にするような素振りはない。むしろそれを良いことに、これまではあまり行くことのなかった他の街にまで出向いて商店街や大型デパートを回っていた。
 ‥‥同年代の男女から見れば、大した内容のデートには見えなかったかも知れない。
 しかし二人にとっては、これで十分だった。
 ただ一緒にいられるだけ‥‥それだけでも良いのだ。
 厳しい日常に訪れる僅かな休息。その休息を、愛する者と共に過ごせるのならば、それ以上のものもないだろう‥‥

「少し羽目を外しすぎたか。足が痛くなってきた。綾香は大丈夫か?」
「ん? 何ともないぞ。これでも神社の仕事で鍛えているからな」
「‥‥‥‥プロレスラーより、巫女の方が強いのか‥‥」
「ふふふ。なに、大和もいずれは分かる日が来る」

 「ま、一緒になるなら、いずれは神社の一員だからな」と続ける大和の言葉に頷きながら、綾香は沈もうとしている夕日に目を向けた。

「大和‥‥明日からも大変だが、私も頑張るぞ」
「あ、ああ」
「大和がどんなに有名になっても、ちゃんと隣にいられるように頑張るからな」
「‥‥むしろ俺が置いて行かれそうな勢いだな」
「‥‥そうだな。置いていこうか?」
「いや、並んで行った方が良い。絶対に!」
「‥‥っ、ははっ」

 思わず声を上げる大和に、綾香は小さく吹き出した。
 大和も自分の言っていることに気が付いたのか、顔が赤く染まるのを感じながらも笑みを漏らし、苦笑する。




 ‥‥二人は笑い合う。
 並んで歩いていく。
 これからも、ずっと、ずっと、共にあり続ける‥‥










★★参加キャラクター★★

5123 和泉 大和
5124 御崎 綾香





☆☆あとがき☆☆
 前回はあとがきを書かなかったメビオス零です。
 順調に出世街道を進んでいく大和君。そしてそれをさせる綾香さん‥‥いいなぁ。こんなお嫁さん欲しいなぁ。でも現実は厳しいのだ。そもそも出会いすらないし(笑)
 最近思い始めたのですが、ずいぶん長い間お付き合いして下さってありがとう御座います。昔書いた作品をだんだんと忘れてきているので、この辺りでまとめて読んでおく必要がありそうですね。
 これからもよろしければ‥‥‥本当によろしければでいいのですけど、よろしくお願いします!(・_・)(._.)

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2008年04月17日

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