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『紡がれる幼子への言の葉 』
レイジュ・ウィナード3370)&(登場しない)



1.
 薄暗く、暗い洞窟。
 いったいどれほどの深さがあるのか、周囲に何があるのか、それらを瞬時に判別することが難しいほど光量は少なく、周囲に漂っている空気もそれを強調するように暗く、重い。
 ゆっくりと視界を移動させてみれば、それでもかすかに何かが見えた気がし、いま見えた気がしたものを確かめるように目を凝らした。
 洞窟の中はひどく暗い。周囲の様子も見えない。そのはずだった。
 だが、目に飛び込んできたその光景はまるで照明を当てられてでもいるようにはっきりと見ることができた。
 真っ先に飛び込んできたのは目が眩みそうなほどの赤い色。そして、暗く光っているあれは目だろうか。
 血の海というものはこういうことを言うのだろうかと、意味を知らない幼い子供でも思うのではないかというほどの赤黒い液体が洞窟のそこかしこに飛び散り、いくつもの血だまりがまるで生きているようにその量を増し別の血だまりに混ざり合って更に大きな赤い池を作っていく。
 赤い、赤い世界の中、その中に立っている黒衣の男に気付いたのはそのときになってからだ。
 青年と呼ばれる年齢だろうか、整った体格と身にまとった黒い衣服が相俟って男には一種の気品のようなものが漂っているようにも思えたが、それ以上に漂ってくるのは男の銀色の目だった。
 見たもの誰もがぞくりと背中に冷たいものを感じるようなその目にあるのは、いま目の前に広がっている赤い世界に酔っている恍惚とした光。
 男の足元にいるのは一体の異形。普段ならば恐ろしいはずの存在だが、その身体は無残に切り刻まれ、恐怖に満ちた目が男に向かって救いを求めているのが傍らで見ているものにもわかったが、男はそんな異形に対しうっすらと笑みを浮かべたまま手に持っていた剣を振るう。
 途端、耳障りな、しかしあまりの悲痛さに耳を塞ぎたくなるような絶叫が洞窟内に響く。
 飛び散る赤い液体が男の身体へ雨のように降りかかる。よく見れば男の黒衣はべったりと赤くどろりとした液体で濡れていたが、男はそのことを不快に感じることなくむしろ愉快そうな笑みを浮かべているだけだ。
 異形とはいえ一片の情けも見せずむしろ愉悦に満ちた表情で剣を振るう黒衣の男。
 こんな姿のものをきっと人々は『吸血鬼』と呼ぶのだろうか、それとも別の名を持つ恐怖の対象か。
 急所を外されているからなのだろうかいまだ息のある異形に向かって、男が更に剣を振るおうとしたそのときだった。
 くるりと男の顔がこちらを向き、銀色の目がこちらを捉える。
 赤い髪、何処か歪な光を放つ銀の瞳……年こそ違えそれは、レイジュの姿にとてもよく似ていた。


2.
「わぁっ!」
 そう叫んだ声で目を覚ましたレイジュが飛び起きて慌てて辺りを見渡せば、眠る前と何ひとつ変わらないレイジュが知っている普段の光景があるだけだった。
 レイジュがいるのは洞窟の中などではない城の一室にあるベッドの中。外は激しい嵐らしく窓ガラスを打つ雨風の音がレイジュの耳に飛び込んでくる。
 5歳になるレイジュには、先程までいた夢も相俟って雨風の音と共にレイジュ自身の鼓動の音もひどくうるさく耳についている。それを止めるように聞こえてきたのは隣で一緒に眠っていた母の声だった。
「どうしたの、レイジュ。大きな声を出して」
 何処か妖艶な美しさをたたえた優しい母の声にようやくレイジュは安心したように大きく息を吐き、甘えるように母に抱きついた。
「まぁ、本当にどうしたの?」
 そんなレイジュの様子におかしそうにけれど安心させるように優しく頭を撫でながらそう尋ねてきた母に、レイジュはぶるぶると首を振ってから口を開いた。
「怖い夢を見たんだ」
「まぁ、それは大変ね」
「本当に怖かったんだよ!」
 優しい微笑みをたたえたままそう言った母に、レイジュはその夢がどれだけ怖かったのか、どんなに恐ろしかったかを懸命に伝えようとしたが『怖い夢を見た』ということは覚えていてもそれがいったいどんな夢だったのかを思い出すことがレイジュにはできなかった。
 そんなレイジュの様子に母は美しく優しい笑みのまま話しかけてくる。
「せっかく忘れた怖い夢なんて思い出さなくても良いのよ? もう一度寝たらきっと次は楽しい夢を見るわ」
「本当?」
「もちろんよ」
 レイジュを安心させるように紡がれる言葉にレイジュはようやくにっこりと笑い、けれど次にまた怖い夢を見たらどうしようと不安を覚えながら目を閉じた。
 そんなレイジュの気持ちを察したらしい母の腕のぬくもりがレイジュには心地よく、そして母の言葉通り恐ろしい夢など見ることはなかった。


3.
 翌日、レイジュの姿は城のバルコニーにあった。
 色とりどりの花が飾られているその場所は普段なら華やかで明るいものだが、いまだ続く嵐の中では幼いレイジュがひとりでいるには心細いものがある。
 本当は此処にいたのはレイジュひとりだけではなく、さっきまでは姉の姿もあり一緒に遊んでいたのだが、その途中でレイジュひとりを置いてさっさと飛び去ってしまっていたのだ。
 ウインダーであるレイジュも本来ならその後を飛んで追いかければ良かったのだが、翼が未発達であるレイジュはいまだうまく飛ぶことができず、そのことでも姉はいまのようにレイジュに意地の悪いことをすることがあった。
「なんだよ、僕がちゃんと飛べないの知ってるくせに」
 それでも諦めず何度も飛んでみようと挑戦を繰り返したのだが、やはりうまく飛べることはなく、意地悪をされたことと自分がまだ飛べない悔しさがない交ぜになってレイジュはぐすぐすとしばらく泣き続けていた。
 けれど、このまま泣いていても姉は当分帰ってくることはないことはわかっていたので、気が済むまで泣いてからレイジュは飛ぶことは諦め歩いて城内に戻ると母の姿を探すことにした。
 母の姿を見つけたら真っ先に姉が自分に意地悪をしたと言い付けるつもりで、レイジュは階段を足早に降りていく。
 その途中、レイジュの目に見慣れぬものの姿が映った。
 この城には多くの使用人がいるがレイジュはその誰の顔もすべて覚えていたし、そこに立っていたのは明らかに使用人ではないと一目でわかるものだった。
 深い赤のローブを身にまとい、皺だらけの顔をした老女はレイジュの姿を認めて柔和に微笑みかけた。
「おばあさん、誰?」
 警戒心よりも持ち前の好奇心が勝ったレイジュは恐れることなく老婆の傍へと近寄ってそう声をかけた。
「ひどい嵐に巻き込まれたせいで迷ってしまったんだ。もしよければ一晩ここに泊めてもらうことはできないかと思ったんだが」
「そうか、おばあさん道に迷っちゃったんだ。大丈夫だよ、このお城はとっても頑丈だからこんな嵐なんてここにいたらへっちゃらだよ」
 突然の訪問者へもレイジュは元気よくそう言い、そんなレイジュの姿に老婆の笑みが深くなる。
「坊やはこの城で暮らしているのかい?」
「そうだよ。名前はレイジュ」
「レイジュ、良い名前だね」
「おばあさんはいったい何をしてる人?」
「あたしは占い師さ」
 占い師、という言葉にレイジュの瞳にはますます好奇心の光が強くなる。
「占い師って未来がわかるんだよね? どんなことがわかるの? 僕のこともわかるの?」
 無邪気なレイジュの問いに占い師であるらしい老婆の目が細くなったのは、レイジュは気付かなかったが笑ったからだけではないようだ。
 老婆の目に映っているのは幼いレイジュの姿。だが、そのレイジュの先──未来のレイジュの姿が同時に老婆の目には映し出されていた。
 その姿は他でもない、昨夜レイジュが見た夢に現れた血塗れのレイジュ。血を浴び、血を吸うことに喜びを感じていたレイジュの姿だった。
「ねぇねぇ、おばあさん。僕のこと占ってよ!」
 老婆の見えているものに気付くことなくきらきらと好奇心に輝く目を向けてそう言ったレイジュに答えず、老婆は優しくレイジュの頭を撫でた。
 突然の老婆の行動に驚いた目を向けたレイジュを気にすることなく、老婆は何かの助言を行うように優しい口調で言葉を紡ぎだした。
「いつか、自分自身の影に怯えることがあるかもしれない。自分が起こしたことが信じられず、本当の自分がどんなものなのか疑うことがあるかもしれない。けれど、何も不安になることはないんだよ。大切なことは、どんなことがあっても決して自分を見失わない心の強さだけ。それさえあればどんなことがこの先起ころうともあんたはきっと大丈夫だからね」
 とつとつと語られた言葉は幼いレイジュには理解の難しいことが多く、そもそもどうして老婆がこんなことを自分に言うのかさえレイジュにはわからないまま黙って老婆の言葉を聞いていた。
 最後まで語り終えると老婆はまた優しくレイジュの頭を撫でた。まるで、これから先レイジュの身に起こるであろう不幸や禍にレイジュが負けることがないことを祈るように。
 そして、老婆はゆっくりとレイジュから離れ、そこから立ち去っていく。
「良いね? 自分を見失っちゃいけないよ。それさえできればあんたはきっと大丈夫さ」
「……うん」
 老婆の言っている意味がわからないまま、レイジュはそう答え、けれどやはり意味がわからない老婆の言葉の説明を求めようとしたときには老婆の姿はもうなくなっていた。
 首をかしげながらレイジュは老婆に言われたことを考えてみたがレイジュにはやはりよくわからないままだった。
 そのとき、母ならばもしかするといま聞いたことの意味をレイジュにもわかるように教えてくれるのではないかと思い、同時に姉の意地悪を言い付けるつもりだったことも思い出したレイジュは再び早足で母の姿を探しにいった。
 老婆の言葉の意味をレイジュが知ることになるのは数年の歳月が経った後のことだが、そのことをいまのレイジュは無論わからない。
 元気な足音と共に、レイジュの姿もその場から消えた。



PCシチュエーションノベル(シングル) -
蒼井敬 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年04月14日

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