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『Behind-the-scenes ruler 』
和田・京太郎1837)&天波・慎霰(1928)&鈴城・亮吾(7266)&(登場しない)



「どうすれば良いんだ?」
 京太郎の青い瞳が亮吾を睨みつけるように細められる。
「とりあえず、来訪神を見つけないことには始まらないけど‥‥‥」
「けど?」
「見つけたところで、どうすれば良いのかは分からない。もし本当に俺の言ったとおり感染していた場合、そのウイルスがどんなものなのか調べないことには‥‥‥」
「ウイルスを作ったやつを見つけた方が早いだろうな」
 慎霰が溜息をつきながら髪を掻き乱す。
「つまり、何だ? 倒すべきは来訪神じゃないってことか?」
「多分ね」
 眠そうに目を擦りながらも力強く頷いた亮吾は、慎霰と京太郎を振り返った。
「それで、どうする?」




→ Behind-the-scenes Ruler START



 事の発端は、とある人物との再会だった。
 天波・慎霰と彼の舎弟と言う名のパシリ、鈴城・亮吾は今日も自称善良な都民である和田・京太郎に絡んでいた。もっとも、絡んでいたのは主に慎霰であって、良い子の中学生である亮吾は眠い目を擦りながら無言で二人の後に続いていた。
 テスト明けの今日、普段はあまり感じない冬の太陽が目に付き刺さるように痛い。一夜漬けなんてしなければ良かったと後悔はしてみるものの、一夜漬けをしなかった場合のテスト結果は悲惨の2文字だっただろう。 毎日きちんと予習・復習をしていればテスト前にこんな目に遭っていないと言う事は亮吾も十分分かっていたのだが、その毎日の積み重ねがどれだけ大変であるのかと言うこともよく知っていた。
 継続は力なり。されど続けることは難しい。
 亮吾は毎日の1時間の勉強を放棄し、徹夜での勉強を選んだ。
 ――― 次こそは一夜漬けなんてしないように‥‥‥
 頑張ろう。 そんな気合の言葉も眠気にかき消されていく。
 今にも瞑りそうな目を必死に開け、ボンヤリと周囲を見渡した時、亮吾の視界の中にある人物が映った。
「あっ」
 短い驚きの声を上げた亮吾に、先を歩いていた京太郎と慎霰が立ち止まり、眉根を寄せる。 どうしたんだ?と言う京太郎の瞳に答えるべく口を開くが、彼の名前など知らない。何か分かり易い言葉は無いものかとボンヤリとした頭を必死になって働かせ、亮吾はある単語を見つけると発した。
「おでんの人だ」
 無論、京太郎にも慎霰にも伝わりようがなかった。



 正確には亮吾は「慎霰がおでんのマークと言い切った会社の社長さんだ」と言いたかったのだが、眠気のせいでかなり言葉が省略されてしまった。せめて“おでんのマークの会社の社長さん”を一気に言えていれば京太郎はともかく慎霰にならば伝わったかも知れないのだが‥‥。
 何はともあれ、京太郎と慎霰が亮吾語に苦戦している間に相手はこちらに気づき、逃げるのかと思いきや近寄って来た。困ったような顔をしている彼を前に、京太郎が何があったのかと優しく尋ね、3人は現在彼の会社を襲っている悲劇 ――― 自業自得なのだが ――― を知った。
「つまり、俺達が壷を奪ったせいで契約通りに新たな仲間が呼べなかったから、怒ってるって事か?」
「おそらくは」
 軍事人形が勝手に動き出したり、システム不良を起こして幹部が閉じ込められたり、録音しておいた慎霰の音楽によって術師が撃退させられたりなど、社内は大混乱に陥っているらしい。
「自業自得だろ」
「‥‥‥慎霰、自業自得の意味をきちんと理解してたんだな」
 かなり格好良く突き放した慎霰だったが、京太郎の素の驚きの前に格好良さが掻き消える。
「あのなぁ、俺だってそのくらい‥‥‥」
「それで、どうするつもりだったんです?」
 慎霰の言葉をぶった切る形で京太郎が相手に声をかける。ちなみに彼は慎霰をおちょくっているわけではない。
「ある人物に頼もうと思ってな」
「壷は返さねぇぜ?自分の不始末は自分で拭えよ」
 ウツラウツラしていた亮吾が慎霰にぶつかり、薄目を開けた後でまた眠りの世界に戻って行く。
「だーっ!!重たいだろ!?」
「五月蝿いぞ慎霰」
 人が疎らなファミレスの中、慎霰の声はかなり響く。 幸いな事に客は皆自分達の話しに夢中で、こちらを振り向いた者はいなかったのだが、片隅でちょこんと呼ばれる時を待っているウェイトレスは引き攣った笑顔でこちらを見ていた。
「1つ訊きたい事があるんですけど‥‥‥」
 慎重に言葉を選びながら喋る京太郎に、慎霰が「こんなヤツに敬語なんて使うこと無いのに」と不満げに言葉を漏らす。どんなヤツだろうが面と向かって年上の人にタメ語で話す事が躊躇われた京太郎が、慎霰の意見を黙殺する。
「それは地下だけのことですか?」
「いや。会社自体にも被害が及んでいる」
「‥‥‥一般人の被害は出ましたか?」
「掠り傷程度をした者はいる」
「今後被害が拡大する可能性は? つまり、現在会社内に取り残されている人は?」
「いる」
「それは社員ですよね? 幹部や術師ではなく」
「あぁ。普通の社員だ。地下のことは知らない一般人だ」
「‥‥‥どうやら手を貸さないことにはどうしようもない事になってるらしいぞ」
「って言われてもなー。もともと神聖な精霊を招く媒体であるものを、おまえ達が自分達の欲のために使ったんだろ?で、大変な事になったから手を貸して欲しいって、都合良すぎじゃないか?」
「確かに俺もそう思うが、一般人に被害が出る可能性がある以上、どうにかしなくちゃならないだろ?」
「別に、俺たちに関係ないだろ?」
「‥‥‥そのせいで死者が出たとしても、関係ないって言い張れるか?」
 慎霰の顔が歪む。 直接的には壷を奪った幹部達が悪い。彼らの誰かに被害が及ぶならば自業自得だと切り捨ててもなんら良心の呵責は覚えないが、何の罪も無い一般人が被害にあったとしたら、流石に寝覚めが悪い。
「ったく、仕方ねぇなー」
「それじゃぁ、壷を‥‥‥」
「誰が壷渡すつったよ。‥‥‥壷は渡さない。でも、原因を取り除く事はしてやっても良い」
「システムがおかしくなっている以上、システム内にいるんですよね?」
「多分そうだと思う」
「‥‥‥でも、おかしいな‥‥‥来訪神がそんなことするのか?」
 京太郎の疑問を受け、慎霰が肩を竦める。
「さぁな。でも、こういう事態が起きている以上そう考えないとおかしいだろ」
「来訪神は異界から訪れて人々に幸せを与えて帰って行く神だろ?」
 場が沈黙する。
「もともとネットワークの中に存在してた来訪神が、何等かの影響によって変化したとか‥‥‥」
 寝ぼけ眼でそう言いながら、亮吾が頭を振る。
「ネットワークの中に存在していた? ‥‥‥随分近代的な神様だな」
「世界の変化に従って、神とか妖怪とかも変わっていかなくちゃ生き残れないからね」
「で、その来訪神がどんな仲間を呼ぼうとしていたんだ?」
「京太郎は質問ばっかだな‥‥‥」
「話を整理しないと、先に進めないだろ」
「そもそも、お前達は何を呼び出そうとしていたんだよ。 それによって変わってくるだろ」
「私達は、自社の利益に繋がるような‥‥‥」
「ネットワーク内の来訪神の思惑とこの人達の話は切り離して考えた方が良いかも知れないよ」
「どう言うことだ、亮吾?」
「つまり、この人達のやろうとしていた事をネットワーク内に存在していた来訪神が察知し、便乗して仲間 ――― どんな“仲間”なのかは分からないけれど、とりあえず普通の精霊を呼ぼうとしていたんじゃないことだけは間違いないよね ――― を呼ぼうとした」
「それを俺達が妨害して怒ったってことか?」
「でもそうだとしたら、何故あの時妨害してこなかったんだ? あの時の妨害は、デルタシステムがやったんだろう?」
「そうだよ。あれは完全なるシステムだった。‥‥‥途中で書き変わっていたなんて事もないよ」
「‥‥‥来訪神は、その時はまだデルタに進入できてなかったのか?」
「どうだろう‥‥‥。でも、異界との道をネットワーク上に作ったりとか、かなり力はあるようだけれど‥‥‥」
「とりあえず、今はデルタに進入している‥‥‥ってことだよな?」
「もしかしたら、亮吾が弄った後を辿ったのかも知れないな。亮吾のしている事を見ていて、同じような手順で進入した」
「慎霰のわりには頭が回ってるな」
「‥‥‥褒めてるのか、貶してるのか、どっちなんだ?」
「どちらでも?」
「とりあえず、今回は亮吾の出番だな」
 ――― この間だって俺の出番だっただろ
 とは、内心の呟きだったが、舎弟でありパシリである亮吾は声には勿論のこと、顔にさえも出さないでおいた。
「つーわけだ。こっちでなんとかしといてやるから、おまえは社員の救出に向かえ」
 ヒラヒラと手を振りながら高圧的に言った慎霰に男性が渋い顔をするが、何も反論はしなかった。 伝票を取って立ち上がった彼が一度だけ頭を下げ、ふと京太郎が呼び止める。
「1つ訊きたい事があるんですけど」
「なんだ?」
「デルタシステムを組んだ方はどなたなんです?」
「あのシステムを組んだ社員なら、もう何年も前に亡くなった。不幸な事故だった‥‥‥優秀で、まだまだこれからと言うところだったのに‥‥‥本当に残念だった」
 男性の視線が揺れ、溜息をつくと目を閉じる。
「本当に惜しい人を亡くした、今でもそう思う‥‥‥あの時はまだ小さかった息子さんも、もう君たちと同じか少し上くらいになっているんだろうな。‥‥‥月日が経つのは、早いものだ‥‥‥」
 寂しそうにそう呟き、男性は背を向けた。



 パソコンを弄りながら、亮吾は今にも瞑りそうになる目を必死に擦った。
 デルタに侵入を試みるものの、パスワードが書き換わっているためなかなか入れない。 しかもパスは5分おきに書き換えられており、素早く鍵を入手しないと直ぐに鍵の意味がなくなってしまう。
 数度の失敗の後に何とか入れたものの、デルタ内はかなりの部分が数日前とは違っていた。
「うわぁ‥‥‥面倒臭そう‥‥‥」
「頑張れ亮吾ー」
 背後にいる慎霰の気のない応援を聞き流し、キーボードに指を滑らせる。
「とりあえず、防火シャッターは解除、スプリンクラー停止、エレベーター再稼動」
 正常値に戻したと思った瞬間、次から次に書き換えられて行く。
 ――― やっぱそうなるよな‥‥‥
 溜息混じりに頭を掻き、後ろで画面を見つめていた京太郎を振り返る。
「来訪神をどうにかしないと、永遠にこの繰り返しになる」
「どうにかする方法はあるのか?」
「分からない。‥‥‥おそらく来訪神はデルタ内にいることはいるんだと思う。 デルタ内にいないにしても、外からデルタを動かしていれば分かると思う。でも、見つけただけじゃダメだ」
「外に引きずり出すことは出来ないのか?」
「悪霊とかなら退魔の呪文なんかを入れれば出て来るかも知れないけど、相手は一応神様だし」
「お願い事とか書いたら出て来たりしてな」
「‥‥‥慎霰、真面目にやれ」
「真面目にやってるっつの。そう言う京太郎こそ、何か案出せよ」
「そもそも、どうして来訪神がこんな事をしているのかの理由も分からないだろ?」
「仲間が呼べなかったからだろ?」
「来訪神がどんな仲間を呼ぶんだ?」
「精霊とかじゃないんだろうし‥‥‥」
 言いかけた言葉を飲み込み、亮吾は開いたままのパソコン画面に目を向けた。 画面の下から上に向けて膨大な量の蛍光緑色をした文字が流れてきており、左下からは白いバーがゆっくりと右に向けて動いている。
「どうしたんだ?」
「やっば‥‥‥」
 慌ててキーボードに指を滑らせる。 カチャカチャとキーを打つ音が乱暴に響き、京太郎と慎霰が顔を見合わせて首を傾げている。
 怒涛の勢いで流れていた文字が緩やかになり、左下のバーが後退していく。 最後にはバーは完全に左側に隠れ、文字も現れなくなった。
「危なかった‥‥‥」
「どうしたんだ?」
「ウイルスが送り込まれて‥‥‥」
 何かに気づいたらしい亮吾が息を呑み、ゆっくりと二人を振り返る。
「ネットワーク上に存在していた来訪神って、もしかしてウイルスに感染してたりして‥‥‥」
「ウイルス?」
 小さな亮吾の呟きに、慎霰が反応する。 眉を顰め、首を傾げてジっと亮吾の顔を注視する。
「来訪神って言うもともとの性質が変わっちゃってる以上、そうとしか考えられないかなと思って。 もっとも、ネットワーク上にいる生命体に何らかの作用をもたらす能力者がいないとも限らないけど‥‥‥」
 亮吾は目にかかる長い前髪を払うと、無意識のうちにイヤーカフスに触れた。 夜風に冷やされたそれは、かなり冷たくなっていた。
「どうすれば良いんだ?」
 京太郎の青い瞳が亮吾を睨みつけるように細められる。
「とりあえず、来訪神を見つけないことには始まらないけど‥‥‥」
「けど?」
「見つけたところで、どうすれば良いのかは分からない。もし本当に俺の言ったとおり感染していた場合、そのウイルスがどんなものなのか調べないことには‥‥‥」
「ウイルスを作ったやつを見つけた方が早いだろうな」
 慎霰が溜息をつきながら髪を掻き乱す。
「つまり、何だ? 倒すべきは来訪神じゃないってことか?」
「多分ね」
 眠そうに目を擦りながらも力強く頷いた亮吾は、慎霰と京太郎を振り返った。
「それで、どうする?」
「ウイルスを作ったやつを特定することは?」
「難しいだろうね。普通のウイルスじゃないから」
「そもそも、そいつはどうしてそんな変なウイルスなんて作ったんだ?」
「分からない。‥‥‥第一、ネットワーク上に存在する来訪神ってどれだけいるんだろう」
「そのウイルスは、来訪神だけに限って作用してるのか?」
「‥‥‥どう言う事だ、京太郎?」
「つまり、ネットワーク上に存在する妖怪やその他、様々な存在にも作用するなんて事は無いのか?」
 訊かれた亮吾が軽く首を振る。 作用しないとは言い切れないし、作用するとも言い切れない。
 重苦しい沈黙が訪れた瞬間、インターネット画面が勝手に現れ、メールの画面を開いた。
「‥‥‥なんだよコレ‥‥‥」
 文章に目を通した亮吾が呟き、パソコンを二人に向ける。
 “ウイルスは改良を続けている段階だから、今はまだなんとも言えない”
 “でも、いずれはそんな風になれた良いと思っている”
 “今回の騒ぎはちょっとしたテストだ”
 “良いサンプルデータも取れたことだし、これ以上の騒ぎは起こさないでおいてあげるよ”
「‥‥‥デルタが正常に戻ってる」
 スプリンクラー停止、防火シャッター解除、エレベーター再稼動、冷房停止、暖房稼動 ―――
「最後の署名、“ D−programmer ”ってなってるぞ? デルタ−プログラマーってことか?」
「でも、社長さんはデルタのシステムを組んだ人は死んだって言ってた。どう言う事なんだ?」
「実は生きていた、何らかの偶然が重なってネットワーク上に生きる存在となった、もしくは‥‥‥」
「もしくは?」
「 D−programmer を語る第三者がいるか‥‥‥」
 京太郎の呟きは、桜の甘い香りを纏った風にかき消された。



END
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2008年03月31日

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