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『『隠滅(後編)―眼―』 』
シュライン・エマ0086

「ぐっ……」
 衝撃に目が覚める。
 薄暗い。
 とても狭い場所にいる。
 身体を動かしてみる。
 拘束されてはいないようだ。
 手で、周囲を探る。
 天井を叩いてみたが、開きはしない。

 草間武彦は大きく息をついた。
 事務所から連れ出され、朦朧とした状態で、車のトランクに入れられたところまでは記憶にある。
 その後、少しの間意識を失っていたようだ。
 左肩と、右腕と、脇腹に痛みがある。
 サイレンサーで撃たれた箇所だ。
 しかし、どの傷も掠った程度であり、出血もそう多くはないはずだ。

 数時間前、事務所に届いた粘土。
 あれは、本当に粘土だった。
 随分と昔。
 まだ興信所を開く前のことだ。
 知人を手伝い、解決に導いた事件がある。
 自分が請けた仕事ではないため、あまりよく覚えてはいないのだが、爆弾魔に関する事件だった。

 逆恨み……ではない。まだ少年だった自分は、聞き込みの類いを手伝ったくらいで、大して役には立っていなかった。
 とすると、奴等の目的はやはり、アレだろう。
 奪い取ったプラスチック爆弾の行方。
 警察に押収される前に、プラスチック爆弾と粘土を入れ替えたのだ。
 今日、送られてきた粘土は、その時の粘土に酷似していた。
 事件を担当した探偵は既に他界している。
 その事件を手伝った者のうち、本名で探偵業を行なっているのは恐らく自分だけだ。
 出所した彼等は、真っ先に自分に眼をつけたのだろう。
「しかし、知らんものは知らん……」
 保管場所など聞いてはいない。

 信号で止っていたと思われる車が、再び発進する。
 自分はどこに連れていかれるのか。
 恐らくは拷問されるんだろうが、知らないのだから吐きようがない。
 振り切って逃げたとしたら――事務所を爆破されるだろう。
 シュラインを人質にとられている。
 この事件は彼女には全く関係のない事件だ。
 彼女を関係者と判断したのなら、奴等はシュラインをも拷問する可能性がある。
 ただの事務員だと思わせておかねばならない。
 事務所の鍵は奴等が持っている。零は鍵を持たずに出かけた。壊してまで事務所に入ろうとはしないだろう。
 シュラインは目を覚ませば、彼女のことだ、状況を的確に把握するだろう。動きはしないはずだ。
 どうにか、事務所の状況を誰かに伝えなければ……。
 いや、下手な行動をして事務所が吹っ飛ぶようなことがあれば、取り返しのつかないことになる。
 全て、消きえてしまう。
 武彦は彼女の元に駆けつけるべく、今一度天井を押した。
 やはり、開かない。
「くそっ」
 車が目的地に到着するまでの数分。
 その数分が数日に感じられるほど長かった。

 ドアの閉まる音が響き、足音がトランクの裏で止る。
 冷たい風と光が指し込み、武彦は目を細めた。
「下りろ」
 言われた通り、トランクから下りる。
 男は全部で5人。
 取り囲まれているが、自分に銃を向けてはいない。
 場所は山の中だが、そう都心から離れてはいないはずだ。
「あの粘土を覚えているな」
「……ああ」
「奪ったモノはどこだ?」
 男の一人が銃を抜いて、武彦の頭に向けた。
「知らない」
 途端、男の銃が小さな音を立てる。武彦の右耳の傍を、銃弾が走りぬけた。
「……だが、心当たりがないわけでもない。事務所に戻れば」
「事務所には何もねぇって言ってたよな?」
「何もないが、当時保管を委託した倉庫会社の連絡先くらいはわかるはずだ。お前達が吹き飛ばしてなければな。仲間、待機させてるんだろ? 連絡をとってくれ」
「おい、バイクで行ってこい」
 銃を持った男が、一番若い男に指示を出す。
「なるほど、事務所には誰もいない、か」
 そう呟くと同時に、武彦は足を蹴り上げた。
 男の手から銃が弾け飛ぶ。同時に発射された弾が、武彦のこめかみを掠め、衝撃に視界が揺らぐ。
 しかし、倒れてはいられない。揺れる体を立て直し、膝を折ると、銃を持っていた男に頭突きを食らわせる。
「貴様ッ!」
 次々に男達が襲ってくる。
 まず、懐手を入れた男を狙い、足を振り上げて顎を打ち砕く。
 側面から迫る拳をかわすと、肘で胸を強打する。
 最後の男が繰り出す蹴りを膝で受け、拳を額へと打ち込む。
 男達を振り切り、武彦は車の運転席に乗り込んだ。
 キーはついたままだ。
 ドアを閉めるのももどかしげに、車を急発進させる。
 ハンドルを切り、蛇行させながら、男達を置いて走り去った。

 車内に残されていた携帯電話で、警察に連絡を入れる。
 意識ははっきりしていたが、どこをどう走ったのかは記憶にない。
 山を下った後は、国道に出たらしく、迷わず事務所へと向かえたらしい。
 トランクが空いたままの車を、事務所の傍に止めて飛び降りる。
 駆け出した途端、一人の女性の姿が浮かび上がるように眼に映った。
 通行人にぶつかりながら、真直ぐその女性に近付き、肩を掴んだ。
「シュライン!」
 髪を振り乱して、その女性――シュライン・エマが振り向いた。
「無事、だったか……」
 呆然としている彼女に、手を伸ばした。
 無事で、よかった。
 そう言葉を発しようとしたが、声が出なかった。
 ただ、彼女を腕の中に包み込んだ。
 自分の中に……。

    *    *    *    *

 目が覚めた時、武彦はベッドの中にいた。
 すぐに、声が振ってくる。
「武彦さん」
 シュラインの声だ。
 暗い部屋の中、シュラインの悲しげな顔があった。
 心配をかけてしまった。
 酷く、怖い思いをしただろう。
 吐息をついて、武彦は身を起こした。
 身体に痛みが走るが、骨折などはしていない。
「すまん、大した怪我ではないんだ。ちょっと貧血を起こしたみたいだが……」
 そして、武彦はこう言葉を続けた。
「巻き込んですまなかった。もう大丈夫だから」
 途端、シュラインの手が伸び、武彦の顔を強引に自分の方へと向けた。
「お昼に、私聞いたわよね? あの粘土について。どうして話してくれなかったの?」
 その問いには、答えることが出来なかった。
 シュラインが強い口調で捲くし立てる。
「危険と隣り合わせの職なのだから、多少でも危険性ある事に関わったなら事前に対処法確認しあうなり、最低でも話してくれなきゃ動きようがないじゃない。それに、巻き込んですまなかったって何? 私には関係ないとでもいうの? 私はあなたの……あなた、の片腕じゃないの!?」
 武彦は、自分の顔に触れているシュラインの腕を掴み、下ろさせた。
 温かい手だ。
 自分も、彼女も今、こうして生きている。
 武彦はシュラインを見据えると、言葉を発した。
「片腕だが、護るべき対象でもある。シュライン、何故大人しく事務所で待っていなかった? 危険な状態にあるということは、お前ならわかったはずだろ!? お前はそんなに俺が信頼できんのかッ?」
 思わず口調が強くなる。
 爆弾がどのように仕掛けられたのかは知っていた。
 あの状態で動くということは、自殺行為に等しい。
 そんな行動をして欲しくはなかった。
 2人、睨み合う。
「私も零ちゃんも、護られるだけの女じゃないってことは、あなた自身が分かってることでしょう!? 信頼していないのは、武彦さんの方じゃない。危険な仕事だからこそ、携わる者達の結束や信頼が必要なのよ。オカルト関係じゃないからって、自分一人で対処できると思ったら大間違いよ!」
 シュラインが武彦の手を払いのけた。
 武彦は目を逸らし、口を閉ざした。
「……零ちゃん、心配してると思うから。一旦事務所に戻るわね」
 シュラインはそう言葉を残し、病室を後にした。
 武彦は、何も言わなかった。
 彼女が消えたドアを、一人、見つめていた。

    *    *    *    *

「兄さん」
 午前、1時過ぎ。
 小さな声が病室に響いた。
 草間零が、武彦に近付く。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大したことはない。お前は、怪我はないか?」
「はい」
 返事をした後、零は武彦の目をじっと見つめた。
「何だ?」
「兄さんは泣いてないんですか?」
「ん?」
「シュラインさんは、一人で泣いていたのに」
 その言葉に、武彦は身を起こした。
「あーちょっと口論をしてな。明日にでも謝るよ」
 しかし、それくらいで泣くか? 口論なんていつものことだと思うんだが……。
「そうではないと思います」
「何がだ?」
「泣いていた訳です。兄さんは“女心”が分かっていません」
「は? お前に言われたくはないな……」
 苦笑しながら、武彦は考える。
 黙りこんだまま考えるが、零の言葉の意味はわからなかった。
「それでは、女心が分かる零サンに聞きたいんだが、シュラインは何で泣いていたんだ? 俺はどう謝ればいい?」
「そんなの自分で考えてください」
 ぴしゃりとそう言うと、零は病室から出て行った。

 すれ違いのように、シュラインが戻ってくる。
 安堵感が武彦の中に広がっていく。
 見捨てられはしないかという不安が、自分の中にあることが、とても情けない。
 でもいつか。
 今のままではきっと、そんな日が来るのだろう。
 それほどまでに、彼女は立派で、聡明で、眩しい存在だ。
 当たり前のように、傍にいることを、時々不思議に感じる。
 ずっと当たり前であることを願っているのに。
「検査を終えたら退院できるそうよ。何かしておくべきことは? 必要なものはある?」
 シュラインは普段どおりの口調でそう言った。
 下ろした鞄の中には、武彦の着替えが入っている。
 武彦は手を伸ばして、ベッドの明りを点けた。
 シュラインの顔にも、光が注がれる。
 眼が赤かった。見られたくはないのだろう、眼を合わせてはこない。
「シュライン、すまかった」
 少し間を開けて、シュラインは言った。
「何が?」
 武彦は言葉に困ったが、正直に言うことにした。
「キミを危険な目に遭わせたこと、助けてやれなかったこと、怒らせたこと」
 その言葉に、シュラインは深いため息をついた。
「ホント、何も分かってないのね。でもいいわよ、許してあげる。武彦さんが無事戻ってきてくれたから」
「あ……多分、愛情の違いってやつなんだと思う。女性が持つ母性愛と、男の持つ父性愛の形が違うようにだな」
 シュラインは武彦のその言葉に、小さく吹き出した。
「それって、まるで私達が互いを子供と思っているってことかしら? でも家族のよう……ってところは違っていないのかな」
 呟きのように、シュラインが言った。
 武彦は自分の服を取り出し、ベッド脇の棚に入れていくシュラインをじっと見つめていた。
 その視線に気づき、シュラインがぎこちない笑みを見せた。
「で、入院は3日くらいだと思うけれど、しておくべきことはある? 必要なものは?」
 武彦はシュラインの腕を取り、引き寄せた。
「しておくべきことは、君への謝罪。必要なものは、シュライン・エマ」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0509(NPC) / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
NPC 草間・零

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターの川岸満里亜です。
Bitter or Sweet?・PCゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました。
こちらは草間武彦視点のノベルになります。
2視点でのご依頼本当にありがとうございました。とても楽しく書かせていただきました!
Bitter or Sweet?・PCゲームノベル -
川岸満里亜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年03月27日

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