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『Twinkle twinkle little star 』
千影・ー3689

 聖夜の街に響くのは、世にも美しい少女のすがたをした、『子猫』の歌声。
 しなやかに軽快に歩を進めるごとに、漆黒の長い髪に、七色のイルミネーションが踊る。
「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る、すずがなる〜♪ 今日はチカの誕生日♪」
 鼻に抜ける独特の甘い声が跳ねていく。うれしくて、たのしくて、しようがないの――と。
 少女は無邪気に寿ぐ。
 今日が特別な日であることを。
 神のためではなく、我が身のために。

 千影は歌いながら、井の頭通りを歩いていた。
 その華奢な肩には不似合いな、大きな袋を抱えて。
 まるでサンタさながらのいでたちだが、その中身は純粋な『お土産』だ。
 なんとなれば千影は、今からとある公園異界へ、散歩がてらに向かおうとしているのである。
「弁天ちゃんとー、蛇之助ちゃんとー、デュークちゃんとー、鯉太郎ちゃんとー、ピンクのししゃもちゃんとー、それからそれから」
 ひとりひとり指折り数えて名前を呼んでみた千影は、ふと立ち止まり、夜空を見上げる。

 雪が、降っている。
 星は、見えない。
 ――見えないはずなのに。

「あ、キラキラ。みーつけた!」
 緑の瞳をくるんと煌めかせ、千影は駆け出した。
 世界で一番の輝きを持つ、常人には見えぬ星が、たった今地上に舞い降りたのを感じたのだ。

 雪の間を縫うように、ふわりと漂った光は、やがてデパートの屋上に着地した。
 それを見届けて、千影は小さな黒い翼を広げ、飛翔する。
 ――だが。
「はにゅ……? おかしいな……?」
 屋上に降り立って見回したが、雪のため閉鎖中のスペースはがらんとしていて、星どころか小さな灯りひとつ、ともっていない。
「きらきらお星さま、どっかいっちゃった。気まぐれだから、じっとしてられないのかな……。あ」
 眼下に、井の頭公園の全景が見渡せる。
 目を凝らせば、朱塗りの弁財天宮の屋根付近に、星がひっかかっている――ような気がした。

「お星さま、弁天ちゃんのところにいるんだ。わーい♪」
 千影はこの星を持ち帰り、自宅のツリーの天辺に飾るつもりだった。
 最上の輝きを持つ小さな星に見守られ、あるじと過ごす聖夜は、さぞや素敵に違いない。
 訪問の目的に星の探索が加わって、千影は元気よく翼を羽ばたかせた。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 きらめく、きらめく、小さな星よ。
 願わくば、今宵ひととき、
 我が生誕を、祝い給え。
 
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ……さて。
 今日は、全異世界的にクリスマスである。
 数限りなく存在するパラレルワールドに於いて、どんなぶっとんだ世界観・宗教観であろうとも、この時期は揺るぎなくまんべんなくまるっとクリスマスが訪れる。そういうものなのである。
 街は華やかなイルミネーションに彩られなければならないし、赤と緑のデコレーションが満ちあふれなければならないし、サンタはプレゼント入りの大きな袋を背負ってトナカイの牽くソリに乗り、全異世界のよい子たちに配送業務をまっとうしなければならないし、夕暮れと同時に粉雪なんかがはらはらとちらつき、恋人と愛を囁き合っている娘さんに「……まあ、雪……。今日はホワイト・クリスマスね。ロマンチック……」と言ってもらわねばならぬのである。
 そーゆーさまざまな事情を背景に、見習いミニスカサンタのエファナたんは、卒業試験のため、魔法のステッキ片手に「夢の世界」へ突進することとなった。
 若き見習い娘が無事に正規サンタとなり、現場の人手不足を解消してくれることを祈りつつ、先輩サンタの皆さんも、悲壮な面持ちで北の果ての城をあとにする。全異世界の上空を駆け、プレゼント配送業務をまっとうせねばならぬのだ。
 なにしろサンタたちは、一年のうち一日のみが外回りの配送業務日。他の日は、顧客整理と商品発注等の地味な事務作業に明け暮れている。特にクリスマス直前は事前準備に追われ、残業につぐ残業。なのでよい子から「サンタさんてクリスマス以外の日は何してるの?」などと無邪気に聞かれたら返答に困り、顔で笑って心で泣くのである。
 そして、一年に一回のことなんで、ソリに乗っての外回りにあんまし慣れていないという点では、先輩サンタも長老も、エファナたんに大きな顔をできない立場だ。実際この日は、あらゆる世界の上空で、ソリの交通渋滞やらトナカイ同士の衝突事故やらが大量に起きるのが風物詩でもあるのだから。
 前置きが長くなって読みにくくて申し訳ないが、当然ながら『東京』の上空もえらいことになっていた。
 あちこちで正面衝突したソリとソリがくるんと上下逆さになり、ぱかっと開いた袋の口から中身がどさどさと雪崩落ちて地上にばらまかれ、ついでにサンタ本人も地上に落っこちてプレゼント回収作業に大わらわ――と、こう話を繋げたいのである。

 かなり強引に、舞台は井の頭公園に移る。
「ふ〜。やれやれ。一年の業務の〆が一日に集約される専門職は大変じゃのう」
 弁天橋の欄干に寄りかかり、夜空を見上げていた弁天は、流れ星のように降ってきてはぽっちゃ〜〜ん! ちゃぷ〜ん! と、井の頭池に沈んでいく各種プレゼントとサンタ本人を目で追いながら、「わらわには関係ないぞえ〜」な調子で呟いた。
 大忙しなサンタさんの激務スパイラルを、少しでも手助けしてあげようという殊勝な気持ちは一切ないようだ。
 仕方なく鯉太郎とみやこが、金の鯉とピンクのミヤコタナゴの姿で井の頭池の底を総ざらいし、ハナコやデュークやフモ夫やポチといった面々が、発見したプレゼントを取りまとめたり、溺れそうになっているサンタやトナカイを救出したりしている。
 皆の働きぶりを眺めながら、弁天は無情にもふぁぁ〜と大あくびをした。
「それにしても暇じゃ。イベントの予定がないと、手持ちぶさたでかなわぬ」
「本当ですか? 本当に、そう思われるんですね!」
 とても人ごととは思えずに、サンタたちの労災をはらはらしながら見ていた蛇之助は、待ってましたとばかりに、手持ちの茶封筒を差し出した。
「このところ弁天さまは前にも増してぐ〜〜〜たらになられてしまって。もう何もやる気がなくなったのではないかと心配してたんですよ」
「失礼な。わらわはやるときはやるが、気が向かぬ時はやらぬだけじゃ」
「でしたら、是非この企画にご参加を」
「何じゃ、これは?」
 茶封筒には、『井の頭弁財天殿へ 企画書在中 ――某商工会議所――』と大書されている。
「某商工会議所の提唱にて、新しい七福神ユニットを結成し、新年には特別バスを運行して『武蔵野吉祥七福神めぐり』を執り行うという、一大イベントです。その七福神のメンバーとして、弁天さまにも加わっていただきたいとのことで(注:『武蔵野吉祥七福神めぐり』は、平成19年より実際に行われています)」
「……ふぅむ」
「イベント参加者には七福神めぐりがてら、武蔵野の街を散策いただくという趣旨のようです。参拝は無料、七福神の皆様にサインしていただくための色紙セットは2000円」
「地域振興企画じゃな。ならば地元密着神としては協力せぬわけにはいくまいて。商工会議所選りすぐりの美形を担当者に任命し、大至急打ち合わせに寄こすようにと連絡せい」
「担当さんは美青年限定ですか?」
「美壮年でも許す」
 珍しく公的業務に誠意を見せたんだかそうじゃないんだか、全然クリスマス的ではない会話を、女神と眷属が交わしているとき。

 空が、光った。

 降りしきる雪と、舞い散るプレゼントと、落下するサンタに混ざって――
 きらめく何かが弁財天宮の屋根に落ち、しばらくそこに留まった。
 が、やがてゆっくりと移動し、自ら井の頭池に落ちていく。

 それは、すいー、すいー、と、宝石の小魚さながらに、きらきらと水中を泳ぎ回っている。
 しかしその事実には、まだ誰も気づいていない。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 す、とん。
 池の水面に顔だけ出した金の鯉の頭に、羽根のように軽い何かが降り立った。
「おわっ?」
「鯉太郎ちゃん、こんばんわv」
「お? おう、チカじゃん。元気そうで何よりだ」
「みんなで、なにしてるの?」
「……んー、何てーか、探しものっていうか」
「そうなんだ♪ チカもなの。きらきらお星さま、さがしにきたの」
 千影は悪びれもせず、満面の笑顔を見せた。
「これは千影どの。お久しぶりです」
 弁天橋の欄干から身を乗り出し、デュークが手を差し伸べる。
 千影は鯉太郎の頭の上からぽんと飛び上がり、その手を取って橋の上に移動した。
「こんばんわ、デュークちゃん。こんばんわ、弁天ちゃんと蛇之助ちゃんv」
「今日のような日にお訪ねくださるとは光栄ですね。ご一緒に過ごしたいかたもいらっしゃるでしょうに」
「おおー! チカ! どぉれ、その可愛らしい顔をようく見せておくれ。ここのところ来客も少のうて、毎日毎日毎日毎日変わりばえしない連中と顔つき合わせておるのでもう、退屈で退屈で」
「お言葉ですが弁天さま、対人関係の変化がないのは、ひとえに弁天さまの怠慢……痛っ」
「だまらっしゃい!」
「チカどの! いらしてくださったんですか。いやあ、うれしいなあ」
「クリスマスにチカさんにお逢いできるなんて、幸運です!」
 揉め始めた弁天&蛇之助を押しのけて、ファイゼとポールも駆け寄ってくる。
「こんばんわ、フモ夫ちゃん。ポチちゃん♪」
「ごぶさたしてます、チカさん」
 ひょこっと、池から顔を覗かせたみやこに、千影は思い切り手を振る。
「わぁ、ピンクのししゃもちゃんだー! おいしそーv こんばんわvv」
「………………ミヤコタナゴのみやこです。食べないでくださいね……?」

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ちなみに、千影持参の白い袋の中身は以下のとおりである。
 四次元ポケッ(ぴ〜)状態なので、サイズや重さ等を気にしてはいけない。

 ・溶けない雪だるまさん…………千影談「お友だちからもらったのー」
 ・おっきなくつした………………成人男性の身長サイズ
 ・お頭つきのお魚さーん…………成人男性の身長サイズの鮪/超豪華食材
 ・ウィッタードの紅茶……………千影談「弁天ちゃんにおみやげ☆」
 ・その他スペシャルグッズがいろいろ

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 千影が訪れたときにはすでに、池に落ちたあらかたのプレゼントは回収し終わり、救出したびしょ濡れサンタとトナカイたちは、緊急避難所となった井の頭本舗で身体を乾かしているところだった。
 なので、一同の次なる業務は、千影の「お星さま」を見つけることとなったわけだが――

 捜索は、難航した。

「あのね、お屋根にいるのを見たのー」
 千影の証言を手がかりに、エル・ヴァイセ騎士団が総出で弁財天宮の屋根を探した。しかし、それらしきものは見当たらない。
「……ふぇ。すぐ見つかると思ったのに……」
 しゅんとうなだれた千影を見て、弁天はおろおろと慰める。
「こ、これチカ。そう気を落とすでない。星は公園のどこかにいるはずじゃ。今、アンリ元帥にも協力を要請するゆえに」
 急遽、招集されたルゥ・シャルム出身の軍人たち――子うさぎや子ぎつねや子鳥たちも、公園中を文字通り草の根を分けるようにして探索した、のだが。
「ぷぎゅうー。ぎゅぎゅっ(訳:申し訳ございません。それらしきものを発見することはできませんでした)」
 そう報告するアンリ元帥の薄茶色の毛並みには、うっすらと雪が積もっている。

 夜が、更けていく。

 サンタたちは回収したプレゼントをソリに積み終え、再び、トナカイとともに、配送業務に戻っていった。
 上空に、鈴の音が鳴る。

「……う……。うぇ……ん。チカの誕生日、終わっちゃう……」
 千影はとうとう、ぽろぽろと涙をこぼした。
 よしよしと、衣装の袖で拭いながら、弁天はその顔を覗き込む。
「星はそのうち見つかろうて。それよりも、チカの大事な誕生日を祝うことが先決じゃ。……これ、デューク」
「はい」
「今宵訪れてくれた、せっかくの客人じゃ。今から、盛大なパーティを開こうではないか」
「かしこまりました。お誕生日とクリスマスを兼ねた、華やかなものにいたしましょう」
 デュークが一礼し、千影に微笑みかける。
「――千影どの。どうか、笑ってください」

 うん、と、顔を上げた千影は、泣き笑いの顔になり、もうひとつぶ、涙をこぼす。
 それは、星のようにきらきら輝きながら、ぽとり、と、池に落ちた。

 すいー、すいー、と、水中を駆って、光が近づいてくる。
 涙のきらめきに、惹かれるように。

  「あ」

 ――お星さま、みぃつけた♪


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3689/千影/女性/14歳/ Zodiac Beast】

代┃筆┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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※この期間限定商品は、諸事情により神無月まりばなが代理作成を承りました。
構成上、オープニング該当部分が変則的になっております。
PL様ならびに運営部様、このたびはご依頼くださいましてありがとうございました。

お久しぶりです、千影さま!
なにやら混沌とした異界も、千影さまのご来訪とロマンチックな探しものにより、クリスマスムードに浸ることができましてございます。
それでは、時を三ヶ月前に戻しまして。

――Happy Birthday & Merry Christmas!
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年03月25日

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