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『Lunatic Nightmare 』
ケヴィン・フォレスト3425)&レナ・スウォンプ(3428)&(登場しない)

 …困った。
 これからどうしたらいいのかまったくさっぱりわからない。殆ど反射の領域のような行動の結果、危険と判断したようで自分は一応物影に隠れ込みはしたのだがそれで一息吐いている場合でもない。
 彼女――レナ・スウォンプが自分の連れである以上、何とかしなければならない、とは思う。自分がそんな風にやる気に満ち溢れた発想を持つ時点で驚きだが、それで実際に何とかできるかとなると欠片も自信が無い――と言うか事ここに至ってもやっぱりどうやって何とかするのか自分の頭でいちいち考えるのが面倒臭いと言う事情がある。何とかする方法。ただでさえこの状況だと何も思い付かない――思い付けないような気さえする。ただでさえ無理難題に近い。…勘弁してくれ。思うがそれでも何とかしなければならない事には変わりない。
 と言うか今の時点で自分は相当途惑っているのだろうと漸く自覚する。…それは『軽いもの』なら何度か見た事はある。もうレナとの付き合いは四年にもなるのだからその間満月の昇る夜など何度でもあった訳で、そんな満月の光を浴びると…魔女であるレナの中にある、魔の部分が暴走する事は知っていた。
 知っていたが。
 それでも今日のこれは――軽いどころか、今まで遭遇したレナの魔暴走と比べても各段に圧倒的に、ヤバい。
 ぴりぴりと肌で感じる。
 殆ど感覚の領域の話だが、自分のそれを信じて裏切られた事は取り敢えず無い。…そもそも今のレナが月下で足取り軽く跳ねるように歩く様を見て、自分の身体の方が勝手に反応し逃げてしまった程なのだ。
 …今のレナを相手に回すのは――下手なモンスターを相手に回すより、多分、ずっと危険である。
 何とかする為の材料。まずはどうしてこうなったのかを考える。…面倒ながらも自分の記憶を辿り思い返してみると、確か今日のレナは…昼間の内から風邪気味のようだったと言うかダルそうだったと言うか…とにかく体調が悪そうだったような気がする。俺が言うのも何だが…今日のレナは精彩に欠けていた(俺は普段から精彩などない)と言うか、目に力が無かった(俺は普段からそんなにやる気のある目はしてない)と言うか…身を隙無く飾る余裕さえない(俺は普段からそんな面倒な事はしない)ような感じでもあった。
 …つまり今日のレナは果てしなくやる気のない(ように見える)通常通りの俺に近いような状態だったのだが――レナの場合でそれはかなり青天の霹靂でもある。
 そのせいだろうか。
 考える。
 このレナの魔暴走、満月の光を浴びると魔力が急上昇して抑え切れなくなって暴走する、と言う理屈だった事を無理矢理記憶から引っ張り出す。そうなるのはレナの持つ魔女の血のせいであって、仕方が無い事なのだとも繋がってついでに出て来た。…それだけ考えるのにも脳神経が疲労する気がする。面倒臭い。…それで何だってんだ。
 考えようとすればする程、何もかも放り出したい誘惑に駆られてしまう。
 情報と情報を擦り合わせて答えを導き出す事が面倒臭い。それが必要だと思っても何だか鬱陶しくなる。だからつまり何なんだ。…知恵熱が出そうだ。
 ふ、と頭に答えが浮かぶ。

 ………………体調が悪いなら抑える力も弱いよな。

 漸く納得。
 レナは元々満月の夜には外に出たがらない。
 …満月の夜に外に出たがらない理由が、今日は本当に…本っ当によくわかった。



 納得したと言っても、それで現状を肯定できる訳でもない。
 そんな魔暴走中のレナはすぐそこに居る。今は俺――ケヴィン・フォレストの姿はレナの視界には入っていないが、見付かるのは時間の問題であるとも言える――と言うかケヴィンの方でもそれ程長い間物影に隠れてなどいられないと思っている。…何故ならここははっきり街中で、もし万が一このままレナがあちこち壊し始めたりでもしたら、色々と困った事になる。だからケヴィンはそうなる前に何とかする方策を見付けてレナの前に出ていかなければならないと思っているのだが…――。
 ――…間に合わなかったようだ。

「あれー、ケヴィンどこー? どこ行ったのー、ケヴィンー」
 どがばこん。
「ここかなー? 違うなー。おーい、どこ行ったー、あたしのケヴィン・フォレストー」
 べきめきがしゃり。がらん。

 …見えない位置から聞こえて来るレナの軽い声と、普通に過ごしている限りは聞こえる筈の無い異音の組み合わせが果てしなく怖い。…何か派手に陥没したり破壊されているような不穏な重低音がレナの無邪気極まりない呼び声の伴奏の如く重なって聞こえて来る。
 いったい何をしているのかと思うが、音からして魔法か何か使って辺り構わず壊しまくっているのだろうなと想像はつく。レナは捜している相手ことケヴィン・フォレスト――つまり俺を見付ける為、障害になりそうなものを人様の迷惑顧みず好き勝手退かしている、と言ったところなのだろう。そして今は夜。街中。即ち今外に出て活動してはいなくとも人そのものはたくさん居る場所である事に変わりは無い訳で。この騒ぎを聞き付けたりして人が外に出て来なければ幾らかマシだが…――。

 がしめきめきゃ、ぎし。
「………………なんだぁ?」
「あー、おにーさんこんばんは☆ 今日はいい月夜よねー」
「はぁ…月か…じゃねぇ、て、てて、てめえ、人んちの壁ぶち抜いて何してやがるんだ!?」
「何してるってねー、あのねあのね、ケヴィン捜してるの。見なかった?」
「ふざけてんのかてめえっ」

 ――…また間に合わなかった。
 面倒なので実際に行動として起こしはしないが気分としては舌打ちしたいところになる。誰か街の人と思しき声がはっきりレナと話している。それもその人はレナに対して怒っている。自分ちの壁ぶち抜かれれば当然の反応だろうが…それでも危ない。知る由も無いだろうが今のレナは普段とは比較出来ない程危険な状態にある。何処かでほんの少し対応を間違えば――長閑に話をしているだけでは済まない。
 …勘弁してくれ。
 ケヴィンは思うが、思っても何も変わらない。幾ら面倒でも…無闇に被害を広げられない。確か夜が明ければ元に戻るんだったよなとも頭の中から引っ張り出すが、それまでにはまだ随分と時間がある気がする。その事実だけでも非常に頭が痛い。
 それでも、出来る限り最小限の被害で済ませなければと思う。
 だから、まだ何の対応策も思い付いていないが――仕方無く物影から出る事にする。
 レナの呼び掛けにちゃんと答えて。
 …とは言え何も口に出して喋りはしない。あくまでただ物影から出て自分の姿を晒しただけで、声で答えた訳ではない。が、レナはそれでもすぐにケヴィンに気付いた。…無言無表情でも周りの人物に自分の考えを伝える事が出来ると言う特技は、何故かこんな場面でも有効であるらしい。

「んー、ふざけるってのはこーやるんだよー? …ってあれあれ? あー、ケヴィンいたー! よかったどこ行ったかと思ってたんだよー? いきなりいなくなっちゃうんだもん」
 そりゃ悪かった。…少し気が動転してな。
「えー、なんで? 気が動転してってそんなびっくりするような事あったかなー??」
 そりゃ勿論、今目の前にある惨状が理由に決まっている。
 …そう、道のあちこちに隕石でも降って来た痕かと言うような異様な地面の陥没ができている。何を使って砕いたのか切り裂いたのかと言うような、破壊され無惨な状態にある店の看板、銅像、壁…だったものの残骸だらけにもなっている。どうしてそんな位置から折れたのか、ケヴィンの肩の高さくらいからぽっきり折られている木もあった。…それもそんなに細くない、人間の厚みと張る程度の太さの木が。
 どうやらそれら全て、レナの魔法的な力で行われた仕業である。
 そもそも先程のレナの「ふざけるってのはこーやるんだよー」発言と同時にレナの片手の――一本立てられた指先に不穏な光が宿っていたのはまず見間違いではない。…その『光』の形でレナの指先に凝る『力』を感じると思わずぞっとした。ケヴィンが姿を見せ、レナの方でもそれをすぐさま見付けた事でその不穏な光はあっさりと消えたが――もし今ケヴィンが姿を見せなかったら、その光は何らかの攻撃魔法と化して家の壁壊されたおにーさんを襲っていただろう事は容易く察しが付く。
 そうならなくてまだよかったとケヴィンはほっとする。が、まだ全然気は抜けない。…夜はまだまだ長い。

 レナは辺りを見回してから、ぽむと両手を叩く。…「目の前にある惨状」。ケヴィンがそう思った理由を察したか――けれどレナは、察したにしては場違いなくらいににこやかに満面の笑みを浮かべてくる。
「あ、これかぁ。これはね、あたしの愛の証だよー? 二人の間を邪魔する者はやっつけちゃうのだ☆」
 そして無邪気に魔女っ子めいた(?)ポージング。
 …何だか二人の間を邪魔する者とやらのついでに俺もやっつけられてしまいそうな気がするんだが気のせいか。
「やだぁ、ケヴィンの事はやっつけたりなんかしないよー、あたしの大切なひとだもんっ。ね? あたしケヴィンの為ならなんだってしてあげるよー、だからこっち来て一緒に遊ぼうよ。折角の満月なんだよ? そんな怖い顔しないでよー??」
 いや俺は別に怖い顔して無いそもそも表情変えて無い。
 て言うか何だってしてくれると言うのならむしろ何もしないでくれ。
「それは駄目ー。何にもしないなんて勿体無いもーん。…ねえねえねえなんか変だよケヴィン? いつももっとただぼーっとしてて何にも考えてないだけなのにさ? なんか違うよ?」
 いや変なのは俺の方では無いのだが。
 それは確かに、ケヴィンの方でも珍しく真剣に――この先どうするかを必死で考えている事はいるが。…まぁその考えに結果が出せるか――と言うか結果よりその経過の方、このまままともに思考が続けられるような意気がこの自分に出てくるか、と言う方がいまいち疑問だったりするが。
「? やっぱケヴィン変だよー??」
 言いながらレナは、す、とケヴィンの目の前に下り立つ――下り立つように軽やかに近付くと不思議そうに小首を傾げてケヴィンの顔に手を伸ばして来る。…動けない。と言うより動かない。どう反応したらいいのかわからない。このままだとヤバい気もするが同時にその手を振り払ったりしたら次にどんな行動に出てくるか予測が付かない。避けても同じ。…もっとヤバい事になる可能性が考える前に頭に閃く。
 先程レナの手の中にあった『光』に内包されていた力を考えると動かないでいるのも怖いが、取り敢えず今はまだレナがどう出る気なのか確かめてから動いた方が自分の被害も最小限に抑えられそうだと判断しておく。…これもまた殆ど閃きや勘の領域の判断になる。…決してじっくり考えた結果の判断ではない。
 レナの指先が頬に触れる――同時に鋭い熱が走った。爪ででも浅く切られたような感触――途端、きゃははと甲高い笑い声が響く。その間にも熱が走ったところから何か液体が伝い落ちて来た。血だろうなと漠然と思う。確認はしていない。する余裕が無い。…速攻で血が伝って来るとなると爪でちょっと切った程度にしては案外深い傷になるぞ?
「あ、ごっめーん、痛い?」
 そりゃな。
「でもケヴィンっていつも平然としてるよね?」
 …今に始まった事じゃない。
「でも痛い事は痛いんだよね」
 何度言わせる(口に出して言ってはいないが)。
「じゃあ素直に痛そうな顔見せてよ」
 面倒臭い。
「つまんないー」
 レナは、ぶー、とむくれつつそう続けて来る。
 そして暫くそのままじっと見つめて来た。
 まるで酔っぱらったような夢心地でいるような、何を考えているのか読めない謎めいた銀の瞳。
 月の光を受けて、本来緑系の色をしている筈の髪が深みのある金色に煌いている。
 レナはむくれたまま暫しケヴィンをただ見つめている――かと思ったら、やがて何か思いついたのか、にこりと微笑み悪戯っぽくケヴィンの鼻の頭を指先で小突いて来る。
「んー、それじゃ、一緒に遊んでくれなきゃその辺にあるものみーんな壊しちゃう事にしよう♪」
 …待て。
「待たないよー。だってケヴィンは周りに被害出るの嫌なんでしょー? だったらそうしない為にはあたしと一緒に遊んでくれるよね?」
 無邪気に言っている側からレナの髪が何故か風に煽られたようにはためく。それもまた魔力の発現の形の一つのようで、同時にレナから間違えようのないプレッシャーが圧し掛かって来る。
 …逆手に取られた。これはケヴィンが普段から持っている「無言のままで考えている事を何故か他者にわからせる事ができる」特技が裏目に出たと言う事になるかもしれない。レナはそれでケヴィンが大前提として考えている事まで読み取り脅しを掛けてきた。どうやら今この場で伝える気が無かった事まで、レナには伝わってしまったらしい。…約四年の付き合いはこんなところに出るか。
 どうしようかと少し焦るがこうなれば仕方が無い。…少なくともこれでひとまず夜が明けるまでレナから逃げ続けると言う選択肢は消えた。
 ならばどうするケヴィン・フォレスト。
 …だから疲れるからいいかげん俺に頭を使わせないでくれ。
「いいんだよー頭なんか使わなくたってー。あたしのケヴィンはいつもどーりで居ればいーんだよー♪」
 レナは優しく囁きながら今度はケヴィンの腕――左腕を取り、腕を組む形でくっついて来る。…これは比較的普段通りの行動のような気はするが、それでもまだレナの魔暴走が止まった訳ではないのは感覚でわかる。
 実際、組まれた腕が、痛い。…痛いくらいきつく掴まれている。先程頬を切られた時と同じか、それ以上。いや、ただ痛いで済まないかもしれない。掴まれている腕が動かない。どうもじわじわと少しずつ焼かれているような痛みまで感じる――何か毒にでも蝕まれているような感触もある。…ひょっとしたらこれはレナの抑え切れていない魔力に、くっ付かれている俺の方が蝕まれていると言う事なのかとも思う。
 これで済むならまだマシだが――そうも行きそうに無い。
 嫌々ながらも考える。
 どうしたら今のレナを止められる?
 …今の内に気絶でもさせればさすがに止まるか?
「あ、今酷い事考えた」
 あんたが言うな。
「ひっどーい。暴言だよ今の」
 …暴言も何も口に出して無い。
「そんなひどい事言うケヴィンは懲らしめてやるっ」
 と、レナはケヴィンをびしりと指差した。指差すその先端には件の不穏な『光』が灯っている。殆ど同時、レナのその仕草に反応してケヴィンは反射的に剣を抜く――が、途端に抜いたその剣が吹っ飛ばされた。凄まじい光が炸裂し、同時に剣が砕かれ甲高い金属音が響いている。
 ケヴィンは今、剣を抜いて咄嗟にレナに撃たれた魔法からの盾にしたのだが――盾にする形にまで持って来れはしたのだが――結果として剣が自分の身代わりになっただけ。仕方無し、剣が吹っ飛ばされ砕かれて無手になったところで――すかさず今度は自分の聖獣装具ソニックブレイカーを召喚、やはりレナに対しての盾のように構える事をした。…魔法が相手なら普通の剣よりこっちの方がまだ可能性があるかと思うから。
 但し構えると言っても片手で。レナに組まれていた――一連の動きに伴い今は離れているが――左腕はレナから離してもらってもやっぱり力が入らない。動かない。
 右手だけでソニックブレイカーを構え、間合いを計る。彼我の様子。レナの魔力の発現状態。魔法として使う時、そうでなくて抑え切れなくて漏れているような時。自分の得物。持つ力。動ける範囲。それらを瞬時に考え合わせ、今のレナにとって一番有効な打撃になるように狙いケヴィンはソニックブレイカーを揮う。
 一撃。
 それに全て込めた。剣は何度も打ち合うものじゃない。本来一撃で決まって然るべきもの。元々レナに攻撃を仕掛けるのには若干抵抗がある。だからこそ、一撃で。
 気絶させる。
 そう狙った――のだが。
 出来なかった。
 レナはその一撃を――普段では有り得ないくらい軽やかにふわりと跳ぶ事で、あっさりと躱している。そして空中を歩くように滞空しているその時点で、レナはケヴィンに向けて再び指先を向けていた。その先端には――またあの『光』。
 その後ろ、最後に見えたのは月に映えるにっこりと艶やかなレナの笑顔。
 そんな笑顔の持ち主に躊躇無く撃ち放たれたその攻撃魔法は――今度こそケヴィンを直撃した。



「ほーら痛い目見る事になったでしょー」
 両手を腰に当てレナは得意そうに宣言する。
 が。
 ケヴィンとしてはそんな事は言われなくてもわかっている訳で改めて受け答えるのなど面倒で、それより先に視線は別の方向に行っていた――偶然そちらを見てしまっていた。
 …両膝を突いた程度で何とか留まっているケヴィンと、魔暴走最大状態のレナを少し遠巻きにしている位置、騒ぎを聞き付けて来たのか、いつの間にか人だかりになっている。
 本当に偶然ケヴィンの視線が茫洋とそちらに行ったと思ったら、更にその野次馬の中の一人に、無意識で目が止まってしまった。
 何故なら――見覚えがあって。
 職業柄、頭に叩き込んであるその顔立ちや特徴。
 気が付けばレナもケヴィンの視線を追い、ケヴィンが見ているのと同じ方向を向いていた。そして当然、ケヴィンと同じくケヴィンが見付けたその顔を見付けている。

 ………………そこに居たのは、つい先日チェックを入れておいた賞金首。

「あ、ホントだ」
 バレた。
 途端。
「えい☆」
 レナがやけにぶりっ子な態度でその賞金首を指差しつつ可愛らしく掛け声を掛けたと思ったら――殆ど同時に閃光が視覚を奪い轟音が地面を揺らしている。
 直後、静寂。
 …一瞬、何が起きたのかわからない。
 誰も彼もが止まっている。
 動いているのはレナだけ。
「あれー?」
 レナは小首を傾げて何か納得行かないように賞金首を見ている。
 茫然と立ち尽くしている賞金首のそのすぐ脇、何か圧倒的な力で抉り取られたような痕跡がある。しかもその痕跡はたった今出来たばかりとでも言うように煙が上がっている。もうもうと埃も舞っている。
 どうやらレナは賞金首を見付けて早々何か攻撃魔法――さっき俺に撃ったのと同じ魔法か?――を繰り出したらしいが目標から微妙に逸れてしまい、外した結果がその痕跡、と言う事らしい。
 不幸中の幸い。あんなもの直撃したらまず死んでいる。
 …ってなんで俺死んでないんだ?

「うーん。ちゃんと狙った筈なのになー??」
 まぁいいや、仕方無いもっかいやろう。とばかりに一人で頷くレナ。
 が、レナが顔を上げたその時には既に賞金首の姿は無い。周辺の誰も彼もが止まっている中、逸早く我に返りとっくに身を翻して一目散に逃げている。
 レナは慌てた。
「ああっ、逃げちゃ駄目ー、あたしの賞金首っ!!」
 再び閃光と轟音が――今度は連続する。賞金首が居たその場所から賞金首が逃げたと思しき方向を中心に、無軌道な攻撃魔法が何度も炸裂。周囲の事など全く気にせず、先程と同レベルの破壊力を持つ魔法を撃ちながらレナは賞金首を慌てて追い掛けている。
 …そうなれば誰も彼ももう黙って茫然と立ち竦んでいるような余裕は無い。
 そんな野次馬たちの阿鼻叫喚な様子を認めつつ、ケヴィンは膝を突いたそのまま――さすがに保たずがくりと倒れ込んだ。…今の自分の状態ではレナを止めるのは――追うのは無理らしい。身体が動かない。

 …にしてもレナ。
 魔暴走中で正気が飛んでる今でも賞金首が先なのか。あんた。



 …面倒だったが何故か義務感を覚えて瞼を開く。
 まだ夜か。
 暗い。
 しかも屋外だ。
 …なんで自分がこんなところに寝ているのかとケヴィンは思う。野宿をしていた訳でも無い――と言うか身体中のそこかしこが派手に痛い。その事で自分が何故こんなところで寝ていたのか思い出す。ごろりと転がり改めて黒い空を見上げる。幾らか薄明るくなってきてはいたが、まだ夜明けとは言えない。空には、まだ満ちた丸い月が浮かんでいる。

 …で、レナは?

 そう疑問が浮かび、自分の知っている限りのその答えが浮かぶと同時に、少し焦りが生まれる。無理矢理半身を起こす。もう一生こんな事しないこれが最初で最後だとうんざり思いつつ満身創痍な身体を叱咤する。それで何とか身体を起こし立ち上がる事が出来た。だけどこれ以上動きたくない。…レナを捜さなければと思うだけは思うがさすがにそろそろ限界。もう面倒過ぎて嫌だと言う気分の方がそろそろデカい。
 少し冷静に思い返すと、レナの攻撃魔法が直撃した俺が死んでいなかったのは――多分、インパクトの瞬間ソニックブレイカーに念を込め音波を発すると言う咄嗟の機転で、直撃したレナの攻撃魔法の威力を散らす事が出来ていたからのような気がして来た。…殆ど無意識の内にそんな事をしていたような気がする。
 つまりは身体の方が大丈夫かどうかと言う意味に於いてなら、痛みはあるが一応大丈夫らしくはある。
 ただ、とにかく疲れた。

 …。

 くそ。
 それでもやっぱり放り出す訳には行かない。
 仕方無く、ケヴィンはレナを捜す為に重い足を引き摺り歩き出す――と。
 歩き出そうとしたそこで、捜すまでも無く、おーい、と嬉しそうな声がした。
 聞き慣れたレナの声。
 声の源を捜すと、少し離れた場所でこちらを見、気付けー、とでも言うようにぶんぶんと元気良く片手を振っている。
 そしてもう片方の手は――何かボロ雑巾のようなものを無造作に引き摺って運んでいる。人間。そう予想は付くが既に人間に見えない。…場所が離れているからなだけじゃない。…いや離れているからまだマシに見えているような気がする。今この位置関係で見えている時点でも、多分レナが引き摺っているその人間の四肢は揃っていないのがわかる。人の肌の色をしてもいない。勿論着ている服の色が見えている訳でも無い。ただ赤黒い。
 レナは御機嫌なそのままずるずると赤黒い人型を引き摺ってケヴィンのすぐ側まで歩いてきた。
 …生臭さに鼻が曲がるかと思った。
 …直視するのを躊躇った。
 …死体だと思った――せめて死体であってくれと思った。
 が。
 …その赤黒い人型からは、か細く鬼気迫る平坦な呻き声が――近付いて来る間にもずっと聞こえていた。
 恐らく、これは――レナの御機嫌な様子からして、ケヴィンが気を失う前にレナが追って行ってしまった賞金首のなれの果てだろう。それは確かに賞金首は生きているのを連れて行くのが基本原則だ。その辺の事はどうやらレナの身にも染み付いているらしい――魔暴走中の今でもその原則を守るくらいには。
 …但し、コレで生きていると言っていいのかどうかは謎でもある。この賞金首、恐らくもう疾うに正気も捨てているだろう。死んだ方がマシだと思っているに違いない――いやそんな事を考えるような意識ももう疾うに壊されてるか。…せめて殺してやるのが慈悲かと思う。
 とは言えその前に俺がレナに殺されるかなともケヴィンはうんざり思う。死ぬ気は無いし先程のように攻撃されたなら抵抗もするつもりだが、今のお互いの状態を見て自分がレナに勝てるとは万に一つも思えない。

 と。
 覚悟を決めたそこで。
 ――…今度こそ、ついに地平線に一条の光が射した。
 僅かな光だがそれこそが待ち侘びた夜明けの陽の光。

 不意にレナが引き摺っていた赤黒い人型からするりと手を離す。
 何処か茫然と立ち竦んで、射している陽の光を見ている。

「…レナ?」
 ケヴィンはここに来て漸く声に出して呼んでみる。
 返答は無い。
 恐る恐る様子を見てみる。
 肩を掴んで顔を覗き込む。
 ぎこちなくレナは自分の顔を覗き込むケヴィンを見返した。
 直後。
 レナは糸が切れた人形のようにいきなりその場に崩れ落ちた。咄嗟にケヴィンはその身体を抱き止める――が、支えるまでは間に合わず結局自分もそのまま尻餅をついた。
 ケヴィンは自分が抱き止めたレナの様子を改めて窺ってみる。
 その時にはもうレナには意識が無い。
 …少しして、すーすーと健やかな寝息が聞こえて来た。
 レナはどうやら眠っているらしい。

 …。

 この状況でか。
 後の事どうする気だ。
 勘弁してくれ。
 …まさか俺に全部任せるとか言うまいな。

 チチチと長閑な鳥の囀りまで何処からか聞こえて来る。
 夜の名残が陽の光に追い遣られる。
 そろそろ本格的に朝である。

 満月の夜は漸く過ぎた。
 自らの力に翻弄された魔女は全部忘れて眠りについている。

 …。

 ケヴィンは正直もう指先の一つも動かしたくない。考えるのも嫌だ。何もかもが面倒臭い。
 なのでケヴィンもそのまま寝る事にした。

 …他の事は全部後回し。
 とにかく、疲れた。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年03月24日

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