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『刻印調査の始まり〜Why?〜 』
エル・クローク3570)&セレネー(NPC0766)

 なぜ?
 エル・クロークは調香作業の合間にふと考える。
 なぜ、あの少女は?
 脳裏に思い描くはたゆたう白い長い髪に、赤いつぶらな瞳が映える十五歳ほどの少女。
 記憶喪失ゆえに、言動が幼稚化している彼女は、セレネーと呼ばれている。
 ――なぜ?
 クロークはもう一度疑問を落とした。
 なぜ彼女は、あんなにも不死鳥に固執するのだろう……?

 ■■■

 精霊の森と呼ばれる、セレネーが普段住んでいる場所から、今日も彼女を連れ出して、街へとやってきた。
 無邪気なセレネーはかつては感情が抜け落ちたような言動を取っていたけれど、今はすっかり無邪気な子供だ。
「ねえ、クローク。ピザ、食べたい」
「ピザ?」
 何でも以前、現在彼女の育ての親である青年が手作りで作ってくれたピザが美味しかったのだという。
 精霊であるクロークはものを食べることは出来ないが、付き合うことはできる。
「分かった。美味しいピザ屋さんへ行こう」
 セレネーはうれしそうに「うん」とうなずいた。

 彼女の背には、不死鳥の刻印――
 彼女の育ての親たる魔術師に言わせれば、記憶封じの刻印だという――
 その刻印に触れると呪われる。
 先日、クロークもその刻印を見た。
 赤い赤い刻印。見る者を圧倒させる、力に満ちた図柄。色。存在。
 そして、精霊宿りという技で彼女の中に宿った精霊は「セレネーの中にも巣くってやがる」と証言した。
 不死鳥の力は、セレネーを確実に蝕んでいる。
 いや――
 蝕んでいる、という表現は、正しいのか?

(仮に刻印がセレネー嬢を呪い、何かに縛りつける為のものだったとして、それにしては随分と不死鳥に執着……というか、愛着のようなものを持っているような気がする)

 現にセレネーは不死鳥の絵が好きだ。
 故買商のところにあった不死鳥の版画を見て涙した。
 不死鳥の刺繍が入った服を選んでやったら喜んだ。

(となれば記憶封じの魔術は、本来は彼女を守る為のものなのだろうか)

 記憶。
 必ずしも、取り戻した方がいいとは限らないもの。

(だとするなら、このままそっとして置いた方が良いのかもしれないけれど……)

 ピザ屋で注文したピザが届くのを、足をぶらぶらさせて待っている少女をひそかに見つめながら、クロークは思いをめぐらす。
 彼女が失った記憶とはどういったものだったのだろう。十五歳ほどに見える彼女は、当初五歳ほどの知能しかなかった。幼児退行するほどに大幅に、記憶は失われているのだ。
 同じく記憶を失った人間と言えば、セレネーの現在の育ての親たる青年もそうだが、彼は自分で自分の過去を捨てた。ゆえに、記憶喪失による年齢退行はない。
 この差は大きい。セレネーが失ったものの大きさを知らしめてくれる。

 ピザのトッピングの濃厚な香りが、店に充満している。
 セレネーが鼻を引くつかせている。――彼女が普通の「人間」であることは、今のところ疑いようのない事実だった。
 と、判断するのは早急だろうか。
 早い話が、普通の人間と比べて差異がないということだ。
 そして、特別持っている能力もないということだ。

(どちらにしても僕はこの件について、もう少し深く調べてみるべきなのかもしれない)

 クロークはセレネーという少女に、深い興味を抱いていた。
 何となく……縁があるような気も、していた。
 不死鳥の刻印。この目で見てしまったから、なおさら。

 ピザが運ばれてくる。
 セレネーが選んだのは、スタンダードなマルガリータだ。

(とはいえ、一括りに魔術と言っても色々あるからなぁ)

 フォークにナイフと苦労しているセレネーの横につき、正しいフォークとナイフの持ち方を教え、上手な切り分け方を教える。
 セレネーは苦心してひとりで挑戦した。ぼろぼろとトッピングがくずれ、行儀が悪いことになったが、クロークは気にせずにナプキンで拭いてやった。

(専門家となると……魔女の一族ならば多少は詳しいかもしれない)

 独学のセレネーの育ての親でもあそこまで解読できた魔術だ。専門家ならもっと詳しいことが分かるだろう。
 セレネーがようやく一口目を口にした。
 その白い頬が紅潮し、ほころんだ。もぐもぐと口を動かし嬉しそうだ。

(過去には少なからず縁もあったのだし、何とかその筋を辿れないかな……)

 セレネーの顔にかかった長い髪をよけてやりながら、クロークは思う。
 魔女。エルザード城下町から見える高い山の山あいに住んでいる魔女の一族がいる。クロークはツテがある。少しは話を聞いてもらえるだろうか。
 しかし――……
 一抹の不安もある。

 セレネーは、どう思っているのだろうか?

 先日、セレネーの体に精霊を宿らせようとした時に初めて――セレネーは自分の体を「ヘンだ」と言った。
 セレネーは自分の体を忌み嫌っているということが、初めて分かった。
 自分のせいで、現在の育ての親を呪いにかけてしまったことを気に病んでいることが分かった。
 不死鳥の刻印を、おそらく喜んではいないのだろう。

 けれど同時に、記憶を取り戻したいとは思っているだろうか?

 なぜ?
 疑問は最初に戻ってループする。
 なぜ、彼女にこんな刻印が刻まれた?
 なぜ彼女の記憶は封じられた? こんな厳重に、体の中にまで棲みつくほどの力で。

 ……Why……?

(「なぜ」は――)

 クロークはセレネーの白い横顔を見つめて決心する。

(はっきりさせなければ始まらない)

 行こう、魔女の里へ。
 セレネーを連れて。

 セレネーはクロークの心を知らず。美味しそうにピザを頬張り続ける。
 その幸福そうな表情を壊すことになるか、護ることになるか。
 分からないけれど。

「……冒険、だよ。セレネー嬢……」
「?」

 セレネーはフォークをくわえたまま、行儀悪くクロークを見た。
 クロークは笑って、「フォークはくわえたままにしちゃ駄目だよ」とそっとたしなめた。

 ■■■

 魔女の里までの道のりは歩いて二日間。
 靴嫌いのセレネーは裸足なので大変な道のりになった。せめて、とクロークは少女を説得し、彼女の足を包帯で巻いて靴代わりにする。
 セレネーは色々な所を歩くのが好きだった。川の端をわざわざ歩いて、すべって落ちそうになり、クロークを慌てさせた。
「セレネー嬢。気をつけて」
「えへへっ。楽しい、の」
 二日間、森から切り離されても、
「クロークが、いるから。大丈夫」
 と、少女は弱音を吐かなかった。
 うっそうとした林を抜け、小川を横切り、山すそへとたどりつく。
 ここからがまた大変だ。魔女たちは浮遊魔術で移動するから道がない。
 疲れを取る香をクロークが多めに持ってきていたため、二人は疲れるということがなかったが、だからと言って岩場を簡単に登れるようになる香というのはさすがにない。幻でそう見せることは簡単なのだが。
 幸いだったのは、セレネーが木登りに長けていたことだろうか。
 岩場に手をかけ、足をかけ、上手に登っていく様に、クロークはふと思った。
 ――この子は自然での生活に慣れているのではないか――
 保存食である燻製や、木の実のジュースを好んで食べる。初めて出会った時にはまるでなかった運動神経は、今では野生動物のようだ。
(いや……これはひょっとしたら、森で一緒に住んでいるというあの女性の影響かもしれないが……)
 精霊の森に住んでいるとある冒険者仲間を思い出しながら、クロークはセレネーの後ろから岩場を登り始めた。
 色々と考えをめぐらせる。
 もし、生まれつきの運動能力だったら。
 もし、一緒に住んでいるあの女性の影響だったら。
 もし……
 不死鳥の刻印がますます体に染み付いた影響だったら。
(……そうだとしたら、何だか危うい気がするんだ。何故だろうか)
 あの刻印の危険性を知っているから? そうだろうか。
 自分は結局何も分かっていないのだ。そう思って吐息がひとつ。
「クローク、クローク」
 ひょこ、と岩場の向こうを見たセレネーが呼んでいる。
「森がある」
 ――見つけた、とクロークは思った。

 ■■■

 山あいに隠れるようにしてある不思議な森。
 まるで伝説のエルフの里のような場所に、魔女たちは住んでいる。
 森に入った瞬間に、びりっと弾かれて、クロークは苦笑した。
「参ったな、結界が張ってある」
「けっかい? けっかーい」
 セレネーがぱたぱたと暴れる。彼女の足の包帯は何度も巻きなおしたから、怪我はしていない。
 クロークがどうしたものかと思案していると、森の奥から人影が見えた。
「何用だ」
 女性である。黒いローブに黒いケープをはおっている。クロークの服装に似ていなくもない。
「魔女殿」
 クロークは声をかけた。魔女――のひとり――は、顔をしかめた。
 セレネーを見て。
「とんでもないものを連れてきおったな……」
「………」
 ――やはり、セレネーは只者ではないのだ。
 クロークはにわかに緊張し、すうと呼吸を整える。
「この子のことについて調べてほしいと言ったら、あなたたちは怒るだろうか?」
「……わざわざ連れてくるからにはそれ以外に用件はないだろうとは思ったが」
 魔女はため息をつく。よく見ると左手首に紫色の腕輪をしている。
 紫の魔女は近づいてくると、クロークとセレネーの目の前で空間から水晶玉を取り出した。
「長老」
 一言呼びかける。
 水晶玉の中に、ふわっと美しい女性が浮かび上がった。くせのある髪をゆるりと結っている。
 長老と呼ばれた水晶玉の中の魔女は、開口一番言った。
『ロエンハイムの娘か』
「ロエンハイム?」
 クロークはその言葉を繰り返す。
 その瞬間、右腕が急にきつく圧迫された。
 何事かと右を見ると、真っ青になったセレネーが、右腕にしがみついていた。
「ろ……え……ん……」
 確かにセレネーの刺激になった。クロークは慎重に言葉を選ぶ。
「ロエンハイムとは、何のことかな」
「すでに滅んだ町の名前だよ」
 紫の魔女が言った。
 セレネーがますますクロークにしがみつき、顔をクロークの服に埋める。
 ――思い出したくない記憶なのだ――
 クロークは躊躇した。紫の魔女が冷たい視線で見ている。
「さあ、どうするんだい」
「……少し、この子を休ませてくれないかな。二日間だが慣れない旅で疲れてる」
 応えたのは長老だった。
『里の中では勝手にするがいい。その娘に関しては我々は必要以上に干渉しない』
 ――必要以上に干渉したくない――
 そういう風にも聞こえた。
 セレネーが震えている。クロークは目を閉じて考え、それから瞼を上げた。
「とりあえず、休む場所が欲しいな」
 紫の魔女は水晶玉を消し、
「ついてこい」
 と身を翻した。

 案内された場所は、高床式住居。
「ここは半人前になった魔女が一人前になるまで一時的に使う部屋だ。今は誰もいない」
 と紫の魔女は言う。
 樹の枠組みの住居は風が涼しく通り、入り口のドア代わりの布が揺れ、居心地がよさそうだった。
「当分、ここに入る予定の魔女はいない。好きなように使うがいい。食料はそこらの者に言えば分けよう。聞きたいことは好きに聞け」
「ありがとう」
 紫の魔女は言うだけ言って自分の住居へと帰っていく。
 クロークは自分にしがみついているセレネーと共に、しばらく誰もいないその部屋に座っていた。
 ロエンハイムの町。滅びた町。
 セレネーはそこと関係が深いということか。
「……魔術のことを、聞きに来たんだけれども……」
 ふう、とため息をつき、「予想外のことになったな」
 道具袋からひとつの青い遮光瓶を取り出し、蓋を開ける。催眠効果のある香りが広がり、セレネーはやがて眠りについた。
 部屋の隅にたたんであった布を敷き、セレネーの体を寝かせる。もう一枚の布を上にかけて、クロークはセレネーの寝息を確かめるとひとり外へ出た。
 里の中心は広場になっている。
 中央に大きな水晶が飾られている。
 その傍らで、宝石を地面に並べている魔女がいた。腕輪の色は黄色。
「……お邪魔してもいいかな」
「どうぞ」
 顔を上げもせず、黄色の魔女は応える。お前は誰だとは訊かれない。すでに里中に存在が知られているに違いなかった。
「フェニックスの刻印という、記憶封じの魔術について知りたいのだけれど、どうすればいいかな?」
「答える言葉はいくつもあるけれど」
 黄色の魔女は静かに言った。
「ロエンハイムの娘に聞くのが一番早いのではないかしら」
「それが出来ないから訊いているのだけれど」
「……あの魔術は、解かない方がいいと思うわよ」
 ようやく宝石を動かしていた手を止めて、黄色の魔女は言った。「あの子が大切ならね」
「どういう意味かな」
「詳しく知りたい? なら長老に会いなさい。でも知らない方がいいこともあるわ。何よりこの村に長居するとあの子供、その内発狂するわよ」
「―――」
「考えてる暇もないかもしれないわね」
 黄色の魔女はどこまでも静かだった。
 クロークはひやりと心が冷えるのを感じた。

 セレネーのために、何をしてやるのが一番いい?

 Why?
 ⇒
 What can I do for...


<了>

ライターより----
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
セレネーの謎へのからみ、大歓迎です。今回は反則的にまたどうするかの選択肢を残したままにしてみました。
一度街に戻って立て直すもよし。お好きなように行動なさってください。
よろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年03月24日

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