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『それでも君は育つのだから 』
来生・一義3179)&来生・十四郎(0883)&(登場しない)
●聞いてはいけなかったのかもしれない
 それは、今から25年ほど前のことだ。
 当時国分寺市内に住んでいた来生一義が10歳だった頃……無論生前も生前、無限の未来が目の前に広がっている頃の話だ。
「ねえ。……どうして十四郎は他の子と違うのさ?」
 ある日、一義は弟・十四郎に関するそんな質問を両親に投げかけた。それに対し父親は何も答えず、母親は成長は人それぞれと一義に答えていた。だが……そう答える母親の笑顔は、どこか悲しげに見えるのだった。
 一義がこんな質問をしたのも、当然ながら理由がある。十四郎が世間一般の子供と同様に育っていたのなら、一義だってそのような質問などしなかったに違いないのだから。
 十四郎はその時3歳であった。3歳といえばそれなりに育って、家の中をちょこちょこちょこちょこ動き回って遊んだりする活発な頃だと思われるが……しかしながら十四郎の場合はちと違っていた。3歳になっても未だ体格は赤ん坊とほとんど変わらず、遊ぶどころか歩くことさえ出来なかったのである。
 まあ産まれた直後から、このままでは育つことは無理だと医師と父親に判断されて、2歳まで十四郎が入院していたことを差し引いたとしても……世間一般と比べてしまうと、少々遅いかなと思ってしまっても仕方はないのかもしれない。もちろん、母親が言うように成長は人それぞれであるのだが。
 しかしながら、一義は子供ながらにその時尋ねたことを後悔したのである。尋ねてはいけないことを尋ねてしまったのだと、その場に漂う空気の変化で察知したのだ。
(それじゃあ……十四郎のために、僕がやれることをやろう!)
 そんな質問をしてまもなく、一義の中にこのような決意が生まれてくるのであった。弟のために、兄として少しでも役立とうと――。

●僕の努力は無駄なのだろうか
 そう決意して以来、一義は学校から帰ってくると様々な努力を行った。
「いいか十四郎、読むぞー。よーく聞いてるんだぞー? むかーしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんが……」
 例えばこのように、絵本を読んで聞かせてやったりしてみたり。
「ほーら、いっぱい花が咲いてるだろ。綺麗だよなー、十四郎? ちょっと庭の散歩してみよっか」
 またある時には、庭に十四郎を連れ出して外の空気に触れさせてみたりすることもあった。さらには、その時に手を貸して歩かせようとしたり試みたこともあった。
 もちろん適当にあれこれ試していた訳ではない。大切な知識は母親の育児書を熱心に読みながら、時には分からない語句を辞書で調べたりしながら得て、一義なりに様々な努力をしたのである。
 けれども……一義によるそれらの努力は実を結ばないまま何ヶ月も経っていった。十四郎からは反応一つなく、成長の気配すら見せなかったのである。
 さすがに何ヶ月も変化がないのが続くと、一義にも落胆の色が見え始めていた。
(……僕には何も出来ないのかな……)
 隣にちょこんと座っている十四郎の姿を見ながら、一義はふとそんなことを考えた。
「退院したら一緒に遊んでやろうと思ってたのになぁ……」
 そんなつぶやきが一義の口からぽつりと漏れる。十四郎はただじーっと一義の顔を見ていた。
(でも、こんなことを言っても、分かっちゃいないんだろうな、十四郎の奴は)
 ふうと小さな溜息を吐く一義。それでも……それでも希望は捨てず、この日もまた絵本を十四郎に読んで聞かせてあげるのだった。

●それは成長の瞬間
 さて、それから数日ほど経った日のことだ。いつものように十四郎に絵本を読んであげていた一義に、1本の電話がかかってきた。
「はい、もしも……あ、うん、僕、僕」
 それは友人からの電話だった。内容はというと、その友人からゲームソフトを借りていたのだが、それをそろそろ返してほしいという催促の電話だった。
「あー、うん、あのソフトだろ? 返す返す、明日返すから。学校に持ってく、うん。そうそうそう、すっごく面白かった! 5面のボスがさ……」
 ゲームソフトを返す約束をして、そのままゲーム談義で話を弾ませる一義。その一義の言葉を、十四郎はじっとしたまま聞いていた。
 そして翌朝。朝食も済ませ、一義もそろそろ学校へ登校する時間となった。今日は友人に借りていたゲームソフトを返さなくてはならないのだが、そのゲームソフトはまだゲーム機のそば。そう、一義は約束をうっかり忘れてしまっていたのである。
 学校に行く前、何気なく十四郎の姿を探す一義。十四郎はというと、居間のソファーにちょこんと座らされていた。父親か母親か見ていなかったから分からないが、どちらかがそこへ十四郎を座らせたのであろう。
 一義は十四郎のそばへ行くとすっと身を屈め、目線の高さを合わせた。
「じゃ、学校行ってくるから。帰ったらまた絵本読んでやるから、帰ってくるまでおとなしく待ってるんだぞー?」
 独り言のつもりで一義は言った。そしてすくっと立ち上がった時だった。
「ん……?」
 袖口に一義は違和感を感じたのである。違和感というか、抵抗感と言った方がより正確なのだろうか。何か引っ張られているような気がしたのだ。
 何だろうと思って見ると、何と十四郎が一義の袖をぎゅっとつかんでいるではないか。
「こらこら。学校行かなきゃダメなんだから、おとなしく待ってろって」
 そう言いながら、一義は袖を握っている十四郎の小さな手を開かせようとしたのだが……不思議なことにがっちり握ったまま離そうとしないのである。
(どうしたんだろ?)
 怪訝な顔になる一義。十四郎がこんな反応を見せるなんて初めてのことだ。そう一義が思っていると――。
「うー」
 十四郎が空いている方の手でテレビの方を指差した。いや、違う。正確にはテレビのそばにあった物……ゲーム機を指差していたのである。
「あっ!」
 その瞬間、一義は昨日の友人との約束を思い出した。今日学校でゲームソフトを返さなくてはならないことを。
 だがそのことを思い出すのと同時に、一義ははっとさせられることにもなった。
(……何で約束のことが分かったんだよ?)
 一義は十四郎の方を見た。ゲーム機を指し示すなんて、昨日の会話を理解してなければ分かるはずがない。いや、それ以前にゲーム機という存在を理解・認識していなければそもそも指し示すことなど出来ないはずで……。
(もしかして……分かっているのか?)
 一瞬、得体の知れない薄気味悪さに襲われそうになる一義。しかしそんなものを吹き飛ばしてしまうことが起こったのである。
「あー」
 ――笑ったのだ。十四郎が。
 はっきりとではないが、十四郎が僅かだが笑顔を見せたのである。初めての笑顔を。
「笑った……?」
 驚きの表情を見せる一義。しばし十四郎の顔を見つめていたが、やがて笑みが浮かんだ。
(そっか……。十四郎は十四郎なりに、少しずつ成長してるんだろうなぁ……。うん、きっとそうだよ。そうに違いないんだ!)
 一義の心に、期待感が生まれた瞬間である。これまでの努力は決して無駄じゃなかったんだと――。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年03月17日

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