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『『人形葬列』 』
夜神・潤7038)&綾瀬・まあや(NPC0573)


 暗い夜だ。
 夜空と呼ばれる天上には一条の明かりも無い。
 こんな夜は闇夜に隠れている者が春の到来を待ちわびていた害虫のように蠢き出す。
 彼女は3月から会社で働き始めたばかりの新社会人だった。
 今日は大学の卒業式で、会社からは今日を含めた三日間の休日が与えられている。
 都内のホテルの大広間を借り切って行われた謝恩会ではゼミの教授や友人たちに、指導してもらっているお局様の愚痴を散々喋り倒して、ほんの少しだけ鬱憤を晴らし、ほろ酔い気分で真っ暗な道を歩いていた。
 通りには他に人は居ない。
 夜とは言え春の麗らかな陽気に誘われるようにどこかで猫が鳴いている。
 ほろ酔い気分の彼女は猫の鳴き声を真似て、さて、あの猫は何を言っているのかしら? などと思っていた。
 案外とうちのご主人様はケチだからキャットフードが薄味で不味い、とかと言っているのかもしれない。
 そんな事を想い、この酔っ払いはけらけらと笑った。
 3月の終わり。夜風はまだ身を切るように冷たい。けれども桜は咲いていた。
 彼女は小さな公園の滑り台に上って、ひとり花見に興じる。
「あはははは。はらみと花見」
 彼女はつまらないギャグを思いついて笑った。
 本当にこんなに気持ちよく酔えたのはどれぐらい久しぶりだろう?
 それだけ3月からの社会人生活はストレスに塗れていた。
「そりゃあね、あんなに性格がひねくれてたら結婚だって出来ないわよ。あのババア。おまえなんか一生涯独身のオールドミスだよぉーだ」
 あはははははと彼女は笑って、
 その後に空き缶をゴミ箱に投げ入れて、両足を抱え込んだ。
 膝に右頬を乗せて、彼女は、桜の花を見つめる。
「もうあんな会社、やめちゃおうかな。本当。あれって絶対に虐めよね。パワハラよ。馬鹿じゃないんだから、ちゃんと口で説明してくれればできるのに。本当にさ」
 彼女はぐずぐずと泣き出す。
 濡れた視界に映る桜の花はそれでも綺麗だった。
 が、彼女はおもむろに後ずさった。
 背中が滑り台の手すりにぶつかり、彼女はもうそれ以上、後退する事はできない。
 それが彼女を絶望の淵に追い込む。
 もはや酔いは完全に醒めていた。
 いつからあれは居た?
 そんな疑問符が彼女の思考で色のついた大洪水のように暴れまわっている。
 桜の樹を包み込む、淡い薄紅の中にそれはいた。
 それは人間の形をしていたが、しかしそれが自分と同じモノであるとは彼女には到底思えなかった。
 そしてそれは当たっている。
 そいつは人間では無い。
 吸血鬼と呼ばれる闇の種族であった。
 生きる物ならば誰しも持っている生きるための野生が彼女にそれを教えていたのだ。
 彼女は立ち上がって逃げようとした。だが、彼女は足腰が立たず、広がっていく失禁を恥ずかしく思う事もできずに声にならない声を喉の奥から袋に開いた穴から空気が漏れ出すような感じで押し出した。
 怯えに沈んだ顔をいやいやをするように左右に振った彼女はそれでも立ち上がろうとするけれども、身体は動かない。
 それは気配だけを残像のように桜の樹の下に残して、
 そして桜の花びら全てを引き連れて、それは彼女の目の前に現れる。
 牙を剥き出しにしたそれは彼女の頭と肩を掴むと、彼女の首に牙を埋めた。
 彼女の身体が痙攣する。
 湿った血の香りが水っぽい空気の匂いに混じる。
 吸血鬼が彼女の血を嚥下するたびに彼女の身体は大きく引き攣った。
 彼女の瞳から涙が零れ続ける。
 空気を切り裂く音が飛来する。
 吸血鬼はそれを避けた。飛来物に込められた殺気がそれを吸血鬼にさせたのだ。吸血鬼は余裕でかわせたそれを紙一重で避けた。それは彼を攻撃した誰かがさらなる攻撃をしてくることを警戒しての行為であったが、しかしその相手からは殺気は消えていた。
 つまりその相手は彼に吸血行為をやめさせるためだけに攻撃をしたのであって、彼にさらなる攻撃をするつもりは無かったのだ。
 ではその人物の思惑は何なのか?
 いや、この気配は――、
「同属か?」
 夜でも昼間のように見える吸血鬼の目にはその相手の顔が見えていた。
 その相手の顔を見て吸血鬼は震えた。
「お、御身は、よもや……」
 吸血鬼の声には畏怖すらあった。
「何故、御身が人間を、」
「勘違いするな。俺は別に人間の味方をしたわけじゃない」
 相手は夜闇の中から掻き現れる。
 滑り台の手すりの上に立った彼は、夜の色と同じ瞳で、吸血鬼と女を等しく見据えた。
「ただ、おまえの味方でもなかっただけだ」
「噂を聞いた事があります。御身は無益な殺生を好まないと」
 吸血鬼は彼への畏怖を抱きながらも納得がいかない声で訴える。
「しかし人間は我らが餌。我らが餌に気を遣う必要が一体何処にありまする?」
 彼は鼻先でせせら笑った。
「人間などおまえが言うように俺たちの餌だ。人間も家畜を殺し食す。おまえの言う事に間違いは無いな。だが、今宵はここで人と会うんでな。これ以上ここにたゆたう夜気に血の香りを滲ませたくはない」
 血の香りに酔いしれるのは俺たち吸血鬼だけだからな――。
 彼はそう言い、目の前の吸血鬼に手を伸ばした。
 吸血鬼は動けず、
 そして、次の瞬間には吸血鬼から渇きが消えていた。
 彼がその吸血鬼から渇く、という感覚を封じた事によって、吸血衝動が消え去ったのだ。
 その吸血鬼もまた、誇り高き夜の眷族であった。
 吸血衝動が無くなったからには、いかに人間が自分たちにとっては人間でいう家畜同然の存在であっても、それをただ無益に殺す真似は高等なる夜の眷族、吸血鬼としての誇りが許さなかった。
 それに、この男の怒りをかうような真似はしたくは無い。
 彼は、彼ら吸血鬼にとっては特別な存在であるのだから。
 故に吸血鬼は、気配を残像のように残し、彼の目の前から消えた。
 そして滑り台には彼と気絶した女だけが残された。
 彼は肩を竦め、先ほどからあの吸血鬼に一切の気配を気づかせずにベンチに座っていた少女を見た。
 綾瀬まあや。少女はそういう名前で、そして、もしもあの吸血鬼があのまま吸血鬼行動をしていたら、吸血鬼はこの少女によって殺されていた事を、彼は知っていた。
 彼は女を救ったのではない。あの吸血鬼を救ったのだ。
 綾瀬まあやは猫のように切れ長な瞳を細めてくすりと笑った。
「お優しいのね。夜神潤さん」
 そう言われて、彼、夜神潤は鼻を鳴らした。
「無益な殺生を好まなかっただけだ」
「それが優しいと。あなたは三つの命を天秤にかけてあの行動を選択したのだから。あたしはその彼女の命しか見ていなかったわ」
 夜神は手を振った。このまま話が進めば、もしも話に事は進展する。それは実に無益な事だ。そういう事を彼は好まなかった。
「それで?」
「これよ」
 彼女は一枚の名刺を夜神に投げて寄越した。
 彼はそれを右手の人差し指と中指で挟んで受け取った。
 それはタブロイド紙の記者の名刺で、裏にはアドレスが書かれていた。どうやらそれは、その新聞社のHPにアップされているニュースのアドレスらしい。
「これでわかるのか?」
「ええ。おそらくは」
 彼女は肩を竦め、ベンチから立ち上がった。
「後はお任せするわ。よろしく」
 夜の闇に消えた彼女の後ろ姿を見送って、夜神はもう一度ため息を吐き、名刺を胸ポケットに入れて、代わりに携帯電話を取り出した。救急車を呼ぶために。



 +++


 彼女が夜神潤の前に現れたのは一週間前だった。
 その彼女が一目でおかしい事は特異な能力の持ち主でなくとも見て取れたはずだ。
 そしてそれが夜神ならば尚の事だった。
 まるで心の無いような彼女はしかし、確かに自分の意志で夜神の前に立ったのだ。
 本当に不思議な彼女だった。
 心の無いような、けれども心を持って、夜神の前に立って。
 まるで、器の中に許容量を越える水を注いで、それが溢れかえる様を見ているような。
 夜神はそれをリーディング能力で見ていた。
 その女には確かにいくつもの魂が混在していたのだ。
「あたし、あなたのファンなんです」「わ、私を助けて」
 ふたりの少女の声が聴こえた。
 そして、前者の声には確かに呪の匂いを嗅ぎ取った。
 前者は強力な呪によってこの少女の身体に取り憑いているのだ。
 ならばする事は、ひとつだった。
 夜神はぽろぽろと涙を流す少女に混在する呪の魂を封じた。



 +++


 もしも夜神が少女の身体に呪によって乗り移った魂を封じなければ、あの少女はどうなっていたか――。
 おそらくは混在する魂に肉体は耐え切れずに、少女はそれによって植物状態になるはずであった。
 だから夜神は怪奇探偵を介して出会った綾瀬まあやに過去に同じ様な人間が居なかったのか調査を依頼して、
 そうして彼女はそれを探し当ててきたのだ。
 夜神は名刺の裏に書いてあったアドレスによって、とある村で同じ様な症例で入院している人間が大勢居る事を知り、その村を訪ねた。



 +++


 村の人間はテレビで夜神の顔を知っていたが、しかし原因不明の奇病が蔓延している村の人間は誰も暗い顔で夜神を見るだけだった。
 村人の誰もがこの村に起こっている事を恐れていたのだ。
 夜神は村の人間の目を気にする事無く村を歩き回っていた。
 ふと、彼は川の辺で足を止めた。
 ひとりの老婆が紙で作った人形を流していたのだ。
 老婆が夜神の視線に気がつき、彼を見て微笑んだ。
「なにをしているんです?」
 夜神が訊ねると、老婆は、彼に紙の人形を手渡し、教えてくれた。
「お雛様は知ってるけ? オレがしてるのはそれと一緒だ。この人形は村の人間の代わりだ。人形を川に流して、この村の人間の代わりに厄を全部持って行ってもらおうとしてるんだ」
 それはこの村に古くから伝わる風習だという。
 遠い過去から絶えず行われてきた呪だと。
 夜神は答えを見つけた。



 +++


 川に添って歩いて行くと、やがて大きな池へと辿り着いた。
 その池の水面をびっしりと覆っているのは人形の残骸であった。
 おそらくはこの池の底にはこれよりももっと多くの人形たちが沈んでいるはずだ。
 そして、もうひとつそこにある物があった。
 それは呪詛。
 哀しみだ。
 人形たちの。
 水がこの池に行き着き、溜まるように、
 人形たちもここに辿り着き、溜まってきた。
 そうしてひとつの想いがいくつも集まり、
 それはやがて全となり、
 強大な想いの塊となって、
 呪詛返しを果たしたのだ。
 厄流しのはずであった呪が、しかし吹いた返りの風によって、呪が曲がり、人形と繋がっていた縁が逆に人間を襲った。
 こんな風に――
 人形たちが浮き上がる。
 それらは囁きあう。
 ――次は自分が人間の身体を得るのだと。
 そうか。人形たちは哀しかったのかもしれない。
 一方的に人間に厄を押し付けられて、川に流され、そうしてこの人形の墓場に行き着き、ただ人知れずに朽ちて行く事が……。
「だからおまえらは人間になる事を望んだのか?」
 夜神は浮き上がる人形たちを冷めた目で見据え、鼻を鳴らした。
「やれやれ、わからんな。あんな息苦しい生き物の何におまえたちが憧れるのか」
 冷たく突き放しているようで、しかし、同情しているような、なんとも表現し難い声でそう苦笑して、夜神は、封印の力を解放した。



 +++


 ドラマのロケはずいぶんと都会から離れた村で行われていた。
 夜神潤は鏡の前に座り、その彼の髪にスタイリストが丁寧に櫛を入れている。
 そしてお喋りが大好きな彼女はこんな話を夜神に聞かせた。
 この村によく似た村でほんの少し前に随分と不思議な病が蔓延していたが、しかしそれはある日突然ぴたりと止み、それどころか治療法が全くわからず医者もさじを投げた発病者たちも突然に病から回復したのだと。
 そしてその村に、差出人不明の現金書留が送られてきて、その主は自分が送った多額の金銭でこの村の風習に使われた人形を供養するための石碑を建てるように懇願したのだという。
 そんなことを不思議な話が大好きな彼女は夜神に楽しそうに話し、そして彼に感想を求めた。
 だから、夜神は、肩を竦め、クールに求められた感想を伝えた。
「世の中には随分と酔狂なお人好しが居たもんだな」



 END

PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年03月12日

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