▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『メザニーンの闇ノ中 Part.1 』
梧・北斗5698)&遠逆・欠月(NPC1850)



「……なんで?」
 欠月は不愉快丸出しで、見舞いに来た少年を見る。
「いや、だからさ、おまえとだったら……。ほら、俺よりおまえのほうが強いし、頼りになるじゃん」
 無邪気な声で、汚いものなんて知らないような表情で……言ってきた。やれやれと思う。
 この男は変わらない。いつまでも子供だ。バカな子供。阿呆な男だ。
(一途な信頼は重たいって気づけよ、バカ)
 だがそれがこの男の持ち味だ。大人になりきらない、ずるさのない、無垢な心。
 信頼されるのが悪いことではない。その信頼に足る力を欠月は持っているし、目の前の男――梧北斗に応えられると自負もしている。傍から見れば欠月は顔はいいが嫌味な男だ。
「ふーん……。それ、ボクに何かメリットはあるの?」
「ええ〜? またおまえはそういうこと言う……。ちっとは素直に頷けないのかよ?」
 友達だからって、無償でなんとかしろってほうがおかしいだろと欠月は思う。いや、本当は無償で手伝ってやるつもりではある。癪なので、あっさりと承諾しないだけだ。
(バカ。ほんとバカだよね、北斗って)
 世間知らずだ。だから心配になる。
「……じゃ、タダで手伝ってあげるよ」
「ほんとか!?」
 ほらすぐ顔に出る。……呆れちゃうよ。
「キミのコイバナをするのが、引き受ける条件だ」
「うげっ」
 北斗が苦い声を洩らし、こちらを睨んでくる。
 好きな女の子ができたという北斗。どんな子か知らないけど、こんなお子ちゃまが好きになるくらいだから、同じようにバカな女か、もしくは憧れの対象になるような女かだろう。
「や、やだよそんなの……」
「なに? ボクたち親友なのに、話してくれないの?」
「……うー」
 シンユウ、なんて言葉ですぐにこれだ。言葉のマジックにかかりすぎだよ、まったく。
「だ、だってそんな……面白いことなんてないし」
「そうだなぁ、じゃあさ、バレンタインとかホワイトデーが最近のイベントでしょ? 何があったか教えてよ。本命チョコもらった? ちゃんとお返しした?」
「か、関係ないだろそんなこと!」
 真っ赤になって声を荒げる北斗から欠月は視線を外し、手元の文庫に遣る。
「あ、そ。じゃあボクは行かない。別にお金払えとか言ってるわけじゃないし、簡単だと思うけどな〜」
「べ、別のことじゃダメか? えっと、おはぎを持ってくるとか」
「そんな当たり前のものじゃダメだね」
「…………」
 北斗は顔をしかめ、それから渋々承諾したのだ。欠月はそれを見て、内心笑う。
(ボクがキミを護るのも限界があるんだよ。そろそろ成長してくれないと)



 北斗が引き受けたという仕事は、東京から離れた場所にある寂れた小学校でおこなわれる。
 すでに閉鎖された木造校舎。二人は深夜のそこに足を踏み込んでいた。
「ここで神隠しねぇ……」
 とりあえず校舎を一通り見るということで、二人は足音を響かせて歩いている。
 前を歩く欠月は、横に居る北斗を見遣った。彼は不機嫌な顔だ。ここに来るまでの道のりで、欠月にぽつぽつと自分の恋の話をさせられていたのだ。
「しかしキミさぁ、ホワイトデーにアクセサリーって……少女マンガみたいなことするんだね」
「……それさっきも聞いたっての。いいじゃねーか、喜んでたんだし!」
「それがダメなんだよ」
(なんか同情しちゃうよ、その子に。どうせママゴトみたいな恋愛につき合わされてるんだろうなぁ……)
 バカな北斗。恋愛なんて、綺麗なだけのものじゃない。ドロドロしてる部分もあれば、苦しくて辛くてどうしようもないのに。
 幸せなヤツ。
(いつかその女が他の男と浮気しても知らないぞ。女ってのは、男が思うより不安定で現実的なんだからさ)
 自分と違って、北斗は相手を束縛しない。信頼という目に見えない感情だけで、絆があると思うタイプだ。
(浮気されたらまた泣きつくんだろうなぁ。うざい。ていうかさ、浮気されやすいタイプの男だってわからないんだろうなぁ北斗は)
「欠月だったらさ、ホワイトデーになに返すんだ?」
「そうだなぁ、相手が何を望んでるのか考えるね、ボクだったら」
「え? そんなことしたらさ、面白くないだろ。プレゼントは、中がわからないから楽しみになるんだし」
「……子供だなぁ。もらって邪魔なものだったら困るじゃん」
 邪魔? と北斗が顔を引きつらせる。
「いらないものを貰うよりも、実用的なものが欲しい人もいるんだよ。
 ボクなら、一日デートプランだね。一日ボクを独占できるし、相手も独占できるじゃん。プレゼント渡して一瞬で終わるより、驚かせつつ喜ばれるほうがいいよ」
「たとえば?」
 真剣に見てくる北斗に、欠月は面倒になってくる。女の子の扱いを本当に知らないようだ。よくこんなので女の子と付き合うことになったものだ。
「んー。やっぱいつもは行かないちょっと値段の張るレストランとか、女の子に人気のレストランとかに行くとか。そこは下調べして、相手の好みと予算に合わせるわけだよ。二人でおめかしして、いつもと違う雰囲気でさ。
 そもそも美味しい食べ物が嫌いっていう女の子はほとんどいないし。装飾品はさ、本人の趣味もあるからあまりおすすめしないよ。よっぽど相手の趣味を理解してるなら別としてね」
「…………」
 目を丸くしている北斗は俯いてしまう。
 空っぽの教室を、懐中電灯の光を向けて確認しながら廊下を進む。欠月の感覚には何か引っかかってはいるが、相手は潜んでいてはっきりしない。
「女心がわからないんだからさ、素直にボクにアドバイスを受けなさいよ北斗クン」
 額を人差し指で小突く。すると北斗はうん、と微笑んだ。
 バカ正直な北斗。少し甘い言葉を囁くと、すぐにこうして信用する。そこに計算とか、そういうものはない。
 信じる。ただ、信じている。
 重い。なんて重い。
 ふいに北斗が振り向いた。
「あれ……?」
 背後の廊下に懐中電灯を向ける。
「欠月……今さ、呼んだ?」
「へ?」
「いや、ほら。聞こえる。うん。……ん?」
 北斗の顔がみるみる赤く染まっていく。呆然とする彼は、欠月のほうをちらちらと見てきた。
 欠月は怪訝そうにする。自分の耳には何も聞こえてこないのだ。
 北斗は汗を流し、それから混乱したように目を泳がせた。
「なんで……。いや、こんなところで考えてても仕方ねぇ! 確かめに行く!」
「はあ? どうしたの突然? ボクにちゃんと説明してよ」
 何かの気配はしているが、それは欠月のセンサーには引っかからないのだ。だが北斗は引っかかった。何か違いがあるのか?
 走り出した北斗に仰天し、欠月はそれに続く。
 青ざめている北斗は、何かぶつぶつ呟いていた。
「そんなばかな……ちがう、ぜったいちがう……。うそだ……ちがう」
 ダッシュで廊下を駆け抜ける彼は、何かに向けて一直線だ。保健室のドアを勢いよく開け、そして乱暴に中に入る。
 怯え。恐れ。戸惑い。そんなものが色々混ざった表情をして、北斗は佇んだ。残った汚いベッドに目を向けて棒立ちの北斗に、欠月は不思議そうにした。
 なにも見えない。だが北斗には何か見えているのか……?
「北斗?」
「う……そだ……。そ、んな……」
 歯と歯の間から、低く洩らす北斗は涙を一筋零す。
(なんで泣いてんの?)
 困惑する欠月の目の前で、北斗は声にならない叫び声をあげた。それが終わると同時に――。
「……北斗?」
 忽然と、北斗の姿が消えていた。本当に、唐突に。
 欠月は室内を懐中電灯で照らす。だが北斗はいない。見当たらない。
(神隠し……?)
 おいおい、冗談だろ?
 たった一人校舎に残された欠月は、目を細めてから唇を噛んだ。
 遠逆の退魔士である自分が居ながら……。
「これはボクに対する挑戦状だと思って、いいんだよね……?」
 やってくれるじゃないか。
(いいだろう。なら、ぶっつぶしてやる――)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年03月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.