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『『隠滅(前編)―粘土―』 』
シュライン・エマ0086

 麗らかな午後。
 草間興信所は、普段どおりであった。
 つまり、所長の草間武彦は机につっぷじて高鼾。
 草間零は掃除に励んでおり、事務員のシュライン・エマは郵便物チェックに負われていた。
「武彦さん、先ほど届いた荷物だけれど……武彦さん、武彦さん!」
 揺すって揺すって揺すって、ようやく草間は目を覚ました。
「『至急、重要書類在中』って大きく書かれてるの」
 更に、その荷物には『草間武彦様 親展』と書かれていた。
「なんだあ……」
 目を擦りながら、草間は荷物を受け取って、きっちりと貼られているガムテープに触れた。
「兄さん、シュラインさん、お買物に行ってきます。何か必要なものはありますか?」
「あ、ミルクを切らしてるの。一番安いのでいいから、買ってきてくれる?」
「わかりました」
 買物に出かけた零を見送った後、シュラインは再び草間の元に戻った。
 草間は爪を立てて、ガムテープを引っかくと、一気に剥がす。
 中に入っていたのは……。
「粘土?」
 少なくても、書類ではなかった。
 白い、粘土のような塊。
「武彦さんが注文したの? なあに、これ?」
 言いながら、シュラインは草間を見た。
 何故か、寝起きとは思えないほどに、草間の眼は鋭かった。
 草間は慎重にその物体に触れ、少しちぎって匂いをかぎ、手の中で捏ねた。
「……ああ、粘土だ。色のついた粘土。工作でもしようと思ってな」
 そう言って草間は笑ったが、それが作り笑いであることがシュラインには一目瞭然であった。
「これ、まるでテレビに出てくるプラスチック爆弾に似ているわよね」
 にっこり微笑んで言うと、草間は一瞬にして表情を固まらせた。
「そんなものを入手するルートがこの興信所にあるとはね。費用は誰が負担したのかしら?」
「いや、粘土だ粘土」
 草間は手の中の白い物体をシュラインに渡すと立ち上がった。
 シュラインはこねたり伸ばしたりしてみるが、やはりそれは普通の粘土のようだった。
「ただ、ちょっと気になることがあってな。シュライン、あ……図書館でも行って調べてきてほしいだが」
 その言葉の意図も、シュラインには読取れる。
 草間はシュラインを遠ざけようとしている。
 この粘土は危険な取引相手からのなんらかの連絡か? 暗号か?
 どちらにしろ、自分に何かを隠していることは確かだ。
「では武彦さん、零ちゃんが戻ったら一緒に行きましょう。暇だったようですし」
 またまたにっこり微笑むと、草間は髪を掻きながら眼を背けた。
 しばらくして、吐息をつくとこう言った。
「そうだな、そうしよう」

 ――しかし、その約束は果たされることがなかった。
 それから僅か数十分後。
 最初に、電話が鳴った。
「はい、草間興信所です」
 そう言葉を発した後、草間はそのまま受話器を置いた。
「間違い電話?」
「多分」
 気のない返事をしながら、草間は新聞を読んでいた。
 それから数分後。
 本当にそれは突然だった。
 バン
 激しい音と共に、興信所のドアが開いた。
 草間とシュラインが顔を上げる。
 動けないでいるシュラインの腕に草間の腕が伸び、引き寄せた。
 現れた男達は――拳銃を構えていた。
「モデルガンを人に向けたらいけないと子供の頃、母親に習わなかったのか?」
 草間はそう言いながら、シュラインを自分の背へと庇った。
 草間の手がシュラインの肩を強く押した。押されるがまま、シュラインは座り込んだ。
 男達は答えなかった。
 声の変わりに、プスッという小さな音が、シュラインの耳に入った。ほぼ同時に、机の上の灰皿が飛び、吸殻が飛び散った。
「武彦さ……」
 小さな声を上げるシュラインの頭を、草間がぐっと押してくる。
 足音が響く。
 息を飲むシュラインの眼に、黒い靴が入った。
 続いて立て続けに先ほどの音が響く。
 押さえつけられ、床しか見れなかったシュラインには何が起きているのか分からなかった。
 男の足が更に自分の方へと近付いたかと思うと、鈍い音が響き、草間の手の感触が消え、その後に強い力で床に押さえつけられた。
 そしてまた、あの音が響く。1回、2回……。
「武彦さん!」
 声を上げたシュラインに、もう一人男が近付き、ガムテープを貼り付けようとする。
 シュラインは必死に抵抗し顔を背けた――眼に入ったのは、穴の開いた壁。飛び散った血。
 恐怖に固まったシュラインの口に男がガプテープを貼り付ける。
 変わった、臭いがした。薬品だ……。
 気付いた時には、シュラインの意識は深い闇へと引き摺り込まれていた。

     *     *     *     *

「兄さん、シュラインさん、いますか?」
 ノックの音に、シュラインは目を覚ました。
 零の声だ。
 返事をしようとするが、声が出せない。
 即座に、意識が鮮明になる。
 両手は、身体の後ろで縛られている。
 しかし、足は自由に動かせる。
 どうにか起き上がり、周囲を見回して――シュラインは凍りついた。
 赤色の液体と、透明の液体が部屋にしみこんでいる。
 赤色の液体は――血だ。
 透明の液体は、臭いからするとガソリン、だろうか。
 そして、透明な糸がドアから伸びている。自分の下に。
 シュラインは、鉄の板の上に寝かされていた。
 動けば、糸が外れる。
 ドアを開けても糸が外れる。
 糸が外れたら……。
 認めたくはないものが、そこにはある。
 部屋の隅。身体を伸ばしても、届かない場所に。
 白い物体と、パソコンの基盤のようにも見えるそれは――おそらく爆弾と起爆装置だ。
 糸に固定されている金属が落ちると、爆発する仕組みなのだろう。
 シュラインは必死に、顔を床に擦りつけ、ガムテープを剥がした。
「零ちゃん、ドアを開けないで!」
「シュラインさん? いるんですか、何かありました?」
 零が鍵を持っていなかったことは幸いだった。
「零ちゃん、部屋の中に爆弾があるの。ドアを開けると多分爆発するわ! 警察に連絡して。急いでちょうだい、お願い!」
「爆発、ですか? 警察を呼ぶんですね? わかりました!」
 零にはよく状況が理解できていないようだが、走り去っていく音が聞こえた。 
 シュラインは大きく息を吸い込んだ。
 しかし、頭の中は真っ白であった。
 室内に飛び散っている血。
 これは、誰の血だ?
 今の自分の状況。
 それは何を意味する?
 分からない。分からない。分からない――。
「武彦さん、武彦さんっ」
 名を呼んでも答える者がいない。
 本当に、この部屋にいないのだろうか。
 あのソファーの裏に。
 あの、机の影に、倒れてはいないか?
「たけ、ひこさん……っ」
 一人。
 冷たい鉄の板の上で。
 シュラインは叫びながら、唇をかみ締めた。

――To be continued――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0509(NPC) / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
NPC 草間・零
Bitter or Sweet?・PCゲームノベル -
川岸満里亜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年03月04日

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