▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『絆(前編)―幻―』 』
葉山鈴音(mr0725)

 バレンタインの夜。
 兄は変わらず自宅に帰ってきて、2人、共に過ごした。
 毎日辛いこともあるけれど、自分には兄がいるから。
 支えてくれる、唯一の存在がいてくれるから、私は大丈夫。
 葉山鈴音は買物袋を手に、一人帰路を急いでいた。
 日はすっかり落ちてしまい、闇が世界を覆っていた。
 だけれど、街中には街灯の光がある。人々が騒ぐ声も賑やかで、夜の寂しさを感じさせない。
(今晩は春巻きを作ろうと思っていたけれど、遅くなっちゃったから、時間をかけずに出来るものがいいかな?)
 そんな事を考えながら、鈴音は人々が行き交う街中を歩いていた。
「あっ」
 街灯の淡い光の中に、白く美しい長髪が浮かび上がった。黒服を纏った姿は闇に溶け込んでおり、薄っすらとしか見えない。
 だけれど、それが兄、葉山龍壱であることが、鈴音にはすぐに分かった。
 兄の姿だけは、見間違うことはない。
 最近、研究で遅くなっている兄とは、一緒に帰ることができずにいた。
 夕食を作りながら兄の帰りを待つのも楽しくはあったが、たまには一緒に料理をするのもいいかもしれない。
 それとも、今晩は外食にしようか。幸い、冷凍食品は買っていないので、寄り道をしても大丈夫だ。
 道路の向こうの兄に向い、駆け出そうとしたその時、鈴音はもう一人の存在に気付いた。
 兄の隣に、人の姿がもう1つある。
 黒髪の……女性だ。
 兄と同じ、黒いコートを纏っている。ブーツも黒のようで、姿は殆ど見えない。
 しかし、肌の色だけが時折見える。白い、手と顔が。
 その白い手が――兄の頬に伸びた。
 鈴音は立ち尽くしながら、2人の様子を見ていた。
 見たくはない。
 そう思うのに、身体は動かない。
 女性は龍壱の眼を長く見つめた後、龍壱の胸に、頬を埋めた。
 龍壱は、拒絶しなかった。
 鈴音は心臓が締め上げられるような感覚を受けていた。

 気づけば、走っていた。
 家とは逆の方向だった。
 そんな事にも気づかずに、鈴音はただ、走っていた。
 走って、走って、走って――。
 鼓動の高鳴りの理由が分からなくなるまで走り、暗闇の中、ようやく立ち止まった。
 よろめきながら、手をついたのは桜の木だった。
 そう、確かこれは桜の木。
 兄と一緒に、開花を楽しみにしていた桜の木だ。
 辿りついたのは、公園であった。
 遊具のない、自然が溢れる公園だ。明りも殆どなかった。
 頭の中に、先ほどの兄の姿が浮かんでいた。
 龍壱、そして共にいた女性。
 恋人、だろうか。
 否定したい。
 否定したいけれど、兄が拒絶しなかった理由がわからない。
 あの後、兄はあの人を抱きしめた……のだろうか。
 あの逞しい腕で、強く強く抱きしめたのだろうか。
 人目も気にせず、街中で。
 近頃、帰りが遅かったのは、あの人と会っていたから?
 身体が酷く震えた。
 寒さのせいではない。寒さなんて感じてはいない。……心の寒さ以外は。
 兄に恋人が出来たら、自分は祝福しなければいけない。
 兄に新たな家族が出来るというのなら、自分は――自分は――。
 買物袋を落とし、鈴音は自分で自分を抱きしめた。
 震えが止らない。
 分かっている。自分は妹だ。
 だから、2人の生活が永遠に続くなんて、思ってはいない。
 だけど、永遠に続いてほしいと、願っている。
“お兄ちゃんを、とらないで……っ”
 戦争で両親を失った鈴音には、龍壱は唯一無二の存在。
 ただ、兄としてだけではなく、それ以上に愛している。
 自分にとって、無くてはならない、大切な大切な存在。
『鈴音!』
 直接脳裏に響くような声に、鈴音は振り向いた。
 闇の中に、白い光があった。
「お兄……ちゃん」
 黒いコートに、白い長髪。
 それは、確かに兄龍壱であった。
『すまなかった。誤解なんだ』
 そう言って、龍壱は鈴音に手を伸ばした。
「なに、が?」
 鈴音は震えながら兄を見上げていた。
 龍壱の手は、鈴音肩を引き寄せた。
 鈴音の頬が、龍壱の胸に当たった。
『あの女性には、以前からしつこく付き纏われててな。しかし、先ほどはっきりと断ったからもう、会うことはない』
 それは、鈴音が聞きたかった言葉だった。
 そして、龍壱は強く、強く鈴音を抱きしめた。
『鈴音が一番大切だ』
 男らしい龍壱の胸に深く抱きしめられ、鈴音は気がおかしくなりそうだった。
『ずっと、永遠にお前だけを愛してる』
 響く言葉は、心の奥で鈴音が求めていた言葉だ。
「お兄ちゃん……私、も」
 そう答えながら、鈴音は全て幻だと感じていた。
 兄は、自分を優しく抱きしめてくれるかもしれない。だけれど、こんな風に掻き抱いてくれることはない。
 妹の自分に、愛の言葉を囁いてくれることはない。
 でも、幻でもいいと思った。
 あの兄と女性の姿を忘れさせてくれるのなら。
 今は兄の幻影に委ねていたい。身も、心も。
 龍壱の手が鈴音の首筋に伸びた。
 マフラーを解き、鈴音の白い首筋に、唇を当てた。
 小さな痛みが、鈴音を襲った。
 だけれど、痛みを感じはしなかった。
 鈴音が全身に感じているのは、兄の温もりと力強さ。
『鈴音、愛してるよ』
 兄の言葉が、鈴音の脳裏に鳴り響いていた。
 これが、真実であってほしい。
 兄妹であっても、ずっと一緒にいていけない理由はない。
 兄以外の男性なんて、考えられない。
 これからもずっと。
 すっと、兄と一緒に暮していたい。
 ずっと、永遠に。

「鈴音、お前に御守りをあげよう。……俺の愛刀だ。2人がずっと、一緒にいられるように」

――To be continued――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 専攻学名】

【mr0725 / 葉山鈴音 / 女 / 18 / 禁書実践学(禁書学)】
【mr0676 / 葉山龍壱 / 男 / 24 / 幻想装具学(幻装学)】
Bitter or Sweet?・PCゲームノベル -
川岸満里亜 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2008年02月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.