『『満月の花嫁（前編）―赤い恐怖―』 』

レナ・スウォンプ（3428）

　バレンタインだから。
　そんな理由をつけて、レナ・スウォンプはケヴィン・フォレストを連れ回していた。
　本当は理由は何でもいい。
　実際バレンタインから既に数日が経っている。
　ただ、たまには一緒にショッピングを楽しみたいなぁと。
　たまには、ケヴィンにも服に気を使ってほしいなーと思っただけで。
「きゃー、あの服、新作よ新作っ。襟元がとっても素敵だわーっ！」
　でも、気づけば自分だけはしゃいでいる。
　自分だけ、荷物が増えていく。……とはいえ、持っているのは全てケヴィンだが。
「ねえケヴィン、見て見て、似合う？」
　春物のワンピースを試着して、ケヴィンの前でくるりと回ってみせる。
「…………」
　いつものとおり、ケヴィンは何も答えない。
　表情一つ変えやしない。
「ったく、お世辞の一つも言えないの？　寧ろ綺麗すぎて言葉が出ないって？　きゃはははっ」
　言って、レナはバンバンとケヴィンの肩を叩いた。
　それでもケヴィンはぼーっとレナを見ているだけだった。
「じゃ、次はこれ来てみよっかな。ここで待っててねー」
　そうしてレナは春物のカーディガンを手に、また試着室に入っていく。
「もー、無愛想なんだから。いつからあんな風になっちゃったんだっけ？　昔は小言をウザイほどっていうか、マジ勘弁ってくらいだったのに」
　呟きながら、レナはカーディガンを羽織った。
　鏡に映った自分に、にっこり微笑みかけて、カーテンを開ける。
「これはどう？　あー、その顔は！　あたしってホント何着ても似合うって思ってるでしょ？」
　ケヴィンは相変わらず表情を変えていないが、レナは一人盛り上がっていた。
　そりゃ、もう少し喋ってほしいとは思うけれど。
　綺麗って言ってほしいとは思うけれど……。
　喋らなくてもいい。
　無愛想でもいい。
　こうして、同じ時を過ごすことが出来れば。
　誘えば応じてくれるということは、自分との時間、楽しんでくれているということだと思うから。
　ま、若干強引に誘ってるかもしれないけどさー。
　レナは買物を済ませると、ケヴィンの右手に手提げ袋を渡した。
　しかし、既にケヴィンは右手に荷物を持っている。持ち替えようとした途端、レナは素早くケヴィンの左手に腕を絡めた。
「じゃ、次は雑貨屋行こー！」
　逞しい腕を引っ張って、お気に入りの店へと歩くのだった。

　ショッピングを終えた後、レナはケヴィンを誘って聖都エルザードの外にある、小高い丘に出た。
「ここから見る夕日、綺麗なんだよねー」
　荷物を置いて、二人並んで座った。
　夕暮れまで、もう少し時間がある。
「そうそう、この間の仕事だけどさ、報酬まだ出ないんだよねぇ。結構苦労したのに！」
　賞金稼ぎであるケヴィンと共に、レナは時々依頼を受けて報酬を貰っている。
　一番最近、２人が受けた依頼は、古井戸に住み着いた魔物討伐であった。
　ケヴィンが見つけた依頼であったが、相手がかなり高度な魔術を使う魔物であったため、魔女であるレナを誘い、二人で依頼を受けることになった。
　井戸に住み着いた魔物は予想以上に手強く、魔女のレナでも魔術を封じることに苦戦したほどだ。
　止めは、ケヴィンが刺した。
　――あれから１週間。依頼主も既に確認をしたはずなのだが、まだ報酬は支払われていない。
「あ、日が沈み始めた」
　ゆっくりと、周囲が赤く染まっていく。
　綺麗、だけれど。
　何故だか、レナは不安感を覚えた。
　その赤は、あの魔物に似ている。
　１匹だから抑えられたけれど、群だったら、対処できなかっただろう。
　赤い光は、あの魔物の体毛のようだ。
　赤い太陽は、あの魔物の瞳のようだ。
　何故か、心臓が高鳴る。
　思い出したからではない。
　なんだろう、この感覚。
　心が、とてつもなくざわめく。
「ケヴィン……なんか、感じない？」
　手を伸ばして、ケヴィンの腕を取りながら、訊いた。
　ケヴィンは相変わらずの無表情だった。
　だけれど、レナの方を見ようとはしない。
　身体も僅かに強張っている。
　やはり、何かが変だ――。
　そう、確信した時だった。
　魔力。とてつもなく強大な魔力が、突如２人の目の前に降ってきた。
　始め２人の眼にはエネルギーの集合体にしか見えなかったそれが、次第に人の姿をとっていく。
　男、であった。
　黒い服を身に纏った、長身の男。
　緋色の瞳。――あの魔物と同じ目だった。
「何よアンタ」
　思わず、声が震えた。
　魔女であるレナには、男が秘めた魔力の量が、手に取るよるように分かった。
「お前を、迎えに来た」
　直接、頭に響くような声だった。
　声に、魔力が混ざっている。気づいた時には、視界が歪んでいた。
　ケヴィンが剣を抜く。
　目を閉じ、音だけを頼りに、男に斬りこんだ。
　レナは出来る限りの力で、男の魔力を押さえ込みにかかる。
　――しかし、全ては無駄であった。
　まるで、それは流星のようだった。
　空から星が落ちてくるが如く、熱い光が降り、ケヴィンの剣を砕き、身体を貫いた。
　レナは短い叫び声を上げて、ケヴィンに手を伸ばした。
　だが、その手を掴んだのは、ケヴィンではなかった。
　緋色の眼の男が、レナの腕を掴み上げ、ねじり上げた。
　そんな自分の状態を理解することもなく、レナは反対の手をケヴィンに伸ばした。
　倒れて動かない、大切な人に――。
「あうっ」
　男が、レナの首を乱暴に掴み、自らの胸に押し当てた。
　レナの視界が黒く染まる。
　黒いマントがレナを覆った。
　ケヴィン、ケヴィン！
　声にならない声で、レナは叫び続けた。
　全ての力も、全ての魔力も、男に抑えつけられたまま――。

　　　　　＊　　　　　＊　　　　　＊　　　　　＊

　自分の身に起きたことが、理解できなかった。
　彼の身に起きたことは、理解したくなかった。
　男の魔術で空を飛び、レナは崖上の屋敷に連れ込まれていた。
　バルコニーから、投げ入れられるように、部屋に入れられる。
　レナは、男を強く睨みすえた。
　しかし、恐怖に足はすくんでいた。
　男が、一歩、一歩、レナに近付く。
　レナは、ゆっくりと後退し、壁に背をつけた。
「あたしに用があるのに、何故、ケヴィンを……っ！」
　その言葉に、男は薄い笑みを浮かべた。
　手を伸ばして、レナの顎に触れた。
「お前が、あの男を好いていたからだ」
　払いのけようとしたレナの左腕を、男が掴み上げる。
　魔力をぶつけても、全て無効化されてしまう。
「私は魔族だ。貴様よりも上位のな。同族とはいわぬ、同族に近い種の女を探していた。各地に魔種の獣を放ってな」
　男は、レナの腕を壁に押し付け、もう片方の手でレナの顎を上げた。
「そして、お前を見つけた」
　男の顔が、レナに近付く。
　振りほどけない力。
　絶対的な魔力。
　抗えない。
　逆らえない。
　凍りつくような恐怖。
　絶望。
　だけれど、あの人は――。
　来てくれるはずの、あの人は。
　レナの脳裏に、倒れたケヴィンの姿が浮かぶ。
　あの赤さは、ケヴィンの血だったのか。
　それとも、夕焼けの色だったのか。
　来て、くれるよね。
　大丈夫だよね。
　いつもの無表情で。
　なんともない顔をして……。
　震える手に力を籠めた。
　体中の力を右手に。
　パンッ
　乾いた音が響いた。
　レナの右手が男の頬を打っていた。
　男が冷たい笑みを浮かべた。
「あッ」
　払いのけるように、男は手の甲でレナを殴った。
　倒れたレナに近付き、彼女の服の襟に手を掛けた。
　レナは服を掴みながら、必死に抵抗し男の足を蹴り、椅子を手繰り寄せて、男に振り下ろした。
　椅子は、男に当たる前に、粉々に砕け散った。
「く、くくくくっ、なかなか骨のある女のようだ」
　レナから手を離し、男は背を向けた。
　窓を閉めて、月明かりを背に振り向いた。
「次の満月の夜、お前は私の妻になる。お前もそれを望むだろう」
　笑い声を上げて、男は部屋から出て行った。
　レナは――。
　破れかけた服を握り締め、殴られた頬に手をあてた。
　痛い方がいい。唇を奪われるよりも。
　立ち上がって、よろめきながら、窓に近付いた。
　窓は開かなかった。
　魔力で封じられている。破ることも出来ない。
　少し欠けた月が、目に入った。
　満月まであと数日。
　満月の夜が来たら――自分の中の魔性は、あの男を求めるのだろうか。
「ケヴィン……」
　大切な人の名を呼んで目を強く閉じた。
　身体が震えるのは、恐怖のせいだろうか？
　得体の知れない男への恐怖？
　違う。
　あなたを失う恐怖。
　傍で治療が出来ない恐怖。
　いつだって信じていた。
　本当に危ない状況に陥った時には、あなたが来てくれると。
　今も、信じてる。
　信じている。
　だけど――。
　目を閉じれば、浮かんでくるのは赤。
　真っ赤な夕日。
　夕日であってほしい赤。

――To be continued――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】

【3428　／　レナ・スウォンプ　／　女性　／　20歳　／　異界職】
【3425　／　ケヴィン・フォレスト　／　男性　／　23歳　／　賞金稼ぎ】
※年齢は外見年齢です。

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2008年02月26日