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『『築かれるもの』 』
クレア・マクドガル3389)&ジュディ・マクドガル(0923)&(登場しない)



 例え母娘であっても、人間関係と言うものはなかなかうまくいかないものだ。
 ジュディ・マクドガル(じゅでぃ・まくどがる)は、夕暮れを迎えた街を歩きながら思っていた。
 冒険者のタマゴであるジュディはいつも活発で、男の子の様な動きやすい服を着ている。性格は素直ではあるものの、その素直さが返って仇となり、周囲の人々とよくトラブルを起こしていた。その度に母のクレア・マクドガル(くれあ・まくどがる)には叱られ、罰として尻を叩かれる毎日。
 少し前までは、ジュディにとってクレアは、娘にはちっとも優しくない、いつも怒ってばかりの母でしかなかった。しかし、時が過ぎるに連れジュディも少し大人になり、どうしてクレアが自分に対していつも怒るのか、あのおしおきに込められた母の本当の思いは何であるかを、少しずつではあるが、理解出来る様になってきたのであった。
 もし、クレアがジュディの事を憎らしいと思っているならば、自分は明日にでも自宅である屋敷から追い出され、捨てられてしまうだろう。もし、クレアがジュディの事を嫌いと思っているならば、恐ろしい怪物の住む森へ連れて行かれ、2度と迎えに来てはくれないだろう。
 クレアはお世辞でも優しい母ではない。けれども、本当の優しさとは何か。ジュディの要求ばかりに答え、何でも好きなものを買ってくれる、決して怒らない、何でも言う事を聞いてくれる事が、本当の優しさと言えるだろうか?ようやく見えてきた屋敷を見つめながら、ジュディは頭の中で母に対する思いを巡らせていた。
「ただいま、帰ったよー!」
 屋敷の扉を勢いよく開き、ジュディが大きな声で叫んだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
 メイドが、この屋敷では令嬢であるジュディに言葉をかけたが、メイドの表情はどこかこわばっていた。どうかしたのかな、と思いつつ、ジュディが屋敷へと入る。とたんに、鋭く張りのある声がジュディの耳へと響いてきた。
「まあ、何て事!それがこの屋敷の娘のやる事ですか!」
 表情の落ち着かないメイドの視線の先に、クレアが立っていた。目は笑っていない。しかし、クレアの心の中は平穏ではない事が、その目から読み取る事が出来た。
「ジュディ、貴方はこの屋敷の娘なのですよ?そこらへんの町娘とは違うのです」
「そんな事ぐらいわかっているよ」
 それでも口答えしてしまうのは、ジュディの性格なのだろう。母親の気持ちを理解しようと心がけても、そう思った通りにはいかないのが、人間の感情と言うものであるのだから。
「令嬢なら、まず、着ていたドレスを脱ぎっぱなしにして外へ遊びに行ったりはしないし、ましてお供を誰もつけずに勝手に出て行くなどという事はしないはずです」
 そう言うとクレアは、まるで見せしめの様に玄関の壁にかけてあるジュディの黄色いドレスを指差した。哀れなそのドレスは、いまやくちゃくちゃになっており、ジュディがいかに適当に扱ったかを物語っていた。
「さあ、こっちへいらっしゃい」
 クレアが静かに廊下の奥へと進んでいく。横にいたメイドはもう、どうしたらいいかわからない、といった様子であった。クレアがどうするのかは、大体ジュディにはわかっていた。だからこそ、クレアのあとについていきたくはなかった。
 だが、不安そうなメイドが、奥様はとてもお嬢様の事を心配しておられました、と言葉を発したのでジュディは、ここは感情は抑えてクレアの言う事を聞かなければ、という気持ちになった。



「そこにかけなさい」
 いつもの口調でクレアが言う。そこはいつも、ジュディとクレアがくつろぐリビングルームであった。リビングには大きなソファーが置かれ、ジュディは何度そこで、尻を叩かれた事だろう。
 ジュディは言われた通りソファーに座った。母がその鋭い視線を向けたら、ズボンを脱いでおしおきを受けなければ母はもっと怒るかもしれない、とジュディは思っていた。
「ジュディ、貴方はいつも私の言う事を守らないけれど」
 さあ、おしおきの時間だ。ジュディはすでにズボンに手をかけていた。
「私の幼い時に本当にそっくり。貴方は私に似たのね」
 ジュディは思わぬ言葉が母から飛び出し、目を丸くしていた。てっきり、尻を出しなさいと言うのかと予測していたからだ。
「じゃあ、お母様も子供の頃、よく怒られていたの?」
 目を細め、クレアはゆっくりと頷いた。
「嘘だよ、お母様が怒られていたなんて。だって、お母様はいつもあたしに厳しく」
「厳しくお母様に躾けられたからこそ、今の私があるのです」
 静かで、おだやかな声であった。クレアは目を細めたまま、何かを懐かしんでいる様に見えた。視線はジュディの方を見つめているけれど、その思いはどこか別の所に飛んでいる様な気がした。
「お母様って、お母様のお母様?って事は、あたしの」
「貴方のお祖母様は、私など比べ物にならないぐらい厳しい方でした。私は尻を叩かれない日はない程、毎日の様に叱られていたものです」
「あたしの、お祖母様に?」
 母が冗談で言ってない事はわかっていた。第一、クレアはこんな時に冗談を言うような人ではない。
「あの頃はとにかく、遊びたくて仕方がなかったわ。外へ行けばいつも楽しい事が待っていて、私は母の言う事など聞かずに、母の目を盗んでは外で真っ黒になるまで遊んでいたものです」
 クレアは小さく微笑んでいた。
 今、クレアは子供の頃を思い出しているのだろう。彼女の思い出がとても楽しいものであるかが、その表情から読み取る事が出来た。
「そして、家に帰る度に母に、どうして男の子みたいな遊びばかりするのかと、怒られたの。私は自分を自由にさせてくれない母が嫌だった。毎日お尻を叩かれたから、私のお尻はいつも赤く腫れていたのよ」
 まるで、今のジュディの気持ちをクレアが代弁しているかのような気分であった。ジュディは当然ながら、クレアの子供の頃は知らない。クレアの子供の頃の様子は、本人が語ってくれる事でしか知る事は出来ないのだ。
「でも、いつしか思うようになったの。母は自分の為にああやって厳しくしているのだと。私がジュディぐらいの時は、まだその事に気付かなかった。でも、大人になって貴方が生まれてから、あの時の母の気持ちが手に取る様にわかる様になった」
 クレアは、どこか恥ずかしそうに語っていた。ジュディは母の言葉を黙ったまま聞いていた。過去の自分を語るクレアに、ジュディは口答えする気持ちすらなくなっていたのだ。
 今、目の前にいるのはクレアであり自分の母親であるけれど、同時に自分自身でもあるのだ。自分は母に似たのだと、この時ほど強く感じた事はなかった。
「だからジュディ。今はわからない事なのかもしれない。貴方が好きなだけ遊びたいという気持ちはわかります。けれど、人には躾が必要という事も知らねばなりません。私の言葉ではないわ。お祖母様がいつも私にそう言っていた」
 今や、クレアの表情にいつもの厳しさが戻っていた。いつもの母であった。しかしジュディは、その母に今までに抱くことのなかった親しみを覚えていた。
 母の言葉の全部を理解し、受け止める事はまだ難しいかもしれない。それでも、クレアに対する愛情がまた少し深まった様な気がしたのだ。
「お母様」
 ジュディはようやく、言葉を口から発した。言葉を口にし、クレアの頭を下げた。「お母様、お願いします。あたしはこれからも、いけない事をしてしまうかもしれません。どうか、私が独り立ちするまで厳しくお尻を叩いて躾けて下さい。あたしが、立派な大人になれる様に」
 本当の優しさとは何か。大人になる為に必要なのは何なのか、ジュディは掴みかけてきている様な気がした。母はジュディに自分の過去を話してくれた。
 いつか、ジュディも自分の娘に、自分の過去を話す時が来るかもしれない。それがいつなのかはわからないけれど、その為にもジュディは、母の教えをしっかりと守らなければならないのだ。
 ジュディは顔を上げてクレアの表情を見た。笑っている様な怒っている様な、何とも言えない表情であった。それでもジュディは、母の思いを理解出来る娘になろうと心の中でそっと決意していた。



 翌日、ジュディは外へ遊びに行き、ささいな事から近所の子供と喧嘩をした。
 仲良しの子供と、どこへ遊びに行くかを決めている時、意見の違いから口論になってしまったのだ。その友達もまた、ジュディと同じく直情な性格であったから、ぶつかり易かったのだろう。
 結局、その日はその友達と仲直りする事も出来ず、喧嘩した怒りの感情のまま、ジュディは帰宅した。喧嘩をしてはいけないと母に言われていたが、自分の中から湧き上がってくる衝動を抑えきる事が出来なかったのだ。それに、自分が悪いとは少しも思っていなかった。
 自分の意見を聞き入れようとしない相手が悪い。ジュディはそれしか思わなかった。
「ただいまー!」
 ジュディは不機嫌なまま、屋敷へと帰宅した。今度はドレスもきちんと畳んでから出かけた。今日こそは母に叱られる事もないだろうと思っていた。
「ジュディ!」
 しかし、そこに待っていたのは、相変わらずオドオドと不安そうにしているメイドと、険しい顔つきをしたクレアであった。
「何よお母様!今度はちゃんとドレスも片付けたわ!」
 喧嘩をしたばかりであるから、ジュディの煮えきった感情がクレアへと飛んでいく。
「ドレスの事ではありません。近所のお友達と喧嘩をしたそうですね。あれほど、喧嘩をしてはいけないと言ったのに!」
「だってお母様、あれはあっちが悪いのよ。あたしの意見をちっとも聞いてくれないあいつが」
「口答えは許しませんよ。そういう貴方こそ、一方的に相手が悪いと決め付けているのでしょう!そういう貴方の性格の事を注意しているのです!」
 一息つき、クレアは続けた。
「さあ、いらっしゃいジュディ!」
 一瞬、ついていくものか、と思った。しかし、次の瞬間には、昨日、自分で決意した母との約束の事を思い出していた。
 今ここで逃げ出しては、いつまでたっても自分は成長できない。自分は母と約束をしたのだ。独り立ちするまで、躾をして欲しいと。昨日の決意は、その場限りの気持ちなどではないはずだった。



「お尻を出しなさい」
 無表情のまま、クレアは静かに呟いた。いつものリビングルーム、いつものソファー。ジュディはもう何も答えなかった。母との約束を頭の中で思い出しながら、下着を全て下ろし、スカートを捲り上げてその尻を高くあげ、母へと差し出した。
 母の表情は見えない。クレアは数字を数えながら、激しくジュディの尻を叩き続けた。痛みが全身にほとばしり、ジュディは痛みと母の愛情を感じ、流れ落ちる自分の涙を抑える事が出来なかった。
「98、99、100!」
 100回数えたところで、クレアの手が止まった。
 ジュディはそばにあったガラスの窓に自分の姿を映した。白くて丸い小さな尻が、真っ赤に腫れあがっていた。
 痛みに耐え切れずジュディはまだ涙を流していたが、もうクレアが憎らしいとは思わなかった。これでまた一歩、大人に近づけたのだとしたら、この痛みもいつしか良い思い出となり、過去の話を懐かしながら自分の娘に聞かせる日もやってくるだろう。昨日の母の様に。
「反省したかしら?」
「はい、お母様」
 クレアの言葉に、ジュディは泣きながら頷いた。
「それでいいのです。そうだわジュディ。明日からもっと短いスカートを履きなさい。お尻をすぐ出せる様に。そうね、膝上のスカートがいいわね。そのスカートを常に履きなさい」
 クレアの言葉に、ジュディは再度頷いたのであった。(終)
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2008年02月21日

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