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『セイント、バレンタイン・デイ! 』
沙紗(mr0093)




 2月14日。
 それはバレンタイン・デイ。今日はその前日。
「うぅ」
 空を見上げ、彼は唸った。
 青い青い空。憎らしいほどに晴れ晴れとした空。
 松下利朗、現在22歳。
 大学最後の年。だが彼は今まで、生まれて一度も誰かからバレンタイン・チョコをもらったことがない。
 確かに容姿は目立たない。だがそれほど醜悪というわけでもない。彼は……とにかく目立たない存在なのだ。同級生からも「どんな顔してたっけ?」と何度も言われるくらい、特徴がない。
 黒縁眼鏡を押し上げ、マフラーを巻き直す。
 義理でもなんでもいい。とにかく「自分」に当てられた、そういうチョコが欲しい。
 とぼとぼと歩いていた彼は、奇妙な格好の娘を発見する。
(なんだありゃ……)
 利朗のほうを娘が振り向く。あまりにも利朗の住む世界では見かけない珍妙な雰囲気に……彼には女神のように映ってしまった。
(もしや俺に神様が遣わしたバレンタインの天使!?)
「あの……!」
 声をかけて思い切り叫ぶ。
「天使様! オレにチョコを!」

***

 現れた沙紗に対し、マリカは疑問符を頭の上に浮かべる。様々な世界を行き来する錬金術師のマリカとしても、沙紗の格好は理解しがたいものだった。
 人間の娘の姿でありながら、その肉体にはチョコが塗りたくってある。挙句、リボンで身体を覆っていた。なんの冗談かとさすがにマリカは訝しげにしたのである。
「……とにかく服を着てね」
 マリカはそう言って、衣服と、風呂を用意した。



 異文化実習として参加することになった沙紗は、『バレンタイン』なるもののことをよく知らない。
 マリカに説明をされたが、完全に理解することはできなかった。それもそうだ。沙紗はそもそも、『相手』のいる世界の人間ではない。別の世界のマーメイドなのだ。
 チョコとリボンはもうない。だが姿は人間のものだ。これがこちらでは『普通』なのだそうだ。
 渡されたペルソナが間違っていたことに沙紗は驚いた。借りたのは自分なのだから、自分の認識がおかしかったのだろう。
(説明されたけど……まだ、少し理解しがたいです……)
 マリカの用意したキッチンは広く、清潔感のあるものだ。沙紗以外、今は誰も居ない。
(とにかく、愛……これは親愛や友愛などの感情をもって、ちょこれーとなる果実菓子の一種を異性に渡す……。しかもこれは、この平行世界でも一部の地域限定……らしい)
 ふむふむと天井を見上げながら沙紗はマリカの説明を反復するが、よくはわからなかった。
 その行動をしてみれば理解できるだろうか? どうだろう。とにかく不安だ。
 マリカに渡された菓子作りの本を読む。文字は沙紗が読めるものだった。目で作業を追っていくが、やはり微妙な気分だ。
 そもそもこの場所は奇妙で仕方がない。別の世界でありながら、さらに別の空間が出来上がっているかのようだった。
(チョコレートは……既製品の再利用が一般的だそうですね。溶かして、固める)
 本の絵を凝視する沙紗は、用意された材料に視線を遣った。なんだかごちゃごちゃとあったが、まぁ名称はどうでもいい。あれらを使って作業をすればいいのだ。
(変に沙紗の常識を考えると、違うものができそう……。やはりここは、参考資料の通りに作ったほうがいいですね)
 自分の常識では、魚丸ごとに海草をラッピングして渡せばいいのではないかなと考えてしまう。だがこの本のどこにも魚類は載っていない。どうやら魚はこのイベントに不必要らしかった。残念。
「お待たせ」
 マリカが室内に入ってくる。顔をあげた沙紗に笑顔を向けてくる彼女は嘆息した。
「しかしあんな妙な願いごとをしてきた人は初めて。あなたにも迷惑をかけることになったし」
 マリカの言葉に沙紗はふるふると左右に首を振った。マーメイド時は声を発することもできないのだが、普段からそうなので沙紗は行動で示した。大抵はこれでわかってもらえる。案の定、マリカはすぐに理解してくれた。
「そんなに大事なものなのかな、チョコレートなんて。貰えても貰えなくてもあまり意味がないような気がするんだけどね。
 この世界の男性があれほど熱心に欲しがるもの……。う〜ん、やはり私には想像できないわ」
 一人で喋るマリカを見上げる沙紗は、彼女について、材料の並ぶテーブルの前に立った。
 あの黒い固形がチョコレートだろう。白いものもそうに違いない。なぜ黒と白があるのだろう……いっそ魚でいいじゃないか。
 果物もある。他にもどっちゃりと用意されていた。あの小さなパラパラしたものは? この紙は? あのギザギザは? 見たことのないものも多いので、かなり珍しい。
「まさか手作りとは……」
 マリカは顔をしかめた。どうやら渡す相手は手作りを希望したらしい。
「私はチョコレートケーキを作るわ。あなたは?」
 沙紗はきょとんとしたが、本を開いて指差す。無難なハート型のものだ。文字を書いて渡せばなお良し、とアドバイスまで書いてあるページである。
 マリカはページと沙紗を見比べ、頷く。
「ではお互い、頑張りましょ!」



 まずは固形のチョコレートを細かく刻む。精霊と自身の魔力を使用して作業を開始した。
 細かくしたチョコレートを湯せんにかける。ゆっくりと溶かしていく。とろとろになっていくチョコレートからは甘い香りが漂っていた。
 ボウルから、溶かしたチョコレートを型に流し込む。わりと大き目のハート型だ。ゆっくりとヘラでチョコを最後まで型に入れて沙紗は安堵した。なんとかうまくできそうだ。
 それから今度はチョコレートを冷やして固める。字を書くのはそれからだ。
 冷蔵庫に入れて、固まるまで待つ。その間に文字用のチョコレートの用意だ。字はホワイトチョコを使用する。
(「愛」でしょうか……書くなら)
 それも間違っているような正しいような……。
 首を大きく傾げつつ、沙紗は丸イスに腰掛けて待つ。その間にもう一度、本を読み返した。

 チョコが固まって今度は文字を入れる作業だ。やはり「愛」に決めた。「愛」の字を、細いチューブの先からチョコを押し出しつつ、書く。
 力加減を間違えるとうまくいかない。これはなかなか難しい。
 四苦八苦して書き終え、再び冷蔵庫へ。
 文字も固まって出来上がったチョコレートは、なかなかの仕上がりだ。
「…………!」
 型から外したチョコに、沙紗は感動した。自分の趣味とは違うけれども、心を込めたお菓子には愛しさがこもる。
 だがやることはまだ残っている。次はラッピングだ。ダサいラッピングではいけない。可愛らしく、いかにもこのイベントに相応しいものにしなければ。
 用意されていた箱の山から、チョコレートを冷やしている間に選んだものをじっと凝視する。
 ピンク色のハートの箱。自分が作ったチョコレートよりは一回りは大きいものだ。
 ラッピング用の飾りの紙を敷き詰め、チョコを入れる。メッセージを記したカードを入れ、蓋をした。箱に細いリボンをつけ、出来上がり。
 これで、いいのだろうか?
 いや、でもかなりこれは……。
「うわぁ、可愛らしい」
 背後からマリカの声がして、びくっと沙紗が肩を震わせる。
 これでいいのだろうかと不安そうな沙紗に、彼女は親指を立ててグッドサインを送ったのであった。



 松下利朗はマリカに言われて、ずっとこの部屋で待っていた。どきどきと心臓が高鳴る。
 あのバレンタインの天使は、自分にチョコをくれる人を紹介してくれるそうだ。義理だろう。きっと。でも、そうだとしても。
(オレに向けてのチョコ……)
 本当に?
 真っ白な部屋の中で、緊張に身を震わせる彼は、ノックの音に反応して腰をあげた。



 このドアの向こうに、渡す相手がいる。マリカはドアをノックしている。沙紗はその様子を見てから、自分の箱に目を落とす。
 どきどき、する。これで本当にいいのかどうなのか……やはり魚のほうがいいんじゃないだろうか?
(喜んでもらえればいいんですけど……)
 頑張って渡す。それだけだが、非常に神経を遣いそうだ。怖そうな人でなければいいけど。
 ドアの向こうから声がした。若い男のものだ。
 マリカがドアを開くと、マフラーをした眼鏡の青年が立っていた。平凡すぎる男だ。
「松下、ご希望のバレンタイン・チョコレートよ」
 マリカの言葉に彼は顔を赤らめ、ぎこちない動きで微笑む。
 沙紗はマリカに続いて部屋の中に入った。壁も天井も床も真っ白な部屋。その真ん中にある黒いイスに座っていたらしい松下は目の前にやって来た沙紗とマリカを交互に見て緊張していた。
 マリカが先に松下にラッピングされた箱を渡した。作っていたチョコレートケーキに違いない。
 嬉しそうに貰っていた松下に、今度は沙紗が渡す。どうしようと目を泳がせていたが、両手で箱をぐっと押し出した。とんでもなく恥ずかしい。顔を赤くして俯き、松下が受け取る気配を感じる。やっと肩の荷が下りた。
 顔をゆっくりと上げると、松下は感動して目を潤ませていた。
「ありがとう……、嬉しいです……!」
 彼はマリカに何度も頭をさげ、沙紗にも感謝の言葉を言う。あまりの勢いに沙紗は怖くなってマリカの背後に隠れてしまったが。



 チョコを大事そうに抱えて、彼は去っていった。
 沙紗をマリカは見た。
「ありがとう、とても助かったわ」
「…………」
 ふるふると首を横に振る。たいしたことはしていない。ただ良かったのは、彼が心底喜んでくれたことだろう。
 マリカはふと気になって尋ねた。
「そういえば、メッセージカードを入れてたでしょ? 何を書いたの?
 あ、言いたくなければべつに」
「…………」
 沙紗は本を開き、指差す。マリカは本を覗き込んだ。
「……………………」
 無言になった彼女は、ゆっくりと姿勢を正して苦笑いを浮かべる。
「普通に考えればいい言葉だとは思うけど……」
 違いましたか? と、沙紗は首を傾げた。
 マリカはもういない松下のことをちょっとだけ不憫に思う。
(箱を開けてがっかりしなければいいのだけど……)
 沙紗はチョコに「愛」の文字を入れていたはず。そのチョコに喜んだ後にあのメッセージカードを見て、彼はどう思うだろう?
(本命だと勘違いしてしまうかしら……? それとも、皮肉かと思ってがっくりするかしら)
 素直に励ましだと勘違いしてくれることを、祈るしかない。



 自分の世界に戻った沙紗は、変わったイベントのことを思い返して嘆息した。あんなに神経を遣ったのは久々だったかもしれない。
 見知らぬ人にプレゼントを渡す、なんて……。
(本当に、よく頑張りました、沙紗は)
 自分を褒めて、それからマリカの苦笑を思い出す。
 本に載っていた通りのものを入れたのに。
(「恋愛成就」って、ダメだったんでしょうか……?)
 彼もそのうち恋をするだろう。その時に役立てればいいはずだ。
(やっぱり、ばれんたいん、って……よくわかりません)
 あれほど嬉しがるようなものなのだろうか?
(沙紗は、あんなものより、魚をいただくほうがすっごくすっごく嬉しいですけど)
 あの菓子であることに意味があったようだが、やはり最後まで沙紗には理解できなかった。
 けれども目的は達成できた。だからこれで――。
(めでたしめでたし、です)



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【mr0093/沙紗(サシャ)/女/6/マーメイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、沙紗様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 無事にチョコレートを完成、手渡し完了です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
Bitter or Sweet?・PCゲームノベル -
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学園創世記マギラギ
2008年02月20日

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