▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『雨がやむまでは 』
平松・勇吏4483)&古宮・里都(6136)&(登場しない)


 胸糞悪い喧騒の中で飲む酒ほど不味いものは無い。
 偶然入ったカフェバーのカウンター席でジンをあおりつつ、平松・勇吏は苛立ちを募らせていた。美味い酒を味わおうと心を躍らせていたのに、味どころか店の雰囲気まで台無しだ。
「オイオイねーちゃん、どうしてくれんだよ。俺の上着汚れちまっただろうがよォ」
「も、申し訳ございませんっ!」
 こじんまりとした店内で、カウンターと平行に並んでいるテーブル席。その中のひとつで下卑た笑いを上げている3人の男達と、彼らに頭を下げている若い女性店員。他の客は揉め事に関わりたくないのか、見て見ぬ振りを通している。
 店員は勇吏が入店した時にはカウンターに入っていた。人当たりの良い笑顔が、天井からぶら下がっている白熱灯の光よりも眩しいと感じた。しかし今はそれが、スプーンで刺した角砂糖のように脆く崩れてしまっていた。
 窓の外で夜の雨音が酷くなる。いつの間にか大降りになっていたらしい。それに比例して男達の馬鹿笑いも音量を増しているようだった。
「可愛く謝ったって無駄だぜ、ねーちゃん。このコート高かったんだよ。酒こぼされたら染みになっちまう」
「クリーニング代、当然払ってくれるよなァ?」
「何とか言えよコラ」
「ほ、本当に申し訳ございませんでしたっ。えっと、いくらお支払いすればよろしいでしょうか……」
 聴く者が気の毒になるほど店員の声は震えている。汚したコートを布巾で拭く手の動きはぎこちない。
 そうだな、とリーダー格の男は酷薄な笑みを唇に刻み、店員の腰に手を回した。
「どうせならコッチで払ってもらおうか」
「えぇ〜っ!?」
 そこまで聴いた瞬間。
 火山噴火の如く、勇吏の我慢は限界を突破した。
 既に酔いが回っている身体でゆらりと立ち上がり、店員の背後から男達に歩み寄る。そして低く言い放った。
「おまえらウルサイからハイスラでボコるわ……」
「誰だテメェ!」
「俺は通りすがりの古代からいる謙虚なナイト!」
「はぁ?」
 身構える男達と店員は、勇吏の意味不明な名乗りに目を瞬かせるが、当人は硬派に決めたつもりである。
 足下や姿勢はやや覚束ないものの、映るものすべてを射殺さんばかりの鋭利な眼光が男達をたじろがせる。仮に眼光に攻撃能力が備わっていたなら、彼らは勇吏に一睨された瞬間に絶命していただろう。左目下の傷跡がその凶暴性を助長している。
 自作の白樫木刀を握り締め、勇吏は本格的に啖呵を切った。
「おまえらがゴチャゴチャ騒いでると酒が不味くなンだよ。つーわけでおとなしくボコられろ」
「ふざけんな!」
 男の一人が殴りかかって来たのをさらりとかわし、木刀を勢い良く振り翳す。

 それから迷惑な不良3人が半泣きで退散していくまでの所要時間、約1分。
 店内を清々しい風が吹き抜けていった。

 ★

 今日はたまたま運が悪い日だったんだ、と古宮・里都は思っていた。
 喫茶店経営開始からある程度の月日が経過し、客のクレーム対応にも徐々に慣れてきていたが、今日のクレーマーは手強かった――というより、怖かった。そもそもコートに酒をこぼしてしまったのは、リーダー格の男が故意に足を引っ掛けてきたからであり、そのせいで転びかけた自分に非は無い。
 しかし、世の中には救世主とも呼べる人間が少なからず居るのだと、今回の一件で知った。
 不良達を追い払った青年の手を両手で握り、心の底から礼を述べた。
「ほんとにありがとー! ああいうお客さんがうちに来るの初めてだから、すっごく困ってたの」
「別に……イライラしてたからボコッてやっただけだ」
「さ、座って座って。お詫びとお礼を兼ねて、今日は好きなだけ飲んでね」
 青年を元の席に座らせ、自分もカウンターの内側に戻る。
 この青年、見たところ20代前半だろうか。その割には、ジンをあおる姿は様になっている。先程の妙な名乗りは酔った勢いのせいなのだろう。普段はクールなのかもしれない。若干憂いを帯びたように見える茶色の双眸が、どこかアンニュイな魅力を醸し出していた。
 ――結構カッコイイかも。
 思わずにやけそうになる顔を両手でぺちぺちと叩く。ごまかすように青年に問いかけた。
「うちの店、初めて、よね?」
「ああ。さっきみてェな連中が来なきゃ居心地のいい店だな」
「よかったらまた来て。――そうね、用心棒としてちょくちょく顔出してくれると助かるんだけど。うん、いいな、それ」
「は? 用心棒?」
「いいでしょ、古代からいる謙虚なナイトさん」
 半ば強引に約束をとりつけ、ほぼ空になったグラスにジンを注ぐ。青年――勇吏は小さく苦笑し、懐から取り出した一本の煙草を口に銜えた。ライターで点火すると同時に返答する。
「俺には平松・勇吏って名前があるンだが」
「あたしは古宮・里都、ここの店長よ。これからよろしくね♪」
「店長……、へぇ」
「何、その『へぇ』って」
「あんた若そうだから意外だった」
「若いわよ。四捨五入して20歳だもん」
 カラン。
 グラスの中で浮かんだ氷が微かに揺れた。

 小降りになった雨音は、静かに夜を彩っていく。



[了]
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蒼樹 里緒 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年02月18日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.