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『ネズミ年に見る猫の夢 〜 炎陽の星の下 〜 』
桐生・暁4782



 年が明け、新たな始まりの爽やかな風に包まれた世界。
 新年の楽しみといえば、お雑煮に御節、凧揚げに福笑い、そして何より―――

 カツカツとブーツの踵を鳴らしながら、ミネコは眼鏡をすっと上げると自動ドアを通り抜けた。
 広い応接間の中央、タプンとした体型の男性がデスクに足を乗せて踏ん反り返っている。
「ボス、被害は拡大し続ける一方です。ネズミー達に洗脳された人々は、今では世界の9割に及んでいます。子供も親もお年玉をチューオウに捧げています」
「くそっ‥‥子供の楽しみ、お年玉を狙うとは‥‥!」
「彼らはそれでチーズを買い占めており、世界中の市場からチーズが姿を消しつつあります」
「チーズまで奪うとは、許すまじネズミーどもめっ!」
「挙句、猫を閉じ込める作戦に出ています。狭い部屋に押し込められる猫達‥‥許すまじ、ネズミーどもめっ!!」
 ミネコがフーっ!と髪の毛を逆立てる。彼女は猫と人のハーフなのだ。
「ボス、この状況を打開できるのはあたし達しかいません!」
「‥‥しかし、2人ではどうにも出来まい」
「確かに、チューオウもネズ四天王も強いと聞きますが‥‥」
「そもそも、ネズ四天王とは何なんだ?」
「ネズ四天王とは、チューイチ、チューニ、チューサン、コーイチの4人からなるネズミー国きっての兵で‥‥」
「おいおい、何だよ最後。何でコーイチ?チューって来てたのに何で最後だけそんな落ち!?」
「ボス、中学は3年生までですから」
「いや、知ってるって、そんな哀れむような目で見るなよ!知ってるっつの!でもさ、別に中学の話してるわけじゃなかっただろ!?」
「‥‥彼らを倒し、鍵を奪う事によって始めてチューオウの元へ行けるのです」
「上司の華麗なツッコミを無視かよ!」
「‥‥デボス、ここはネズミー達に洗脳されていない人間の中から適当に勇者を見繕いましょう」
「デボスって何だよ!思いっきりDの発音いらないだろ!?そもそも、適当にって、勇者がそんな切ない選ばれ方して良いのかよ!?」
「デス、事は一刻を争うのです」
「何でデス!?Dの発音いらねーっつってんだろ!?」
「確かに、普通の人間をネズミーの元へ行かせるのは酷です。そのため、あたしは夜を徹してコレを作りました」
 ミネコが背後から取り出したソレは‥‥‥猫耳、だった―――
「これを頭の上に乗せれば、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーの誕生です!」
「ニャンコ戦隊ニャンレンニャー!?言い難っ!」
「適当に見繕った人間の頭にこれを乗せれば、必殺猫パンチと必殺猫ジャンプ、そして必殺ネコじゃらしが使えます!」
「‥‥最後の何だよ、どんな技!?」
「ちなみに、語尾がニャーになるのはお約束です」
「うわぁ‥‥‥」
「ボス、偏見はいけません。猫耳は種族です。どんな年齢でも似合うべきなんです!」
「そんな力いっぱい言われても‥‥」
「‥‥コレはネズミーに洗脳されていない人間の頭にしかくっつきません。そして、くっついたが最後、チューオウを倒すまで絶対に外れません」
「呪われてんじゃないのかソレ!?」
「ニャンコ戦隊ニャンレンニャーが全員集まり、ネズ四天王を倒して心が一つになった時、巨大ロボニャンジャーが出現します」
「ニャンジャー!?」
「チューオウはネズミのクセに巨大だと聞きます。最後はロボに乗っての戦いになるかと。‥‥おそらく巨大生物対巨大ロボの戦いですので周囲に莫大な被害が出るでしょうが、世界の猫の幸せのため、チーズのため、お年玉のため、ここは目を瞑って‥‥」
「瞑れるかーーーっ!!!」
「とにかく、猫の為に早いところ勇者っぽい人間を適当にとっ捕まえて猫耳を装着させましょう!」
「‥‥結局は猫のためかよ‥‥」



☆ ★ ☆ 炎陽の星の下 ☆ ★ ☆



 北から吹いた突風に、綺麗な金色の髪が揺れる。
 ――― サムっ‥‥‥
 細身の身体を縮め、首に巻きついたマフラーに顔を埋める。
 息をするたびにチリリと気管と肺を刺激する空気。吐き出せば、白く濁った帯が後方へと流れていく。
 枯れた噴水の前に座り、桐生・暁は街行く人々を無言で眺めた。
 夏になれば冷たい水が噴出し、太陽の光りに照らされて薄っすらと虹を作るこの場所は、暑い盛りにははしゃぐ子供達の声にカップルの甘い囁き声、女子高生の甲高い笑い声が弾けるのだが、今はマフラーに手袋、コートが必須の冬。通り過ぎる人々は皆無表情で、何処か暖かいところに早く入りたい、そんな心の声が聞こえてきそうだった。
 ショーウィンドウには門松が描かれ、賀正と書かれた紙が張られている。福袋を売っている店員に、群がる人々。賑やかだけれどもどこか厳かな、それでいて緩んだ空気が広がっている。
 金色の髪から見える白い耳に、銀色のイヤーカフスが光っている。 十字架が彫られたソレを指先で撫ぜ、思わず苦笑する。
 ――― 十字架なんて、皮肉だよな
 血のように赤い瞳を瞬かせる。 カラーコンタクトだよ。誰かが瞳の事に触れるたび、暁はそう言って微笑んだ。 絶対に誰にも見抜けないはずの完璧な微笑で、本物なわけないじゃんと、軽く言い放って。
 男性にしては華奢な指に巻きついた、やけにゴツイ髑髏の指輪に視線を落とす。
 刹那だけ寂しそうな表情を覗かせ、全ての感情を意識の外に排除し、立ち上がる。
 賑わう街中をグルリと見渡した時、暁の目にコレだ!と思う女の子が映った。
 腰まである長い髪を三つ編にし、眼鏡をかけた少女は、ブーツの踵を鳴らしながら真っ直ぐな姿勢で歩いて行く。
 膝上のスカートに、短めの白のコート。横顔は可愛らしく、コート越しにも豊満な胸元が盛り上がっているのが見える。スカートから伸びる脚は細く、白い。
 一見地味で目立たなそうな子だったが、近くで見ればアイドルなみに可愛らしい事に気づく。
 気づいた数人が振り返るのを見ながら、茶色い髪を揺らして歩く少女に声をかけた。
「ねぇ、君‥‥‥」
 立ち止まった少女の透き通るような銀色の瞳が、暁の紅の瞳を真っ直ぐに見上げる。 身長は150cm少々くらいだろうか。確実に155cmはないだろう。
「 ――――― 見つけた‥‥‥‥‥」
 可愛らしい少女は、見た目と同じように細く可愛らしい声で嬉しそうにそう言うと、コートの中から何かを取り出し、暁の腕を引っ張った。
「うわっ!?」
 その細腕のどこにそんなパワーがあるのかと思うほどの強い力で引かれ、思わず体勢を崩す。
 倒れこむまいと足を踏ん張った時、何かが頭の上に乗せられた。
「貴方をニャンコ戦隊ニャンレンニャーの一員と認めます」
 ふわりとコロンの香りを撒き散らしながら少女はそう言うと、小ぶりの手鏡を暁に手渡した。

「にゃ、ニャンじゃこニャーーーーーっ!!??」

 ――――― って言うか、この喋り方も何ーーーーっっ!!!???



★ 3ニャンジャー ★



 金色の髪の上、チョコンと立った三角形のものが二つ。華奢な身体へと視線を滑らせば、ジーンズの後ろ、尾てい骨部分から伸びた純白の長いもの。
 暁は尻尾と同じ純白の毛に覆われた耳を、シュンと横にすると三角座りをしながら床にのの字を書いた。
「今日はニャンパする為にチャラい格好してたのにニャー‥‥‥」
 まぁ、今日“も”なんだけどさ ―――――
「正月といえば、皆でナンパニャ?にゃのに‥‥‥っこの服に猫耳‥‥‥せめて衣装とかあれニャ!」
 くっと唇を引き結び、ユラユラと寂しげに尻尾を揺らす。
 長い尻尾は床を滑り、ミネコが小さく「あの尻尾便利ですね。掃除しなくても良さそうで」と、ボスに耳打ちする。
「正月といえばで、皆でナンパなんて考え、滅多に出てこねぇよ‥‥‥」
「皆でって、暁さん一人だったじゃないですか。思いっきり一人チーム、孤独でしたよ」
 ズケズケ物を言うミネコに、十代のガラスの如き繊細な心が粉々に砕かれそうになる。
 まぁ、ミネコの言う事ももっともで、むしろ正論なため、反論は出来ないが‥‥‥。
「衣装つったってなぁ‥‥‥」
「だって、この格好に猫耳と猫尻尾ってヤバイにゃ!?色々と!」
「ボス、確か倉庫に黒の全身タイツがあったと思いますよ。 それなら、尻尾も耳も気にする必要はありません!」
 名案を思いついた!と言うように、ミネコが瞳を輝かせる。
「いや、意味わかんないから。今以上に怪しい人になるだろ!?」
「うう、ボスが怪しい人って言ったニャー‥‥‥」
 ますます耳をシュンとし、脅威のスピードで床にのの字を書く暁に、慌ててボスがご機嫌を取ろうと擦り寄ってくる。
「ま、まぁ、暁も男にしては猫耳が似合っているというか、可愛らしいというか‥‥‥な?ミネコ?」
「‥‥‥暁さん、一刻も早くソイツから離れてください!」
 ミネコの鬼気迫る表情に、腰を上げる。
 キョトンとしているのはボスも同じで、男同士よく分からないアイコンタクトを交わすと、暁はミネコの隣に立った。
「良いですか、暁さん。アイツは、猫耳萌なんです。 あたしはここに来た当時、猫耳もありましたし、語尾にもニャーをつけてました。でも、初対面でアイツが『三つ編猫耳眼鏡っ娘、はぁはぁ』と気持ちの悪い笑顔を浮かべながら近付いてきたので、あたしは猫耳を引き千切り、血の滲むような努力でニャーと言わないようにしました」
 猫耳を引き千切る‥‥‥それほどイヤだったのだろう。
「暁さんは細いですし、お綺麗ですし、猫耳も似合ってますし、ボスの毒牙がその身を穢さないことを祈ります」
 胸の前で手を組み、祈るようなポーズのまま静止するミネコ。
「お、俺は男は趣味じゃな‥‥‥‥‥」
「でもボス、暁さんはそこらの女なんて逃げ出しちゃいそうなほど綺麗じゃないですか」
「ま、まぁ、綺麗って言うのは分かるが‥‥‥」
「逆に考えるんですよ。コレだけ綺麗なんだから、男の子なはずないじゃないかって」
「いや、どれだけ綺麗だろうがなんだろうが、男は男だから!」
「むしろ、ポジティブに行きましょう。もう、男でも良いかって‥‥‥」
「何がむしろ!?何が良いか!? それ、良いって言った先、俺の人生どうなっちゃうのおおお!!!?」
「ボスの人生なんて、たかがしれてるでしょ」
「何コレ!何でこんな扱いされなきゃならないの!?しかも直属の部下に!!」
 ミネコからゴミのような扱いをされたボスが、のた打ち回る。 ミネコが口元に残酷な微笑を浮かべながら、冷ややかな視線でボスを見つめているのが、ちょと怖い。
「つーか、俺ってどっちかってゆーと悪役っぽくにゃい?」
 自身の服装を見下ろし、暁がポツリと言葉を落とす。 軟派な大学生風の服装は、明らかに猫耳と猫尻尾とは合わない。それこそ、正義の味方として出て来たら、お子様達は口をそろえて「なんか違う」と言うだろう。
 勇者様も正義の味方も、熱血タイプや冷静タイプなどが多い気がする。 そもそも、軟派な勇者や正義の味方では遅々としてお話が進まない危険性があるだろう。
 村人Aの家に堂々と上がり、箪笥や壷などの中を見てお金を巻き上げ、ついでに家の中をうろうろしている村人女Bに声をかける。 お嬢さん、今暇だよね?なら、俺と良いことしない?俺こう見えても勇者でさー‥‥‥ ロクな勇者にならないだろう。 むしろ、魔王なんてそっちのけで女の子と遊んでいそうだ。
 正義の味方の場合は、可愛らしい敵キャラが出て来てしまったならば仲間割れの危機だ。 俺は全ての女の子の味方なんだー! と言いつつ仲間を攻撃するヒーロー‥‥‥どうしようもなく救いようがない。
「‥‥‥まぁ、新時代のヒーローと言うことで良いんじゃないんですかね?」
 結構適当に言うミネコ。 ぶっちゃければ、猫を助け出しさえしてくれれば誰でも良いと言うのが本音だ。
「とにかく、猫のため、お年玉のため、猫のため、チーズのため、猫のため、頑張らなくてはなりません!」
「おいおい、いちいち猫挟むなよ。‥‥‥サブリミナル効果か?」
「まぁ、お年玉の為ならしょーがにゃ‥‥‥ハッ!!」
 ボスの丁寧なツッコミをスルーした暁が、何かを思い出したらしく顔を上げる。
 耳がピンと立ち、尻尾がピタリと動きを止める。
「もしや、先生とかお年玉くれにゃいのって、ネズミー達のせいニャ? くそっ、ネズミーめ!」
「‥‥‥普通くれないだろ、先生は‥‥‥」
「くれるにゃよー! 近所の人とかもくれるにゃよね、お年玉」
「まぁ、近所の人ならくれるかもしれないが‥‥‥どんだけ近所との結びつきが強いんだよ」
 この大都会東京において、近所の人と言えば、顔を見合わせれば挨拶をする程度、会釈をする程度の存在である場合が多い。もっと酷くなると、隣に誰が住んでいるのかよく分からないと言った場合もあるだろう。 隣近所の人からお年玉を貰えるなんて、ある意味凄い。
「まぁ、暁さんはまだ学生なのでお年玉を貰っても良いとは思いますが‥‥‥」
 ミネコはそこで言葉を切ると、背伸びをして暁の頭を撫ぜた。
「え?え?にゃ、にゃに??」
「可愛らしいなぁーと思いまして、つい」
「‥‥‥あ、ありがとうニャー」
 一応カッコ良い系を目指してコーディネイトした服なのだが、どうやら暁のやや幼い雰囲気を残した表情がミネコの何かに火をつけたらしい。 ミネコの気の済むまで撫ぜられていようと大人しくしていた暁の視界の端で、ボスがなんとも言えない表情で固まっている。
「あ、にゃんかボスもしてほしいみたいにゃよ?」
「イヤですよ、あんな大きなペット」
 吐き捨てたミネコの言葉に苦笑し ―――――
「え、もしかして俺って、ペットにゃ?」
「こんな手触りの猫欲しいんですよねぇ。 もっとも、もっと小さい方が良いんですけれど‥‥‥」
 猫フェチの彼女の瞳の中、当惑したような暁の顔が一瞬、猫に変わったような気がした。



☆ コーイチ登場 ☆



 コーイチの居場所を突き止めたという連絡を受け、一行は電車でその場所まで向かった。
 本来ならばボスの運転する車で颯爽と向かうはずだったのだが、鍵が見つからなかったためにあえなく電車での出動となった。
 猫耳猫尻尾をつけた暁には当然、痛い視線が突き刺さる。 まだお正月のまったり気分に浸かっている人々は、この寒空の下家から出るのは嫌だと、コタツでぬくぬくしているらしく、乗車率が頗る悪いことが不幸中の幸いだった。
 ミネコとボスが、遠くで窓の外を眺めている。 明らかに暁と関わるのを避けているようだ。
 ――― ミィちゃんは良いとして、ボスが ‥‥‥
 フェミニストと言うわけではないが、どちらかと言えば男性よりも女性の方を大事にしたいと思っている暁が、少女であるミネコ ――― しかも、彼女はかなりの美少女だ ――― よりもボスに微かな殺意を覚えるのは、言ってしまえば当たり前だ。
 ――― 絶対ボスに抱きついてやる。 絶対どこかでパパー!って叫んで抱きついてやる!
 メラメラと妙な計画を立てている暁の気持ちなんてお構いなしに、ボスが目だけで「次の駅で降りるから」と伝えてくる。 そのくらい口で言ってくれても良さそうなものだが、あくまでボスはコスプレ少年 ――― 勿論、暁のことだ ――― の関係者である事を周囲に悟られたくない様子だ。
 妙な決意を胸に、暁はボスとミネコの後に続いて電車を降りたのだった。



 白亜のお城。そう表現しても過言ではない、東京都にあるにしてはあまりにも巨大すぎるお屋敷を前に、暁とボス、ミネコまでもがポカンと口を開けて間の抜けた表情をキープしていた。 高級住宅地であるこの場所は、お洒落で大きめのお屋敷が多く建ち並んでいる。数メートル間隔で植えられている街路樹までもがどことなく高貴な雰囲気を纏っているから不思議だ。
 鉄の門は重たげで、上には鳥避けの鋭い杭が空に睨みをきかせている。 両開きの扉まで続く道はお城と同じ白で、両側には花が植えられており、門の外から見えるギリギリのところには、小振りの噴水らしきものが置かれている。
「凄いニャー」
「どれだけ稼いだらこんなところに住めるんだ?」
「‥‥コレもお年玉の効果ですかね?」
「まさか。お年玉だけでここまでなんて‥‥」
 まるで大きな声を出す事が罪だとでも思っているかのように、ボスとミネコがボソボソと顔をつき合わせて小声で喋っている。最初は聞こえていた話の内容もついには聞こえなくなり、暁はグルリと周囲を見渡すと門の横に設置されていたインターフォンを押し込んだ。
 ピンポーン。 普通の音であるはずなのに、どこか高級感が漂っているように感じる。‥‥不思議だ‥‥。
「ちょ、暁!こんな城のインターフォンなんて押して、甲冑着た兵士が出てきたらどうするんだ!」
「そうですよ暁さん!吸血鬼とか、ゾンビとか、キョンシーとか、雪女とか、座敷童子とか出てきたらどうするんです!」
 セレブな雰囲気に呑まれつつあるボスとミネコが、思いっきり場違いな事を言い出す。
 甲冑を着た兵士が出てきたら、国を間違えていると教えてあげよう。それか、鎧兜を買ってきて渡してあげよう。
 吸血鬼は、すでに目の前にいるし ――― もっとも、暁とて純粋な吸血鬼ではないが ――― ゾンビとキョンシーは埋めなおしてあげよう。 雪女が出てきたならば山に返してあげるのが一番良いし ――― いくら冬とは言え、街中は雪山よりも暖かすぎるだろう ――― 座敷童子が出てきたら、家へお帰りと優しく言ってあげるか、もしくは誘拐しよう。ウチのが住み易いよと巧みに誘い出し定住させてしまえればこっちのものだ。
『はい、コーサンですが』
「ど、どど、どどどうする!?セレブの声が‥‥!」
 ツッコミのくせにオロオロとするボス。 どうやら彼はセレブの言葉に弱いらしい。
「お前の命を奪いに来た」
「どのこ暗殺者だよ!」
 正々堂々と嘘偽りなく言い切ったミネコの頭を軽く叩くボス。
「暴力は反対ニャー!」
 女の子に手を上げる男は土に埋めてしまえとばかりに、暁がボスをミネコから遠ざけると足元の土を投げつける。 必殺☆目潰しをモロにくらい、目を瞬かせるボス。
「おいいい!!目が!目がっ‥‥!!」
「正義は必ず勝つニャー!」
「正義って言い張るな!」
『ふん、ニャンジャーの連中か。 のこのこやられに来るなんて、ご苦労なことだな』
「はいはい、そう言ってやられるのが敵役の宿命なんですよ。その台詞、格好良いと思っているのかも知れませんが、確実に死亡フラグですからね、気をつけたほうが良いですよ」
「なに現実的なツッコミ入れてるんだよ! アニメ見てる冷めた大人か!?」
「確かに、そう言うヤツは大抵すぐ死ぬニャー」
「俺をただの敵役だと思うな!」
 門の向こう、両開きの扉が左右に開くと中から真っ白なスーツ姿の、いかにも夜の雰囲気のする男性が出てきた。 年の頃は20代前半程度で、金色に染め上げた髪の上にはピョコリとネズ耳がついており、お尻からは細い尻尾が見えている。
「俺はな、四天王きっての美男子で、それこそ奇跡の美少年と言われるほどの美しさで‥‥‥」
「うわー、ネズ耳とネズ尻尾つけた奴がいるニャー! ミィちゃん、目ぇ合わせちゃヤバイニャ!」
 思いっきり聞こえる声量で囁かれた言葉に、ミネコが素直に頷くとプイと視線をそむける。
「お前は人のこと言えるのかよ! この、猫耳少年がっ!!」
「猫耳は一応コスプレとしてアリだけど、ネズ耳はナシニャ。せいぜい今年の初めだけに許される期間限定物だニャー」
「ネズ耳だって十分アリだろ!?それに、期間限定物は売れるんだぞ!?」
「でも、期間が過ぎれば売れないだろ」
 直球を打ち返され、コーイチが渋い顔になる。
「そう言えば、暁さんが優しい助言をしてくださる前になにやらぐちゃぐちゃ言っていたようですが‥‥‥?」
 未だに目を逸らしたままのミネコの言葉に、コーイチがハッとした顔をすると、どこから取り出したのか胸元に一輪の薔薇の花を飾り、前髪をサラリとかきあげ、真っ白な歯を見せた。
「四天王きっての美男子、奇跡の美少年と言われ続けたこのコーイチを前にして、果たして貴様らはトキメかずにいられるかな?」
 ニヤリと夜の笑顔を浮かべるコーイチだったが、奇跡の美少年と言われるほどの外見ではない。 言ってしまえば、暁の方が全然綺麗な顔立ちをしており、もっと言えばボスの方が整った顔立ちをしている。
「いや、俺は男は専門外だからパス」
 ボスがいち早くリタイヤ宣言をする。
「あたしはそもそも、顔すらも見てないですし」
 依然視線を逸らしたままのミネコが、少しだけ肩を竦める。
「コーイチなんかより、ミィちゃんの方がよっぽど良いニャー」
 奇跡の美少年と言われた四天王きっての美男子は、ニャンジャー達には評判が悪かった。
「あの子より、手前の金髪の猫耳の子の方がよっぽど奇跡の美少年よねー。 あの隣にいる美少女とだってつりあってるし」
「そうそう。もしあのネズ耳の子があの美少女の隣にいたら、悲惨よねー」
 いつの間にか出現していたおば様達の井戸端会議に、コーイチがブチ切れる。
「お前らの美的感覚は最悪だ! こうなったら、一から美のセンスを叩きなおしてやる!」
「‥‥むしろ、あたし達が彼のセンスの悪さを直した方が良いかも知れませんね」
 ポツリと呟くミネコ。 その向こうからは、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしたコーイチが歩いて来る。
「可愛いコを敵前になんて出せないニャー! ここは俺が行くニャー!」
「いや、でも暁。なんかアイツ、妙に怒ってるみたいだし‥‥」
 門が開き、中に入ろうとしていた暁がキッ!とボスを睨みつける。
「何、デボスさん!ミィちゃんを敵前に出していいのニャ? デボの鬼ッ!!」
「だから、何でDなんだよ!いらねぇだろD! つーか、もしかしてお前はこの体型のこと言ってるのか!?差別発言だぞソレ!泣くぞ俺!」
「そう言うのを被害妄想って言うんですよ、ボス」
「第一、お前大丈夫なのかよ!? いくら変な男だっつっても、一応ヤツはネズ四天王の一員だし‥‥」
「鍛えてるから大丈夫ニャー!」
 言うが早いか、鼻息荒く突進してきたコーイチを前に、高く飛び上がると必殺☆猫パンチを打ち込む。 体重の乗った重たいものだが、跳躍時に多少スピードが落ちているため、避けられるのは計算のうちだった。避けたところを後ろから蹴り倒せば、多少ダメージを与えられるだろう。
 そう考えていた暁だったのだが‥‥‥彼のスローなパンチは綺麗にコーイチの左頬に入ると、勢いをそのままに彼の身体を吹っ飛ばした。
「えええええぇえぇぇっ!!!??」
 思わず間抜けな叫び声を上げてしまう暁。
「弱い、弱すぎるニャー!」
「ふっ‥‥まさか俺の顔にパンチを入れられるやつがいたとは。 高価な美術品を砕いても目的を達成させようとするその姿‥‥‥嫌いではない。ふん、良いだろう。俺の持っているこの鍵をくれてや‥‥むぎゅっ」
「さぁ、とっとと次に行きましょう。 その前にコーイチの鍵を手に入れなくてはならないんですが‥‥あれぇ?」
「ミィちゃん、コーイチの顔踏んでるニャ、思いっきり踏んでるニャ」
「あぁ、だから靴の裏がぐにゅっとして気持ち悪かったんですね。 もー、何で私の靴の下にいるんですか!」
 プリプリと怒りながら、コーイチの身体を足で蹴りつつ鍵を奪うミネコ。
 ――――― 言っておくが、彼女は完全なドSだ ‥‥‥‥‥‥



★ 三天王と禁断の必殺技 ★



 チュートリオ発見の知らせを受け、ニャンジャー達は今度こそボスの車の鍵を見つけ、白の軽自動車に颯爽と乗り込んだ。 もっとも、冬場はエンジンがかかりにくい挙句温めなければならないため、乗った後少しばかりコンクリート打ちっぱなしの駐車場を無言でボンヤリと眺めていた。
 車で走ること数分、着いた先は広い庭を有する巨大な邸宅だった。
「うわ、またしても大きいニャー」
「でも、コーサンの住んでいたところの方が無駄に大きかったですよね」
「ここの庭で三人を見たって目撃情報があるんだ」
 敵自動発見装置などないため、彼らを探す時はボスやミネコよりも下、一番下っ端の新入社員が足を使って地道に聞き込みを重ね、見つけなければならない。ソコのところは警察となんら変りはない。
「とりあえず‥‥‥ニャっと‥‥‥」
 身軽に門を乗り越え、中から門を開ける暁。
「不法侵入じゃないか‥‥‥」
「ボス、これから殺人をしようとしているんですよ。不法侵入くらい、どうってことないです」
「ヤメロ、俺を悪の組織に引きずり込むな!」
「悪の組織じゃにゃいニャー!正義の組織だニャー! 正義のためなら血の道を歩もうとも構わないニャー!」
「血の道歩んでる時点で正義から離れて行ってる気がするんだが」
「何言ってるんですボス。勇者なんて、足元にモンスターの屍がどれだけ転がってると思ってるんですか」
「経験地を稼ぐためにはしかたがにゃいんだニャー」
「あれですよ。俺の前を通ったが最後、お前の命はない、みたいな」
「‥‥‥思いっきり悪者のキメ台詞じゃねぇか」
 確かにそうかも知れないけれども、一概にはそうとも言い切れないかも知れない。 そんな曖昧にぼやかされた言葉に溜息をつくと、ボスはボケの二人をそのままにしてグルリと建物の周りを回った。
 ニャンジャーが来るなどとは夢にも思っていないチュートリオは、きっと油断しているだろう。状況を把握しておいてから奇襲をかけた方が手っ取り早いし、コチラの損害が少なくてすむ。 そう思っていたボスだったが、予想に反してチュートリオはニャンジャー達がそろそろやって来るという事を知っていたらしい。壁からこっそりと顔を出した時、チューイチと目が合ってしまった。
「ふふん、やっと来ましたか、ニャンジャー諸君」
「いや、諸君って、今は‥‥‥」
「ココが貴様らの墓場となるのだ!あっはっは!!」
「だから、貴様らって、らって、今は俺ひと」
「さぁ、誰からかかってくるんだ?」
「だーかーらー、俺は一人なんだって!他の二人は玄関のところに置いて来た」
 意味が分からないんですケド。 そんな冷たい視線を受け、ボスが冷や汗をかきながらしどろもどろに説明を入れる。不法侵入気味に入ってきたこと、正義と悪について議論していた仲間を置いてきたこと、洗いざらい喋ってしまうボスは、金と権力に弱い。今で言えば、明らかにセレブな彼らには敵であろうとも頭が上がらないと言う役の立たなさだ。
「つまり、お前は一人でのこのこ来たと、そう言うことだな?」
「まぁ、平たく言えば‥‥‥」
「ふっはっは!馬鹿め! ならばお前から血祭りに上げてやる! いでよ、G!」
 光栄に思えと、どう考えても思いようのない難しい事を言いながら、チューニが両手を広げる。 何処に隠れていたのか、茶色い羽と触角をつけた人が大量に出てくると一斉にボスに襲い掛かる。
「はっ!!ボスの危機ニャ!」
「本当です!早速物陰に隠れて様子を見守りましょう!」
 助ける気ゼロのミネコが薄情な発言をするが、暁は寛大な心でそれを聞かなかった事にすると、走り出した。
「ボス、今助けるニャ!」
「暁!!」
「必殺☆」
 両手を広げ、高く跳躍する暁。 身体能力抜群の暁に怯んだGが足を止め ―――――
「親子の再会! パパーっ!!」
 着地と同時にボスに抱きつく暁。 Gやチュートリオのみならず、ミネコまでドン引きだ。
「ミィちゃん、今まで騙しててゴメンニャ。でも、俺とボスは‥‥‥」
「他人だ!赤の他人だ! てかミネコ、俺の年齢は25だ!よく考えろ、俺は25だ!!」
「ボスがサバを読んでいたなんて‥‥‥」
「ちょ、変な誤解しないでーーーっ!!!」
 暁に抱きつかれていて身動きの取れないボスと、本当は何歳なんですかアナタと冷たい目で問うミネコ。そんな修羅場を前に固まり続けるGとチュートリオ。 各自がどう動けば良いのか困っている最中、暁が俊敏に動いた。
「今ニャ!必殺☆猫パンチ!」
 必殺☆猫ジャンプで高く飛び上がり、必殺☆猫キックでGを蹴り倒す。 あっさりと片付いたG ――― どうやら彼らはゴで始まってリで終わる生物を模していたらしい ――― を前に、チュートリオの顔に明らかな動揺の色が浮かび上がる。
「くそ、こんな強いなんて‥‥‥」
「や、むしろそっちがよわ」
「ここはこっちも必殺技で対抗だ!」
 チューサンの言葉に頷き、手を合わせるチュートリオ。
「朱雀の守護を受けしチューイチ!」
「青龍の守護を受けしチューニ!」
「白虎の守護を受けしチューサン!」

「「「ネズ四天王、参上!!!」」」

「いやいやいや、四天王でもなんでもないじゃん。玄武が抜け落ちてるんですけど」
「五月蝿い!玄武のコーイチがやられちゃったんだから仕方ないだろ!」
「って言うか、どこが必殺技?何の技も出てないんだけど」
「威圧感があるだろ、こうやって四天王で揃って名乗ると!」
「だから、四天王揃ってにゃいんだニャー」
「ボス、暁さん、あたし達も必殺技の時間です!」
 ミネコが鼻息荒くそう言い、片手を天に突き上げる。
「清き水の流れを身に纏い、高き空を胸に抱く ――――― 冷たい視線が敵をズキュン☆クールビューティーミネコ!」
「ちょっとちょっとちょっと!!そんな名乗りなんて知らないんだけど!急に振られても無理なんだけど!! ほら、暁だって固まっちゃってるじゃんか!やるんならやるって最初から言っとかないとダメでしょ!?」
 オロオロするボスをそのままに、暁の紅の瞳が妖しく光り輝く。
「熱き炎を身に纏い、蕩ける太陽を胸に抱く ――――― 色っぽいウインクが敵をキュン☆セクシープリンスアキ!」
「あっさり名乗っちゃってるし!しかもウインクまで!? てか、俺どうすれば良いわけ!?何を身に纏って何を抱いてりゃ良いわけ!?」
「くっ‥‥‥ニャンジャーのくせに、こんな必殺技を持っているとは!!」
「どんな必殺技!?今の妙にこっ恥ずかしい台詞でどんな心理的ダメージを受けたわけお前ら!?」
「さぁ、今です暁さん!一気にネズミーどもを叩き潰すのです!」
「必殺☆誑しこみ!!」
 暁がそう叫ぶと、トロリとした視線をチュートリオに向け、にっこりと微笑む。 服装こそは軟派な大学生だが、顔だけ見れば綺麗な女子高生でも通せそうな彼は、少しばかり女性的な微笑を浮かべるだけで世の男性陣の視線を釘付けにする事が出来るという、女性から見れば羨ましい必殺技を持っていた。 一応言っておくが、ニャンジャーになったから習得した技ではなく、彼の元来持っているスキルだ。
「う‥‥‥お、俺はそんなのきかないからな!俺は、俺は、俺‥‥‥俺と一緒に食事でもどう?」
「あっさりきいてるじゃねぇかよ!! そんな妙な必殺技にひっかかるなよネズミーどもっ!!」
「ダメだよ兄さん、コイツは男なんだ、男なんだ、男、おとこ、おとこ、おちょこ、おにょこ、おんにゃにょこ‥‥‥」
「おいおいおい、ニャー語が移ってるじゃねぇかソコォっ!!」
「弟達よ、もっとしっかり目を見開いてみるんだ!そうすれば、いかに彼女が美しく、わが国に必要な人材なのかわかる!」
「既に毒されてるじゃねぇかよお前!しかも、彼女じゃねぇ!!」
「もー、ボス、そんなにツッコミを入れまくると身体に悪いですよ」
「それならアイツラをどうにかしろ!!」
 すっかり暁にメロメロになったチュートリオを見て頭を痛めるボス。 そんなボスの苦悩する姿を薄笑いしながら見ていたミネコだったが、いつまでもこの状況のまま放っておけば暁が攫われかねないと危機感を抱き、パチリと指を鳴らした。
「暁さん、最終必殺技に移りましょう!」
「OK! 必殺☆ネコじゃらし!!」
「‥‥‥アレって最終必殺技だったの!?てか、ネコじゃらしって‥‥‥」
 ボスの言葉を遮るように、暁の瞳がキラーンと輝く。 それまで女性的な色香を撒き散らしていた暁の表情に、恍惚が宿り始める。瞳は虚ろに彷徨い、口元に薄く微笑を浮かべると突然飛び上がり、チューイチの顔をベシリと猫パンチした。
「ヤバイにゃ!コレ楽しいにゃ!!」
 バシバシバシバシ‥‥‥恍惚の表情で容赦なく往復ビンタを繰り出す暁に、ボスが引きまくる。
「なんだ?必殺☆ネコじゃらしって言うのは、ミネコのドSが移る禁断の奥義だったのか!?」
「これ以上お戯れを言うようでしたらぶちのめしますよボス」
「‥‥‥スイマセン」
「必殺☆ネコじゃらしとは、敵が全てネコじゃらしに見えるという禁断の技です」
「それって、麻薬とかそっち系のダークな話しになるんじゃ‥‥‥」
「安心してください。ただの幻覚です」
「ヤバイって、ソレ! 早く暁を止めないと‥‥‥」
 バシバシバシバシ‥‥‥恍惚の表情でチュートリオを倒し、それでもまだじゃれ続ける暁。 天使みたいなその無邪気さ加減に見とれ、瀕死のチュートリオを救出するのが遅れたのは、言ってしまえば仕方のないことだった。



☆ チューオウと破壊神 ☆



 禁断の必殺技、ネコじゃらしで見えていた幻覚が消え失せた暁は、ボスと共に伸びたチュートリオとGを家の中に運び入れ、勝手にキッチンで紅茶を探し出して淹れると簡単な休憩を取った。 誰の了承も取らずにクッキーまで出してしまったが、外で伸びたままでは風邪をひいてしまうだろうと言う優しさで運んでやったのだ、このくらいの運び賃は取っても文句は言われまい。
 特に何のお手伝いもしていなかったミネコも紅茶とクッキーにありつき、お腹も膨れたところで外に出ると四天王から奪った四つの鍵をおもむろに重ね合わせた。 鍵が重なった瞬間、突然世界が白く光り輝き始めた。鍵が七色の光りを白色の世界に撒き散らし、光りが弱まるに連れて鍵が溶け始める。カッと一瞬、目も開けていられないような光りが世界を満たし、ドスンと遠くで重たい何かが落ちる音が聞こえてきた。
 目を開けてみれば、はるか前方に有り得ないくらい巨大なネズミの張りぼてがあり、それは目の錯覚でなければ街を破壊しながらどんどん遠ざかって行っている。
「あれがチューオウニャー?」
「えぇ、そうです。 あたし達の心を合わせ、巨大ロボ・ニャンジャーを召喚するのです!」
 ミネコがさっと手を差し出し、暁とボスも手を重ねる。
「青龍の守護を受けしミネコ!」
「朱雀の守護を受けしアキ!」
「てか、なに四天王の台詞パクってんだよお前ら!!」
「ボスは玄武ですよ」
「一番最初にやられたコーサンのポジションかよ! って言うか、真面目にやれ真面目に!」
「でも、朱雀とかのが格好良い気がするニャー」
「格好なんて気にするなって!お前、今のままでも輝いてるよ!」
「‥‥‥ボスに言われると物凄くむかっ腹が立ちますね」
「何で!?」
「仕方がありません、通常通りに行きましょうか‥‥‥水空の支配者☆クールビューティーミネコ!」
「炎陽の支配者☆セクシープリンスアキ!」
「檸檬の支配者☆スッパイクエンサンボス!」


「「「 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー、集結!!! 」」」


 合わさった手から力があふれ出し、凄まじい衝撃と共に地面に亀裂が入る。 すぐ後方の地面を割って出現した、子供の落書きのようなロボに暁とボスが閉口する。もっと格好良いロボを想像していたのに、アレでは乗る気も起きない。
「私がデザインしたんです。首元のリボンが可愛いでしょう?」
「‥‥‥ミィちゃん、アレは‥‥‥猫かニャ?」
「そうですよ。何に見えるんですか?」
「何に見えるかときかれると返答に困るな‥‥‥」
「それでは、早速乗り込みましょう。‥‥と、その前に、何処に乗るのかなんですが‥‥」
「女の子にそんな役目させらんないにゃー。てな訳で、俺とデボさん手足にゃ」
「えぇぇぇ!?」
「不満なのかニャー?女の子にそんな過酷な場所を押し付けて良いと思ってるのかニャ!?」
「‥‥‥それもそうだな、仕方がない。それじゃぁ、ミネコが頭で良いな?」
「それでは、右手を高く掲げ、乗る場所を言うんです。 例えばボスの場合は、スッパイクエンサンボス☆フット!と叫ぶんです」
「分かったニャー!セクシープリンスアキ☆アーム!」
「クールビューティーミネコ☆ヘッド!」
「スッパイクエンサンボス☆フット!」


「「「 ニャンジャー合体!!! 」」」


 一瞬の浮遊感の後、暁はニャンジャーの内部へと強制的に転送させられた。 目の前には使い方の分からない計器がズラリと並んでおり、大画面にはボスの困惑したような顔とミネコの落ち着き払った顔が映し出されている。
「シートベルトを着用してください」
 無機質な女性の声に従ってシートベルトをつける。 大画面に映し出されていた二人の顔が小さくなり、左右の端に押しやられる。代わりに画面いっぱいに映し出されたのは破壊を繰り返すチューオウの姿で、ビルをあっという間になぎ倒すと平屋を踏み潰した。
「とりあえず、前進しましょう!」
 ミネコの声に反応してドスドスと進むニャンジャーだったが ―――――
「うおぉぉおおおぉぉぉおおお!!!!」
 悲痛な叫び声が聞こえてくる。 切羽詰ったような声は、足元にいるボスのもので‥‥‥ロボが足を動かすたびに、急上昇を急降下を繰り返して大変な事になっている。
 走るのは危険だと判断したミネコが歩くようにと指示を出すが、歩いたからと言って上昇下降が緩やかになるだけで大して嬉しいとは思えない。 それに、歩く事によってチューオウとの距離は急速に離れて行ってしまう。
「このままでは、敵に置いてけぼりを食らった間抜けなヒーローになってしまいます!」
「必殺技とかはにゃいのニャー?」
「あるにはあるんですけど‥‥‥その、ロケットパンチなら」
 暁の頭の中で、華々しく発射されて散る己の姿が思い描かれる。
「しかも、このロボって危ういバランスで立っているので、ロケットパンチをするならば両腕一斉に発射しなくてはなりません。 挙句、外れた場合は失速するまで延々地球を回る事になります」
「ほ、他には何かにゃいのかニャ?」
「一撃必殺技があるにはあるんですけど‥‥‥」
「何でも良い、一発で終わるんならそれでやってくれ!」
 足元にいるボスが声を荒げる。 これ以上歩行を続けていたら、ボスが酔い始めてしまいそうだ。
「それではお二人とも、目の前にある赤いボタンを押してください」
 いつの間にかコチラに近寄って来ていたチューオウが、腕を振り上げる。 巨大生物のパンチは、乗っている人の身体にどれほどの衝撃を与えるか分からない。
 暁とボス、そしてミネコが赤いボタンに手を伸ばし‥‥‥
「そう言えば、一撃必殺技って、具体的には ――― 」
 暁の言葉が言い終わる前に、ポチリ、三つのボタンが押し込まれる。
 突然腕と足、胴体と頭がバラバラになったニャンジャーは、一斉にチューオウに突き刺さった。パーツごとに分かれたニャンジャーは、確実にチューオウの急所に突き刺さり、傾いだ体が地面に倒れこむ。
 ――― 一撃必殺技とは即ち、一撃必殺技なわけであって、事実上それ以上強い技はないのだが、それにしたって何故に自爆にも等しい事をしなくてはならないのか。
 お約束とでも言うべきか、謎の巨大生物は周囲の物を巻き込みながら、派手に爆発した。
 自爆ほど捨て身ではなかいが、結果は限りなくソレに近い物となり、チューオウに突き刺さっていたニャンジャーも、それに乗っていたニャンレンニャーも爆発に巻き込まれはしたのだが、そこはヒーロー、たかだか周囲数十キロメートルが吹き飛ぶ程度の爆発になんて負けていられない。自己再生能力は化け物なみだ。



★ 世界に平和が戻り ★



 焼け野原と化した大都会、東京の真ん中で、暁はミネコとボスと向かい合っていた。
「暁さんのお陰で、ネズミー達の野望は阻止されました。あたしは予め猫達に特殊な結界を施してありましたので、先ほどの爆発でも猫は無事です」
「人は!?って言うか、猫以外の全生物は!?」
「チーズも市場に出回るでしょうし、お年玉ももらえるでしょうし‥‥世界に、平和が戻りました」
「焼け野原の中心でそんなこと言われても、全然説得力がないんだけどぉおおお!!!」
「それじゃぁ、これはもう取れるにゃね」
 暁が自身の頭の上に生えている猫耳をグイと引っ張り ――――― 引っ張り‥‥‥と、取れない。
「にゃ、にゃんでニャーーー!!!??」
「まだネズミーの下っ端が残ってますし、それに‥‥‥暁さん、猫耳似合ってるので良いんじゃないですか?」
「似合ってるって言ってもらえるのは嬉しいんにゃけど‥‥‥いや、嬉しくにゃいようにゃ、でも嬉しいようにゃ‥‥‥」
 嬉しいのか嬉しくないのかどちらだろうと考えつつも必死に耳を引っ張るが、抜ける様子は全くもってナイ。
 そうこうしているうちに、ネズ耳とネズ尻尾をつけたチンピラ風の男達に周りを囲まれ、さらには遠くからはパトカーのサイレンが聞こえて来る。
「ヤバイ、俺らを捕まえるつもりだぞ!」
「えぇぇぇ!?にゃんでニャー!?」
「周りを見てみろ!焼け野原じゃねぇか!謎の巨大ロボを操って未曾有の大災害を引き起こした大悪党だよ俺達は!」
「とりあえず、ネズミー達を蹴散らしてから逃げましょう! あぁ、良いですねこう言うの。大抵勇者って、最初は悪者から追われてるもんですよねぇ」
 呑気にそんな事を言うミネコが、キックとパンチを駆使しながらネズミーを蹴散らして行く。 ボスもアレでいてなかなか強く、暁は必殺☆猫ジャンプと必殺☆猫パンチを駆使しながら二人の後に続いた。
 ――――― あぁぁぁ、何でこんな事に ‥‥‥!!!
 鬼神の如く暴れまわる二人の背中を見つめながら、急速に暁の意識が闇に呑まれて行った ―――――



「う‥‥‥んっ‥‥‥?」
 穏やかな昼下がり、窓から差し込む日差しとぬくぬくとした暖房の温かさにいつの間にか眠っていたらしい暁は、顔を上げると未だにショボツク目を擦った。
「変な夢見たな‥‥‥」
 どうしてあんな夢なんて見たんだろう? 考え込む暁の耳に、テレビの発する音が聞こえてくる。
『貴方の思い通りになんてさせないわ! ニャンコ変身!』
 ――― あぁ、コレのことか‥‥‥
 ニャンコ戦隊ニャンレンニャー。 主人公の少女が確か、ミネコと言う名前だ。
 月間少女テラーに漫画が連載されており、少女に限らず、全国的な人気を誇っている。
 暁は読んだことはなかったが、ニャンレンニャーファンの知り合いなら何人もいる。
 テレビから聞こえてきたものをそのまま夢の中に引き入れるなんて、俺も単純だな。 そう思いながら苦笑した時、テーブルの上に投げっぱなしにしてあった携帯が軽やかなメロディを紡ぎ出した。
 液晶を見れば見知った名前で、暁は通話ボタンを押すと明るい声をかけた。
「あけおめ。どうした?」
『あけおめー! ‥‥‥お前さ、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーって知ってるか?』
 唐突な言葉に目を丸くしながら頷いた時、ピンポーンと軽やかなチャイムの音が鳴った。
 ちょっと待っていてと言って玄関に向かえば、宅配便が届いていた。 爽やかなお兄さんに笑顔で挨拶し、判子を押すと大きめのタンボール箱を引き入れる。宛名は確かに暁の名前だが、送り主の名前に覚えはない。
 ――― 笹原・美音子と棒田・鈴彦って、誰だろう?
「ささはら・みねこと‥‥‥ぼうだ・すずひこ?ミネコと、ぼうだ・すずひこ‥‥ぼうだ・すずひこ‥‥‥ぼ・す‥‥‥ボス‥‥‥」
 まさかと思いつつ、携帯を肩と耳の間に挟みながら箱を開ける。
『お前ニャンレンニャー見てないと思うから知らないと思うけど、年齢性別を問わず大人気でさ、全登場キャラクターに熱狂的なファンがついてるらしいんだ』
 生返事をしながら箱の中身を覗き込めば、月間少女テラーと見慣れないフィギュアが入っていた。 猫耳をつけたソレは、どこからどう見ても暁だった。
「なんだこれ‥‥‥」
 慌てて数冊入っていた雑誌を捲ってみれば、登場人物の欄に暁の名前が入っている。 もっとも、多少苗字を弄られてはいるが、見る人が見ればすぐに分かってしまうレベルだ。
「ミィちゃんのためなら、何でも出来るよ」
 聞き慣れた声がテレビから流れ、暁はビクリと肩を震わせた。
 恐る恐る振り返ってみれば、そこには雑誌の中にいた暁が出ており ――― 声までも、暁のそれと全く同じだった。
 サァっと、顔から血の気が失せて行く。 見る人が見れば、モデルが誰なのか分かってしまうようなイラストと名前と、さらには声までも本人の承諾なしに使われている‥‥‥。
『‥‥‥でさ、俺言っちゃったんだ。俺の知り合いに、ニャンコ戦隊ニャンレンニャーの暁に似てるやつがいるって。そしたらその子達さ、目に色変えちゃって、暁の自宅を教えろって言うから‥‥‥』
 ピンポーンと、高らかにチャイムの音が鳴る。キャイキャイと小さく聞こえてくる女の子達の話し声に、暁は個人情報保護法と言う言葉を思い描きながらも何とかベランダから外へと脱出し、一時草間興信所に避難する事にした。
 熱狂的なニャンレンニャーブームは、ひとえに書き手の嵯浦・瑞子(さうら・みずこ)の不可思議さ ――― 取材の一切を拒否し、本名その他も謎に包まれている ――― と声優陣の不明さ ――― 無名の声優ばかりを使ったらしく、誰もが知らない名前ばかりだった ――― が火をつけた感が大きい。話し自体はお約束に乗っ取っており、登場人物達もやたら非現実的な性格をしていた。
 暁は草間・武彦に頼んで送り主である笹原・美音子や棒田・鈴彦のこと、そしてニャンレンニャーの書き手である嵯浦・瑞子の事を調べてもらったのだが、手がかりは何もつかめなかった。
 それから数ヵ月後、熱狂的なニャンレンニャーのブームは終わり、暁にも平和な時が訪れたのだが、結局あの時のことがなんであったのかは分からない。 ほんの一時のニャンレンニャーブーム、不思議な夢、全てが幻のようにも思えるのだが、手元に残った月間少女テラーとフィギュアは消えはしない。
 嵯浦・瑞子の名も、ニャンレンニャーのブームの終わりと共にいつしか人々の記憶から忘れ去られていき、暁の記憶からも淡く消滅して行ったのだった ―――
 そう、翌年のお正月までは ‥‥‥‥‥



 賑わう街中をグルリと見渡した時、暁の目にコレだ!と思う女の子が映った。
 腰まである長い髪を三つ編にし、眼鏡をかけた少女は、ブーツの踵を鳴らしながら真っ直ぐな姿勢で歩いて行く。
 膝上のスカートに、短めの白のコート。横顔は可愛らしく、コート越しにも豊満な胸元が盛り上がっているのが見える。スカートから伸びる脚は細く、白い。
 一見地味で目立たなそうな子だったが、近くで見ればアイドルなみに可愛らしい事に気づく。
 気づいた数人が振り返るのを見ながら、茶色い髪を揺らして歩く少女に声をかけた。
「ねぇ、君‥‥‥」
 立ち止まった少女の透き通るような銀色の瞳が、暁の紅の瞳を真っ直ぐに見上げる。 身長は150cm少々くらいだろうか。確実に155cmはないだろう。
「 ――――― 見つけた‥‥‥‥‥」
 可愛らしい少女は、見た目と同じように細く可愛らしい声で嬉しそうにそう言うと、コートの中から何かを取り出し、暁の腕を引っ張った。
「うわっ!?」
 その細腕のどこにそんなパワーがあるのかと思うほどの強い力で引かれ、思わず体勢を崩す。
 倒れこむまいと足を踏ん張った時、何かが頭の上に乗せられた。
「貴方をモーモー戦隊モーレンモーの一員と認めます」
 ふわりとコロンの香りを撒き散らしながら少女はそう言うと、小ぶりの手鏡を暁に手渡した。

「な、なんだこモーーーーーっ!!??」

 ――――― って言うか、今年もまたコレなのーーーーっっ!!!???



☆ 特別付録 ☆


 * ニャンコ戦隊ニャンレンニャーレッド・スペシャルデータ *

名前:桐ヶ原・暁(きりがはら・あき)
年齢:17歳
職業:ニャンコ高校二年生
家族構成:秘密☆
得意教科:体育
性格:いかにも最近の高校生といった、飄々とした性格
初登場時:ニャンコ戦隊ニャンレンニャー第一話『ニャンレンニャー初陣!』
登場台詞:「炎陽の戦士アキレッド、俺の手の届く範囲のモノを壊させはしない!」

・主人公、笹原・美音子の思い人
・学園理事のボス、市谷・玲一(いちがや・れいいち)と仲が良い
→玲一は25歳にして学園理事を任される秀才で、容姿端麗
・ニャンコ特殊能力として、炎を自由自在に操る事が出来る

*萌台詞投票
・第三位 : 第三話『貴方が失ってしまった心』より
「辛いのなら、ずっと傍にいてあげるし、守ってあげる。 本当に君がそれで良いなら、だけど‥‥‥」
→クラスで孤立し、心を閉ざしてしまった少女にかけた優しい台詞にメロメロになった女性が多いとか。

・第二位 : 第六話『私と言う名の魂の入れ物』より
「ミィちゃん、戻ってきて‥‥‥ミィちゃんがいないと俺‥‥‥辛いんだ‥‥‥」
→ネズミーにより心と身体を分離されてしまった美音子。ガラス越しに必死に祈る姿に思わず一緒になって手を合わせてしまった女性が多いとか。

・第一位 : 第八話『守ると言うことの難しさ』
「全ての人を守るなんて大それたことは言えないけど、それでも‥‥‥この手の届く範囲にある人を悲しませることは許さない!」
→最終話で明かされる過去の話を含め、暁の強くも脆い一面を良く描き出している台詞と言う事で人気が高い。

・最終話『サヨナラの高き空』では美音子から想いを告げられるも優しく断り、人知れず姿を隠す。実は美音子の事が好きだったのではないのかと言った憶測があるが、定かではない。儚くも強く優しい暁に、未だにファンが多い。
・暁と美音子の明るい未来や、ボスと暁の禁断の日々など、同人誌では暁のその後がバリエーション豊かに描かれている。
・暁には実在するモデルがいるという話もあるが、定かではない。



END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


 NPC / ミネコ
 NPC / ボス


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

もう二月になってしまいましたが‥‥あけましておめでとう御座います!
OPからいきなりテンション高く発進した猫夢ですが、如何でしたでしょうか。
暁君はボスともミネコとも相性が良いなと思いながら楽しく描かせていただきました!
必殺☆親子の再会や必殺☆誑しこみなど、暁君ならではの技も多く登場しました。
それにしても、必殺☆ネコじゃらしは危険な技ですね‥‥
最後の特別付録は、本編との直接的な関係はありません。
月間少女テラーに出てきた、暁君をモデルにした桐ヶ原・暁がどんなキャラクターだったのかの簡単な説明です。
生暖かい目で眺めてくださればと思います。
それでは、ご参加いただきましてまことに有難う御座いました!
HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年02月15日

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