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『其れが我が定めと為れり 』
黒崎・吉良乃7293)&魔帝龍・パンドラ(7374)&碧摩・蓮(NPCA009)


 深夜0時、アンティークショップ・レン。
 他とは違う磁場を持つその店の一室で、黒崎・吉良乃(くろさき きらの)は目の前の自分を見つめていた。
 そう、目の前にいるのは間違いなく自分。何処からどう見ても、自分以外の顔の造形には見えぬ。
 吉良乃は、ごくりと唾を飲み込む。どうして目の前に自分がいるのか、さっぱり分からない。あえて言うのならば、今目の前にいる自分は、異形の自分。
(どうして)
 にこやかに笑いながらこちらを見てくるが、吉良乃の心に安心感など覚えない。ただあるのは、得体の知れぬ気味悪さ。
 じくじくと足が痛む。
 その痛みが、今起こっていることが現実なのだと実感させる。
 す、と目の前の自分が一歩踏み出してきた。吉良乃は咄嗟に左腕を突き出した。
 左腕にあるのは、破壊の力。触れたものを一瞬で塵に変え、無に返す力なのだ。つまりは、左腕を目の前の自分に押し付ければ、異形の自分を無に返す事が出来るはず。
 はず、だった。
「その左腕で、どうするの?」
 問われ、はっとして吉良乃は左腕を見る。
「なっ……!」
 そこにあるのは、至極普通の左腕。破壊の力を宿さぬ、人間の左腕だ。
(どうして)
 小刻みに震えつつ、吉良乃は左腕を凝視する。確かにあるはずの、破壊の紋章。しかし、今の左腕には痣一つ無い。
 愕然とする吉良乃に、異形の自分はゆっくりと口を開く。
「怖いんだね、ボクが」
 静かで、穏やかな声だった。優しく包み込むような、柔らかな声。
 吉良乃はようやくその声に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと左腕を下ろした。
 もちろん、恐怖が完全に消えうせたわけではない。だが、優しく穏やかなその声に、パニックに陥りそうになっていた頭は少しだけ落ち着く事ができた。
 何度か深呼吸をして息を整え、改めて前を見据える。
「あなたは、誰?」
 吉良乃の問いに、彼女は小さく微笑んだ。ようやく聞いてくれたと、言うかのように。
「ボクの名は、パンドラ。魔帝龍(まていりゅう)とも人は呼ぶね」
 彼女、パンドラはさらりとそう言った。
「どうして、私に似ているの?」
 その問いに対し、パンドラはすっと吉良乃の左腕を指差す。普通の人間と何ら変わりがなくなった、左腕を。
「そこに、ボクは取り付いているから」
「取り付くって……どうして」
 パンドラは微笑む。愛しそうに吉良乃の左腕を見つめながら。
「悪魔の肉体は、人間界とは相容れぬものなんだ。放っておくと、どんどん魔力が流出してしまう」
「流出したら、どうなるの?」
「存在が維持できなくなるんだ。だから、本来は長時間、人間界にいる事が出来ないんだ。だからこそ、人間界に存在するものを『依代』として魔力の流出を防ぐんだ」
「だけど、あなたはそこにいる」
 じっとパンドラを見つめながら、吉良乃は言う。午前0時を告げてから、時間は経過している。決して、とまっているわけではない。
「この場所は、何故か魔力の流出が発生しないんだ。だから、依代は要らない。こうして、君と顔を合わせて話をする事もできるんだ」
 パンドラはそう言い「他に、聞きたい事は?」と続ける。
「それじゃあ、破壊の力は、あのビデオの映像は、メモは」
 気づけば宿っていた、破壊の力。
 依頼を受け、失敗して自らの死を覚悟した後に起こった出来事を記録していた、ビデオの映像。
 目が覚めた時に書いてあった、メモ。
 吉良乃の頭をぐるぐるとめぐっていた質問たちが、後から後から押し寄せてくる。何から聞けばいいのかすら、きちんと整理できていない。他にもたくさん、パンドラに聞きたいことがあるのに、口から出てこない。
 不意に与えられた疑問に答えてくれる機会に、頭が混乱している。夢ではないかと思うくらいに。
 しかし、足が痛む。痛みがある。夢ではないと、訴えるかのように。
 パンドラは苦笑しながら、吉良乃に「落ち着いて」と話す。
「たくさん聞きたい事があるのは、分かってるよ。だから、ちょっとだけ落ち着いて」
「でも」
「いいから。ほら、深呼吸して」
 聞きたい事をすぐにでも聞かせてほしかったが、吉良乃はとりあえず言われたとおりに深呼吸を繰り返す。確かに、気持ちが落ち着いてくる。
 吉良乃が落ち着いたのを確認し、パンドラは「いい子だね」と言う。
「まずは、破壊の力についてから。それは、ボクが君の左腕にとりついているからあるんだよ」
 パンドラの言葉に、吉良乃は「そう」と言いながら自らの左腕を見つめる。今はパンドラが依代としていないため、普通の人間のものとなっている左腕を。再び依代とすれば、この左腕は破壊の力を得るのだろう。
「それじゃあ、ビデオとメモは? 私には全く記憶が無いのに、どうして」
 吉良乃はパンドラに尋ねる。
 パンドラが魔力の放出を防ぐために、左腕を依代としているのは分かった。左腕に取り付いているから、破壊の力を得てしまった事も分かった。
 ならば、ビデオとメモはどういう事なのだろうか。
 不安そうな吉良乃に、パンドラは「それは」と口を開く。
「依代が生き物だった場合、その者の精神を乗っ取って肉体の支配権を奪う事が出来るんだ」
「私の精神を、乗っ取る?」
 びくり、と吉良乃は体を震わせる。パンドラは苦笑交じりに「大丈夫」と言う。
「別に、ボクは君を完全に乗っ取ってやりたいとか、支配してやろうとか思っているんじゃないよ」
「だけど……」
 ぐっと拳を握り締める吉良乃に、パンドラは「落ち着いて」と諭す。再び吉良乃は深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
 吉良乃が落ち着いたのを見計らい、パンドラは口を開く。
「あの時、君は追い詰められてしまったよね?」
 吉良乃は「え」と声を上げる。想像していなかった答えに、思わず握り締めていた拳も解かれる。
「君は左腕を気にして、らしくない行動を取ったよね。死を覚悟したり」
「私、私は」
 パンドラに言われ、吉良乃は記憶の糸を手繰り寄せる。
 あの日、パンドラに体を乗っ取られた時、確かに吉良乃は死を覚悟した。らしくない自分の行動で、追い詰められてしまって。
(いつもなら、あんな風にしなかった)
 吉良乃は自らの仕事を振り返る。
 普段の自分なら、手馴れた暗殺の依頼に対し、あのような殺し方は選ばない。標的が一人になった時を狙い、確実に仕留める。標的を殺した後は、追っ手が来ないように退路を確保し、尚且つ何事も起こらなかったかのようにその場を後にする。
 それこそが、吉良乃の仕事のこなし方だ。
 呆然とする吉良乃に、パンドラは申し訳なさそうな表情をしながら口を開く。
「君が気になっていたようだから、ボクの存在を教えたんだ。逆に、不安にさせてしまったけど」
「あなたの、存在を」
 吉良乃は呟き、更に記憶を整理する。
 いつもとは違う仕事のこなし方を、あの日は行った。わざわざ取引をしている中、人がたくさんいる中で殺してしまった。更に、退路の確保を怠って逃走に失敗した。
 ミスだらけだ。
(あの日は、ずっと気にしていたから)
 いつからなのか、と碧摩に問われた言葉が、いつまでも耳についていた。左腕について、ずっとずっと気にしていた。
 仕事に集中しなければと思えば思うほど、碧摩の言葉が頭に染み付いて離れなかったのだ。
 それを心配したパンドラが、左腕についてを教えようと試みた方法があのビデオとメモだったというのか。
 追い詰められた吉良乃の精神を乗っ取り、体を支配下に置き、自らの存在を主張した。それが録画されたビデオを回収し、メモを残して吉良乃に見せる。
 全ては、吉良乃の抱く左腕に対する心配事を取り払おうとする為に。
「私も、まだまだね」
 小さく、吉良乃は呟く。パンドラは「ん?」と、吉良乃に問いかける。
「些細な事に気が散って、失敗ばかりして。挙句の果てに、悪魔に心配させるなんて」
 苦笑交じりの言葉に、パンドラは微笑んだ。
「それだけ言えるようになれば、もう大丈夫だね」
 吉良乃もそっと微笑んだ。
「随分、雰囲気が違うのね」
 メモの文面をふと思い出し、吉良乃は言う。パンドラは「ああ」と言って、悪戯っぽい表情をする。
「可愛らしく振舞ったら、怖がられないと思ってたんだけどね」
 パンドラの言葉に、思わず吉良乃は「そう」と言って笑う。そうして、二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。
 夜の闇に、笑い声は静かに響いていった。


 翌日、吉良乃は目を覚まして一番に左腕を見た。青白い色に、紋章。いつもと変わらず、吉良乃の左腕だ。
 元に戻っている。
「おはよう」
 左腕に向かって、小さく吉良乃は囁く。答えは返ってこなかったが、頭の中で「おはよう」と帰ってきた気がした。
「起きているのかい?」
 碧摩が部屋のノックをした後、中に入ってきた。吉良乃は「起きてるわ」と返事をし、体を起こす。
「足はどうだい?」
「まだ、駄目ね。タクシーを呼んでもらえるかしら」
 足の痛みを確認しつつ言うと、碧摩は「分かった」と答える。そして、じっと吉良乃を見つめた。
「何?」
「すっきりしたみたいだね」
 碧摩の言葉に、吉良乃はただ小さく頷いた。確かに、昨日までの気持ちとは全く違っていた。
 今までどんよりとした曇り空だったのに、すかっと晴れてしまったような。
「すぐにタクシーを呼ぶかい?」
「ええ」
 碧摩は「分かった」と答え、部屋を後にする。ドアの向こうから、タクシーを手配する声が聞こえてくる。
「いつもの、私だわ」
 吉良乃は小さく呟く。
 もうすぐ、碧摩が呼んでくれたタクシーがやってくる。それに乗って、事務所に帰る。いつものように、いつもと変わらず。
 吉良乃の左腕はいつもと同じように、紋章のある青白い色に戻っているのだから。


<左腕に宿りし存在を思い・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2008年02月13日

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