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『〜幼き日の忘れ得ぬ約束に〜 』
松浪・心語3434)&フガク(3573)&(登場しない)



 荒れ地に、幼さの残る声が響き渡る。
 灰色の大地の上で、ふたりの子供が古びた剣を振り回して、獲物を狙っていた。
 ふたりの年齢はさほど変わらないが、年上の少年の剣戟は、既に玄人はだしのものである。ふたりの体には細かい傷がいくつもあり、粗末な服の隙間から無造作に覗いていた。
 ここは中つ国・炎帝国北方。
 捨てられた人造の種族の住む、不毛の土地だ。
 彼らの種族、戦飼族は、圧倒的に女性の生まれる確率が少なく、その特異な遺伝子が災いし、他の種族との間に子を成すことも出来ないため、完全にその未来は閉ざされてしまっている。
 だが、類まれな戦闘力と強靭な体力、「気」を操る能力で、ひとたび戦さの場面に躍り出れば、あっという間に戦果をあげるということで、周辺国では傭兵として雇用されることが多かった。
 それでも、あくまで彼らは「捨てられた」種族だ。
 この、草木の生えぬ大地に生まれ、成長することを義務付けられ、常に飢えと戦いながら、10歳を過ぎる頃になると同時に自立して、ここを去って行く。
 「伝説の地」の物語だけを胸に秘めて。
 そして、ここを去って行った者のほとんどは帰って来ない。
 彼らの大部分は兄弟姉妹がおらず、出て行くばかりでは、村が廃れていくのも当然だった。
 彼らは色素のない銀色の髪と、青を基調とした瞳を持っていた。
 それらは枯れ果てた大地の上では、余計に寒々しく見え、彼ら自身はあまりその姿かたちを好いてはいなかった。
「そろそろ帰るか」
 年長の少年――フガク(ふがく)が、息も切らさずににこやかにそう告げた。
 その背中には、やせ細ってはいるが、きちんとした食糧である砂ウサギが数匹、器用に縄で束ねて背負われていた。
 こくんとうなずいて、年下の少年――松浪心語(まつなみ・しんご)が剣を下ろす。
 そして、そのまま、どさりと大地に座り込んだ。
「疲れたか?」
 かすかに心語が首を振る。
 だが、その呼吸が荒いのを見て取り、フガクは満面の笑みで、髪をぐしゃぐしゃにするように撫でた。
「今日はずいぶん頑張ったな。腕の振りもいいし、足さばきも良かったし」
「…そうか?」
「ああ、お前にしちゃ、上出来だよ」
 心語は、さらに仏頂面になる。
 それがうれしい時の表情なのだと知っているフガクは、さらににこにこして頭を撫でた。
「これで俺も安心して出て行けるよ」
「?!」
 心語は、驚いて相手を仰ぎ見た。
 その瞳は限界まで見開かれ、信じられないという表情になった。
「俺は、近いうちに、ここを出て行く」
 フガクは、笑みはそのままにそう言い切った。
 それから、相手に顔を近付けて、その大きな目を覗き込むように見つめた。
「別に驚くことじゃないって」
「だが…」
「まあ、普通は、もうちょっとこの村にいるもんだけどね。でも、俺んちは、妹もいるしさ」
 大地に寝転がり、青い空を見上げながら、フガクは続けた。
「親や周りが自立できるって判断すりゃ、出て行くのがここの掟。ひとりでも、食うヤツが減れば、周りは助かる」
 心語はうつむいた。
 納得がいかない、と言いたげに唇を噛む。
 フガクは一族の中でも早熟であった。誰よりも早く剣を覚え、弓も引けて、「気」を使う能力も秀でていた。
 だから、他の者よりも早くこの村を出ることになると、考えれば誰でもわかることだった。そして、出て行く者を引き留める者は、ここにはいない。
 この荒れ果てた岩石だらけの土地で、人々が食べられる物は限られているからだ。
 だが。
 心語は元々、口数の少ない子供であった。
 周りともなじめず、そのせいでかわいがられることもなく、隣りに住んでいるこのフガクがいなければ、剣の修行すら出来はしなかっただろう。
 ここに住む以上、物心がつけば自分の食料は自分で何とかするしかないという掟がある。
 剣が使えなければ、それはすなわち「死」を意味した。
 まだ6歳だからといって、甘えることは許されないのだ。 
 だが、それでも。
 言葉を失ったまま地面を見つめる心語に、フガクは少しだけ表情を引きしめて声を張った。
「いつまでもここで一緒に暮らすことは出来ないんだ。いずれ、みんな出て行かなきゃいけないんだからさ」
 ビクッと心語は肩を震わせた。
 ただでさえ大きいフガクの声が、さらに大きく自分の耳に叩きつけられる。
 そんな心語を見やり、フガクはそっと立ち上がった。
「帰ろうぜ、村に」
 帰り道、心語は一言も言葉を発さなかった。
 ただ、心なしか青ざめた顔で、フガクの後ろをとぼとぼと歩いてついて行った。



 家に帰って、扉を閉めた心語の脳裏に、さっきのフガクの言葉が蘇った。
 両耳を覆って、簡素なベッドに膝を抱えて顔を埋める。
(また、ひとりになるんだ…)
 彼の両親は既に他界していた。
 両親が新しい狩り場を見つけ、この村の人々にそれを教えた功績で、彼はこの村に生きることを許されたのだ。
 普通なら、もうとうの昔に、岩石砂漠に置き去りにされる運命であったはずだ。
 それくらい、この村の食糧事情は切迫していたのだから。
 そして、隣りの家の人たちの存在も大きかった。
「なーにやってるんだよ、お前は!あははは!」
「だってお兄ちゃんが…!」
「あははは!」
 不意に、大きな笑い声が弾けた。
 薄い壁の向こうから伝わって来る、いつもと何も変わらない明るさ。
 ガタガタと、追いかける音と、追いかけられる音。
「もう!二人とも、静かにしなさい!ごはんよ!隣りにも声をかけてらっしゃい!」
「はーい!お兄ちゃーん、行くよー!」
「ああ、今行く!」
 心語はその言葉を聞いた瞬間、無我夢中で家を飛び出した。
 今、フガクには会いたくなかった。
 なぜかはわからない。
 だが、今顔を合わせる気にはまったくならなかった。


 
 気がつくと、村外れの枯れた大木の下にいた。
 ここまでの風景は、ひとつも目に入らなかったらしい。
 いつの間にか、空には星がまたたいていた。
「やっぱりここか」
 心語は驚いて振り返った。
 そこには小さく笑ったフガクが立っていた。
 その背には、大きな剣が負われている。
 言葉を発せないまま、立ち尽くす心語に、フガクはおもむろに背中の大剣を下ろして、ひょいと心語の腕の中に投げ込んだ。
 反射的に両腕で受け止めた心語は、あまりの重さに足元がふらついてしまう。
「出発の日に渡すつもりだったんだけどな」
 大剣に隠れてしまった心語をのぞき込むようにしながら、8歳にしては長身のフガクは笑った。
 戸惑いつつ、心語はフガクと大剣を交互に見つめる。
「それは俺の親父のだ。俺はそれを5歳の時にもらったんだ。『この剣を片手で軽く振り回せるようになったら、旅立ちの時だ』って言われてさ…俺にはもう、その剣は必要ない。だから、お前に譲るよ」
「兄さん…」
「いいか、それが自分の腕みたいに軽く扱えるようになったら、俺を追って来いよ。その時は、『一緒に』冒険をしよう。な?」
(『一緒に』…?)
 目でその言葉を聞き返した心語に、フガクは深く頷いた。
「待ってるよ、お前を」
 これから向かう、広い世界で。
 ふたりは何とはなしに天を仰いだ。
 そこでは無数の星たちが、ふたりを優しく見下ろしていた。
 


 それから数日後、フガクは陽が昇る前に出発した。
 フガクの母と妹、そして心語が彼を見送った。
「じゃあな…みんな、元気で!」
 フガクはいつもと変わらなかった。
 無作法なほど大きな声と、人懐こい笑顔。
 片手を挙げ、歩き出そうとしたフガクに、心語はしぼり出すように声をかけた。
「兄さん、これ…!」
 心語の小さな手が差し出したのは、小さな小さな木彫りの砂ウサギだった。
 それは、フガクに剣を教えられて初めて狩り、そしてふたりで最後に狩った、小さな動物。
 フガクはじっとそれを見つめ、ゆっくりと心語に視線を移した。
 心語の指先に、小さな傷があるのを彼は見て取った。
「旅の無事を祈って彫ったから…」 
「ん…ありがとな」
 フガクはいつものように、くしゃっと心語の頭をなでる。
 熱い塊が喉元にこみ上げ、それを必死にこらえながら、心語はかすれる声でフガクに言った。
「きっと…きっと追いついてみせる…だから」
 あまりの重さによろけながらも、心語は背中にあった大剣を下ろして両腕に抱いた。
「だから、それまで、この剣を兄さんだと思って…『まほら』って呼んでも…」
 フガクは笑って頷いた。
 いつもどおりの満面の笑みだった。
「じゃあ、俺はこの木彫りを『いさな』って呼ぶよ」
 それは、お互いの本当の名前であった。
 心語は頷いた。何度も何度も、頷いた。
 もう一度、その頭に手を置いて、フガクは心語の大きな目を覗き込んだ。
「約束、忘れんなよ」
 心語はもう一度だけ、頷いた。
 それを見てから、フガクは身を翻す。
 片手を挙げ、三人にその手を振りながら。
 三人は、何も言わず、彼の姿が見えなくなるまで見送っていた。
 いつまでも、いつまでも、見送っていた――


 END


 〜ライターより〜

 いつもご依頼、ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 遅ればせながら、本年もどうぞよろしくお願いいたします!

 今回は、心語さんとフガクさん二人共にとって、
 大事な大事な思い出を綴らせていただきました。
 いかがでしたでしょうか?

 現在、フガクさんは忘れてしまっているようですが、
 心語さんと出会えたら、
 少しずつでも思い出すのでしょうか…?
 近いうちに会えることを切に切に願っています。


 それではまた近い未来に、
 新たな物語を描く機会に巡り合えれば幸いです!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2008年02月05日

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